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潮葬の刻印

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月25日
  • 読了時間: 10分



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序章 薄曇りの潮風

 光浦海峡は、初夏を迎えてもどこか重苦しい空気が漂っていた。近年加速している港湾拡張計画は、先の大規模火災や銃撃事件が一応“事故”扱いとなったことで、さらに勢いを増している。 この海峡で行われる**潮満神事(しおみつしんじ)**が観光客を呼び寄せる一方、その裏で広がる利権と陰謀は形を変え、生きながらえてきた。緑陽交通、日邦建設、そして天洋コンツェルン……。 久々に小雨まじりの潮風が吹くなか、地元の古社・**桜浦神社(さくらうらじんじゃ)**は相変わらずの静寂に包まれている。だが、その静けさは、いつまた血と陰謀に塗り潰されるとも知れぬ、儚い平穏でしかなかった。

第一章 地元紙の特集記事

 警視庁捜査一課の都築(つづき)警部補は、地方出張の形で光浦の地に再びやって来た。先の「埠頭火災」の件で調査が打ち切られたままになっており、“地元住民の安心安全を確保するため”という名目での派遣である。 迎えに来た地元署の**大迫(おおさこ)刑事は、すぐさま一部の地元紙を差し出す。その特集記事には「天洋コンツェルンの港湾拡張は果たして誰のためか?」という挑戦的な見出しが踊っていた。 「この町にも、まだ真実を追いかけようとする記者がいるんですね」と大迫は呟く。「名前は望月(もちづき)**という若い女性記者で、最近急に注目を集めています。上層部の都合に左右されず、かなり突っ込んだ取材をしているらしい」 都築はその記事をざっと読み、「こりゃまた大きな圧力がかかるだろうな」と苦い予感を覚える。過去にも告発者や記者は、次々と闇に葬られてきたのだ――木澤、岡島、その他多くの人間が……。

第二章 桜浦神社の祭主交代

 都築と大迫が桜浦神社を訪れると、宮司の**安西(あんざい)**が深刻そうな面持ちで二人を出迎える。つい先日、長らく宮司を務めてきた先代が病で倒れ、急きょ安西が後を継ぐことになったばかりだという。 安西は柔和な笑みを浮かべながらも、眼の奥に強い警戒心を宿している。「実は、神社に対して天洋コンツェルンからある“提案”が来ていまして……。彼らは“神事の保存”と称して多額の寄付金を提供し、さらに神社周辺の土地利用を進めたいらしいのです」 都築が「やはり、彼らは観光と開発を一体化しようとしているんですね」と言うと、安西はうなずく。 「潮満神事がこの地の大きな観光資源だという認識は、もちろん私も持っています。けれども、彼らのやり方はあまりに強引だ。神事の伝統を建前にしつつ、実際は港湾拡張を推し進める道具としか見ていないのかもしれません」 ふと、神社の裏手にある文学碑を見やる都築。過去にこの場所でどれだけの血が流れ、どれだけの陰謀が渦巻いたか――いずれも「神事を守る」「地元を潤す」という名目だったのだ。

第三章 記者・望月との接触

 大迫を通じてコンタクトをとった地元紙の記者・望月は、痩せぎすの身体に鋭い瞳を持った20代後半の女性だった。取材相手には物怖じしない態度で迫り、これまでの事件の経緯や捜査の進捗について都築に食い下がる。 「警察はなぜ、あれほど多くの“疑わしい事故”を解決できないのです? 緑陽交通、日邦建設、天洋コンツェルン――どれも中途半端なままうやむやにしてきたでしょう? このままじゃ地元住民の不安は膨らむ一方ですよ」 都築は痛い所を突かれた思いだったが、あえて率直に答えた。「大きな権力が絡んでいるのは確かで、我々は捜査に多くの制約を課せられる立場にあります。しかし、真相を追っている刑事も確実にいるんだ――それだけは信じてください」 望月は複雑な表情を浮かべつつ、静かに言った。「私も少しずつ事実を掴んでいます。天洋コンツェルンが港湾拡張と称して何を運び入れ、誰と癒着し、どういう利益構造を築いているのか……。その一端を近々、記事で公にするつもりです」 ついに正面切っての告発記事が出るのか――それは極めて危険な行為となるだろう。都築の脳裏には、過去に闇へ葬られた数々の告発者の姿がよぎる。

