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ブランケットの記憶

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月13日
  • 読了時間: 5分



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第一章:手触りに宿る何か

静岡駅近くのデパートにある高級ブランドショップ。その日、理恵は特に買う目的もなく店を回っていた。仕事帰りの疲れを癒すように、フロアをぶらぶらしていると、ふと柔らかな布地のブランケットが目に留まる。手に触れてみると、ふんわりとした手触りで、指先にじわりとした温かさを感じた。価格は決して安くないが、不思議に心を惹かれ――まるで呼びかけられるように、理恵は衝動的にそれを購入する。店を出た後も、ブランケットを抱えた腕から伝わる感触がやけに懐かしく、なぜか胸がときめくような、切ないような……曖昧な気持ちに包まれた。

第二章:夢に出てくる情景

その夜、理恵は深い眠りの中で奇妙な夢を見る。古い洋館が薄暗い月光の下に浮かび上がり、年季の入った廊下を誰かが歩いている。足音が響き、理恵はまるでその人物の視点で洋館の中を巡っているような感覚にとらわれる。しかし、見覚えのない場所だ。理恵は生まれも育ちもこの町だし、そんな洋館など思い当たらない。目覚めた後も、その光景は鮮烈に脳裏に残る。まるで**自分の記憶にない“記憶”が入り込んだかのようだ。翌日、ブランケットに指を滑らせていると、またあの懐かしさが胸を締めつける。「この布に何か秘密があるんじゃ……」**と思いつつも、仕事が忙しく深く考える時間もないまま日が過ぎていく。

第三章:ブランケットの由来

数日後、理恵の夢はますます鮮明になり、洋館の中を歩く人物が見えてきた。姿ははっきりしないが、華やかなドレスを着た女性らしい。彼女はカーテンを開け、窓の外を眺めるのが日課のようだった。気味が悪いが、その世界にどこか惹かれてしまう。そこで理恵は、ブランケットを買った店を再訪し、店員に尋ねてみる。「実は、あのブランケットが少し気になって……由来や作られた場所を教えていただけませんか?」店員は最初はあまり詳しくない様子だったが、奥の倉庫にある製品情報のファイルから何やら特注品の記録を見つける。どうやらこのブランケットは昔、特定の顧客の要望で作られた一点物を再現したシリーズらしい。「その顧客は、一度も受け取りに来なかったと書いてありますね……理由はわかりませんが」と店員は首を傾げる。

第四章:悲劇にまつわる噂

さらに調べを進めた理恵は、デパートの古い社員に話を訊く機会を得る。すると、その社員は低い声でこんな話をする。「かつて、このブランケットの元になった特注品を依頼したのは、ある裕福な家の令嬢だったそうです。だけどその家で悲劇があって、受け取る前に令嬢は亡くなり、そのブランケットには“呪い”があるような噂がささやかれたんですよ……」呪い。理恵は背筋がゾッとする。洋館が夢に出てくるのは、亡くなった令嬢の記憶をブランケットが伝えているのだろうか。と、馬鹿げていると思いつつも、夜になると夢はますますリアルになり、令嬢の孤独感や胸の内の悲しみを、理恵自身が味わうような感覚に襲われる。

第五章:洋館の正体

「こんな夢ばかり見ていられない」と理恵は意を決して、旧家や古い洋館が残るエリアを巡り、ブランケットの特注を依頼した“令嬢”について探し回る。そしてようやく、いくつかの断片が重なりあい、ある洋館が目にとまる。その洋館は今や廃墟同然で、特定の名家が戦後に衰退した後、そのまま放置されていたらしい。門は朽ちており、窓ガラスは割れ、庭の草が伸び放題。しかし、建物のシルエットは、理恵の夢に出てくる光景とそっくりだ。薄暗い廊下に入ったような既視感がこみ上げる。「ああ、夢で歩いていたのは、ここだったんだ」と確信し、理恵は震える心を抑えながら洋館の中へ足を踏み入れる。

第六章:令嬢の記憶

朽ちた階段を上がっていくと、かつての居室らしき部屋があり、そこに古びた手紙が落ちていた。文字は薄れて読みにくいが、なんとか解読すると、**「私はもう長くない。せめてこのブランケットに包まれて眠りたい……」**という悲痛な願いが綴られている。その令嬢は重い病に伏せっていたが、最後に温もりを感じたくて贅沢なブランケットを特注しようとした。だが、届く前に命が尽き、ブランケットは行き場を失った。そして人々は、それを“呪われた品”として恐れたのだ。「きっと、このブランケットは彼女の心残りを抱えている」――理恵はそう思わずにはいられない。あの夜ごとの夢は、令嬢が生前に見た風景や思い出なのだろうか。

第七章:ブランケットの運命

その夜、理恵は再びブランケットを抱きしめて眠りにつく。夢の中で、あの令嬢が窓辺に佇む姿を鮮明に見る。悲しげな瞳で、最後にこう告げた気がした。「このブランケットは私の人生の続き。あなたが使ってくれるなら、私の存在も消えずにすむ……」目が覚めると、朝陽がカーテンの隙間から差し込んでいた。不思議と悲しみはなく、優しい気持ちだけが胸を温める。理恵はブランケットを見つめ、**「あなたの夢を引き継がせてもらうね」と心の中で呟く。その日を境に、ブランケットはもう奇怪な夢を見せなくなった。しかし、理恵にはそれでいいと思えた。令嬢の願いを受け止めた今、ブランケットは“呪いの品”などではなく、誰かの思い出が宿る“大切な記憶”だ。雨の夜、理恵は再びブランケットを身にまとい、静かに目を閉じる。「この温もりが、失われた人生を少しでも癒してくれているなら……」**と、小さな祈りを捧げながら。そして朝になれば、彼女はいつもと同じ日常へ戻り、淡々と生きていく。けれど心のどこかに、古い洋館で暮らしていた誰かとの絆が灯り続けている――それがこのブランケットのもたらした、ひとつの奇跡だった。

(終)

 
 
 

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