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静岡鉄道ミステリー~前編~

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月27日
  • 読了時間: 24分


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第一話 「新静岡駅の時刻表トリック」

 薄曇りの朝、新静岡駅のコンコースにはまだ閑散とした空気が漂っていた。改札付近に設置された大型ディスプレイの時刻表が、普段よりも眩しく輝いているように見える。乗客の波が押し寄せる前のわずかな静寂と、これから始まる一日の慌ただしさが同居する、不思議な時間帯だった。

 その静けさを破ったのは、女子大生らしき若い女性の叫び声だった。「誰か、救急車を呼んで!」。彼女が慌てて指し示す先には、中年男性が倒れている。胸のあたりを押さえ、苦しそうに息をするその男は、数分後に到着した救急隊によって救命措置を受けるも、病院に搬送される途中で息を引き取った。

 通報を受け、静岡県警の刑事・浜口修一が現場に到着したときには、駅員や目撃者への聞き取りが始まっていた。駅構内を警戒線で封鎖するほどの大事件だという空気はまだなく、周囲の客も何事かという程度で立ち止まっている。だが、浜口の直感がざわついた。―これは単なる心臓発作などではない―。

 死亡した男性は市内在住の会社員、山根豊。彼のスーツの内ポケットには、新静岡駅から新清水駅までの乗車券とともに、出張の旅程表が挟まれていた。それを見た浜口は思わず目を細める。その旅程表には、今朝8時32分発の静岡鉄道・新静岡発新清水行きに乗るはずと書かれている。しかし現時点で、すでに時刻は8時40分。もし山根がその列車に乗る予定だったなら、乗り遅れていたはずだ。乗車券の日付は今日の日付。ならば、なぜ彼はホームではなくコンコースで倒れたのか。

 さらに妙な事実が浮上した。駅構内の監視カメラを確認すると、山根は8時25分ごろにはすでに改札を通過していた。ところが、その後コンコース近くを行ったり来たりする姿が記録されている。なぜホームに直行しなかったのだろうか。女性の証言によれば、山根は倒れる直前、駅の壁に取り付けられたアナログ時計を何度も気にしていたという。まるで「時間」を確かめるように――。

 浜口は、その場にいた駅員から話を聞いた。 「今朝、新静岡駅のアナログ時計に少し誤差があったらしいんです。たしか5分ほど進んでいたとか…。ちょうど早朝の点検中に針を動かそうとして、正しい時刻に直し損ねたままになっていたそうで」  その言葉を聞いた瞬間、浜口の背筋に冷たいものが走った。駅の時計が5分進んでいたということは、山根は“実際には”8時27分のつもりで行動していたかもしれない。だが、正しい時間は8時22分だったのだ。時刻表上は8時32分発の列車に十分間に合うはずだったが、実際には思ったより余裕があると勘違いしてしまっていた…?

 だが、それだけでは説明がつかない。山根は「余裕がある」と勘違いしていたのなら、なぜ焦ったようにうろついていたのか。そもそもこの“5分の誤差”を、誰かが意図して利用した可能性はないのか。まるで時刻表そのものを犯人が操ったかのように、浜口の脳裏には「時間をめぐるトリック」という言葉が浮かんでくる。

 そしてもう一つ、腑に落ちない点があった。被害者の山根はなぜ「今朝の出張」にわざわざローカル線である静岡鉄道を使おうとしたのか。新幹線や在来線を利用するルートのほうが常識的には速いはず。にもかかわらず、新静岡—新清水間をわざわざ選んだのは、何か特別な理由があるに違いない。

 捜査を進めるうちに、浜口の元に奇妙な証言が舞い込む。駅前のカフェの店員が、「山根さんは今朝、待ち合わせをしているようだった。時間を気にしていたが、いつまでたっても相手が来ないとぼやいていた」というのだ。もし彼の待ち合わせ相手がこの“誤差”を知っていたのだとしたら――。

 新静岡駅の5分進んだ時計。そこに仕掛けられたかもしれない“時間”の罠。山根はなぜ命を落としたのか。犯人は何を目的に彼をこの駅へ呼び寄せたのか。浜口は駅構内の調査とともに、次の手がかりを探すために新清水駅へ向かうことを決意する。

