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恋人が起業詐欺師だった件

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月7日
  • 読了時間: 7分



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第一章:甘い囁き

 昼下がりのカフェで、私はいつものようにミルクティーを注文していた。店内にはアールグレイの香りがほのかに漂い、柔らかな日差しが窓辺を彩っている。そんな穏やかな空間の中、目の前の女性は落ち着きなくティーカップを握りしめていた。

 「あの……行政書士の先生ですよね? 会社設立の手続きを手伝ってほしいんです」 こちらを見つめる彼女の瞳は、どこか熱を帯びている。だけど、その瞳の奥に、まだ誰にも言えない不安が宿っているようで……私の心は少しだけざわついた。

 名前は朝香(あさか)郁恵。背筋がスッと伸びていて、品の良さを感じさせる女性だ。話によれば、彼女は恋人と一緒に新しいビジネスを始めたいという。それが小さなアパレル会社——輸入のアクセサリー販売とオリジナル服のネットショップ。 「彼がね、絶対に成功させるから、僕を信じてって……」 朝香がそう微笑むと、その表情にはもう既に彼への信頼と愛情があふれ出していた。私は書類作成のプロとして、もちろん依頼を断る理由はなかった。いや、そのときはまだ、断る理由なんて想像もしなかったのだ。

第二章:予感

 彼女から渡された資料は、どこかしら雑で、きちんと作り込まれたプランというよりは勢い任せのメモに近かった。気になった私は、会って直接ヒアリングしたいと申し出る。 すると、朝香は少し困ったような顔をした。 「あの人……忙しいらしくって、打ち合わせも夜じゃないと都合つかないの。しかも最近、出張が続いてて……」 そう呟く彼女の顔には、ふわりと不安の陰が落ちる。

 その日はとりあえず話を聞き、必要書類の案内を済ませた。書類の山を抱えながら私がカフェを出るとき、どうしても胸騒ぎがするのを抑えられなかった。 「まさか気のせいであってほしいけど……こんなに曖昧なビジネスプランって、大丈夫なのかしら?」 実際に、これまでも起業詐欺のような案件を耳にしたことはあった。だが、まさか目の前の客がその甘い罠にはまろうとしているなんて——。

第三章:恋の罠

 数日後、再び連絡をくれた朝香はなんだか焦っているようだった。 「先生、できるだけ早く設立手続きを進めてほしいの……。彼がお金の準備を急いでいて、銀行との相談もあるらしくて……」 彼女の口振りは、まるで“急がなきゃ追いつけない”みたいな強迫観念すら感じさせる。

 私はその勢いにちょっと圧倒されつつも、話を整理しながら、彼女のためにできることを考えた。 会社設立に必要な書類リスト、定款作成の流れ、出資金の問題、そして役員に関する情報……。 けれど、彼女の恋人——滝川という名らしい——からは、肝心の詳しい連絡がなく、すべて朝香が間に入っている状態だった。どうしても滝川氏と直に話をしたい、と何度言っても「忙しくて」という返事ばかり。

 いくら恋人同士で信頼関係があるといっても、この曖昧さは危うい。ふと、いつもは楽しく感じるかすかなアールグレイの香りが、このときばかりは胸に重くのしかかる気がした。

第四章:疑惑のささやき

 そんな矢先、私のもとに一本の電話が入る。声の主は、なんと私の元クライアントだった**前園(まえぞの)**という女性。彼女は別件で起業相談を受けていたのだが、話の途中である名前が聞こえてきた。 「滝川って男、知りませんか? 実は私、以前その人に“投資させて”って言われて、数百万渡しちゃったんです。それが……全然帰ってこなくて……」

 その瞬間、全身が凍りついた。 「その滝川さんと、いま私が相談を受けている朝香さんの滝川氏は同じ人……?」 確認してみると、どうやら姓と人物像が一致する。前園の話では、滝川は「今度こそ事業を成功させるから」と複数の女性を口説き、お金を引き出していたらしい。今では連絡も取れず、返金もされていないという。

 私は息をのんだ。もし朝香が言っている恋人がこの同一人物ならば——彼女もまた、詐欺の標的にされているのではないか。 これは放っておけない。甘い恋の話が絡むからこそ、騙されていることに気づかず深みにはまっていく危険があるのだ。**「朝香さんを守らなきゃ……」**私はそう決意する。

第五章:衝撃の真相

 私は意を決して朝香に会い、滝川にまつわる危険性を率直に伝えた。 「すみませんが、滝川さんという方に以前お金を取られたという人がいて、返金もされていないんです。名前も一致しています。もしかして何かご存じありませんか?」 朝香は顔面蒼白となり、かすかに唇を震わせる。 「そんな……彼が? 嘘、ありえない……」

