白い大理石の調べ――ミラノ大聖堂にて
- 山崎行政書士事務所
- 2025年2月3日
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イタリア北部の都市・ミラノ。ファッションやビジネスの中心地として知られるこの街だが、その象徴的存在は何といっても ミラノ大聖堂(Duomo di Milano) だ。白亜の大理石で造られたその外観は、目の覚めるような荘厳さと、美しさを兼ね備えている。
1. 夜明け前の広場
まだ朝の薄暗い時分、世界的ブランドのショーウィンドウが並ぶコルソ通りも、往来がまばらだ。ところが、大聖堂前の広場(Piazza del Duomo)は、清掃作業員や早朝の散歩を楽しむ人々の姿がちらほらと見える。 そんな中、ロザンナという若い女性が、大聖堂に面した石畳の広場に立ち尽くしていた。彼女は地元ミラノ出身ではあるが、大学進学を機に一度故郷を離れ、長らく海外で暮らしてきたのだ。数年ぶりに戻ったこの街でまず訪れたのが、幼い頃から慣れ親しんだ大聖堂だった。
2. 大聖堂の白い森
夜明けの光が少しずつ空を染めはじめると、大聖堂の白い大理石が、ほんのりと桃色を帯びる。外壁には無数の彫刻や尖塔が並び、その一つひとつに異なる聖人や天使が刻まれている。まるで、「大理石の森」と呼ぶにふさわしいほどの装飾の細やかさだ。 ロザンナは、そんな聖堂の正面をまっすぐ見上げた。以前は当たり前のようにそこにあった存在だが、久しぶりに対峙すると、その威厳に心が打たれる。ゴシック様式の高い尖塔は、空へと伸びていくかのようで、まるで天と地をつなぐ道筋を指し示しているようだ。
3. 内部の静謐(せいひつ)
扉をくぐり、内部に足を踏み入れる。石造りの天井は高く、ステンドグラスを通じて差し込む光が床に淡い模様を描いていた。朝のまだ静かな時間、礼拝堂の方ではシスターが祈りを捧げており、足音が響くと申し訳なくなるほどの厳粛な空気が漂っている。 大理石の柱はまるで森のように聳(そび)え、それぞれに複雑な彫刻が施されている。その奥に飾られた絵画や彫像は、聖書の場面や聖人の物語を描き、訪れた者の心をそっと捉える。ロザンナは息を飲み、昔、この場所で初めてミサを体験した記憶を懐かしく思い出した。
4. 屋上テラスへの道
ミラノ大聖堂の名物の一つが、「屋上」へ上がれるということ。階段、もしくはエレベーターで上がった先には、独特の光景が待っている。 ロザンナは石の階段を、少し息を弾ませながら登っていく。途中、壁の狭間から見下ろす広場には、通勤客が増えはじめているのが見えた。コーヒーの香りやバイクのエンジン音が、かすかに届いてくる。 やがて、視界が開けた。そこは大聖堂の尖塔と尖塔を縫うように並ぶ細い通路。美しい装飾が施された飛梁(ひりょう)の上を歩きながら、彼女はミラノの街並みを見渡す。高層ビルが増えたとはいえ、大聖堂の周辺には歴史的な建物も多く、古さと新しさが交錯する独特のパノラマが広がっていた。
5. 金色のマドンニーナ
屋上テラスの奥には、大聖堂の象徴とも言える金色の聖母像、「マドンニーナ(Madonnina)」が輝いている。凛々しくも慈愛に満ちたその姿は、ミラノの人々にとって特別な存在だ。 ロザンナは近づいてみて、その金色の光が朝日に照らされ、眩(まばゆ)しくきらめいているのを見つめた。ときおり吹く風がマドンニーナの足元を撫で、街の喧騒さえも神聖な調べに変えているようだ。 「やっぱり、帰ってきてよかった」 心の中でつぶやく。海外での暮らしも楽しかったが、ミラノにはミラノにしかない空気がある。この大聖堂は、その中心に佇んでいるのだと改めて実感する。
6. 大聖堂の回廊と歴史
大聖堂の回廊を下りながら、ロザンナはその歴史の長さに思いを馳せる。建設が始まったのは14世紀後半、完成と呼べる段階に至るまで何世紀もかかったと言われる。その間に、多くの芸術家や職人が関わり、時の権力者や市民の熱意が注ぎ込まれてきた。 歴代の人々が手を取り合い、あるいは対立や戦争を乗り越えながらも、この白亜の大聖堂を守り、完成へと近づけていった。長きにわたる時間が積み重なった結果、今の壮麗な姿があるのだ。
7. 広場に戻る昼下がり
大聖堂を出た頃には、すでに昼近くになっていた。広場にはカメラを手にした観光客が増え、鳩が飛び回る中で子どもたちがはしゃいでいる。向かいにはガッレリア(Galleria Vittorio Emanuele II)のガラスドームが煌(きら)めき、レストランやカフェがテラス席を広げている。 ロザンナは、ふと懐かしさに胸を締め付けられる。幼少期、両親と買い物をした記憶や、友人とおしゃべりをしたカフェのことがありありと思い出されるのだ。まるで大聖堂が彼女の記憶を揺さぶり起こしているかのように感じる。
エピローグ
ミラノ大聖堂――白い大理石の外観は、昼と夜、季節によって表情を変える。夜にはライトアップされ、まるで巨大な宝石のように浮かび上がり、冬の雨の日には灰色の空を背景に厳かな雰囲気を纏(まと)う。 ロザンナは広場を通り抜けながら、観光客が大聖堂を背景に写真を撮っているのを見て、なんだか自分も一緒に写りたくなった。けれど、彼女の心にはすでに、何よりも鮮明でかけがえのない“帰郷の記憶”が刻まれたのだろう。 この大聖堂があってこそ、ミラノはミラノである。 そして、この街に育まれた人々の人生もまた、尖塔のように高く、そして美しく伸びていくのだ――。
(了)




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