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首塚稲荷の小さき灯— 狐がひそやかに巡る夜

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月16日
  • 読了時間: 4分
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1. 首塚稲荷の小さな社と、少年の好奇心

 夜がやわらかく町を包むころ、少年・狐塚 蓮は家を抜け出すようにして細い道を歩いていた。両親からは「首塚稲荷は昔から不思議な由来があって、近寄ると怖いかもしれない」と言われて育ったが、蓮の胸には小さな好奇心がくすぶっている。 街灯がまばらな住宅街を進むと、木の鳥居が浮かび上がってくる。そこには“首塚稲荷”と染め抜かれた幟(のぼり)が立ち、小さな石狐がこちらを覗きこんでいるように見えた。「これが…首塚稲荷か」 蓮は小さくつぶやく。見上げると、月が雲間を縫うように光を落とし、稲荷社の屋根を鈍い銀色に照らしていた。どこか恐ろしげなのに、同時に不思議な温かみがある——そんな印象を受けながら、彼はそっと敷居をまたぐ。

2. 伝承と狐の囁き

 その時、社の中から柔らかな灯りが漏れてきた。蓮が覗きこむと、見慣れぬ少女がほうきで床を掃いている。「ごめん、こんな時間に…」 驚いた様子の少女は、草薙 菜央と名乗った。彼女は首塚稲荷を世話する巫女見習いだという。「ここは本当は怖くないよ。名前だけが、ちょっと不気味に思われてるみたいだけど…」 菜央は蓮に、首塚稲荷の不思議な由来を教えてくれる。遠い昔、何らかの戦や災いが起こり、首塚と呼ばれる塚が築かれたと言い伝えられている。しかし、それは“人の命をむやみに奪った場”ではなく、“狐神が犠牲となって村を守った場”とも語り継がれているのだという。「首塚って名前なのに、実はやさしい狐様が眠っているらしくて。私も子どもの頃は怖かったんだけど、何かあたたかな気配がするの」 その夜、蓮は家に帰り、うとうととまどろむうちに、白い狐か風か分からない存在がそっと近づいてくる夢を見た。「首塚が悲しい名で呼ばれぬよう、ずっと護っているのだ…」 確かにそう囁いた気がして、目が覚めたときには胸がどきどきしていた。

3. 夜の神社での不思議体験

 数日後の夕方、蓮は再び首塚稲荷を訪れた。菜央から「夕刻の灯明を一緒に点してくれないか」と誘われたのだ。 社殿の周囲に小さな提灯を並べ、火を灯していく。すると、境内にある石狐が、まるで笑みを浮かべているように見える。「ちょっと…怖い? けど、あったかい感じがするかも…」 菜央はおずおずと蓮に言う。蓮もうなずきながら、「うん、なんか見守ってくれてるみたい」と返す。 やがて提灯の火がそろいはじめ、社全体が柔らかな橙色に照らされると、どこからともなくそよ風が吹き、木々の葉がさわさわと鳴った。風の音がまるで言葉を紡ぐように聞こえる。 遠くを見渡せば、草薙の街にぽつぽつと灯りがともり始め、さらに奥には駿河湾の気配が暗闇の中で揺らめいている。もし天気がよければ、富士山が夜景の端に幽かに浮かぶのかもしれない。

4. クライマックス:首塚の伝説が呼び起こす奇跡

 その夜、菜央の家族に小さな事件が起こる。古くから神社に納められていた、刀の鞘が紛失してしまったという。祖父が長く守ってきた大事なものなのに、どこを探しても見つからない。 「どうしよう…おじいちゃん、すごく大事にしてたのに」 菜央は肩を落とす。そこへ蓮が駆けつけ、「狐様にお願いしようよ。きっと見つけてくれるんじゃない?」と持ちかける。 そうして二人は深夜、稲荷社にこっそり入り、提灯を灯しながら人目を忍んで祈りを捧げる。 すると、境内の風が急に強まり、提灯の火がかすかに揺れる。周囲は一瞬闇に沈むが、その闇の中で石狐が微かに光を宿したように見えた。「…!」 二人が息を飲んだその瞬間、何か白い影が境内を走り抜け、社の奥へと消えていく。追いかけようとしたが、気づけば風が止み、闇も静かに和らいでいた。 翌朝、菜央の祖父が紛失した鞘を社務所の床下で見つけたという。まるで狐が隠したものを返したかのように。彼は「狐様がここを守っておられるのかもしれない」とほほ笑み、二人に頭を下げた。

5. 結末:朝焼けと安らぎの余韻

 その後、蓮と菜央は首塚稲荷に対して、これまで以上に親しみを感じている。名前こそ恐ろしげだが、じつは“人を守る狐様”が潜む不思議な神社なのだと確信するようになった。 朝焼けに染まる境内に立つと、木々の間からオレンジ色の光が差し込み、石狐や社殿が柔らかい輝きに包まれる。蓮と菜央は「これからも、この神社を一緒に護っていこう」と小さく誓い合う。 そして、社の外へ出て周囲を見渡せば、草薙の街がゆっくりと目覚め、遠くに富士の稜線が白く浮かぶ。風がそっと吹き、まるで夜に姿を見せた白い狐がまだ見守っているかのように感じられる。 こうして、首塚稲荷は今日も変わらず立ち続け、街と人を見つめている。蓮と菜央は日常へ戻りながらも、神社と狐が織りなす神秘の物語を胸に秘め、やさしい光と風を感じながら歩き出すのだった。

(了)

 
 
 

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