深夜の踏切
- 山崎行政書士事務所
- 1月13日
- 読了時間: 6分

第一章:噂との遭遇
七ツ新屋(ななつあらや)の踏切は、ごく普通の住宅街にある踏切でありながら、奇妙な噂が絶えない場所でもある。特に若者の間で囁かれるのが、「深夜0時に立っていると、未来の自分の姿が見える」という都市伝説じみた話だ。 信憑性は薄いとしても、面白半分で挑戦しようとする好奇心旺盛な若者が後を絶たない。だけど実際に「見えた」という体験談は稀だし、大半が「何も起きなかった」というオチに終わる。 大学2年の涼介は、そんな噂を聞いても鼻で笑うタイプだった。友人たちが盛り上がっていても、彼には「くだらない話」としか映らない。ところがある日、友人の挑発に乗ってしまい、深夜の踏切に行くはめになった。
第二章:踏切に立つ深夜0時
夜が更け、住宅街が静まり返る中、涼介は友人の見守る前で、ちょうど0時のチャイムに合わせて踏切へ足を踏み出した。電車の運行も終わり、遮断機は上がりっぱなし。街灯の少ない踏切は、夜の闇に包まれている。 「ほら、なんにも起きないだろ」 そうつぶやきかけた瞬間、ふいに線路を挟んだ向こうに、自分とそっくりな人影が浮かび上がった。暗がりの中で、薄い街灯に照らされているのは、ボロボロの服をまとい、長く伸びた髪が無造作に垂れ下がっている男。まるでホームレスのような姿。その顔は、確かに自分によく似ていた。 思わず息をのむ。動悸が高まり、友人たちは「何かいる? どうした?」と騒ぐが、どうやら彼らにはその姿は見えていないらしい。 「ウソだろ……」 涼介は言葉を失い、隣を見ると、その“未来の自分”が虚ろな目でこちらを見返している。刹那に背筋が凍りつく。そんな光景が数秒続いた後、あっという間に人影は闇に溶けるように消えてしまった。
第三章:予感
帰宅しても涼介は混乱していた。「なんで……俺がホームレスに?」 特に将来に対して大きな不安があるわけではなかったが、学業も中の上で、就職だって普通にできると思っていた。彼女はいないが、友人もいるし、家族も健在だ。 ただ、これまで漫然とした日々を過ごしてきたのも事実だ。深く考えることなく、ラクな方へ流されてきた。そんな自分への漠然とした危機感——もしかしたら、あの姿は「何も変わろうとしなければ、お前は落ちぶれる」という警告かもしれない、そう考えると震えが走る。 「これはただの幻なのか、それとも本当に未来の俺なのか……」 疑う自分もいれば、直感で「これは見過ごせない」と思う自分もいる。
第四章:生活を改める
このままではまずい——そう思い、涼介は生活を一新しようと決めた。まず大学の授業を真面目に受け始め、バイトにも力を入れ、貯金を考え出す。これまで散らかっていた部屋を片づけ、毎晩のようにゲームやネットで夜更かししていた習慣を改めて、早寝早起きを心掛ける。 そんな努力を数週間続けた結果、少しは自信がついてきた。バイト先でも「最近頑張ってるな」と評価され、成績も微妙に上がってきた。 「これなら未来のホームレスなんてあり得ない。もう踏切に行っても、違う自分が現れるだろう」 そう思い込み、再び深夜0時に踏切へ足を運んだ。ところが、そこに現れたのは、前回とまったく同じ“ホームレスの姿”の自分。まるで計画的な努力など嘲笑うかのように、変わらない未来を映し出す。 愕然とする涼介。「嘘だ、こんなに頑張ったのに……!」——運命は変えられないのか。
第五章:葛藤と調査
自分の運命が変わらないと知って、涼介は焦りと失望に苛まれる。無闇に頑張ったって意味がないのか……そんな投げやりな思いが頭をもたげる。 ただ、同時に**「噂の真実をもっと調べよう」という意欲も湧いてきた。他の人たちはどうなのか? 本当に未来の姿を見たという体験談はあるのか、そしてそれを回避できた例はないのか。 地元のSNSや友人の話を当たると、「深夜の踏切で自分の未来を見た」と言い張る人が数名いるが、いずれも噂だけでトリックや真偽は曖昧だ。ただ中には「数回行ったら、見える未来が違うという話もある」**と耳にする。 涼介は不安を抱えながら、「もし、何度も踏切を渡ることで別の未来を選べるなら?」というわずかな望みに賭ける。
第六章:決断
再び深夜の踏切へ行く前に、涼介はもう一度自分自身を見つめ直す。周囲の期待や常識に流されて大学へ進み、生活もなんとなくで続けてきた。実際、自分は本当に何をやりたいのか、まだよく分かっていない。 もしかすると、あの“ホームレス姿”は、**「自分の本当の夢を見つけずに流され続けた先の姿」**かもしれない——そう思い当たる。では夢を見つけるためには、どうすればいいのか? 彼は考え続ける。 結論を得ぬまま、夜が来る。再び踏切に立つと、0時を告げる遠くの時計が鳴り、遮断機は静かに上がり下がり……前と何も変わらない風景が続く。正直、胸の鼓動が耳に痛いほど高鳴る。 そしてそこに現れたのは、やはりホームレスの自分。しかし、その表情が前回と違う気がした。どこか寂しげでありながら、ある種の安らぎも見える。涼介は声をかけたくても、音が出ない。しかし、たった数秒間、相手と視線を交わした気がした。 (俺はどうすればいい?) そう問いかけると、相手は微笑んだように見え、やがて空気のように消え去る——。
第七章:踏切の向こうへ
やがて涼介は気づく。「未来の自分」が見えるのは、今の自分に大切なメッセージを与えるためかもしれない。ホームレスの姿をした自分が、本当に不幸なのかもしれないし、逆に満ち足りた暮らしをしているのかもしれない。そこには幸せと不幸を一概に決めるものではない何かがある。 「もしかして、あれは単純に悲惨な未来じゃなく、“別の生き方”を映しているのでは?」 もしそうだとしたら、何が自分にとって本当の幸せなのかを考えるきっかけをくれているのだ。 最終的に彼は、踏切で「未来の自分」を見る必要さえ感じなくなる。**「俺は俺の足で、自分が納得できる道を探せばいい」**と思えるようになったのだ。大学の勉強に真剣に向き合い、今まで考えなかった留学や起業などにも興味を持ち出す。 そしてある晩、久々に踏切に立ってみても、もうそこに「ホームレスの自分」の姿はなかった。彼がようやく、自分で未来を選ぶ覚悟を決めたからなのだろうか。深夜の街灯に照らされた線路は、変わらず静かに続いているだけ。 「踏切の向こう側」にあったのは、いくつもの可能性を秘めた“未来”。しかし、どの道を選ぶのかは自分自身次第。運命とは、逃れられないものではなく、選び取り続けるものなのだ——そう涼介は学んだのだろう。 朝が来ると、踏切はいつも通りの警報音を鳴らし、行き交う人々を受け止めている。涼介はほんのりとした笑みを浮かべ、通い慣れた大学への道を歩き始める。


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