潮暁の断罪
- 山崎行政書士事務所
- 1月26日
- 読了時間: 12分
以下は、これまでの九作――
『潮満(しおみつ)の刻』
『潮影(しおかげ)の残響』
『潮月(ちょうげつ)の黙示』
『潮闇(しおやみ)の彼方』
『潮燐(しおりん)の楔(くさび)』
『潮葬(ちょうそう)の刻印』
『潮痕(ちょうこん)の顕影』
『潮盟(ちょうめい)の咎標(とがしるし)』
『潮聲(ちょうしょう)の迷埋(めいまい)』
――を踏襲する、第10作目の続編長編です。前作で意識不明のまま救出された地元紙記者・望月(もちづき)の存在、そして国際貿易特区へと突き進む巨大企業・天洋コンツェルンをめぐる暗躍。その背後にある“潮盟”という歴史的密約の闇が、いよいよ究極の局面を迎えるのかもしれません。社会派推理テイストを意識しながら、従来の登場人物・設定をさらに発展させました。

序章 早朝の断片
夜が明けきる直前の光浦海峡(こうらかいきょう)。夏の熱気はもう去り、肌に触れる風はひんやりと冷たい。波打つ潮の向こうに、巨大クレーンや埠頭のシルエットが浮かび上がる。 前作『潮聲(ちょうしょう)の迷埋(めいまい)』の結末で、長く行方不明とされていた地元紙記者・望月(もちづき)が、半ば意識不明のまま救出された。彼女を拉致監禁していた勢力――巨大企業天洋コンツェルンの闇部隊とみられる者たちは、湾の浚渫工事(大規模爆破)を強行し、多くの痕跡を海底へ葬ろうとした。 しかし、あまりに激しい爆破により、さらに“何か”が海底から露出した、という謎めいた噂もある。長年封じ込められてきた秘密か、それとも単なるデマか――。 神奈川県警の都築(つづき)警部補と地元署の大迫(おおさこ)刑事は、潮の満ち引きが繰り返されるごとに、見え隠れする“潮盟(ちょうめい)”という古よりの密約の影と対峙しながら、未だ決定的な証拠を掴めずにいた。だが、今こそ――そう、暗い夜を越えて、わずかに差し込む暁の光が、事件を新たな局面へ誘い出すかもしれない。
第一章 記憶を失った望月
病院の個室で、点滴を繋がれた望月は、未だ虚ろな目をしたままベッドに横たわっていた。数週間の拘束生活で衰弱し、精神的ショックも大きい。 大迫が小声で声をかける。「望月さん……僕です。大迫ですよ。少しでも話せますか?」 望月は身じろぎし、か細い声でかすれた言葉を発する。「……“海峡”… …ちか… ひ… ……」 途切れ途切れの断片からは、はっきりとした内容は分からない。だが、彼女の視線が虚空をさまよい、何か焦点を探すように彷徨っている様子は、かつての聡明で闊達な記者の姿とは程遠い。 都築は切ない思いで額の汗を拭いながら、「あの状態では、当面まとまった証言は無理か……。彼女が握っていたはずの“潮盟”の真相に迫る鍵は、今はまだ開かない」と呟く。 病室の窓の外には、遠くに桜浦神社(さくらうらじんじゃ)の鳥居が見える。神社の新宮司・**安西(あんざい)**は、衰弱しながらも捜査に協力しようと奔走しているが、神事の要だった「幻灯の鏡」や「海潮図」の大半が失われ、情報は断片的だ。今や望月の意識が戻ることこそが、最大の鍵になるかもしれない。
第二章 上層部の冷淡
都築と大迫は、これまでの状況を警察上層部に報告する。しかし返ってくるのは相変わらずの冷淡な態度。「国際貿易特区」計画が既定路線となり、天洋コンツェルンを過度に刺激するなという指示が下される。 大迫が憤りを隠せない。「望月さんや、これまで海へ沈められてきた多くの被害者たちをどう考えているんだ……」 都築は思案しながら言う。「結局のところ、彼らにしてみれば、“闇の勢力”を暴こうとする捜査は邪魔でしかない。事態が大きくなれば国策レベルの事業まで揺らぐからだろう。いつも同じだ……」 そのとき、意外な人物が二人に近づく。以前、都築らと対立する立場をとりがちだった県警本部の鷹津(たかつ)管理官である。鷹津は低い声で言う。「あなた方の動きは注意を引いている。だが、一方で中央からも『天洋の行動には問題がある』とする内部文書が回ってきた。どうやら政界内でも一枚岩ではないらしい」 聞けば、与党内の一部が天洋コンツェルンの強引な進め方を警戒しており、警察に対しても“有事には捜査権限を発動せよ”と暗に示しているという。 「内部で綱引きが起きている……?」と都築は目を見張る。「となると、わずかな突破口があるかもしれない」
