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富士川のやさしい霧と、かすみ富士の囁き

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月16日
  • 読了時間: 3分


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1. 富士川沿いで暮らす少年の孤独

 朝もやが立ちこめる富士川の岸辺に、律という少年がいた。両親を失い、川岸の親戚の家に身を寄せながら、小さな渡し舟を手伝うのが日課である。 ある朝、霧がいっそう濃いなか、律は渡し舟の欄干からぼんやり川面を眺めていた。すると、遠くの空にうっすら霞んだ富士山が浮かぶように見える。その姿は幻影のようでありながら、なぜか律の胸に不思議なぬくもりを残した。

2. 旅の少女・日向との出会い

 ある日の昼下がり、律がいつものように舟着き場に立っていると、一人の少女が姿を現した。日向という名で、母の病を治す薬草を探し歩いているという。「富士山の近くには、雲間に生える不思議な草があると聞いたの。でも、それがどこにあるのかまでは……」 そうつぶやく日向の瞳は、疲れを帯びながらも小さな炎のような希望を宿している。「この辺りなら、富士山が霞に包まれるところが見えるかもしれないよ」と律が教えると、日向は嬉しそうに微笑んだ。2人は川岸を並んで歩き、朝や夕方の霧のなかから“何か”が呼んでいるような感覚について語り合った。

3. 川の精霊の囁きと不思議な伝承

 夜、律はひとりでボートに乗り、水面を見回りに出かけた。霧が漂う闇のなか、耳を澄ませば、どこからか「律、こっちへおいで……」と囁く声が聞こえるような気がする。 驚いて岸に戻ると、そこには日向の姿があった。彼女もまた似た声を聞いたのだという。まるで川が、あるいは霞に溶け込む富士山が2人を呼んでいるかのようだった。 やがて集落の老人が、この地方に伝わる言い伝えを話してくれた。「霞のなかに浮かぶ富士山を『かすみ富士』と呼んでな。川と山が息を合わせて現す幻を見た者は、心からの願いをかなえてもらえるとも言われているんだよ」 その言葉に、2人の胸は高鳴った。律は亡き両親の面影を思い、日向は病に伏す母の姿を思い浮かべる。

4. クライマックス:かすみ富士山の夜明け

 特に霧が深まると予報された早朝、2人は意を決して上流へ向かった。静寂の中、川岸に降り立つと、ほんのわずかな月明かりが川面を薄白く照らしている。霧は深く、目の前さえおぼつかない。 やがて東の空がうすい茜色に染まりはじめると同時に、霧が一枚の幕のようにするすると消えていく。すると、川面に映るかすみ富士の稜線が淡い金色を帯び、まるで手を伸ばせば届きそうなほど近くに浮かび上がった。 ふと、風のような声が2人の耳元をかすめる。「日向の母を想う心も、律の孤独な痛みも、わたしたちは知っている。どうかその祈りを川と山に託しなさい……」 日向は河原の礫の間から、小さな芽のような草を見つけた。まるで“ここにいるよ”と光を宿しているようだ。彼女はそっと掘り起こし、その根を大切に抱きしめる。

5. 結末:それぞれの道へ、霞の中の微笑み

 翌日、日向は薬草を抱えて母のもとへ戻るため、富士川沿いの道を旅立つことになった。律は今の暮らしがあるため、ここに残るしかない。「いつかまた、富士山が霞に包まれる時期に帰ってきてよ。そのとき、母さんも元気になってるといいな」「うん、きっとまた会いに来るよ。ありがとう、律」 別れ際、2人は川の流れに祈りを捧げるように手を振り合った。少し晴れた空には、そびえ立つ富士山が穏やかに微笑んでいるかのように見えた。 こうして、2人の物語は一旦終わりを迎えた。しかし、かすみ富士が再び姿を現すとき、川の霧と風はきっと2人の想いを新たに繋ぐだろう――そのやさしい囁きを、富士川はたゆたう流れのまま受け止め続けている。

(了)

 
 
 

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