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山中の約束

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月11日
  • 読了時間: 7分



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プロローグ:告白から始まる捜索

 日本平にほど近い山中で、60年前に行方不明になった2人の子供がいた。町の古い記録にも、その出来事は淡々としか記載されていない。まるで誰も深く立ち入ろうとせず、いつしか“子供たちは山に消えた”というぼんやりとした噂だけが残っていた。

 ある日、地元の老人が突然、「その子供たちを最後に見たのは私なんです」と告白したことがきっかけとなり、警察やボランティアが大規模な捜索を行うことになった。特に、老人の証言により“日本平の外れにある山道”が焦点となり、土砂や枯れ葉に埋もれた区域が掘り起こされる。すると――長い間、誰にも気づかれず埋もれていた**小さな祠(ほこら)**が発見される。古びた屋根と、色あせた祠の扉が半ば崩れかけの状態で姿を現したのだ。

第一章:図書館司書・遥香の胸騒ぎ

 捜索による祠の発見は地元新聞のトップ記事を飾り、町全体に波紋を広げた。**遥香(はるか)は町の図書館で司書として働いており、古い資料の管理も任されている。彼女は新聞を読み、胸に奇妙なざわめきを感じずにはいられなかった。 「こんな大きな祠が記録に一切残っていないなんて……ありえるのかしら?」 図書館の郷土資料室には、日本平の歴史や神社仏閣の一覧があるが、そこに“その祠”を示す記述は見当たらない。通常、60年前といえば戦後間もない時期とはいえ、重要な建造物なら町史や寺社の記録に少しは痕跡があるはずだ。しかし何もない。 それがかえって、「誰かが意図的に消したのではないか」**という疑惑を彼女の胸にかきたてる。さらに、祠が見つかった場所は、60年前に失踪した子供たちが最後に目撃された地点と符合する――偶然にしては出来すぎている。

第二章:過去と現在が交錯する山

 失踪事件は60年前。当時はまだ交通手段も発展しておらず、山道は手入れも行き届いていなかった。そこに幼い子供たちが迷い込んだきり、行方不明……。当然、捜索は行われたはずだが、有力な手掛かりは見つからず、時間の流れとともに事件は風化していった。 「なぜ、いまになって祠が現れたの?」――遥香は自宅の小さな書斎で、昭和中期の町の地図や新聞縮刷版を開きながら何度もつぶやく。 地図を何枚重ねても、その祠や社の類が描かれていないことが、かえってリアルにこの土地の闇を感じさせる。まるで地図から切り取られたように、その場所だけが空白になっているかのようだった。

 同時に、「今の時代に“新たな失踪事件”が起きている」という噂も耳に入ってきた。山の近くを散策した人が、不気味な声を聞いたり、遠くで子供の呼ぶ声がするなど、不可解な現象を体験したという。ほんの数日前にも一人、登山客が行方不明になり、まだ捜索が続いているとのこと。 過去の失踪と現在の異変、それを結ぶように“祠”が姿を現したことの偶然が、遥香にぞっとする恐怖とともに、「誰かが言えない何かを抱えているのでは」という直感を与えていた。

第三章:思い出の断片と「約束の山」

 図書館には高齢者が時々訪れ、昔の写真を眺めながら懐かしい話をしていく。そんな中、一人の女性が「私が子供の頃、『約束の山』という話を聞かされたわ」と告げる。 「約束の山……?」と遥香は聞き返す。 女性によれば、むかし日本平の山中に“約束の場”と呼ばれる聖地があったという。そこで誓いを立てた者は、幸せを得る代わりに何かを犠牲にするといった伝承が囁かれていたとか。 「しかし、あの山で何人もの人が行方不明になったという不吉な話もあったわ。だから大人たちは近づくなと言っていたの。私、ほとんど忘れていたけれど、今回の事件で思い出したのよ……」 その話を聞きながら、遥香は心の奥底がうずくのを感じる。この伝承こそ、60年前の2人の子供の失踪、そして今起きている事件の鍵を握っているのかもしれない、と。

第四章:封じられた祠と過去の真実

 祠が発見された現場には土砂崩れの跡があり、長年にわたって埋もれていた形跡がある。しかし、崩れた土を取り除いてみると、彫刻のある木製の扉が見つかり、その扉には何やら文字が刻まれていたらしい。警察による簡単な調査の後、その場がシートで覆われ、立入禁止になっている。 遥香は捜査関係者に繋がる知人をたどり、こっそりとその扉に書かれた文字を写真で見せてもらった。そこには**「約束の日まで、この扉を開くな」と、まるで呪文めいた言葉が走り書きされていたのだ。 なぜ扉を開いてはいけないのか。誰がどのような意図でそんな“約束”を立てたのか。遥香の胸には、一種の恐怖と興味が入り混じる。子供たちは、あるいはこの祠の扉を開けてしまったが故に……という想像が頭をよぎる。 同時に、現在でも行方不明の登山客や、奇妙な現象――“子供の声が聞こえる”だの“白い人影を見た”だの――が発生している事実を思い出し、背筋が薄ら寒くなった。「これがもし、過去の呪いのようなものなら……?」**と内心で震える。