第四章 闇の火種

 取材活動を進める望月が、ある夕刻に行方不明になったと、大迫から連絡が入る。「昨夜、漁協の組合長と会うと言って出かけたまま、帰っていないんです。電話も繋がらない」 都築は、かつて漁業者の抵抗運動をまとめていた組合長・**木島(きじま)**の名前を思い出す。以前から警戒されていたが、今回の港湾拡張でも何か裏事情を知っているらしい。 「望月記者は、木島さんから大きなネタを掴もうとしたのかもしれない。だが、闇の勢力もそれを嗅ぎつけたと考えれば……」 過去のケースのように、告発者が消される危険は高い。都築と大迫は急ぎ木島の漁船小屋に向かうが、そこは荒らされた跡があるのみで、二人の姿はない。 「また失踪事件か……」大迫の顔が険しくなる。「望月記者が掴んでいた情報の断片を整理し、彼女が辿った先を洗い出すしかないですね」

第五章 不穏な渚

 木島や望月が行方を絶った翌朝、海岸線沿いの渚で釣り人が血痕を発見し、通報が入る。都築たちが現場に駆けつけると、砂浜に微かに血が混じる波打ち際があった。周囲には人の姿はない。 「まるで誰かが海へ引きずり込まれたような跡だ……」 捜索を開始しても、潮流が早く、手掛かりはほとんど流されてしまっている。複数の小さな足跡とタイヤ痕らしきものが混在していたが、特定は難しい。 大迫は「このままじゃまた証拠不十分で終わる」と歯噛みするが、都築は「望月記者が血を流しているかどうか、まだわからない。生存の可能性を捨てるな」と必死に自分を奮い立たせる。 桜浦神社では、今年も穏やかな潮満神事が終わり、時期を過ぎた観光客も少なくなっている。だが、表向きの平穏さとは裏腹に、渚の血痕だけが忌まわしい悲劇を暗示しているようだった。

第六章 謎の警告文

 望月が使っていた古いノートPCが、地元紙の編集部ロッカーに残されているという情報を得た都築たちは、編集部を訪れる。すると机の引き出しから、差出人不明の警告文が見つかる。 > 「記事を出せば、貴女と“漁協の男”の命はない。 > 我々の事業を妨げるなら、容赦しない。」 これは明らかに脅迫状であり、望月がそれでも取材を続けようとしていた証拠でもあった。 さらにロッカーの中には、天洋コンツェルンの社内資料らしきコピーが数枚。そこには海運・陸運だけでなく、外国企業との合弁事業や、大量の特殊機器の輸入計画が記載されている。正規の申請手続きが怪しく、何か裏の目的があるように見える。 「やはり望月さんは、密輸や不正輸入を掴んでいた可能性がありますね……」と大迫。都築もうなずく。「これだけの企業規模なら、国内外問わず強力なコネクションを持っているはずだ。今まで表沙汰にならなかったのが不思議なほどだ」

第七章 大きな目くらまし

 その翌日、港湾拡張エリアで大規模なクレーンが倒壊する事故が発生し、作業員に多数の負傷者が出る。マスコミはこのニュース一色となり、地元紙の望月や漁協の木島の失踪はかき消されるように扱われなくなった。 都築は強い既視感を覚える。「あまりにも絶妙なタイミングだ……。過去にも、重大事件の直前に大きな“別の事故”が起こって注目をそらされたことがあった」 大迫も静かに言葉を継ぐ。「しかも、その事故自体が人為的に引き起こされたのではと疑わせるフシがあります。クレーンの固定具に不自然な切断痕が見えるんです」 さらに、警察上層部はこの事故原因究明を最優先とし、望月や木島の捜索は“二の次”の扱いになってしまう。ここでもまた、闇の勢力が巧みに捜査を誘導しようとしているのか――都築は苛立ちと無力感を覚えずにはいられない。

第八章 死の淵から

 それから数日後、地元署に一通の通報が入る。海辺の倉庫で血塗れの男性が発見されたという。大迫が駆けつけると、それは行方不明だった木島だった。瀕死の状態で発見されたが、まだ息がある。 病院に搬送され、一命を取り留めた木島は辛うじて口を開く。「望月記者は……あの夜、俺を説得しに来たんだ。天洋の闇を公にするために、漁協が持っている資料を渡せと。しかし、その途中で黒ずくめの男たちに襲われ……」 木島は震える声で続ける。「望月記者は“海に捨てられる”とか言っていた。助けに入ったが、俺も斬られ……意識を失った。気がついたら倉庫の中だったよ。彼女は――」 捜査員が木島に「何か見覚えは?」と問うと、彼は血の気を失った顔で「港湾の新埠頭計画書らしきものを彼女が持っていた。たぶん、それに重大な証拠が載っていたんだ」と呟き、再び意識を失う。 望月記者が海に落とされた――生存は絶望的なのか。都築と大迫は暗い表情を交わしながらも、「万が一の可能性」を探るため、沿岸警備や漁船に協力を仰ぐ。だが結果は芳しくない。

