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駿河湾の星の鏡

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月19日
  • 読了時間: 6分


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静岡市の海辺は、日が沈むと駿河湾が黒い鏡のように深々とした水面を湛えます。空の星々が海面に映りこみ、さざ波とともにきらきらと揺れるその光景は、どこか幻想的な趣きを帯びていました。

 星を映す海の漁場――そんなふうに呼ばれる場所があるという噂を、地元の少年・**海人(かいと)**は幼いころから耳にしていました。海人の家は駿河湾に面する小さな民宿を営んでおり、日々海に親しみ、潮の香りに包まれて育ってきました。けれど最近、湾の汚れや魚の減少が気になりはじめ、「いつかここを離れなければならないのかもしれない」と漠然とした不安を抱いていました。

星の漁師との出会い

 ある晩、海人は宿の手伝いを終え、波打ち際を歩いていました。夜空には満天の星がきらめき、海面にはその光がやわらかく映りこんでいます。まるで星空をもう一つ、海底に閉じ込めているかのよう――そんな幻想的な光景を眺めているうちに、遠くの水面で不思議な光が揺れているのに気づきました。

「なんだろう……?」

 近寄ってみると、そこには青白い船がぽっかり浮かんでいて、小さな網を海面にしずめている人影がありました。月明かりに照らされて、その網の中には、星のようにきらめく小さな光の粒がすくわれているのです。

「おや、見つかってしまったか。君はこのあたりの子かな?」

 そう声をかけてきたのは、長い外套(がいとう)を身につけ、渋い笑みを浮かべる星の漁師でした。網の中で揺れる光をまじまじと見ている海人を見つめ、漁師は穏やかに続けます。

「わたしは“星の漁師”。駿河湾の海面に映る星の光を集めるのが仕事さ。星の光には不思議な力があってね――ほんの少しだけど、人の心の願いを叶える力を秘めているんだ。」

星の光の力

 海人はその言葉に驚きながらも、半信半疑のまま、漁師が持つ網の中を覗きこみました。小さな星屑のような光の玉が、淡い輝きを放っています。まるでそれ自体が鼓動を打っているようで、ひとつひとつの光が温かな息吹を宿しているかのようでした。

「こんなにきれいな光、どうやって使うんですか?」

 海人の問いに、星の漁師は微笑みます。

「純粋な心で向き合えば、この光は人の願いを叶える小さな種になるんだ。だけど、それを自分勝手に使おうとすれば、力はすぐに消えてしまう。星の光には人間の心を映し出す、不思議な性質があるからね。」

 海人は思わず手を伸ばしそうになりましたが、まだ恐る恐るといった感じで漁師のそばに立ち尽くしていました。

海人の夢と不安

 実は海人には密かな夢がありました。それは、地元の駿河湾を守るための仕事をしたいということ。幼いころからこの海が大好きで、将来は漁師か海洋生物の研究者か、それとも別の方法で海を支えていきたい――そんな漠然とした思いを抱いていたのです。

 しかし近年、湾の汚れや魚の減少、海岸に打ち上げられるゴミなどを目の当たりにし、海人は「こんな状況で自分に何ができるんだろう」と自信を失いつつありました。星の漁師の話を聞いて、心がざわつくのはそのせいかもしれません。

「もし、その光を使えば、この海をきれいにできるのかな……」

 思わずつぶやいた海人に、星の漁師は首を振ります。

「光はあくまで、きっかけを与えるだけ。最後に動くのは、君自身なんだよ。だけど、もし君が本気で海を守りたいと思うなら、この光が君を手助けしてくれるかもしれない。」

旅の始まり

 星の漁師は網の中から、小さな光の玉をひとつ取り出し、海人の手のひらにそっとのせました。すると、それは弱々しいながらも、やわらかなぬくもりを伝えてきます。

「受け取った光は、君の心の鏡だ。もし君が夢を叶えようと思うなら、この光を道しるべにして、まずは歩き出すんだ。失われた自然を取り戻すために、どんなことができるか探してみな。きっと、たくさんの出会いがあるだろう。」

 そう言い残すと、星の漁師は再び網を引きながら、船をゆっくりと岸辺から離していきました。漁師の青い外套が夜の闇に溶け込むように、やがて姿は見えなくなってしまいます。

光を胸に、海とともに

 翌朝、海人はまだあの出来事が夢なのか現実なのか定かでないまま、手のひらを見つめました。そこには確かに小さな星の光が宿っているような気がします。触れると微かな温かみがあり、「ここにある」と感じられました。

 さっそく海岸の清掃ボランティアに参加してみたり、漁師や海洋学者が集まる勉強会に顔を出してみたり、海人は行動を始めます。最初は右も左もわからず、とまどうことばかり。でも、同じように海を愛し、静岡の自然を守りたいと考える仲間たちがいることに気づかされ、少しずつ自信が湧いてくるのでした。

「やれることは、限られているかもしれない。でも、それを積み重ねたら、何かが変わるはず……」

 海人の胸で、星の光がぽっと明るくなるように感じられ、思わず笑みがこぼれます。

星の漁師、再び

 それから幾夜か過ぎたある晩、海人は再び波打ち際を歩いていました。以前よりも少しだけ、海辺のゴミが減っているような気がします。地元の人々が協力して海洋清掃に取り組むなど、小さな変化が起こり始めているのです。

 すると沖合いに、またあの青白い船影が浮かんでいました。星の漁師は網をたたみながら、「調子はどうだい?」と言いたげな眼差しを海人に向けます。海人は渾身の声で答えました。

「ぼく、まだまだ力不足かもしれないけれど、それでも、この海を守りたいって気持ちは本物だよ。みんなの協力を得られるように、もっといろんなことを学んでいきたいんだ。」

 星の漁師は満足げにうなずき、網の先からまたひとつ光の粒を取り出すと、海面へ放り投げました。すると、その光は駿河湾の水面いっぱいに反射し、まるで星空が海底に降りたような輝きへと変わります。

「君がその純粋な気持ちを忘れない限り、駿河湾はきっと応えてくれる。これからも星の光を集めながら、海を映す鏡を守っていこうじゃないか。」

鏡が映す未来

 夜空と海面が一体となり、星と水面の光が混ざり合う光景に、海人は胸を震わせました。いつかこの湾がもっと透明になり、魚たちが元気に泳ぎ、海と共に生きる人々の笑顔が増えていく未来が、そこに映しだされたように感じたのです。

「星の鏡……駿河湾は本当に、星を映しだす鏡なんだ……」

 自分の叶えたい夢。それは、この海に輝きを取り戻すこと、そして海とともに生きる道を探すこと。あの小さな星の光が、彼の心の中で優しく揺らめきながら、道しるべとなってくれるでしょう。

 ――こうして、静岡の駿河湾は今夜も、空の星々を映しながら、人々の願いや夢を受けとめています。星の漁師はきっと、どこかで網を手にして星の光をすくいながら、それが純粋な心のもとへ届くのを静かに待っているのかもしれません。海と星が交わるこの不思議な場所で、あなたの夢もまた、一筋の光を放ち出すことでしょう。

 
 
 

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