毒の香り――虚飾の焦点VI
- 山崎行政書士事務所
- 1月25日
- 読了時間: 11分

はじめに
銀座という街は、一見すると絢爛豪華で、すべてのものが美しく磨かれているように見える。しかし、私はこの場所で働き、通い詰めているうちに思い知った。きらびやかなライトが当たる一方で、誰も目を向けない暗がりが存在し、その闇の奥には腐臭すら漂うほどの“毒”が滲んでいるのだ。ブランドコンサルタントという立場上、私は数々の企業や投資家たちの“裏の顔”を垣間見てきた。そしてFDGキャピタルという名の“ハゲタカ”の暗躍がもたらす、肌にまとわりつくような気味の悪さ——それを知ってしまった以上、もう後戻りはできない。
以下に記すのは、最近私が目撃したあまりにも生々しい出来事だ。資本が人を縛り、恐怖が口を塞ぎ、欲望が倫理を歪めていく——銀座の闇を、ありのままに語ろうと思う。
第一章:夜の一報
午後11時を過ぎ、そろそろオフィスを閉めようとしていたときにスマートフォンが振動した。ディスプレイには“非通知”の文字。いつもなら無視するところだが、このところ嫌な予感が的中することばかりだったため、緊張感を抱きつつ応答ボタンを押す。
受話口から聞こえてきたのは、かすれた女性の声だった。「……三條さん。私、FDGキャピタルと揉めているブランドで働いてる者です。あなたに相談したくて……」その声は、涙を必死に堪えているのがわかるほど震えていた。詳細を聞くと、彼女はあるアパレルブランドの企画部門に勤務しており、最近会社がFDGキャピタルの“支援”を取り付けようとしているという。「でも、その“支援”の中身がどうにもおかしい。上層部は何かに怯えているのか、“絶対に外へ漏らすな”と口止めしてくるんです……。社内資料も廃棄しろと言われて。怖いんです」
私は内心でドキリとする。以前アルマロッサや他の工房が経験したような“脅し”と全く同じ展開だ。「わかりました。詳しいことは直接会って聞かせてもらえませんか。場所は……」私が提案しようとした瞬間、彼女の声が急にトーンを落とす。「すみません、今は人目があるので話せません。日を改めて、できれば落ち着いたカフェか何かで……」
しかし、その約束はあっけなく崩れ去ることになる。
第二章:キャンセルの裏にあるもの
翌日、私は彼女との会う約束を調整しようと再度連絡を取ろうとしたが、電話は繋がらず、LINEも既読にならない。仕方なく、彼女が勤務していると思われるブランド(名前は伏せる)に“企画部宛ての資料を渡したい”と偽って電話してみたものの、“該当者は本日お休みをいただいております”という型通りの返答が返ってきただけだった。
夕方、ようやく着信が入ったが、それは先の女性ではなく、やけに事務的な男性の声だった。「失礼ですが、三條さんですか? 〇〇(女性の名前)は諸事情により連絡できなくなったと聞いています。今後、彼女には一切アクションをしないでもらいたい」あまりにも白々しい言い方に、私は体の奥が冷えていくのを感じた。まるで、誰かの台本を読み上げているかのような口調。「そちらはどなたですか? いきなりそんな……」「こちらも言いたくありません。とにかく本人に関わらないでください。これは彼女の意志です」
電話は一方的に切られた。まるで“今後は一切接触するな”という警告のようだった。
第三章:ブランドオフィスの張り込み
嫌な胸騒ぎを抑えられず、私は夜になってからそのブランドのオフィスが入るビルに足を運んだ。場所は銀座から少し外れたオフィス街、10階建ての新しめのビルだ。ビルの正面玄関には警備員がいるが、21時を過ぎると入館にセキュリティカードが必要で、部外者は基本的に入れない。私はロビーのソファで“関係者を装う”わけにもいかず、様子を伺うしかなかった。
しばらく待っていると、エレベーターの前に2人の男が立っているのが見えた。スーツを着こなし、鋭い目つきをしている。妙に肩幅が広く、ただのビジネスマンには見えない。私が隣の柱の陰からそっと見ていると、彼らはビルの外に出てきて、タバコを吸い始めた。すると、一人がスマホで誰かに連絡を取りながら、聞こえるような声でこう言う。「……大丈夫。もう“あの女”も黙ってるだろうよ。今夜はアパートに戻ってこないように、しかるべき方法で牽制した。……ああ、上にはちゃんと報告してある」
鼓動がドクドクと早くなる。“あの女”という言い方、そして“牽制した”という言い回し——まさか、本当に彼女を脅しているのか?これまでにもFDGキャピタル周りで“陰の仕事”をしている人間の噂は聞いたことがあるが、実際に目の当たりにするのは初めてだった。
第四章:彼女の安否