第九章 奔走と焦燥

 望月の行方不明に関し、警察上層部からは「事故または自殺の可能性もある」との合図が出される。まるで彼女を捜す気がないかのような風潮に、都築と大迫は不審感を募らせる。 「ここまでくると、天洋コンツェルンと行政・警察内部の繋がりを疑わざるを得ない。望月記者は彼らにとって“邪魔者”だったんだろう」 そう語る大迫に、都築は静かに賛同し、「いずれにせよ、彼女が持っていた『新埠頭計画書』とやらを探し出さない限り、真相には近づけない」と意を決する。 同時に、桜浦神社の安西宮司から連絡が入る。「最近、神社内に不審な人物が出入りしていると目撃情報があって、警戒を強めたいのですが……」 都築たちは神社にも捜査員を配置し、夜間巡回を実施することにした。過去、合田誠二や笹川といった“キーパーソン”が、潮満神事の混乱を利用して殺人を実行していたことが思い出される。今回も似た構図が狙われる恐れがあるのだ。

第十章 潮葬の刻印

 夜、桜浦神社の境内は薄曇りの月に照らされ、潮の香りが濃く漂う。神事の賑わいが去ったあとの境内には、不気味な静寂が満ちていた。 都築と大迫が裏手の文学碑を巡回していると、石畳の上に何か紙の切れ端が落ちているのを見つける。拾い上げると、そこには**「潮葬」**という文字が赤いインクで大きく書かれていた。 「潮葬……。まさか、これが望月記者や過去の犠牲者を“海に沈める”ことを暗喩しているのか?」 と、その時、隣にある小さな社務所の窓が割れる音がした。都築たちが駆けつけると、何者かが逃げ去ったらしく、荒らされた机の上には分厚いファイルが散乱している。 そこには「新埠頭計画書」と思われる書類が一部だけ残されていた。港湾拡張予定図や輸送ルートが詳細に示され、それと関連企業リストには天洋コンツェルン以外にも政治家や海外の商社の名がずらりと並んでいる。確かに、望月記者が暴こうとしていた核心の一端だ。 しかし、ファイルの大半は奪われ、またしても決定的な部分は不明。さらに、窓から逃げた黒い影を追おうにも、既に人けはなく、月明かりの下にただ潮風が吹き抜けるだけだった。 都築は踏みしめるように言葉を吐く。「結局、また逃したか……。あの“潮葬”という文字は、彼らからの警告なのか。あるいは望月さんの最期を示唆しているのか……」 砕けた窓の破片が月光を反射し、宵闇にかすかな煌めきを放っていた。そこには、流されてきた血と涙の記憶が重なり、桜浦神社を覆う永遠の闇を象徴しているかのようだった。

あとがき

 第6作目となる『潮葬の刻印』では、再び光浦海峡と桜浦神社を中心に渦巻く陰謀を描きました。かつて緑陽交通、日邦建設、天洋コンツェルンと形を変え、社会を蝕んできた巨大権力の影は、今作でも色濃く息づいています。 都築・大迫の刑事コンビは、失踪した記者や漁協の組合長の行方を探りつつ、何度も闇の手に阻まれ、証拠を奪われ、真相をつかみかけては零(こぼ)してしまいます。過去に幾度となく繰り返されたパターンと同じように、事件は曖昧なまま終わり、また次の犠牲者を生み出していく――。 「潮葬」という不吉な言葉が暗示するように、この地では多くの命や秘密が、まるで海に沈められるかのごとく姿を消し、残された者はその断片を拾い上げては嘆き、懸命に抗おうとするのです。 「膨大な権力構造に立ち向かう個人の無力さ」や「告発者が次々と葬られる不条理」は、ここでも強烈な形で顕在化しています。たとえ捜査官や記者がどれほど奮闘しようと、強大な組織力と陰謀の前では、あと一歩のところで真実が掴みきれない。 それでもなお、都築は最後の望みを捨てきれず、文学碑に手を触れながら思うかもしれません。「また来年の潮満神事までに、何らかの変化が訪れるのか。それとも、悲劇は永遠に繰り返されるのか……」 こうして、闇の奥深くに刻まれた悲壮な証(あかし)は、光浦海峡の潮風に乗って静かに漂い続けるのでしょう。春の薄曇りの空が、いつか晴れ渡る日は来るのか――それは誰にもわからないままに、物語は幕を閉じます。

(了)

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