 時刻表と時計のズレが生む“タイムトリック”は、まだ幕が上がったばかりだった。次回、第二話の舞台は桜橋駅か、それとも…?静岡鉄道ミステリーの連載は始まったばかり。浜口は“時間”に潜む罠の全容を解き明かすことができるのだろうか――。


第二話 「桜橋駅に咲く疑惑」

 静岡鉄道で起こった不可解な死亡事件。新静岡駅のアナログ時計の“5分進み”という誤差をきっかけに、捜査の矛先は“誰が、なぜ、そんなトリックを仕掛けたのか”という謎へと向かっていた。 被害者・山根豊の旅程表には、新清水まで乗るつもりだった痕跡が残されている。しかし、なぜわざわざローカル線を使ったのか。そして、駅前のカフェ店員が語った「山根が待ち合わせをしていたらしい」という証言。相手は一体誰なのか――。

 静岡県警捜査一課の刑事・浜口修一は、山根が何らかの理由で「途中下車」を予定していた可能性に思い至った。正式な旅程と実際の行動が食い違うのは、ローカル線ミステリーの王道とも言える“時刻表トリック”によくあるパターンだ。そう考えた浜口は、山根の移動ルートを追うべく、新清水へと向かう列車に乗り込んだ。

 新静岡駅を発車してしばらく経った頃、浜口のスマートフォンが着信を告げる。表示されたのは県警本部の部下からの連絡だった。「浜口さん、ちょっと奇妙な報告があるんです。山根の自宅から、桜の絵が描かれたファイルが見つかったんですが、その中に『桜橋駅』の文字と時刻が書かれたメモがありました。なにか手掛かりになるかもしれません」 桜橋駅――新静岡駅から数えて14番目、終点の新清水の少し手前にある小さな駅である。ホームの端に桜の花が植えられ、春には見事な花を咲かせることから名付けられたらしい。

 浜口は思わず身を乗り出した。「桜橋駅」で一体何があったのか。あるいは、何が“起こる”予定だったのか。「わかった。ちょうど今、新清水に向かっている最中だ。途中で降りて調べてみる」

 列車の中の違和感 乗車しているローカル電車は、平日の昼間ということもあり乗客はまばら。車内アナウンスとレールの継ぎ目を刻むリズムが、心地よくも静かに響く。いつもなら風情を感じるはずのこの小旅行が、今は事件の影を落としたまま、浜口の意識を強張らせる。 新静岡駅での事件を知るはずもない乗客たちの穏やかな会話と笑顔。その風景に、どこか現実離れした感覚を覚えるのは、山根がこの列車に乗るはずだった“はず”という事実を強く意識してしまうからだろう。 (桜橋駅……わざわざメモに残すほどの理由とは……?)

 桜橋駅での捜査 列車を途中下車して改札を出ると、浜口の目に飛び込んできたのは、やはりシンプルな小駅の風景だった。駅員は一人だけ。コンコースすら小さい。一見して“トリック”など仕掛けようがないように思える。「すみません、静岡県警の者です。最近、この駅で何か変わったことは?」 浜口が声をかけると、駅員はしばし困惑顔を浮かべたが、手帳をめくりながら答える。「さあ……特に事件らしい出来事は聞いてないですね。改札やホームで倒れた人がいたとか、トラブルがあったとか……。そういえば先週、停電があったんです。夜10時過ぎだったんですけど、数分間だけ照明が消えて、駅の時計も止まりました。すぐ復旧したので、利用客も少なかったですし、大きな騒ぎにはならなかったんですが」 停電。駅の時計が止まる。――それも「時間」に関わるトラブルではあるが、いま取り調べている事件とどう繋がるのかは分からない。

 もう一つの時計のズレ ふと、浜口は駅舎の片隅にあるアナログ式の大きな時計を見上げた。時刻は正午を少し回ったところ。しかし、自分の腕時計と見比べると、何かが違う。「……あれ? 2分ほど遅れているように見えますね」 先日の新静岡駅は5分進んでいた。対してここ桜橋駅は2分遅れ。駅員に確かめると、どうやら停電の影響で微妙な誤差が生じたらしい。「停電後、慌てて合わせ直したんですが、どうにも微調整が上手くいかなくて……。一応、デジタルの方は正確なんですけど、アナログ時計はちょっとズレたままなんです」 新静岡駅の時計が“5分進んで”いた。ここ桜橋駅の時計は“2分遅れて”いる。まるで時計同士がバラバラに狂っているかのようだ。まさか、これらの誤差が意図的に利用されている――そんな可能性が頭をよぎる。

