ミックスソフトは二度微笑む
- 山崎行政書士事務所
- 1月23日
- 読了時間: 7分

登場人物
木村修二(きむら しゅうじ):静岡伊勢丹近くの会社に勤める30代後半のサラリーマン。
大野真由美(おおの まゆみ):木村の同僚。スイーツ情報をやたら知っている。
店長:静岡伊勢丹のベルアメールの店長。
宮下(みやした):木村の高校の同級生。カフェ巡りが趣味。
「ねえ、木村さん。次の休憩、何か甘いもの食べに行きません?」 先ほど昼休みが始まったばかりなのに、大野真由美は早速おやつの話で盛り上がっている。
「甘いものって具体的に何?」 木村修二は書類を片付けながら顔を上げる。大野がこう言い出すときは、大抵どこかの新作スイーツが目当てだ。
「ベルアメールのミックスソフトってご存じですか? 静岡伊勢丹にあるんです。チョコレートが有名なベルアメールが出してる特製のソフトクリーム! あれ、今SNSでも話題ですよ」 「まあ、名前くらいは聞いたことあるけど。そんなに有名なの?」 「はい、インスタでもTikTokでも大人気。何といっても味の組み合わせが絶妙なんですよ。濃厚なチョコソフトともう一種類、季節限定の抹茶やフルーツ系なんかがミックスになってて……」
大野の力説を聞くうちに、木村の頭の中でチョコと抹茶のコントラストがぐるぐる回り始める。甘い香りまで妄想で立ち上ってきそうだ。
「なるほど。まあ、お昼を軽めに済ませたら行ってみてもいいか」 「行きましょう行きましょう!」
そう言うと大野は腕時計を確認し、「後で私が予約取るかもしれないので、すぐ行きましょう」とにこやかに笑う。「ソフトクリームに予約って要る?」と木村が困惑気味に尋ねると、「ベルアメールだから並んじゃうかもですよ」と真顔で返ってくる。どんな人気店だろうと不安になりながらも、木村は軽くうなずいた。
昼休み終了直前、木村はデスクに置いてあった携帯を取ると、画面に着信通知があることに気づいた。発信者は宮下。高校時代の同級生だが、最近はSNSを通じて近況を報告し合う程度。何事だろうと思いつつ、チャットで連絡を返してみる。
木村:どうした?宮下:今静岡に出張できててさ。ベルアメールに行きたいんだけど、混んでるんだって?木村:ちょうど今から行くよ!宮下:マジ? 俺も行くわ。何時頃?木村:15時前後かな。会社の同僚と行く予定。宮下:了解! じゃあベルアメールで!
予期せぬ展開だが、まあ宮下と会うのも何年ぶりか。懐かしさが胸をよぎる。とはいえ、高校時代の宮下はお調子者で、つい先日SNSで見た写真も、カフェのスイーツを片手に妙に得意げだった。
仕事を終え、木村と大野は急ぎ足で静岡伊勢丹に向かった。着くと、入口付近にはすでに列ができているのが見える。「うわ、本当に並んでる…」木村は少々驚きながら、列の最後尾に並ぶ。大野はそわそわとスマホを握りしめていた。SNS映えを意識して、ソフトクリームの写真を撮るポジションを考えているのだろう。
「あ、あれじゃないですか?」大野が指差した先に店長らしき男性が立っており、一組ずつ対応しているようだ。「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」目が合うやいなや、店長がにこやかに話しかけてくる。「ええ、あの…ミックスソフトを二つ…」と木村が言うと、店長は「あ、今日のミックスは『チョコ×抹茶』です。よろしいですか?」と流れるように説明する。
「おお、やっぱり抹茶とチョコだ! 最高ですねぇ」と大野が満面の笑みを浮かべる。注文を受けると、店長は慣れた手つきでソフトクリームマシンを操り始めた。チョコと抹茶がらせん状に一つにまとまっていく様子は、見ていて妙に幸福感がある。
「はい、お待たせしました。お写真どうぞー」店長が差し出す二つのミックスソフト。それを受け取ると、すでに大野はスマホを構えている。「ちょっと木村さん、もうちょっと寄ってください。二人のソフトが入るように……あ、いい感じ! ありがとうございます!」「いや、俺の顔をくっつけなくてもいいって……」
そんなやり取りをしていると、入口付近で背の高い男が手を振っているのが目に留まる。「やあ、木村~!」「宮下か、久しぶりだな」「本当だよ、卒業以来だよな。元気してる?」「まあまあ。ていうか、混んでるし静かにしろよ」「おっと悪い悪い。あ、そっちの女性は同僚? こんにちは~!」人懐こい笑顔は相変わらずだ。