私は矢も盾もたまらず、彼女が言っていたアパートの場所を調べ(以前、なんとなく聞いていた最寄り駅と大まかなエリアを思い出して)向かうことにした。深夜の住宅街を彷徨い、ようやく彼女が住んでいそうなマンションを見つけたが、もちろん部屋番号まではわからない。オートロックのエントランスは閉ざされており、中に入る手段はない。
数分待っているうちに、マンションのエントランスからサラリーマン風の男性が出てきた。私は大変失礼を承知で声をかけ、「〇〇さんという方をご存じありませんか?」と訊ねてみた。男性は訝しげに眉をひそめ、「知らないですね。ここは単身世帯が多いし」とそっけない返事。仕方なく、その夜はマンションの外で待つことにした。何か手がかりが得られるかもしれないと淡い期待を抱いて。
結局、午前2時を過ぎても、彼女はおろか、誰一人それらしき人影は現れなかった。寒気と疲労感に苛まれながら私はタクシーに乗り、帰路につく。その車中で、バックミラー越しに運転手が「何かあったんですか?」と心配そうに声をかけてきたが、私はうまく答えられず、ただ無言で首を振った。
第五章:追い詰められたオフィス
翌朝、私のスマートフォンに見知らぬメールアドレスからメッセージが届いた。“昨晩、外に来てくれていたのは三條さんですか? 私は大丈夫……ではありませんが、なんとか無事です。もう会社には行かないつもり。でも、このまま逃げるように辞めたら、私が抱えている資料が闇に葬られます。あなたに預けたい。今日の15時に、〇〇カフェで待っています”
その店は新宿のビジネス街にあるチェーン系カフェだった。わざわざ銀座から離れた場所を選んだのは、少しでも安全を確保しようという意図だろう。私はすぐにスケジュールを調整し、午後15時前には現地に到着。狭い店内をぐるりと見渡しても、女性らしき姿は3人ほどしかいない。もしかしてまだ来ていないのか、それとも……。
15時を過ぎても、彼女は姿を見せなかった。15分、20分——落ち着かない気持ちで待ち続ける。そのとき、カフェの入り口付近が妙に騒がしくなった。視線を向けると、警察官が一人、小走りで店に入ってきた。店員と何やら話している。「すみません、〇〇という女性のお連れ様はいらっしゃいませんか?」警察官が店内を見渡し、私のほうへ視線を移す。客の中にはザワつく人もいた。私も思わず立ち上がる。「私が……あの、どうかしましたか?」
警察官は申し訳なさそうな表情で、「実は、ちょっとトラブルが起きまして……」と口を開いた。「先ほど、近くの路上で倒れている女性が発見されました。意識はあるのですが、携帯電話が壊れていて、“三條さんに会う約束がある”と繰り返しているんです。彼女が持っていたメモに、このカフェの住所と『三條さん』という名前が書いてありました。お知り合いなら、一緒に来ていただけますか?」
第六章:倒れた彼女の証言
私はすぐに警察官と一緒に現場へ向かった。場所はカフェからほど近い歩道の脇、人気のない裏通りのようなところだった。そこに救急車が停まり、彼女がストレッチャーに乗せられようとしている最中だった。顔には擦り傷らしきものがあり、髪も乱れている。「大丈夫ですか!?」駆け寄ると、彼女は私とわかるとホッとしたように目を細め、小さく呟いた。「三條……さん。ごめんなさい、途中で変な人たちに声をかけられて……走って逃げようとしたら転んで……」
そのまま彼女はうわ言のように続ける。「私のバッグの中に、会社の資料が……まだあるはず。捨てられないようにずっと持ってた……。お願い、渡すから……」
幸い、怪我は大きくはなさそうだが、精神的ショックが大きいのか、彼女の呼吸は荒く、不安定な状態だった。医療スタッフに付き添われる中、バッグだけは何とか私の手に渡った。チャックを開けると、そこには分厚い封筒が入っている。瞬間、私は周りにいた警察官や救急隊員に悟られないよう、そっとそれを内ポケットに滑り込ませた。
第七章:資料の中身
夜、自宅へ戻り、改めて封筒の中身を確かめると、そこには会社の社内メールのプリントアウトやFDGキャピタル側から送られてきたと思われる“提案書”がバラバラに詰め込まれていた。提案書には、会社の経営陣向けに“優遇融資”や“国際マーケティング支援”といった美辞麗句が並ぶ。一見すると魅力的な内容だが、その下の小さな文字には、「経営の一元化」「生産部門の統合」「人員整理の検討」 といった言葉が散りばめられている。さらに、メールのやり取りを追うと、どうやら経営陣の一部は既にFDGキャピタルから“個人的な報酬”を受け取っているらしい。役員に対して高額の“コンサルフィー”を払うことで、暗に契約締結を促す手口だ。それに反対する社員は、“情報漏洩”の名目で社内監査にかけられ、退職を余儀なくされている。彼女もその一人になるところだったのだろう。