 謎のメモ「SAKURABASHI 13:05」 浜口は駅周辺をひととおり歩いてみることにした。改札を出てすぐに住宅街が広がるだけで、商店街も小規模。目立った観光施設もない。だが、古い喫茶店の前を通りかかったとき、思いがけず声をかけられた。「刑事さん、ですよね? さっき駅員さんが話してるのを見かけたんで……。もしや、山根さんのことを調べてるんじゃ……?」 そう言ったのは、喫茶店「さくら草」の店主・浅井祥子(あさい しょうこ)という女性だった。話を聞くと、彼女は数日前、この店の前で“山根”と名乗る男性に「桜橋駅から新清水まで何分かかるか」を尋ねられたというのだ。「時刻表なら駅にあるはずなんだけど、とにかく急いでいたみたいで……。店内にお客さんがいたので手短に答えました。だいたい5分くらいですねって。その時、彼はメモに『SAKURABASHI 13:05』って書きこんでたんですよ」 桜橋駅から新清水駅までは、通常であれば3分ほど。やや余裕を見て5分と考えるなら、13時05分に桜橋を発車すれば、新清水着は13時10分頃になる。しかし、桜橋駅の時計は2分遅れている。もし山根がその誤差を知らずにいたら、実際には予定より“もう少し早く”到着できるはずだ。では、なぜ13:05という時刻を重要視していたのか。

 再び浮上する「誰かとの待ち合わせ」 桜橋駅の改札やホームをもう一度見まわした浜口は、駅名標の下に小さな掲示板があることに気づいた。地元のイベントや、不動産の広告などが貼られている中に、一枚だけ奇妙な張り紙があった。「桜橋美化推進委員会からのお知らせ:3月xx日(火)13:00~ 桜橋周辺の清掃ボランティアを行います。集合は桜橋駅前広場にて。参加希望者はお気軽にご連絡を」 日付はまさに山根が出張するとされていた期間と重なる。もし山根がこのボランティアに参加する予定……というのは、少し飛躍があるかもしれない。だが、13時に駅前に集まる人々がいる状況なら、そこで“誰か”と目立たずに会うことも可能だ。 新静岡駅付近のカフェ店員の証言と同じく、「誰かと待ち合わせをしていたらしい」という線は、ますます濃厚になる。

 時計が示す狂い、二つの駅のリンク 新静岡駅の時計は5分進み。桜橋駅の時計は2分遅れ。さらに、被害者は桜橋駅で「13:05」という時刻を気にしていた。もし桜橋駅の時計が遅れていることを知らずに、「13:05に発車する列車」とか「13:05に誰かと会う約束」だとか……そんな認識でいたとしたら、タイミングに食い違いが出るだろう。 ここでも「時間のズレ」は、何か大きな罠を張り巡らせる鍵になっているのかもしれない。誰かが駅の時計の誤差を利用し、人の行動を操る――。そんな仮説が浜口の脳裏をかすめたとき、スマートフォンが再び振動した。

 衝撃の報せ 部下からの慌ただしい声が耳に飛び込む。「浜口さん、大変です。山根の会社の同僚が、今度は“桜橋駅付近で不審な男を見かけた”っていう通報をしてきました。山根と一緒に出張に行く予定だった人物らしいんですが、その男が駅の周辺をうろうろしていたって。もしかすると、山根との約束をすっぽかした張本人かもしれません」 胸を突くような緊張が走る。「わかった。詳しい話を聞かせてくれ。俺はもう少し桜橋駅で調べたら、そいつを探しに行く」

 まるで点在するパズルのピースのように、ばらばらの事実が少しずつ浮かび上がっている。新静岡駅の5分進んだ時計。桜橋駅の2分遅れた時計。被害者がやけに気にしていた時刻。どこかでこれらが一本の線となって繋がるはずだ。 だがそれは、山根を死に追いやった“誰か”の意図した罠なのか、それとも偶然の連鎖か――。