 しかし、真実から目をそらしても現実は変わらない。私はさらに詰め寄る。 「会社設立費用も含め、朝香さんは滝川さんに結構なお金を渡しているのでは?」 すると、彼女は深くうなだれる。 「……実は、もう二百万円ほど。結婚したら一緒に経営したいから、出資するのは当然だって……でも最近、彼、急に不機嫌になったり、出張が多すぎたり……なんだか不安です」

 そう言いつつも、まだ朝香は滝川を信じたい様子だった。切ない恋心と現実の苦さが、彼女の中でせめぎ合っているのだろう。

第六章:愛の幻影

 そんなある日、突然、滝川本人から私の事務所に電話がかかってきた。 「朝香の会社設立でお世話になるってね? ありがとう。俺、遅れてごめん。実は大きな商談が進んでてね」 電話口で軽薄とも取れる陽気な声。私は苛立ちを隠せないが、まずは話を聞く。 「あの見積書、要らなくなったんだよね。もっと大きなスポンサーが付いてさ。だから、朝香には黙っててほしいんだけど……」

 こんな話、まともに受け止められるだろうか。スポンサーが付くなら普通は大々的に喜ぶものだが、彼は朝香に黙ってほしいと言う。その真意は何なのか。 私はぞっとした。もしかして複数の女性から資金を引っ張り、あちらこちらで“恋人”を装っているのかもしれない。それを知られたら困るから、朝香には内緒にするのだろう。 「滝川さん、今度直接お目にかかりたいのですが」 そう誘いをかけても、「いやー、なにかと忙しいんだよね」とはぐらかされる。電話が切れるとき、背筋に寒気が走った。この男、本当に“詐欺師”なのかもしれない……。

第七章:立ち上がる決意

 朝香に事の次第を伝えると、彼女はとうとう大粒の涙を流してしまった。 「私……彼とは結婚の話まで進めてたんです。親にも紹介したし……どうしてこんなことに……」 恋が崩れ落ちるとき、その痛みは計り知れない。彼女の悲しみを思うと、私も胸が締めつけられる。だけど、それでも、今は冷静に“法”を武器に動かねばならない。

 私はすぐに顧問弁護士の協力を得て、朝香が渡したお金の返還を求める準備を進めることにした。振込記録やメールでのやり取り、SNSのメッセージをすべて証拠として残し、詐欺行為であれば刑事告訴を視野に入れる。 もちろん、会社設立の話は白紙撤回だ。書類を撤回し、滝川に自分が騙されていないか再考するよう促す。もし彼が何か言ってくるなら正々堂々と話し合おう、と誘う。

 そして、ついに運命の日が訪れる——滝川との直接対決の日だ。

第八章:崩れゆく仮面

 場所は市内の小さな会議室。私と朝香が先に到着し、緊張感が漂う。少し遅れて、ひどく派手なスーツを着こなした滝川が現れた。足取りには余裕があり、口元には相変わらずの軽薄な笑み。 「へえ、揃ってるね。どうしたの? こんな深刻そうな顔して……」 私は迷わず突きつける。朝香から提供された証拠、そして他の女性からの証言の一部。それらを目にした滝川の表情が、一瞬にして氷のように硬くなる。 「あんた……何を調べたんだ?」

 朝香が震えながら声を上げる。 「あなたが私だけじゃなく、他の女性からもお金を取っていたなんて……私、信じられない! 嘘ばかりだったのね」 滝川はなおも開き直るが、根拠を揃えた書類を前に、言い逃れは難しい。 最終的に彼は「返済するから、今回は勘弁してくれ!」と懇願してきた。 「そんな甘い話、もう通用しないわ。いい加減にして!」 朝香が毅然と言い放ち、その瞬間、滝川の虚勢はあっけなく崩れ去った。恋人を装う“甘い言葉”で多くの女性を陥れてきたツケが、今、明るみに出るのだ。

エピローグ:再生の灯火

 結局、滝川は立件され、今後警察沙汰になる可能性も高い。それだけでなく、他の被害女性たちが名乗りを上げれば、さらなる追及は避けられないだろう。 朝香は深く傷ついたが、「でも、騙されっぱなしで終わるよりは良かった」と少しだけ微笑んだ。これから彼女は、ゆっくりと自分自身を取り戻していくのだろう。 私としては、今回の一件を通して改めて思う——「恋という名の甘い囁きはときに冷静な目を奪う。でも、真実が見えたときこそ人は本当の強さを知るのかもしれない」と。

 いつものカフェで、ミルクティーを片手にぼんやりと物思いにふける私。窓の外では、初夏の風に揺れる街路樹がやわらかな陽光を受けてキラキラと輝いている。 これから先も、恋と法律トラブルが絡む相談は絶えないだろう。ときに苦く、ときに切ない物語を紡ぎながら、それでも私は前へ進んでいくのだ——彼女のため、そして少しばかり自分のためにも

 おしまい

 
 
 

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