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環境犯罪の告発者

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月18日
  • 読了時間: 6分

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プロローグ:引退後の悪夢

 静岡市三保地区にある三保ケミカル。かつて、ここで長年働いた佐伯 章二(さえき しょうじ)は、定年を機に会社を去って平穏な余生を送っていた。 ところがある日、ニュースが「三保地区のPFAS汚染」を大きく取り上げ始める。住民の体調不良、異常な川の生態系の崩壊などが報じられ、行政は原因究明に動き出す構えを見せる。 テレビ画面を見つめる佐伯の胸に、かつての嫌な記憶が蘇る。自分が関わった化学物質のデータ改ざん産業廃棄物の不正処理の片鱗(へんりん)が、頭を締め付ける。 「もしかして、あの時の“あれ”が今になって……」 後悔と不安が入り混じる。その日は眠れぬ夜を過ごした。

第一章:過去の記憶

 三保ケミカルは、中堅の化学会社として地元では大きな雇用を支えつつ、一方でフッ素化合物やPFAS系物質を扱っていたことで、内部では厳しい安全管理が求められていた。 しかし、佐伯が現役だったころ、コストカットの圧力は強く、上司の指示で排水の測定結果を改ざんしたり、危険な産廃ドラム缶を地中に埋めたりという違法行為が暗黙のうちに行われていた。 佐伯自身は当時、家庭を守るため必死に働き、上の指示に逆らえなかった。 だが、今になって改めて振り返ると、あの行為が人々を害していると知り、強い良心の呵責に苛まれる。

第二章:ニュースの追及

 テレビ報道や地元紙の続報によれば、「三保地区のPFAS濃度は基準を超える恐れがあり、住民が体調を崩している例が散見される。原因は工場排水が疑われるが、企業は否定」という内容だ。 佐伯は知人の元同僚にも連絡を取ろうとするが、皆口を閉ざす。会社から「不用意に発言するな」と通達があったらしい。 さらに、SNSでは「三保ケミカルが犯人だ!」という怒りの声が広がりつつも、企業は「事実無根」「我々の排水は厳格管理」と反論。行き場のない論争が激化し、住民は不安を募らせる。 佐伯はたまらず「自分が証拠を出さねばならない」と考え始める。一方で、企業が黙っていないだろう、という恐怖もある。

第三章:内部告発を決意する

 ある夜、佐伯の家の電話が鳴る。出ると、無言のまま切れる。次の日も同じ。これは警告か? それでも佐伯は覚悟を決め、押し入れから古いノートやファイルを取り出す。それらは退職時にこっそり持ち帰った社内の資料や、自分用に記録していたメモだった。 そこには廃棄物のドラム缶数やPFAS濃度データの改ざん指示など、明確に違法行為が書かれた記録がある。 ただ、手書きなので証拠能力がどう評価されるか微妙だが、何らかの裏付けは得られるはずだ。 「これを世間に出せば会社から訴えられるか、命を狙われるかもしれない……。でも、被害が拡大するなら黙っていられない」 悩む末、佐伯は弁護士やメディアに相談して“内部告発”の手順を踏むと決意する。

第四章:記者との密会と企業の圧力

 佐伯は地元新聞社の長沢という若手記者に接触。長沢はPFAS汚染を追う記者で、「もし本当なら大スクープだ」と乗り気になるが、会社がスポンサーの企業を敵に回す危険もあって周りは腰が重いという。 しかし長沢は「必ず取材を進める。あなたを守るためにも、弁護士に立ち会ってもらいましょう」と提案。 同時に、三保ケミカルは佐伯が動き出したことを察知し、脅迫電話がかかってくる。「余計なことするな。過去に関する機密保持契約を忘れたのか?」。 さらに夜道で黒い車が佐伯の前に止まり、男が「これ以上騒ぐなら家族も危ないぞ」と囁いて去っていく。 佐伯は怯えながらも、「引き下がれない」と踏ん張る。

第五章:死亡事故の真相

 告発準備をする中、佐伯は昔、工場で起きた「作業員の死亡事故」についての資料が出てきた。それは当時、会社が「作業員のミスによる事故」と発表したが、実際はPFAS系廃液の扱いミスによる中毒死だった可能性が高い。 会社はその死亡事故を別の原因にすり替え、遺族に口止め料を支払った事実もメモに書かれている。 これが表に出れば企業のイメージが崩壊するだろう。 佐伯はさらに苦悩する。「自分もその対応に関わった……。あの時は家族を守るため、何も言わなかったが、今はもう見過ごせない」と拳を握り締める。

第六章:告発への最終ステップと危機

 佐伯の弁護士は、内部告発者保護の制度を利用しようと奔走するが、企業や政治家の圧力でスムーズにいかない。 長沢記者も「上から待ったがかかり、記事を掲載できるか分からない」と焦る。ネットメディアなど活用する手もあるが、法的リスクが大きい。 そんな中、佐伯の家が放火未遂に遭う事件が発生。深夜にガソリンが撒かれそうになったが近隣住民が気付き通報したため未遂に終わる。犯人は不明だが、会社側が指図したと思わざるを得ない。 恐怖に押し潰されそうになるが、佐伯は「ここで退けば、結局被害者が増えるだけ」と再度自分を奮い立たせる。

第七章:大逆転の記者会見

 佐伯は長沢記者と弁護士の案で、**「一斉告発」**を企てる。マスコミ各社と環境団体、被害住民代表を招き、記者会見を開き、その場で証拠資料を公開するのだ。 企業が意図的にPFAS廃液を違法処理し、廃棄物の管理データを改ざんしていた事実、さらに死亡事故を隠蔽したこと——これらを一気に暴露する。 会見当日、企業側は弁護士を送り込み「これはデマ。名誉毀損で法的措置を取る」と反論。市役所の代表も困惑した様子を見せるが、既に佐伯が用意した書類や証拠のコピーがメディアに配布され、SNSで即時拡散されていく。 “事実無根”という企業の主張は裏付けデータがなく、それに対し佐伯側は具体的文書や死亡事故対応の証拠まで公表。会場は騒然となり、企業は返す言葉を失う。

エピローグ:街と人々の未来

 告発の衝撃は大きく、全国報道で**“静かな毒:三保地区のPFAS汚染”と題して連日ニュースが流れる。企業は緊急謝罪に追い込まれ、経営陣が総退陣。行政も再調査を始め、住民被害の補償が検討される。 しかし被害者は既に健康被害を抱えており、環境回復にも数十年かかると言われる。町は混乱し、企業が撤退すれば失業者も増えるジレンマに悩むが、真実が明るみに出た以上、“毒の被害が隠されたまま”よりは確実に一歩前に進めるかもしれない。 佐伯は罪悪感と、長年の重荷から解放されつつも、企業や社会から非難される辛さを味わう。だが、失ったものは多くとも、「自分の過ちを償い、人々を守るために行動した」という誇りがある。 最後、佐伯は三保地区の海岸に立つ。夕陽が波間を照らし、その先に工場の煙突が影を落とす。「この町はまだ救える。正義は遅れても来るんだ」**と呟(つぶや)き、胸の内で亡き同僚や被害者への想いを捧げる。 こうして“環境犯罪の告発者”は、大きな代償を払いつつも真実を世に示した。町は再生への道を歩み始め、物語は静かに幕を下ろす。

(了)

 
 
 

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