第三章 桜浦神社の夜警
安西宮司から「また神社に不審者の影があった」という連絡が入る。かつて幾度となく襲撃や資料破壊が行われてきた場所だ。都築と大迫は夜間巡回を強化し、境内で待ち伏せを試みる。 深夜、一帯が静まり返る中、社務所の裏手で小さな物音がした。二人が息を潜めて近づくと、和装の男が懐中電灯で何かを探すように床を這いつくばっている。 都築が声をかける。「何をしている? 警察だ!」 男は驚き、何かを懐に掴んで逃走を図ろうとするが、大迫が体当たりで取り押さえる。懐から出てきたのは、小さな木箱と古い紙片だ。 取り調べてみると、男は自らを**「御影(みかげ)」**と名乗り、古くからの神職の家系に連なる人物だという。かつて安西宮司の先代と確執があり、神社を離れていたが、“先祖伝来の宝”を取り戻すために夜中に忍び込んだと主張する。 都築は怪訝な表情で紙片を検める。それには神代文字のようなものが書かれ、かすかに「潮暁(ちょうぎょう)」「断罪」の単語が見られる。どうやら古文書の断片らしい。 安西は男を見て嘆息する。「御影家の家系は、古くから“海を支配するための秘術”を担ってきたといいます。おそらく、その系譜である彼は“潮盟”に深く関わる存在かもしれない……」
第四章 秘術と断罪
取り調べを受ける御影は最初こそ口を噤んでいたが、やがて観念したように語り出す。 「わが家は先祖代々、潮満神事とは別の“秘祭”を継承してきました。それは“潮暁(ちょうぎょう)”――海の夜明けを司り、背く者を断罪する古の術式だと伝わっている」 都築と大迫は顔を見合わせる。以前から“潮盟”の戒律や“背く者は海へ”という言葉が出ていたが、どうやらこの御影家が一族ぐるみで、その儀式を支えていた可能性がある。 御影は続ける。「しかし、時代が進むにつれて秘術は形骸化し、一部の者が利権や欲望のためにそれを悪用し始めた。今の天洋コンツェルンが利用している“潮盟”も、その流れの末端にあるものだ――。私が探していた紙片は、本来の“潮暁”の制裁権を記した記述があると聞いていた。もしそれを取り戻せば、彼らの横暴を止められるかもしれないと思ったんだ」 大迫は困惑する。「制裁権って、一体どういう……」 「古文書には、海峡を乱す者を“断罪”する権能が授けられている、と書かれていた。実際には象徴的なものに過ぎないと理解していたけど、天洋の連中は自分たちでその権能を握り、好き放題に人を海に沈めているのかもしれない」
第五章 大いなる蠢動
一方、港湾エリアでは、前回の爆破浚渫から数日を経て、新たな動きが活発化していた。海外から船舶が続々と到着し、コンテナが次々に搬入される。まさに国際貿易特区へ向けた大規模オペレーションの幕開けといった様相だ。 都築と大迫が現場に足を運ぶと、地元の議員や商工会の代表が集まり、「これで地域が潤う」「雇用が生まれる」と嬉々としている姿が目立つ。闇の部分など微塵も感じさせない表向きの祝賀ムードだ。 しかし、裏では天洋コンツェルンの私設警備が厳戒態勢を敷き、作業員同士が秘密裏に何かを囁き合っている。「新しい潜水器材が導入された」「外洋との海底トンネル計画も進んでいる」など、不穏な噂が絶えない。 まるで、“潮暁の断罪”が起こり得ることを想定しているかのように、警備体制が強化されているのだ。都築は否応なしに、さらなる大量殺人や証拠隠滅が行われるのではと疑念を深める。