 浜口は、足早に桜橋駅のホームへ向かった。次の列車で新清水へと移動する。そこから会社の同僚という不審人物を割り出し、事情聴取を行うつもりだった。 まるでレールの上を駆けていくこの捜査の先には、まだ見ぬ闇が待っているのか。それとも――。

 静岡鉄道ミステリー、第二話はここまで。 時計の誤差に仕掛けられた“タイムトリック”が、また一つ新たな謎を呼び起こす。次回、ついにカギを握る人物が姿を現すのか? 果たして、浜口は“時間の罠”を打ち破る糸口を見つけることができるのか。

 


第三話 「新清水駅に刻む影」

 桜橋駅の改札口に残された些細なズレ――2分遅れた時計が醸し出す不可解な空気を胸に抱え、刑事・浜口修一は次の目的地・新清水駅へ向けてローカル電車に乗り込んだ。 事件の被害者・山根豊が残した手掛かりは、桜橋駅のメモ「13:05」。だが、駅の時計は2分遅れ。さらに、新静岡駅では5分進んだ時計が発覚している。まるで沿線の各駅ごとに“時間の罠”が張り巡らされているかのようだった。 その“狂った時計”に乗せられる形で山根は死へと導かれたのだろうか――。だとすれば、いったい誰が、何のために?

新清水駅の佇まい

 昼下がりの車窓に、清水港方面の町並みが少しずつ近づいてくる。終点・新清水駅は静岡鉄道の路線上でも主要なターミナルのひとつだ。駅ビルのテナントや商業施設が併設され、乗客の数も比較的多い。 ホームに降り立った浜口は、まず改札を抜けた。駅コンコースには新静岡駅よりは規模が小さいものの、大型ディスプレイの発車案内が掲げられ、人々の往来が絶えない。 (ここに着くはずだった山根は、どこで足を止められたのか……) あらためて被害者の行動を思い描く。新静岡駅を出発し、新清水へ向かう途中で桜橋駅に何らかの用事があった。その後、終点の新清水に着く予定だった――。だが、その旅程の途中で山根は倒れ、命を落とした。

待ち合わせ場所の捜索

 新清水駅で浜口を待っていたのは、県警本部から連絡をくれた部下の村瀬だ。「浜口さん、お疲れさまです。例の“山根さんの会社の同僚”から話を聞きました。名前は秋吉洋介(あきよし ようすけ)。山根さんと同じ部署の社員で、出張には同行予定だったそうです」 村瀬によれば、秋吉は“桜橋駅周辺で挙動不審な男を見かけた”と通報した張本人だが、なぜか彼自身も“山根との待ち合わせに遅刻した”と証言しているという。「秋吉いわく、『山根と新清水駅周辺のカフェで10時半に打ち合わせをする予定だった』とのことです。しかし、実際に秋吉が駅に到着したのは11時近く。それまで彼はどこにいたのか、問い詰めても要領を得ないんです」

 どうやら秋吉には何か隠している事情があるらしい。浜口は直接話を聞くべく、駅近くの喫茶店に案内された。そこには細身で神経質そうな男性が、そわそわと落ち着かない様子で座っている。「……浜口刑事です。山根さんの件でお話を伺いたい」 秋吉はうわずった声で答えた。「山根とは、10時半にここで落ち合うはずでした。僕は、まあ……電車の時刻を勘違いしてしまって……気づいたら遅れてて。慌てて駅に着いたときには、もう山根はいなかったんですよ」

 しかし山根は、8時32分発の静岡鉄道で移動し、新清水へ9時前後に到着してもおかしくないはずだった。秋吉の言う10時半という打ち合わせ時間は、かなり遅い。 (なぜそんなに時間が空いているんだ? 山根は途中の桜橋駅で何かをする予定だった――それが終わってから合流しようという計画だったのか?) 浜口は、時刻表のスキマに生まれた“空白の時間”を想像しながら、秋吉の表情を探る。