「宮下さんもミックスソフト目当てですか?」と大野が尋ねると、宮下は鼻息荒く頷く。「そりゃもちろん! むしろ、木村たちより先に食べる気満々で来たんだけど、全然並んでたからさ。ここ人気すごいなぁ」「そうなんですよ。SNS効果か、毎日こんな感じみたいで」
すると店長がまた声をかける。「おひとり様ですか? お会計はお済みで……」「あ、ごめんなさい!」宮下は慌ててレジに向かう。注文したてでまだ受け取れていないらしい。「宮下、あとで合流しようか」
大野と木村はソフトクリームを手に、イートインの小さな丸テーブルに腰を下ろす。「うーん、濃厚だけど甘ったるくないのがいいね」木村は一口すくって口に含む。チョコのビターな香りと抹茶の爽やかな渋みが、意外なほど共存している。
「でしょでしょ! これがベルアメールの底力ですよ。ああ幸せ……」大野はソフトをじっくりと味わいながら、写真を確認して満足げな表情だ。「そんなに絶賛すると、また新作が出たら来ないといけなくなるな……」木村は少し呆れ顔だが、この美味しさなら確かにリピートはありだな、と密かに思う。
そこへ宮下が嬉しそうに合流してくる。「お待たせ! 俺もミックスソフトゲットだ!」しっかりとチョコ×抹茶のミックスソフトを手にしており、その笑顔は少年のようだ。
「お前、そんなに甘いの好きだったっけ?」と木村が聞く。「俺、社会人になってからカフェとかスイーツにはまってさ。最近は“映える”のも楽しいし」「へえ、意外だな」「だろ? でもここのやつ、まじで評判通りうまいな……ん?」宮下はスプーンで一口食べた瞬間、思わず吹き出しそうになる。
「どうしたの?」大野が怪訝そうに見ると、宮下は目を丸くして言った。「いや、めちゃくちゃ美味いんだけど、なんか知ってる味にすごく近い……あー! 思い出した! 昔俺と木村が高校の帰りに食べたチョコ抹茶ソフト! あのコンビニの限定版」「あー、あったなそんなの!」木村も記憶を手繰り寄せる。その頃はお金もあまりなかったし、帰り道のコンビニで新作のアイスを食べるのがちょっとした楽しみだった。
「うわー、懐かしいよな。あの頃も二人で『意外と合うじゃん!』って騒いでさ。結局何回かリピートしてたよな」宮下は目を細めて笑う。木村も「あん時はまだSNS映えとか意識してなかったし、ただ純粋に美味しいって思って食べてたな」と頷いた。
「いやー、やっぱり美味いもんは美味いんだよ。時代が変わっても、スイーツへのときめきは変わらないんだな」宮下の言葉に、木村はその通りだと思う。そして大野は満面の笑みで、「今日来てよかったですよね」と再びソフトをパクりと頬張った。
その後、3人はソフトクリームを食べ終えると、しばし店内をぶらぶらと見て回り、ベルアメールのチョコレートの華やかさに再び盛り上がる。結局、みんなそれぞれにちょっとしたお土産を買うことになった。
「ちょっと予想以上に満足感あるな」木村は紙袋を下げながら言う。「宮下もわざわざ来た甲斐があったんじゃないか?」「ほんと、最高だったわ。明日の会議が憂鬱だけど、これで頑張れそう!」「大野さんは? 満足できました?」「もちろんです! インスタにもバッチリあげます。フォロワーが増えちゃうわー、うふふ」そう言って大野は早速スマホをいじっている。
「ふふ、なんかさ、こういう甘いもの食べると気持ちも明るくなるよな」木村は、チョコと抹茶がまるで二重螺旋のように回りながら互いの味を引き立て合ったあのソフトクリームを思い出す。そして昔、部活帰りに宮下と一緒に笑いながらコンビニスイーツを平らげたあの夕暮れの空気まで、今ふんわりと蘇ってきた。
「同じミックスなのに、当時とは違う幸せがある。だけど、変わらない部分もあるんだよな」そんな独り言をつぶやきながら、木村はふと店の前に貼られたメニューを見やる。次の季節限定は「チョコ×苺」らしい。「また来る理由ができちまったな」
そう言うと、大野も宮下も口を揃えて「次も絶対来よう!」と笑う。静岡伊勢丹のベルアメールのミックスソフトは、チョコレートの深みと抹茶の優しさ、そしてちょっと懐かしい友人との思い出さえも呼び覚ます、不思議な魅力を持っていた。
今日、新旧の笑顔がぐるぐると渦を巻くように入り混じったこのひとときは、ソフトクリームが溶けるよりも早く、思い出の中に刻まれていくだろう。
――その優しい味わいに、再会の笑みがもうひとつ重なっていた。まさにミックスソフトは二度微笑む。





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