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路面電車と石畳の調べ――ローマのトラムに乗って

  • 山崎行政書士事務所
  • 2月3日
  • 読了時間: 4分

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 ローマの街並みといえば、古代遺跡やバロックの教会、風格ある石造りの建物が思い浮かぶかもしれない。しかし、ここには石畳を優雅に走るトラム(路面電車)の姿もある。地下鉄やバスとは異なるゆったりとした時間が流れる、そのトラム体験は、ローマの日常を切り取る魅力的なシーンの一つだ。

1. フィウメ広場の朝

 朝のフィウメ広場(Piazza Fiume)周辺。まだ街がゆっくりと目覚めつつある時間帯、トラムがガタン、ゴトンと音を立てながらやってくる。金属製の車体に描かれたロゴや番号は少し古びているものの、どこか懐かしい印象を与える。 アニータという若い女性は、職場に向かうため、このトラムをよく利用していた。地下鉄よりも遠回りだが、風景を楽しみながら移動できるのが好きなのだ。乗り込むと、床には多少の振動が伝わり、車窓からは石畳の反射がきらきらと光る。

2. 車内の風景

 車内には学生やサラリーマン、高齢の夫婦、そしてカメラを手にした観光客など、多様な人々が乗っている。長いすシートの上には、小さなスーツケースを抱えた旅行者と、おしゃべりを止めない地元の主婦たちの姿が。 アニータは、座れない時でも大して気にならない。窓際で街角を眺めているうちに、石造りの建物や緑豊かな公園、遺跡の一部がちらりと見えたりするのが面白い。ときどき車掌のアナウンスが流れ、イタリア語の柔らかな音色が車内を包む。

3. 石畳の衝撃と風の音

 ローマのトラムは、しばしば石畳の道を走るため、振動や揺れがバスよりもダイレクトに伝わってくる。ガタン、ゴトンという音とともに、小刻みに上下に揺さぶられる感覚は、まるで小旅行のよう。 ある停留所でドアが開くと、外からの風と街の匂いが一瞬にして車内に入り込む。朝のエスプレッソの香り、焼きたてのパンの匂い、そしてバイクの排気……それらが混ざり合うのも、トラムならではの「ローマの朝」を感じさせる瞬間だ。

4. テヴェレ川を渡る景色

 路線によっては、テヴェレ川を渡る橋を通り、車窓から川面と対岸の建物が見える区間もある。古い橋の上をトラムがきしむように進んでいくと、アニータはふと川面に視線を落とす。早朝の光に反射して、川が銀色に輝いている。 対岸にはトラステヴェレ地区の散策路があり、カラフルな家並みと人々の暮らしが垣間見える。窓越しに遠くサン・ピエトロ大聖堂のドームが見えることもあり、トラムのささやかな旅情をいっそう盛り上げるのだ。

5. 停留所での出会い

 ローマのトラムは、主要な観光スポットの近くにも多くの停留所がある。ある日、アニータはコロッセオ近くの停留所で、地図を片手に困っている観光客のカップルに声をかけた。英語と片言のイタリア語で道順を説明すると、二人はホッとした様子で「グラーツィエ(ありがとう)!」と連呼していた。 「トラムの路線はバスほど複雑じゃないけど、初めての人には難しいかもね」 アニータはそう思いつつも、日常の移動手段が誰かの旅を支えていることに、少しだけ誇らしさを感じた。

6. 車窓から見る古代ローマの影

 路線によっては、フォロ・ロマーノやパラティーノの丘近くを走り、凱旋門や遺跡群の一部が垣間見えるコースもある。車窓をよく見ていると、突如として2,000年前の列柱が姿を現すのだから驚きだ。 しかし、地元の人々にとっては「いつもの風景」。スマートフォンをいじったり、おしゃべりに夢中だったりして、ほとんど気にも留めない人も多い。その光景にこそ、歴史と日常が共存するローマの独特の空気を感じられるだろう。

7. 終点で降りて

 トラムの終点に近づくと、乗客もまばらになり、車内には静かな空気が流れる。今日も一日が始まった――そんな余韻が漂い、アニータは仕事先の近い停留所で下車する。 外に出ると、石畳と道路の境目に沿って敷かれたレールが、まっすぐまたは緩やかに曲がりつつ街に溶け込んでいるのがわかる。過去と未来、伝統とモダン。ローマの街は、そのすべてをこのレールに載せ、走り続けているようにも見える。

エピローグ

 ローマのトラムは、急ぐ人にとっては遠回りかもしれないし、観光ガイドブックでは地下鉄やバスが先に紹介されてしまうかもしれない。けれど、石畳をゆったりと滑るように進む路面電車は、街の暮らしと風景をまるごと楽しむための“旅の友”と言えるだろう。 ガタン、ゴトン、そして窓越しに広がる遺跡やバロック建築、古い街区と新しいビルの混在――それがローマのトラムが繋ぐ日常のシーンであり、訪れた者に小さな発見と懐かしさを届けてくれる。

(了)

 
 
 
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