秋吉が語る「桜橋駅の謎の男」

 秋吉が桜橋駅で見かけたという男について、さらに問いただしてみる。「そいつは、帽子を深くかぶっていて顔がよく見えなかったんですけど、やたらと駅のアナログ時計を気にしてました。僕も時間に焦っていたんで不審に思って見てたんですが、急に携帯で誰かに電話をかけると、“もう時間通りには動いてる”とか“これでいい”みたいなことをぼそっと言ってたんです」 (“これでいい”……? まるで時計が狂っていることが、相手の狙い通りになったかのような口ぶりだ) 浜口の中で、先日の新静岡駅の「5分進み」、桜橋駅の「2分遅れ」が鮮明にリンクする。犯人は故意に駅の時計を狂わせ、それを利用して人々の行動に混乱をもたらそうとしているのか。

 ただし、浜口にはまだ腑に落ちない点がある。 犯人が“山根を死に追いやるため”に時計の誤差を利用したとするなら、山根が桜橋駅に立ち寄ることや、新静岡駅での「5分進んだ時計」を鵜呑みにする行動を、あらかじめ把握していたのだろうか。そこまで詳細に山根の動きを知る人物となれば、かなり近しい間柄か、あるいは会社関係で行動パターンを掴んでいた者かもしれない。

 「秋吉さんは、山根さんとの関係は?」 浜口が直球で尋ねると、秋吉はわずかに視線を泳がせる。「同じプロジェクトのメンバーで、出張内容も共通していました。ただ……正直に言います。僕は山根のせいで大きなミスをかぶせられそうになったことがあって、正直、彼のことはあまり好きじゃなかった。だからって、殺すなんてありえない。僕は知らないんです!」 その声には動揺がにじむ。だが、嫌悪や恨みが動機となる可能性は否定できない。

謎を深める新清水駅の「駅長室」

 秋吉から話を聞いた後、浜口は新清水駅の駅長室を訪れた。過去の防犯カメラ映像や、時計の調整履歴などの資料があれば、何らかの痕跡を見つけられるかもしれない。 すると、そこで駅長から意外な証言を得る。「実は先週末、新清水駅のコンコースにある大時計が、一時的に止まってしまいましてね。あとで確認したら内部のギアが消耗していて修理が必要でした。幸い、すぐに調整ができたので今は誤差なく動いているはずですが……。ここ数日、時計の不具合が続いていて困っているんですよ」

 新静岡駅の時計の“進み”、桜橋駅の時計の“遅れ”、そして新清水駅の“停止”――まさに異常が次々と起こっているようだ。 (もしも、このすべてが偶然ではなく仕組まれたものであれば……) 頭の中で仮説が膨らむ。「複数の駅に、意図的に時計の不具合を起こすことで、利用者の行動を錯乱させる」。そんなトリックが存在するのだとしたら、それを狙うのはどんな人物なのか。

新たな証拠――セキュリティカメラに映る影

 駅長室で浜口たちが確認した防犯カメラ映像に、あの秋吉が言及した「帽子を深くかぶった男」の姿らしき人物が映っていた。日にちは山根が死亡する前日、夜遅い時間帯。 ホームやコンコースをじっくりと見回し、時計を見上げるようなしぐさが何度か捉えられている。さらに驚くべきことに、その男は暗い服装ながらも駅員用の工具バッグのようなものを手にしていたように見えるのだ。「このバッグ……駅のメンテナンス業者が使うものに似ていますね」 駅長がそう呟く。もしその男が駅の設備に干渉できる権限や手段を持っているとしたら、時計の調整やトラブルも容易に引き起こせる。

 だが、同時に浜口には疑念が生まれる。例えば、駅の時計を数分ずつ狂わせるなどという行為は、専門知識があれば可能かもしれないが、リスクも大きい。犯行後に痕跡を消すのも容易ではないはずだ。 (これだけ手の込んだことをする理由は何だ? 単に山根を殺害するなら、もっと直接的な方法があるのに。もしかして、山根の死自体が最終目的ではないのか?)

