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緞帳の向こうに息づく――開演前の劇場客席

  • 山崎行政書士事務所
  • 2月8日
  • 読了時間: 3分

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1. 重厚なシャンデリアと深紅の椅子

 夜の帳(とばり)が下りるころ、古典的な劇場の客席に足を踏み入れる。目の前には深紅の椅子がびっしり並び、正面には豪華な緞帳(どんちょう)が静かに吊り下がっている。上空には大きなシャンデリアがきらきらと光り、人々のざわめきがカーペットに吸い込まれるように心地よい音の反響を作っている。 チケットを手に自分の席へ向かうと、感嘆の声をあげる観光客や、オペラグラスを持ち込む常連らしき人々の姿が目に入る。照明が半分ほど落とされている中、まだ何も始まっていない舞台を見つめれば、そこにどんな物語が待っているのか、自然と期待が高まるのだ。

2. 座席からの視線と調整する身体

 椅子に腰かけ、コートを脱ぎながら背筋を伸ばすと、ほんのりとした淡い暖房の温度を感じる。周囲の席にも人々が続々と座り、紙プログラムを開いたり、スマートフォンで最後の連絡を済ませたりしている。 舞台前方までの距離を確かめるように身体を少し前傾させたり、逆に肩をもたれてくつろいだり。客席にある薄暗い照明が、これからのドラマを目前に控えた人々の微かな表情を照らし出す。

3. プログラムのページと演目の予感

 手元のプログラムに目を落とせば、俳優の写真やあらすじ、作曲家や作家の説明が掲載されている。時代背景やテーマをひととおり読んでいるうちに、舞台裏で準備する役者たちやスタッフの情景が想像できて、胸が高鳴ってくる。 「この場面ではどんな演出があるんだろう」「あの俳優さんの声を生で聴くのは初めて」……そんな期待の種が心をくすぐり、舞台への視線を上げれば、まだ動かぬ緞帳の端にほんのわずかに空気の流れを感じるような気がする。

4. 周囲のざわめきと舞台の静寂の対比

 隣の席ではカップルが小声で話し合い、反対側には年配の女性が楽しげにアクセサリーを直している。どんな観客が集まっているのか、ざっと見渡せば老若男女さまざま――それだけこの演目が注目されているということだろう。 一方、緞帳の向こうは推し量れないほどの静寂と緊張が満ちているはずだ。役者やオーケストラ、スタッフのざわめきは客席には届かないが、舞台の闇の中で熱量が高まり、いつでも生の一瞬へと放たれる準備が整っている。言葉にできない、見えない圧力がこちら側にも伝わってくるようだ。

5. 照明が落ち、時が動き出す

 やがて、客席の照明がさらに落とされ、観客のささやきが急に静まる。その移り変わりはまるで、世界が二度目の夜を迎えるかのような変化。緞帳の根元にはほのかにライトが灯っていて、まるで舞台が優しく息づいているかのように思える。 しん……と息を詰める一瞬の間、誰かがかすかに咳払いをしたあと、オーケストラがあるなら調弦の音が聞こえたり、幕があるいは音楽が始まりそうな合図が鳴ったり。いよいよ開演の合図が来る、そんな一瞬の間こそが観客にとっては舞台芸術の魅力が最も凝縮された時かもしれない。

エピローグ

 舞台の開演を待つ席――緞帳がまだ降りたままの劇場で、人々は期待に胸を躍らせ、席に腰を下ろして息を潜める。 プログラムの文字、周囲のざわめき、そして舞台裏で準備を進める役者の熱気。それらが一体となり、開演直前という一瞬の緊張感を生み出す。この時間は、観客がまだ観ぬ物語や音楽に思いを馳せる**“静寂のワクワク”**の瞬間だ。 もしあなたが舞台を待つ席に腰かけるときは、このわずかな時間に耳を澄ませてほしい。舞台の呼吸や人々の想いが膨らむこの刹那こそ、劇場が持つ魔法の始まりなのだから。

(了)

 
 
 

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