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香りの選択

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月13日
  • 読了時間: 6分

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第一幕:再訪の店先

静岡駅前の高級ブランドショップ「ラ・ファブル」。ブランケット購入から半年を経た修平(35歳)は、婚約者への特別な贈り物を探して再び店を訪れた。今回の目的は「限定のフレグランス」。世界にわずか100本しかない希少品で、そのラベルには「永遠の記憶」という言葉が刻まれている。

店内に足を踏み入れると、懐かしい3人の店員――三浦宮本、そして杉山――が笑顔で出迎える。それぞれ、ブランケット購入時の接客ぶりが印象的だったことを思い出しつつ、修平は「今回も3人に助けられそうだ」と少し安心した。

第二幕:三者三様の提案

三浦の「物語」

まず声を掛けてきたのは三浦。柔らかな口調で「いらっしゃいませ。大切な方への贈り物ですか?」と尋ね、修平が婚約者へのプレゼントだと伝えると、目を輝かせながらフレグランスの背景を語り始める。「この香りは、当ブランドの創設者が“失われた恋”を胸に作り上げた、と言われています。香料となる花は、ヨーロッパの小さな村でしか育たず……」三浦のゆったりした説明は、その香りが持つロマンチックなストーリーを浮き彫りにする。聞いている修平は、なんだか胸が温かくなるような気がした。

宮本の「価値」

そこへ、宮本がさっそく割り込む。「希少価値ではこちらが最上級ですね。世界に100本しかなく、日本国内の割当もわずか。そのステータスは計り知れません。特別感をアピールするのに最適ですよ」宮本のアプローチはビジネスライクで明快。「コレクターズアイテムとして、オークションサイトでも高値で取引されるかもしれません」とまで言う。修平は「なるほど、そんなことになるのか……」と驚くが、婚約者への贈り物として考えるには複雑な気持ちになってくる。

杉山の「実践」

最後に、杉山がフレグランスのテスターを手にしながら笑顔で近づく。「実際に香りを試してみてはいかがですか? もし婚約者の好みがわかるなら、それに近い系統を幾つか比較するといいかもしれません」そう提案すると、杉山は修平の手首にシュッと吹きかけ、香りが立ち上がるのを一緒に感じ取る。「例えば、彼女が甘めの香りが好きならトップノートにフルーティさがあるこちらがおすすめですし、もう少しウッディな要素を好むなら……」と具体的な選択肢を示す。修平は「あ、確かに」と頷きながら、杉山の実践的で寄り添う態度に安心感を覚える。

第三幕:香りに秘められた秘密

修平は迷いつつも、最終的に「永遠の記憶」を冠するフレグランスを選ぶ。三浦の物語性に心を打たれ、宮本の言う希少性も背中を押し、杉山の具体的なアドバイスで確信できた――そんな絶妙なバランスが購入の決め手となった。

だが会計を済ませた後、修平はなぜか既視感を覚える。「この香り、どこかで嗅いだことがあるような……?」店を出る直前、三浦が「私どものブランドには創設者ゆかりの香りが幾つかあるんですが、その背景にはまだ公になっていないストーリーもあるんです」と打ち明ける。宮本が少し眉をひそめながら、「内部資料には、かつてこのフレグランスに関する不透明なエピソードが記されているとの噂があります。あまり大きな声では言えませんが」と静かに付け足す。杉山も「あまり騒がせたくはないけど、お客様には本当の価値を知ってもらいたい気持ちもあって……」と、含みのある言い方。どうやらこのフレグランスには何か“隠された歴史”があるらしい。

第四幕:過去の香り、未来の香り

翌日、修平は婚約者に香りを試してもらう予定だったが、その前にブランドの資料を少し調べてみたくなった。ネット検索をしてみると、「同じ香りを巡って昔トラブルがあった」という断片的な噂を発見する。ブランドの創設者が誰かのために作った香りだと言われているが、正確には公表されていない。気になった修平は再び店を訪れ、杉山を捕まえて詳しく聞こうとする。だが、杉山は不在で、代わりに宮本が口を開く。「正直、その香りは一度廃盤になったものを“限定復刻”したものです。元々のレシピには特定の花が使われていて、調達が困難になったのが理由ですね。創設者が誰に向けて作ったかは諸説あって……いわば“謎のまま美化”されている。それがブランドの狙いかもしれません」宮本の冷静な見解に、修平は少し戸惑う。魅力的な物語だと思っていたが、実際はブランドが意図的に神秘的なイメージを作り上げている可能性もあるのか。

第五幕:店員たちの対立と共鳴

再び三浦が現れて、「私は創設者の逸話を深く信じているんです。恋人を亡くした悲しみを、この香りに託した……そういうヒューマンドラマが、ブランドの根底にあると思います」と力説。そこに杉山が戻ってきて、険しい表情で加わる。「確かに物語があるのは素敵ですが、今は時代も変わっています。お客様に伝わる本当の価値は、香りそのものが日常をどう彩るかじゃないでしょうか」3人の店員の間で再び意見が分かれる中、修平は思わず苦笑する。「なんだか、前にブランケットを買いに来たときと似た流れですね」三浦は苦笑いし、「あのときも私たち、ちょっと衝突しましたっけ」と言う。宮本は肩をすくめ、「価値の捉え方は人それぞれということですよ。私たち3人のやり方が違うのも、店としては個性を活かしてるんでしょうね」と呟く。杉山は視線を修平に向け、「問題は、お客様である修平さんがどう感じるか、ですよね? この香りを大切な方へ贈るとき、どんな意味を持つのか。それが何より重要だと思うんです」

最終幕:香りが結ぶ未来

数日後、修平はブランドから「フレグランス誕生の真実」と題したパンフレットを手渡される。それは実は“創設者が生み出した恋人へのレクイエム”とされてきたが、一部はマーケティングの脚色であること、しかし香り自体には多くの人を癒し、日常を彩る力があるというブランドの想いが正直に綴られていた。修平は思った。「たとえ作られた物語が混じっていても、香りに人の想いが乗ることに変わりはない。選んだこの香水を、婚約者とどう共有するかが大切なんだ」と。

婚約者にフレグランスを渡したあと、修平は彼女と一緒に店を訪れ、杉山たち店員にお礼を伝える。3人はそれぞれの流儀で「おめでとうございます」と祝福しながら、満面の笑みを浮かべる。三浦は「香りが“永遠の記憶”を作りますように」と優しく言い、宮本は「末永くお幸せに。今後ともブランドをよろしくお願いします」とクールに微笑む。杉山は「何か困ったことがあったら、いつでも相談してくださいね」と頼もしそうに肩を叩く。

店を出るとき、修平はふと3人を振り返り、心の中で呟いた。「誰もが違う価値観で接客しているけれど、すべての手がかりを繋いでくれたおかげで、本当に納得できる買い物ができた。香りって、こんなにも人を繋ぐ力があるんだな……」

(了)

 
 
 

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