第五章:山中の約束

 「約束の山」という伝承に沿って調べを進めると、遥香は60年前の2人の子供が“何かを成就させるため”にこの山に入った可能性を示す古い手紙に行き着いた。 手紙には幼い文字で、「私たちはここで約束する。願いが叶うなら、何でも差し出す」という文言が書かれていた。これが2人の子供の筆跡だとすれば、彼らは地元に伝わる噂を真に受けて、山に入り、そして帰らぬ者となった……。 “何を願ったのか?” “どうして二度と戻れなかったのか?” この疑問に答える者はもう誰もいない。だが、同様の構図が現在にも繰り返されているとしたら、失踪事件の背景には、同じ誤った伝承の“約束”に誘われた人々がいるのかもしれない。

第六章:昔と今の工作

 昭和中期、戦後復興期の混乱がまだ色濃く残る時代に、町には人々の苦悩や祈りが絡んでいたという。2人の子供が「家族の幸せ」のために“約束”を求め、日本平の山中に入り込んだという証言が、新たに年配者の口から出る。**「願いが叶う代わりに、戻れないかもしれない」という一節を、大人たちは昔から怖がりつつも、どこかで信じていたようなのだ。 現代になっても、切羽詰まった人がこの“約束の山”の噂を聞き、祠を開けてしまったのか――。そこで何が起こるのか、誰が取り仕切っているのか。 調査を進めるほどに、遥香の心に生まれるのは、地元の人々が口にしない“山の力”への畏怖と、幼い子供の純粋な願いが絡み合った悲しみだった。「どんなに願いが強くても、失われた命は帰らない。それでも……」**と目頭が重くなる。彼女は、少年少女の恐怖や無垢さを想像して心がきしむ思いになる。

第七章:祠の奥にある闇

 やがて真夜中、遥香は意を決し、警察の許可を得て再度祠へ向かう。足元を照らす懐中電灯の光が揺れ、森の暗闇が押し寄せてくる。竹やぶをかき分け、小さな鳥居を潜り、そこには土砂崩れで一部崩壊しかけた祠があった。 扉には以前見つかった文言が刻まれ、古い錠がかかったままだ。「約束の日まで、この扉を開くな」――まるで喉を締めつけられるような重圧に耐えながら、遥香は鍵を使い、扉をぎこちなく開ける。 祠の中は、湿気た空気と苔の匂いが充満していた。床には散乱する木片と、埃まみれの古文書が数冊。壊れかけの箱には幼い靴や小物が納められていた。その中に、名前の記された木札がある。――60年前に行方不明になった子供たちの名前だ。 「ここで彼らは何を誓い、何を捧げたの……?」と喉が渇く思いで問いかけても、空気は静まりかえり何も答えない。だが、その物的証拠が失踪事件を裏付ける形となることは間違いない。

エピローグ:山中の約束、今もなお

 結果的に、祠から出てきた手掛かりが、昔の失踪事件と現代の失踪事件を繋ぐ糸となり、警察の本格的な捜査が進展し始める。土地の“約束の山”という伝承は、人々を漠然とした恐怖や願望に誘い込み、いくつもの悲劇を生んだことが明らかになった。 しかし、犯人像は単に“伝説に惑わされた人間”と片付けられない複雑さを孕む。幼い子たちの祈りが混じり合った歴史、そして“幸福を得るために何かを差し出す”という呪いのような鎖。いずれも戦後の混乱や貧困などが影として刻んだものだったと捜査報告は結論づける。 後日、遥香は静かな朝に祠の前に立ち、風に揺れる竹の葉を見つめた。すべてを解決できたわけではないが、失われた子供たちへの供養と、現代の犠牲を増やさないために真相が公になったことがせめてもの救いかもしれない。 「山中の約束」はまだこの深い森の一角で囁かれているかもしれない。新たな悲劇が起きないよう、祠は取り壊される予定だ。だが祠が消えたとしても、土地に刻まれた物語は、風の音や木々の囁きの中に息づき続けることだろう。

 朝日が差し込み、竹の群れがそよぐ。遠くには富士山の薄い稜線が見え、静かに光が広がっていく。遥香は一瞬まぶしそうに目を細めて、**「どうか、もう誰も迷い込まないで……」**と心の中で祈った。

 
 
 

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