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たんぽぽの手紙


春の風が吹くと、リコの家の前の土手には、黄色い星がぽつぽつと咲きはじめる。それは、毎年変わらずやってくる――小さなたんぽぽたちの季節だった。

リコはしゃがみ込んで、そっと一輪のたんぽぽに触れた。丸く膨らんだ花の芯に、ふわりと手のひらのぬくもりが移っていくような気がした。

「……今年も、ちゃんと咲いたんだね」

土の匂いと草の香り、そしてかすかに漂う春の光の味。たんぽぽはなにも答えなかったけれど、リコはその沈黙が嬉しかった。

去年の春、リコは大切な人を亡くした。「おばあちゃん」という言葉が、まだうまく過去形にならなかったあの頃。朝になると涙が出て、夜になると話しかける相手がいないことに気づいて、また泣いた。

おばあちゃんの家は小さな平屋だった。縁側の前には花壇もなく、庭にはただ、雑草のようなたんぽぽばかりが咲いていた。けれど――リコはその景色が大好きだった。

「たんぽぽはね、空に行けるのよ」

そう言って、おばあちゃんは綿毛を空に飛ばした。それは魔法のような時間だった。

あの日、風にのってふわふわと空に舞っていった綿毛は、リコの心の中で「希望」だった。どんなに小さくても、どこか遠くへ届いてくれる気がしたから。

でも、おばあちゃんはもういない。

リコは、それでもこの春が来たことが嬉しかった。土手のたんぽぽが、今年も何も変わらず、咲いてくれたからだった。

リコはその日、土手で手紙を書いた。カバンから取り出した小さな便せんに、「おばあちゃんへ」と書く。

「元気ですか? あたしは元気じゃないです。 でも、がんばってます。中学生になります。 おばあちゃんが好きだったたんぽぽが、今年も咲きました。 風にのって、この手紙、届きますように。 ……また会いたいな。」

書き終えると、リコはその便せんを小さく折って、たんぽぽの綿毛の下にそっと忍ばせた。ほんのいたずらのように――けれど本気だった。

春の風が吹いた。その瞬間、たんぽぽの綿毛はふわりと宙へ浮かびあがり、リコの手紙も、小さく空に舞った。

見えなくなるまで見送ったあと、リコは目を閉じた。

風の音。鳥のさえずり。やわらかい陽の光。……おばあちゃんの声。

「きっと、届くよ。」

そう聞こえた気がして、リコは静かに目を開けた。

その夜、リコは夢を見た。

懐かしい縁側。たんぽぽの咲く庭。その向こうに、あの日と同じ笑顔のおばあちゃんがいた。

「リコちゃん、大きくなったわね」

夢の中のリコは、泣きながら走っていた。おばあちゃんは何も言わず、ただ両手を広げて、抱きしめてくれた。

「ありがとう。手紙、読んだわよ。綿毛と一緒に、届いたの」

夢の中の声は、あたたかかった。春の風みたいだった。

「大丈夫よ。あなたの中に、わたしはちゃんといるからね」

その言葉に、リコはまた泣いた。だけど今度は、悲しさではなかった。どこか安心して、あたたかくて、泣きたくなった。

「ずっと、そばにいるわよ。たんぽぽのようにね」

朝、目が覚めると、リコの手には、小さな綿毛がひとつ、握られていた。どこから入ってきたのか、窓はちゃんと閉まっていたはずなのに。

けれどリコは、それを不思議に思わなかった。そっと窓を開けて、綿毛を風に放つ。

「また来年、会いにくるね」

たんぽぽの綿毛は、まっすぐ空に昇っていった。

そしてその年、リコは、たんぽぽのような笑顔の少女になった。


結び

土手のたんぽぽは、今日も変わらず咲いている。

誰かの涙を受けとめるように。

誰かの願いを運ぶために。

誰かの記憶を、風にのせて――

 
 
 

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