第六章 望月の破片的証言
救出された望月は、依然として混乱状態にあったが、微かながら会話が可能になりつつあった。大迫が病室を訪れると、彼女は痩せた指で何かを書こうとしている。 ノートとペンを渡すと、震える筆致で「地下」「闇道」「銃」「潮盟」といった単語が連ねられていく。さらに、か細い声で「私……見た……海の底に“刻印”… …」と呟く。 大迫が問いただしても、集中力が続かず表情は混濁してしまう。それでも“海の底に刻印がある”という衝撃的な断片は無視できない。 「刻印とは何だ……?」大迫は都築と話し合い、御影からの情報と合わせて推測する。「もしかして“潮暁”を示す何らかの物理的な印が、海底に刻まれているのでは? あるいは、彼らが断罪を執行するときの目印……」
第七章 海底の新たな遺構
そんな折、漁師仲間の木島(きじま)から極秘情報が入る。「前回の爆破で、湾の一角の地形が崩れ、海底に奇妙な石積みのような遺構が露出したらしい。地元の潜水士がこっそり撮影したが、天洋コンツェルンの警備に見つかり、データを消されたという」 都築と大迫は息を呑む。望月が言った“海底に刻印”と合致する可能性が高い。おそらく、そこには古来の“潮暁”あるいは“潮盟”を裏付ける決定的な文字や文様が残されているのではないか。 もし、それを公にできれば、天洋コンツェルンの陰謀が単なる経済活動ではなく、歴史的犯罪や人命抹殺の構造と繋がっていることを証明できるかもしれない。 「……だが、どうやって海中の遺構を確認する? 相手の警戒網は鉄壁だ。海保や行政を動かそうにも、上層部の横やりで却下される可能性大だ」と大迫は歯がゆそうに言う。 都築は苦い表情で言葉を絞り出す。「やるしかない。御影が持ち出した古文書の断片や、望月の証言、そしてこの遺構情報……全部を繋げられれば、奴らの本質を暴く糸口になるはずだ」
第八章 潜入計画
そこで都築と大迫は、一か八かの計画を立てる。桜浦神社の安西宮司や、かねてから協力してくれている木澤や木島の手を借り、夜間に小型ボートと潜水装備を用意して、問題の海域へ密かに潜ろうというのだ。 「当然、天洋の警備に見つかれば命の保証はない。けれど、これまで沈められてきた被害者の無念を晴らすにも、望月が必死で伝えようとした真実を掴むにも、ここで動かずに終われない」と都築は覚悟を決める。 大迫も頷く。「それに、鷹津管理官から暗に『もし何か決定的な証拠を持ち帰れれば、上層部も黙ってはいられない』と言われた。ギリギリの裏サポートを期待しよう」
第九章 海底の断罪碑
深夜、月の光が消えた曇天の下、都築と大迫は協力者たちとともに小型ボートで海に出た。目指すは湾の奥にある崩れた海底遺構。 警備船のライトをかいくぐり、静かに潜水を開始する。海中は真っ暗で、懐中電灯の光が揺れ動く中、岩陰を辿っていく。 やがて、巨大な石組みの一部らしき壁面が現れ、その表面には何やら彫り込みが――。 都築が目を凝らすと、古い文字や模様が浮かび上がっている。ヒビだらけだが、一部は判読できそうだ。「潮暁――断罪の刻」とも読める文字。そして、無数の人型の刻印が縦に並び、その脇には鎖のような紋様。 大迫が水中カメラで必死に撮影を続ける。すると遠くから船のエンジン音が近づいてくる。天洋の警備船だ。急げ――。 その瞬間、遺構の下部が突然崩れ、大量の砂と岩が一気に流れ出す。水が渦を巻き、都築がバランスを崩しそうになる。 慌てて浮上を試みる二人だが、かすかに光が差し込む視界の中で、都築は何かもう一枚の石碑のようなものが倒れ込むのを見た。そこには人骨らしき白いものが絡みついて……。恐らく、歴代の“犠牲者”が葬られた場所なのだろうか。 「ここはまさに“潮暁の断罪”が行われてきた場――!」 衝撃に囚われながらも、どうにか遺構の撮影を終え、二人は浮上する。