浮かび上がる別の標的

 その晩、浜口のもとにまた一本の連絡が入る。「浜口さん、先ほど別の事件で呼び出しがありました。どうやら狐ヶ崎駅付近で、ホームから線路に転落しそうになった高齢女性がいたらしいんです。幸い軽症で済みましたが、目撃者の話では、『駅の時計が止まっていて、列車の到着時刻を勘違いして駆け込み、足を滑らせた』とのことです」 またしても、駅の時計にまつわるトラブル。しかも今度は狐ヶ崎駅――新清水駅と新静岡駅の間にある駅だ。ここまで続くと、もはや偶然とは思えない。 (誰かが意図的に静岡鉄道の複数の駅の時計を狂わせ、利用者に勘違いをさせ、事故を誘発している……? 山根の死も、その一環だったのか?)

 しかし、山根の場合は“事故”というよりも“事件性”が強い。何者かが仕掛けたトリックに嵌り、待ち合わせの時間や場所に翻弄された結果、命を落とした――そんな印象が拭えない。 (山根の死は、単なる“巻き込まれ事故”ではなく、計画的に仕組まれた殺人だとすれば――次の標的も存在するかもしれない。)

捜査線上に浮かぶ「鉄道マニア」

 翌日、県警本部の鑑識係から一通の報告が届く。駅の監視カメラ映像に映っていた“帽子の男”の姿をAI解析し、類似の服装・体型の人物が過去に付近で目撃されていないか調べた結果、ある興味深い情報が得られたという。「どうやら、地元の鉄道関連イベントでたびたび見かけられる男と似ているらしいです。いわゆる“鉄道マニア”の一人かもしれません。周囲からは『時計や時刻表に異常に詳しい男がいる』と噂されていたとか」 時計と時刻表――鉄道ミステリーには欠かせない要素を、まるで弄ぶかのような今回の事件。もし、その男が“時刻表や駅時計の狂い”を楽しむかのように仕掛けているのだとしたら……。

 だが、まだ決定的な証拠は乏しい。浜口は、山根の会社関係者や秋吉への聞き取りを続けつつ、“帽子の男”の正体を突き止める必要があった。

絡み合う人間関係と“時間”の輪

 いよいよ事件は、単なる殺人だけでなく、静岡鉄道沿線全体を巻き込んだ“時間操作”へと広がりを見せている。 新静岡駅の5分進み、桜橋駅の2分遅れ、新清水駅の時計停止、そして狐ヶ崎駅でのトラブル――。これらの不可解な出来事を繋ぎ止める糸を探す浜口の脳裏には、こうした仮説が渦巻いていた。 - 犯人は、駅の時計を狙って意図的に狂わせている。 - 狂った時計は、利用者の行動を混乱させ、時刻表に基づく鉄道計画をも狂わせる。 - 山根は、何かの理由でこの“大がかりなトリック”のキーマンとして利用された――もしくは、何らかの秘密を知ってしまったために消された。

 果たして、時計を操る“見えざる手”の正体は鉄道マニアなのか、それとも山根の社内事情に通じる人物なのか。それとも、両方が深いところで結託しているのか――。


 次回、捜査の舞台は新清水駅からさらに広がり、狐ヶ崎駅や沿線の施設へと拡大していく。浜口は“帽子の男”を追って、時計の闇に踏み込む覚悟を決める。 列車がレールを鳴らしながら走り続けるように、捜査も止まるわけにはいかない。静岡鉄道を取り巻く“時間の罠”は、まだ始まったばかりなのだ――。


第四話 「狐ヶ崎駅に響く警告」

 静岡鉄道沿線で相次ぐ時計の異常。その影に見え隠れする“帽子の男”の存在と、不可解な死亡事件。刑事・浜口修一の胸には、駅の時計の狂いがもたらす“時間の罠”が渦巻いていた。 新静岡駅の「5分進み」、桜橋駅の「2分遅れ」、新清水駅の「停止」、そして狐ヶ崎駅では、高齢女性が時刻を勘違いして転落寸前の事故…。まるで誰かの手によって意図的に仕組まれたかのように、各駅で“時間”の異常が生じている。

