最終回:虚飾の漣
- 山崎行政書士事務所
- 1月25日
- 読了時間: 7分

プロローグ
銀座のメインストリートは、深夜を越えても決して眠りにつかない。ブランドのショーウィンドウが怪しく光を放ち、夜通し営業するクラブやバーからは、金と欲望が渦巻く響きが漏れ続ける。その底にうごめいていた“ハゲタカファンド”FDGキャピタルの暗躍は、いくつかの企業スキャンダルと告発劇を経て、ようやく一段落を迎えたかのように見えた。しかし、本当に終わったのか。この街で金を巡る闘いが絶えるわけはない。そこにひそむ闇は、いつだって新たな仮面を被り、再び姿を現す準備をしている。
第一章:敗北と静寂
「……結局、どこまで食い止められたんだろうな」三條岳士(さんじょう たけし)は、自分のオフィスで書類の山を見つめながら呟いた。FDGキャピタルが仕掛けた買収・出資工作は、確かに一部の企業では頓挫した。過剰なリストラ計画や裏金疑惑が次々と暴かれ、メディアの批判を浴びた。それでも、あの巨大ファンドが全世界的に持つ“資金力”や“コネクション”を考えれば、これはほんの一部の攻防に過ぎない。一方、すんでのところで救われた企業やデザイナーたちは、小さな勝利を胸に、何とか日常へ戻っていこうとしている。
「三條さん、いつもありがとうございます」そう言って頭を下げる人々の姿を思い出すたびに、三條の胸にわずかな安堵が生まれる。けれど、同時にひりつくような不安感が残る。「また、いつか別の形でFDGキャピタルが襲ってくるかもしれない」それを防ぎきる力は、今のところ誰にもないのだ。
第二章:ある金融マンの提案
そんなある日、三條は久しぶりに旧知の銀行マン・石丸と再会した。「よお、また走り回ってるみたいだな」石丸は相変わらず無精髭を生やしながら、ニヤリと笑う。彼は近々、海外の金融機関との提携を発表し、独立したコンサルティング会社を立ち上げる予定だという。「FDGキャピタルが世界をまたにかけているなら、こっちも世界規模で対抗しようかと思ってさ。奴らの資金の流れを追う手段を持っていないと、いつまで経っても同じことの繰り返しだ」
石丸の話によれば、いくつかの欧州系金融グループが、最近の“ファンドの影”を問題視しており、国際的な監査プロジェクトを立ち上げようとしているらしい。「ただ、本格的に手を突っ込むなら相当なリスクを伴う。FDGキャピタルの背後には、中東やアジアの大富豪もついているし、国際政治の駆け引きさえ影響してくる」三條は肩をすくめる。「俺たちが踏み込める範囲なんて限られてる。でも、やらなきゃブランドも人も守れないから、踏み込むしかないんだ」
第三章:都市の深層
銀座の夜道を歩く三條は、ふと立ち止まる。ショーウィンドウには、新作コレクションが並び、華やかな照明に彩られている。モデルの写真が貼られ、上品な音楽が静かに流れていた。「ここで繰り広げられるドラマは、ちっとも変わらない——結局、欲望と金が人を翻弄し続ける」とはいえ、彼は完全な虚無を感じているわけではない。確かに、FDGキャピタルの“魔手”は尽きることなく伸び続けるが、この街にはそれを押し返す“人間の誇り”や“ものづくりの熱意”がまだ生きている。それが、三條の心を支えているのだ。
第四章:最後の告発者
数日後、彼の元に一本の電話が入った。「私、かつてFDGキャピタルの日本支部に深く関わっていた者です」乾いた声の主は、さる大手証券会社を辞めたばかりの男性だという。彼はまるで、打ち捨てられた場所から這い上がるような調子で続ける。「奴らが、今度は“ファッション以外の業界”——たとえば高級不動産やアートコレクションの分野で動き出しているのを知っていますか? しかも、裏には汚い資金が流れ込んでいるんです」
真新しい業界への侵食。ラグジュアリー業界を席巻した手法が、今度は高級不動産やアートを巻き込んで拡大していく。想像するだけで嫌な汗が噴き出す。だが同時に、三條の目には闘志が宿った。「ならば、俺たちが止めるしかない」そう呟き、受話器を置く。
第五章:レイカの決断
桐生レイカ。かつて“コレクター”としてリュクールやパリージャ、エレスといったブランドの世界に深く関わり、FDGキャピタルとの闘いにも顔を出してきた女性。彼女の存在感は今や銀座だけでなく、海外のファッションシーンでも大きくなっていた。SNSや雑誌を通じて、「本物を守る」メッセージを発信し続け、ファンからの支持を集めている。