問題は“変な人たちに声をかけられた”という一件だ。おそらく、彼女が何か重要な資料を持ち出そうとしているのを知り、脅しにかかったのだろう。運良く大怪我には至らなかったが、もし下手をすれば……。想像するだけで胃の奥がひりつく。
第八章:告発をめぐる攻防
彼女はしばらく入院することになり、外部と自由に連絡を取れる状況にはなかった。私には“とりあえず資料を預ける”という意志しか伝えておらず、今後どう動くかは未定だ。ただ、このままではまた情報が闇に消される恐れがある。私は過去にFDGキャピタルの実態を追及したことのあるジャーナリスト数名に再び声をかけ、資料の一部を精査してもらうことにした。「これだけ具体的な社内メールが残っているなら、相当な証拠になる。会社名もはっきりしているし、役員への“コンサルフィー”がリベートにあたる可能性もある」そう言ってジャーナリストたちは色めき立ったが、一方で厄介なのは被害当事者である彼女の存在。本人の証言が得られなければ、資料だけでは裏を取れない部分も多い。
さらに、彼女の会社からも法的措置が取り沙汰される可能性が高い。もしメディアが一方的に記事を出したら、“企業秘密の漏洩”として訴えられるかもしれない。“被害者”が「何も言いたくない」と言ってしまったら、それで終わりだ。業界でも似たようなことを何度も見てきた。
第九章:彼女が残した音声データ
そんな中、私は彼女のバッグからもう一つの小さなUSBメモリを見つけた。中に入っていたのは、スマホで録音したらしき数本の音声データ。そこには、会議室と思われる場所で男性陣が会話する声が記録されていた。ノイズ混じりだが、以下のようなやり取りがはっきり聞き取れる。
男性A 「FDGキャピタルさんが言うように、生産ラインは半分で十分だ。残りは外注に回す。どうせブランド名だけあれば売れるんだから」男性B 「それでいいんですかね? ウチは職人技が売りじゃなかったんですか」男性A 「社長は納得してる。リベートだってもらってるし、俺たちも従うしかない。反対する奴は全部切り捨てる」男性B 「……わかりました。じゃあ企画部にも“文句言えば処分する”って伝えます」
生々しい。どの企業でも言いそうな雑談、というわけでは全然ない。これは明確に“リベート”をほのめかし、組織的なリストラを想定している。この音声が本当なら、企業の根幹を揺るがす大問題だ。告発の材料としては極めて強力だが、逆に言えば“危険度”も段違いに高い。
第十章:決断と暗闘の予感
深夜、私のスマホが再び震えた。非通知の着信だ。恐る恐る出ると、今度は低くくぐもった男の声が響く。「……いま、お前が手にしているのは会社の機密情報だ。返してもらおうか」FDGキャピタルの関係者なのか、それとも企業内部の誰かなのか——判断はつかないが、明らかに脅迫めいた口調だ。「あなたは誰ですか? 勝手に電話をかけてきて資料を返せとは……」「俺たちはお前がどこに住んでいるかも知っている。ここで一悶着起きたら困るだろう?」
背中に冷たい汗が滲む。舌打ちするような息遣いを残して、相手は一方的に通話を切った。これまで幾度となく脅しを経験してきたが、ここまで直接的に“住所を知っている”などと言われたのは初めてだ。……だけど、私は逃げるわけにはいかない。ここまで“生々しい”証拠が揃っているのに、何もしないで放り出したら、被害者はいつまでも救われない。“あの女性”が命がけで資料を守り、私に託した意味がなくなる。
これから先、彼女の証言が得られれば、確実にFDGキャピタルや企業の不正を叩く大きなチャンスになるだろう。だが、その過程ではさらに強い圧力や攻撃が待ち受けている可能性が高い。私は部屋の窓の外を見つめる。夜の銀座は、遠くのビルの明かりだけが寂しく瞬いている。きらびやかな街の灯の裏で、今まさに毒が匂いを放ちながら浸透している——そう考えると、胃のあたりがチリチリと痛むような感覚に襲われた。
果たしてどこまで真実を暴き出せるのか。“闇”に飲まれる前に、どれだけの人を救うことができるのか。そんな不安を抱えつつ、私は再びパソコンに向かい、資料を整理し始める。たとえどんな代償が待っていても、今は動き続けるしかない。
銀座の夜には、いつも微かな毒の香りが漂っている。私には、それを浄化する術はないかもしれない。しかし、黙ってその匂いに酔わされるわけにもいかないのだ。それが私の“ラグジュアリー業界”との戦い方なのだから。
— 終わり —
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