狐ヶ崎駅の現場へ

 翌朝、浜口は県警本部の部下・村瀬とともに、事故があった狐ヶ崎駅へ向かった。ここは新清水駅の2つ手前に位置し、駅周辺にはショッピング施設もあるため、比較的人の往来が多い。 ホームへ降り立つと、改札口付近にある掲示板の前で、制服姿の駅員と先日の事故に遭ったという高齢女性が言い争いをしていた。 「ほら、この時計! 昨日までは止まっていたのに、今朝来たら動いているじゃないの。私が転びそうになったときは、まったく動いていなかったのよ!」 女性の声にはまだ怒りが残り、駅員は平身低頭で謝罪している。どうやら既に修理され、現在は正常に作動しているようだが、女性にとっては納得できない部分があるのだろう。

 浜口は駅員に声をかけ、状況を確認した。 「昨日の昼過ぎに停電トラブルがあったんです。原因はまだはっきりしないんですが、そのとき駅舎内の時計が一時停止してしまったみたいで…。ただ、しばらくすると自然に復旧したようで、我々もすぐには気づかなかったんです」 (またしても“停電”か…? 桜橋駅でも停電が原因でアナログ時計に誤差が生じたと言っていたな)

 そして、何より気になるのは**「自然に復旧した」**という謎の現象。普通、停電で時計が止まったなら、駅員がマニュアルで再設定しない限り、ずっとズレ続けるはずだ。にもかかわらず、気づいたときには正しい時刻に戻っていたという。 (もしかして、誰かが駅員に気づかれないうちに勝手に調整したのでは…?)

駅構内の点検ルート

 狐ヶ崎駅のコンコースはこぢんまりとしているが、改札内外にはいくつか自動販売機や掲示板があり、駅員が常時見渡せるとは限らない死角もある。電気設備や時計の内部をいじるには、駅員用の通路や倉庫に入る必要があるが、**“帽子の男”**が持っていたという駅員風の工具バッグが思い出される。 浜口は村瀬と手分けして構内を調べた。倉庫や点検スペースの鍵に異常がないかを確認するが、こじ開けられた形跡は見られない。一方で、駅の外壁側には電源ボックスらしきものが設置されている。 「ここ……駅員によれば、非常時には業者がここから電源を落として点検をするらしい。専門用の鍵が必要だが……」 もしも、その“専門用の鍵”を偽造できる人間がいるなら、外からでも駅の電源を落とせる可能性はある。いったん停電させてから、時計の内部に干渉し、すぐに電源を戻す。そうすれば、一見すると「自然に復旧した」ように見えるかもしれない――。

転落事故の目撃者の証言

 ホームのベンチで休んでいた高齢女性は、まだ興奮気味だったが、浜口が声をかけるとぽつりぽつりと状況を話してくれた。 「いつもは11時07分の電車に乗って買い物に行くの。でも昨日は、駅の時計が止まってて……“もうちょっと余裕がある”って思ってたら、気づいたら電車が滑り込んできたのよ。慌てて走りだしたら、足を踏み外してしまって……」 もし、その時計が本来よりも数分遅い時刻を指していたか、あるいはまったく動いていなかったとしたら、利用者が勘違いしてしまうのも無理はない。

 女性は言葉を続ける。 「あの時ね、向かいのホームに不思議な男が立ってたんだけど、見ていたら急に笑ったように見えたの。私が転びそうになったからかしら、それとも他に理由があったのか……。でも、何だか不気味だったわ」

 (やはり“帽子の男”か――?) その男は、まるで誰かが事故に遭う瞬間を待ち構えていたかのような動きをしていたのではないか。浜口の背中に、冷たいものが走る。

新情報――“あるメンテナンス業者”の存在

 狐ヶ崎駅での聞き込みを終え、新静岡駅へ戻ろうとする浜口のスマートフォンに着信が入った。相手は、駅のメンテナンス業務を請け負う会社を調べていた村瀬の部下だ。 「浜口さん、少し興味深い話が出てきました。静岡鉄道のいくつかの駅の設備点検を受注している**『富士技研サービス』という業者があるんですが、ここに在籍していた男で“鉄道マニア”として知られていた人物が、半年前に突如退職しているそうです。名前は筧(かけい)**と言います」 筧――聞き覚えのない名だ。だが、駅設備のメンテナンス業者に勤めていた“鉄道マニア”という肩書きは、まさに今追っている“帽子の男”のイメージに近い。 「この筧という男、退職の際に会社の工具や合鍵の一部が紛失していることが発覚したらしく、そのまま行方が分からないそうです。会社側は、本人が横領した可能性もあるとして調べていたらしいんですが……」

 合鍵の流出――つまり、筧であれば正規の手順を踏まずに駅構内の設備を操作することができる。加えて、鉄道マニアならば、時計や時刻表を使ったトリックにも造詣が深いかもしれない。 (やはり“帽子の男”はこの筧という人物なのか…?)

