石畳の永遠――ローマで紡がれる物語
- 山崎行政書士事務所
- 2月3日
- 読了時間: 5分

イタリアの首都ローマ。かつて「すべての道はローマに通ず」と言われたように、古代から現代まで、幾多の歴史が交錯してきた都市である。石畳を一歩進むたびに、遺跡とバロック建築、そして人々の日常が入り混じる不思議な魅力を感じるだろう。以下は、そのローマを舞台とした小さな物語である。
1. 朝のコロッセオ
まだ日が昇りきらないローマの朝、コロッセオの外壁はかすかなオレンジの光を受け、巨大な円形の輪郭を浮かび上がらせていた。辺りは観光客で賑わう前の静けさがあり、通勤途中の車が時折クラクションを鳴らすだけ。 アントニオという青年は、この時間帯が好きで、早起きしてはコロッセオの周りを散歩するのが日課だった。石の壁面を見上げ、古代ローマ帝国の栄華を想いながら、一日の始まりを味わう。そして時折、壁の隙間に手を触れ、人々の歓声や闘士たちの息遣いがここに染み込んでいるのではないかと想像するのだ。
2. フォロ・ロマーノの光と影
コロッセオから少し歩くと、フォロ・ロマーノ(古代ローマの中心地)の遺跡が広がる。柱が半ば崩れた神殿跡や、かつて元老院が議論を交わした広場が、朝の澄んだ空気の中で眠っているかのよう。 アントニオは手すり越しにその風景を眺めながら、ここで生きた人々の喧噪やドラマを思う。古の法律や政治、そして愛や裏切りが交錯したこの場所が、今は静寂のなかにある。その対比がローマという街の大きな魅力の一つだろう。
3. バールでのひととき
やがて朝が完全に明け、人々が活動を始めるころ、アントニオは近所のバール(カフェ)へ立ち寄る。カウンターに並んで立ち飲みをする地元客は、エスプレッソを一気に飲み干し、「Buongiorno(ボンジョルノ)!」と挨拶を交わし合っている。 アントニオも例に漏れず、熱いカプチーノを啜(すす)りながら、ショーケースに並ぶクロワッサン(コルネット)の甘い香りに食欲をそそられる。店内にはテレビが備え付けられ、朝のニュース番組が流れているが、客たちは大半がサッカーの話題で盛り上がっている。
4. ポポロ広場からスペイン階段へ
ローマの中心地へ足を運ぶと、ポポロ広場の開放感に心がほぐれる。中央のオベリスクから放射状に伸びる通りを見渡すと、多くの観光客や地元民が行き交い、小さな露店やキオスクが並んでいる。 そこからふらりと歩くと、石畳の路地を抜けてスペイン広場に出る。スペイン階段(Scalinata di Trinità dei Monti)では、今日も世界中から訪れた人々が階段に腰を下ろし、バルカッチャの噴水(舟の形をした噴水)を眺めている。 写真を撮る者、アイスクリーム(ジェラート)を食べる者、眠気まなこでただぼんやりしている者……。それぞれがここで一時の休息を楽しんでいる。アントニオは階段の上段まで上って、ローマの街並みを見下ろしながら風の気配を感じる。
5. パンテオンの神秘
昼前、アントニオは古代神殿が姿を変えた教会・パンテオンにやって来た。円形のドームに開いた「天井の穴(オクルス)」から差し込む光は、室内に神々しい柱のような明るい帯を作り出す。 柱廊の荘厳な空間に足を踏み入れると、一種独特の神秘的な静けさが満ちている。観光客が絶えず出入りするにもかかわらず、何百年も前からの時の流れを感じさせる。 「もし雨が降っていたら、この真ん中から雨が落ちてくるのか……」 そんなことを思いながら、アントニオは石床の排水口に目をやる。ここでもまた、古代と現代がさりげなく共存しているのだ。
6. 昼下がりのトラステヴェレ
ローマのメインストリートを歩き疲れたら、テヴェレ川を渡った先にあるトラステヴェレ地区を訪れるのもいい。迷路のような石畳の路地が続き、小さな飲食店や手作り雑貨屋、そして家庭的な雰囲気のトラットリアが並んでいる。 アントニオはここで友人と待ち合わせ、ローマ名物のカルボナーラを頬張りながらワインを嗜(たしな)む。かつて庶民たちが暮らした地域ということもあり、気さくなムードが流れる。通りでは地元の人々が挨拶を交わし、バイクを走らせ、洗濯物が干された窓からはアマトリチャーナの香りが漂ってくる。
7. 黄昏のテヴェレ川
日が傾くと、テヴェレ川の両岸が夕焼け色に染まり始める。サン・ピエトロ大聖堂の丸いドームも、遠くにシルエットを浮かべている。川面には歴史ある橋のアーチが映り、対岸からは学生たちの笑い声が届く。 アントニオは友人と別れた後、川沿いをのんびりと散歩する。古代ローマ時代の遺構や中世の屋敷、ルネサンスの教会、バロックの噴水――あらゆる時代の建造物がこの川沿いに連なっているのがローマならではの風景だ。
8. 夜のナヴォーナ広場
夜になると、ローマの広場はさらに魅力を増す。中でもナヴォーナ広場(Piazza Navona)は有名なバロック様式の噴水が三つあり、カフェやレストランが並んで、大道芸人がパフォーマンスを繰り広げている。 アントニオは、広場の端にあるカフェでエスプレッソを一杯注文し、噴水を眺めながらぼんやりと過ごす。満月が出る夜には、石像の表情が月光に照らされ、まるで古代の神々が再び息を吹き返したように見えることもあるという。
エピローグ
ローマ――コロッセオ、フォロ・ロマーノ、パンテオン、トラステヴェレ、ナヴォーナ広場。どれもが世界的に有名な観光名所だが、そこにあるのは過去の遺産だけではなく、今を生きる人々の息遣いだ。石畳を踏むたびに、歴史と現代が自然と溶け合い、さまざまな物語を紡ぎ続けている。 アントニオもまた、この永遠の都に生きる一人として、ある日は古代へ思いを馳せ、ある日は友人とのおしゃべりに興じる。そんな日常こそが、ローマの真の姿なのだ。 石畳の永遠――ローマは決して眠らず、遺跡と人々の物語を明日へと繋いでゆく。
(了)
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