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曇りなきランウェイ

  • 山崎行政書士事務所
  • 2月1日
  • 読了時間: 5分



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第一章:パリの香り、東京の空

初夏の朝、成田空港の到着ロビーに一つのキャリーケースが静かに転がってきた。外装には「Micheline Y. Paris」のロゴ――今年のパリコレで話題をさらった新進ブランドの名前が光る。そのキャリーを引いているのは、仁科エリカ(にしな・えりか)。日本法人の企画担当でありながら、フランス本社での研修を終え、ようやく帰国したばかりだった。彼女の任務は、パリで制作したコレクションを日本に本格導入すること。だが、その先に待ち構えている法的な障壁の多さをエリカはまだ知らない。

第二章:ブランドマネージャーの懸念

翌日、都内のオフィスビル。ミシェリーヌY.日本法人のオフィスで、エリカは上司の水島と顔を合わせる。「エリカ、お帰り。どうだった? 向こうの仕上がりは」「素晴らしいですよ。パリコレで大成功だったラインナップをそのまま日本へ。ファッショニスタが熱狂するはずです」エリカは瞳を輝かせる。だが、水島の表情はどこか苦い。「それはいいんだが、法務部から聞いたところ、日本での商標や意匠、さらに輸入関税の問題があるらしい。とくに“Micheline Y.”って名義、国内ではまだ完全にクリアじゃないと」「え? そんな……もう日本で宣伝を打つ予定なんですが」水島は肩をすくめる。「法務ときちんと話をして、早めに解決策を探ってくれよ。時間がないんだ」

第三章:商標と模倣品

法務部の担当は**長門法子(ながと・のりこ)**という女性だ。クールな眼差しでエリカを迎える。机の上には大量の資料――商標データや関税関連のレポートが雑多に並んでいる。「まず“Micheline Y.”の商標が日本で既に登録済みかどうか確認しないといけない。私が調べたところ、似たような名前を使った小規模アパレル会社が先行登録している可能性がある」「まさか……ウチのブランドが使えないなんて」「まだ可能性の段階よ。でも商標出願手続きが遅れると、商標権侵害で訴えられるリスクもある。法的にどう対応するか、本社のフランス側とも相談が必要ね。さらにデザイン面も、今回のラインが“意匠登録”を取るべきか、あるいは著作権で保護できるか検討する必要があるわ」

エリカは息を呑む。ファッション界ではデザインの模倣が日常茶飯事。“パリコレの人気ラインが速攻でコピーされ、ネットで安価に流通” というニュースを見たことがある。「大切な作品が偽物だらけになってしまったら……」「だから早期に意匠権の出願や商標保護を確立しないとね。とりあえず、ブランドロゴに関して急ぎで先行登録の状況を調べてみる。エリカさんは日本での販売計画を進めながら、素材や輸入の面もチェックして」長門の口調は淡々としているが、その目には強い意志が宿っていた。

第四章:輸入とケアラベルの壁

その翌日、エリカは経理の山本とともに輸入通関業務の説明を受ける。「フランスから持ってくる生地によっては関税率が違うし、もし希少な動物の革を使っているならワシントン条約の規制も確認しないと。あと、国内販売するなら繊維表示や洗濯表記(ケアラベル)を日本語で付ける必要があるよ」「パリで制作した服にはフランス語と英語の洗濯表示しか……」「そこを改めて日本語ラベルを貼り付ける作業が要るだろうね。返品対応やPL法(製造物責任)についても準備しといて」

エリカは頭を抱えながらメモを取る。せっかくの華やかなコレクションも、日本に到着するまでに越えなければいけない法令のハードルが多すぎる。だが、それを怠ればブランドイメージに大きな傷を負うことになる。

第五章:契約と代理店問題

その日の夕刻、エリカが水島と話し込んでいると、さらに困った事態が発覚する。「実は、3年前にうちの本社が別の代理店と契約していて、“日本国内での独占販売権を与える”って文面があるかもしれないんだ」「え……じゃあ、今回の直営ショップ展開は契約違反?」「その可能性がある。法務部にも確認中だけど、一歩間違えば訴訟を起こされるリスクだよ」エリカは顔を曇らせる。「どうして本社はそんな契約を……」「よくある話だ。現地担当が軽く契約書にサインしていたんだろう。とにかく、過去の契約を全部洗い直すしかないね」

第六章:法務部との連携と光明

翌週、長門から連絡が入る。「大まかな状況をまとめたわ。まず商標は運よく『Micheline Y.』そのものは空いている。でも似たロゴが一件あったので、早急に出願して防衛する必要がある。代理店契約については、フランス本社が『販売チャネルが限定される契約ではなかった』との追加条項を見つけたそう。たぶん大丈夫そうよ」エリカは心底ほっとしたが、依然として輸入関税と日本語ラベル問題は残っている。「私もいま税理士や通関業者と協議中だけど、初期コストはかかるわね。けど、そこをきちんとクリアすればブランドの信頼度は高まると思う」長門の言葉に勇気づけられる。日本の市場は厳格な法制度と消費者保護があるが、その分、一度信用を得れば高い評価につながる――そう彼女は信じる。

最終章:新たなランウェイへ

数週間後、「Micheline Y.」日本法人は一連の法務手続きや輸入手続きを終え、いよいよ都内での新作発表会を迎える。会場のステージにはパリコレで評価されたドレスがずらりと並ぶ。モデルたちが優雅にランウェイを歩く姿に、メディアやバイヤーの目は釘付けだ。会場の片隅でエリカは長門と顔を合わせる。「大変だったけど、ちゃんと商標出願もできたし、ケアラベルも貼り終わったし、通関は順調。後はうまく売れるといいですね」「ええ。ここまで徹底した法的整備は逆にブランドの強さにもなる。コピー品が出回っても、法的に対応できる備えはできたし」笑みを交わし合う二人の視線の先で、鮮やかなドレスがきらめきながらステージを進んでいく。――パリで生まれ、日本の法のもとで大きく羽ばたこうとする“Micheline Y.”ブランド。その輝きの裏には、周到な法務準備という不可欠な“ランウェイ”が敷かれていたのだ。

あとがき

この小説では、パリコレ発のブランドが日本市場に進出する際に直面する商標・意匠・代理店契約・輸入通関・表示義務といった法務上の課題を“真山仁”らしい社会派ビジネスドラマ調で描きました。主人公たちが複雑な契約や規制を乗り越え、華やかなファッションの世界を舞台裏で支える物語であり、ファッション業界特有のコピー品対策や輸入時の表示義務の重要性も示唆しています。

華やかなブランドほど法的基盤が求められる――本編のように徹底した“法務×事業”連携があれば、日本市場でのランウェイがより一層輝くはずです。

 
 
 

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