秋吉洋介の新たな動き

 一方、被害者・山根の同僚である秋吉洋介は、捜査に非協力的ではあるが、山根との確執や遅刻の理由について、まだ隠していることがあるように思えた。 狐ヶ崎駅での聞き込みを終えた浜口は、新静岡駅へ戻る途中の車内で村瀬と情報整理を行う。 「秋吉は山根を恨んでいた節もあるが、時計のトリックを大掛かりに仕掛けられるような人間には見えない。会社の仕事で忙しいだろうし、そこまでの専門知識を持っているとも思えない」 「ただ、山根が死んだ日、秋吉は『桜橋駅付近で挙動不審な男を見た』と通報している。あれがもし筧だったら、秋吉は事件とどう繋がるのか……」

 山根の出張計画における不可解な空白時間。桜橋駅の『13:05』というメモ。そして新清水駅での打ち合わせ時刻のズレ。 「もしかすると、秋吉は山根の行動を翻弄させるため、筧と手を組んでいた可能性もある」 村瀬がそう口にするが、浜口は即答を避けた。 「断定は早い。そもそも山根を陥れて何の得がある? 会社のミスを押し付けようとしていたなら、もっと直接的な手段もある。わざわざ駅の時計をいじりまわす理由が見当たらない」

焦燥と“次なる危険”

 電車の揺れに身を委ねながら、浜口は“筧”という名前に思いを巡らせる。もし筧が真犯人だとしたら、この先も静岡鉄道の駅で時計の異常が続発する恐れがある。事故やトラブルが増えれば、第二、第三の犠牲者が出るかもしれない。 (山根は、そうした“鉄道時計を狂わせる連続犯”の計画を何かの拍子に知ってしまったのか。それとも、意図的に呼び出されて命を落としたのか。)

 車窓から見える沿線の風景は穏やかだ。しかし、その背後では駅を舞台にした“時間テロ”とも言うべき異常事態が進行している。このままでは、どこで何が起きるか分からない。 事件解明の糸口は、“帽子の男=筧”を突き止めること。そして、山根や秋吉らの会社内の事情をもう一度洗い直すことだ。浜口は新静岡駅に到着すると、すぐに本部へ戻り捜査会議を開く手筈を整えた。 「よし、まずは筧を徹底的に洗う。退職後の足取りと、人間関係だ。静岡鉄道以外にも、どこか出入りしている場所があるかもしれない。あと、秋吉の行動も引き続き要チェックだ」

 そう決めた矢先、浜口の携帯が激しく鳴りだす。画面に映るのは、駅関係者からの連絡だった。 「浜口さん、大至急です! 今度は長沼駅の時計がおかしいと利用客から苦情が殺到しています! どうやら突然10分以上遅れだしたらしいんです!」

 まさに“連鎖”としか思えない新たな事態。加速する時計の異常、広がりゆく混乱。浜口の顔に険しい色が浮かぶ。 (やはり次々と駅を狙っている……このままでは取り返しのつかない大惨事を招きかねない。急がなくては――!)

次回予告

 静岡鉄道沿線を脅かす連続“時計”異常。被害者・山根の死には、その陰謀の核心が隠されているのか。 帽子をかぶり、駅員用の工具バッグを手にした“筧”なる男は、いったい何を狙っているのか。 刑事・浜口修一は、捜査を急ピッチで進めるが、沿線各所で引き起こされるトラブルは止まらない。 果たして、山根が手にしかけていた“ある真実”とは何だったのか――。

 次回、時計の狂気はいよいよピークへ。浜口は“時間の罠”の全貌に迫ることができるのか。 静岡鉄道ミステリー、いまだ終着駅は見えない。

 
 
 

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