第十章 暁の空、そして……
夜明け前、都築と大迫はかろうじて警備船を振り切り、港とは反対側の入り江へ上陸する。ゼエゼエと息を切らしながらカメラを確かめると、断罪碑の映像や古代文字のアップがしっかりと収録されていた。 もしこれが公にされれば、天洋コンツェルンがいかに古来の秘祭を歪め、経済事業と結びつけてきたか、その闇のルーツを洗い直す糸口となるだろう。何より“潮盟”や“潮暁”の本質――人を海へ沈め、盟約に背く者を断罪する習俗――が消えずに現代まで残っている事実を突きつけることになる。 水平線がほのかに白み始め、空に淡いオレンジ色が差し込んでくる。まさに“暁”――。 都築はカメラを握りしめ、決意を新たに呟く。「ここからが正念場だ。この映像を上層部へ持ち込み、もし揉み消されそうになったら、もう一歩先――マスコミや反対勢力とも連携して世に出すしかない」 大迫もうなずく。「望月さんの証言も少しずつ回復の兆しがある。彼女の告発と合わせれば、天洋の本質を暴く可能性はあるかもしれない。もうこれ以上、犠牲を増やすわけにはいかない」 遠くに見える桜浦神社の鳥居が、朝日を受けてシルエットを浮かび上がらせる。これまで何度となく血が流され、秘密が沈み、闇が繰り返されてきた海峡。しかし、今や都築らの手には、海底で撮影した“動かぬ証拠”がある。 暗い歴史の戒律“潮暁の断罪”を現代でも振りかざし、莫大な利権をむさぼる天洋コンツェルンと背後の権力者たち。その牙城を崩せるかどうかは分からない。だが、初めて明確な“突破口”が見えてきたのは事実だ。 薄闇から抜け出すように、小舟が揺れる岸辺で、都築と大迫は静かに拳を握り合う。潮の香りが鼻を刺し、朝の風が彼らの濡れた髪を乾かしていく。やがて、太陽が海面を黄金色に染めながらゆっくりと昇る。 ――“潮暁の断罪”。 その言葉は、古今を貫く邪悪な習俗の象徴であり、また同時に夜明けを告げる光の比喩でもあるのかもしれない。深く沈んだ真実がついに地上へと顕わになるのなら、これは新たな局面の幕開けに違いない……。
あとがき
第10作『潮暁(ちょうぎょう)の断罪(だんざい)』では、シリーズを通して繰り返されてきた“海への沈め”という暗い習俗が、ついにその歴史的・儀式的な原点を露わにし始めました。いわゆる「潮暁(ちょうぎょう)」という古代の制裁権を悪用することで、天洋コンツェルンやその背後の政治勢力は国際貿易特区という現代のビジネススキームを作り上げていたのです。 主人公たちが海底で発見した“断罪碑”や古文書、そして記者・望月の辛うじての生還が、ようやく具体的な証拠と告発へ繋がるかもしれない――これまで数多の死人と未解決事件を残してきた暗黒の連鎖を断ち切るには、まだ大きな困難が待ち受けているはずです。しかしながら、シリーズでも稀に見る“強い突破口”が示されたことで、読者にとっては一筋の希望が垣間見える展開となりました。 もっとも、社会派推理の特徴として、「闇は一掃されず、権力はそう簡単には揺らがない」という宿命的なテーマも横たわっています。都築・大迫たちは果たして、実際に天洋コンツェルンの不正や“潮盟”の犯罪構造を世に曝け出せるのか。あるいは、また別の形で握り潰され、さらなる犠牲者が出てしまうのか。 本作のラストシーンでは、夜明けの海が黄金色に染まり、いわば“新たな朝”を暗示して幕を下ろしました。これは、シリーズ全体の中でも最も前向きな余韻と言えるかもしれません。とはいえ、この海峡の風は依然として多くの血と秘密をはらんでいることでしょう。遠い昔から続く“潮暁の断罪”が真に払拭されるのかどうか――その行方は、まだ定かではありません。
(了)
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