ある夕方、レイカは三條を呼び出した。「私はね、ブランドやアートに注ぐ情熱は“お金”じゃ測れないと思うの。だけど、あなたも知ってのとおり、巨額の資本が入ってくれば、簡単におかしくなる世界でもある。だから、これからはもっと積極的に“声”を上げるわ」彼女は一枚の企画書を三條に差し出す。そこには、“国際的なラグジュアリーアワード”の開催計画が記されていた。「名誉ある賞を立ち上げて、真に価値ある職人技やデザインを世界に伝えるの。FDGキャピタルのようなハゲタカに食い荒らされる前に、“正当な価値”を確立してしまいたいのよ」
三條は企画書に目を走らせながら唇を噛む。「賛成だ。でも、相当な資金が必要だろう?」「ええ。でも、わたしに協力してくれる投資家がいるのよ。……石丸さんや、あなたが引き合わせてくれた人たちもね」その瞳には覚悟が宿っている。三條は、小さく頷いた。「やりましょう。もう一度、銀座や東京の“本質的なラグジュアリー”を示すんだ。FDGキャピタルがなんと言おうと、文化と誇りは金で買えないってことを証明しなくちゃいけない」
第六章:嵐の前
新しいプロジェクトは、まるで台風の目のように動き始めた。レイカや三條の呼びかけに応じ、リュクールやパリージャなどの主要ブランドが協力を表明。国内外の職人やデザイナーを招いて、華やかなアワードを開催するプランが具体化していく。しかし、そんな彼らの動きがFDGキャピタルの耳に入らないはずがない。すぐにさまざまな形で“妨害”が始まった。アワードのスポンサー候補が突然撤退したり、デザイナーやモデルに不審な警告が届くなど、あからさまな牽制が行われる。
それでも、三條やレイカたちの決意は揺るがなかった。「これで最後にしよう。あの連中が手を出してくるなら、正面から受け止めてやる」そう呟く三條の背中に、長い闘いの疲労が滲むが、不思議と瞳は力強かった。
第七章:覚悟の結末
迎えたアワード本番当日。場所は国際的に知られる巨大コンベンションホール。ブランドの代表作やデザイナーの新作が一堂に並び、海外メディアも多数来場した。開会式でレイカが高らかに宣言する。「ここに集まった作品や人々は、金銭的な価値以上に“ものづくり”への情熱を宿しています。どうぞ、その背景にある魂を見てください。私たちは、誰かの都合でこの“魂”を踏みにじらせたりはしません」
そのスピーチを見守る三條は、心の中で小さく呟く。(FDGキャピタルは狙っているだろう。だけど、もう俺たちは引き下がらない。最後の最後まで、彼らのやり口を世界に晒してやるんだ)
アワードは成功裏に幕を下ろし、大きなメディア露出や国際的な話題を呼んだ。もちろん、その裏でFDGキャピタルも黙ってはいない。彼らのスポークスマンが「遅れた職人気質ではグローバル競争に勝てない」と反論する声明を発表するなど、水面下の火花は散り続けている。だが、少なくとも今この時点で、銀座のラグジュアリー業界は“大きな声”を上げることに成功した。巨大資本だけが正義ではないと、世界に示したのだ。
エピローグ:虚飾の漣(さざなみ)
アワード終了後の深夜、三條はひっそりと閉店した会場を後にし、銀座の裏路地を一人歩いていた。そこには、いつもと変わらぬネオンの光と、アスファルトに反射する街灯の輝きがあった。胸に去来するのは、長い闘いの後の虚無感、そしてほのかな希望。“結局、俺たちの戦いはいつ終わるんだろう?”そう問いかけても、答えは見つからない。FDGキャピタルのような存在は、形を変えて必ずまた現れる。金がある限り、どこまででも侵食してくる。だが、今回のアワードや告発を通じて、人々の心にも“さざなみ”のような変化が起きたはず。職人やデザイナーが声を上げ、消費者もまた何が“本物”かを確かめようとし始めている。そのさざなみが、やがて大きな波紋となり、強欲な資本の魔手を退ける大潮流に変わっていく……と、信じたい。
銀座の空気は、まだどこかに不穏な香りを漂わせている。しかし、そこには確かに“抗う意思”が芽生え、拡がりはじめている。「俺は、もう少しだけこの街で走り続けるよ」つぶやき、三條は足を踏み出す。ラストショーが終わっても、舞台の幕は完全には降りない。ここから先も、欲望と正義、伝統と革新、そして人間の誇りがぶつかり合うドラマが、終わりなき虚飾の中で続いていくのだから。
—— 完 ——


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