静岡鉄道タイムトリック殺人事件
- 山崎行政書士事務所
- 1月28日
- 読了時間: 84分
(※本作はフィクションであり、実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。)

第一話 「新静岡駅の迷走する針」
梅雨入り前の曇り空が広がる朝、静岡市中心街にある新静岡駅は、いつもどおり出勤・通学の人々でごった返していた。 JR静岡駅から地下道を通り抜けて来る者、バスで降り立つ者、駅ビル内で朝食を済ませる者——それぞれが慌ただしく行き交う中、ある異変は静かに始まろうとしていた。
1. 突然の悲鳴
午前8時15分。改札横にある大きなアナログ時計を見上げながら、若い女性が声を上げる。 「誰か、駅員さんを呼んでください! 人が……倒れてる!」 人混みがさっと割れると、そこにはスーツ姿の中年男性がうずくまるように倒れていた。首筋に触れても脈が感じられない。あわてた駅員がAEDを手に駆け寄るが、すでに手遅れのようだった。 「急いで救急車を!」 ホームへ急ごうとしていた乗客たちが足を止め、場は一瞬にして混乱へと変わる。
2. 現場に赴く刑事
静岡県警捜査一課の刑事、**浜口修一(はまぐち しゅういち)**が駅に駆けつけたのは、それから30分ほど後だった。 「死亡推定時刻は今から約15分前。外傷は見当たらないし、心臓発作か何かかねぇ」 先に到着していた鑑識係が、遺体のポケットから取り出した名刺を浜口に手渡す。 「被害者は、“松下茂(まつした しげる)”さん。市内の中小企業に勤務とありますが、この時間帯に新静岡駅を利用するのは普通かもしれませんね」
だが、浜口の目は、先ほどからアナログ時計に留まっていた。時計がやけに5分ほど早いのだ。 「駅員さん、この時計、今は8時55分を指してますが、実際は8時50分じゃないですか? 何か理由がありますか?」 駅員は首をかしげながら答える。 「さっきまでズレは気づきませんでした。ただ……ここ1週間くらい、朝になると数分進んでることがあるんですよね。昼過ぎには直っていたりもして、原因不明で……」
3. 奇妙な乗車券
被害者・松下の上着内ポケットからは、新静岡駅から日吉町駅までの乗車券が見つかった。だが彼が発見されたのは改札の外、改札前のコンコースだ。 「改札を通らず、なぜここで倒れたんだろう。心臓発作なら、改札を抜けてホームまで行けなかったのかもしれないが……」 しかし、駅の防犯カメラを確認すると、松下はいったん改札を通過したように見える。ところが数分後、なぜか再び改札を出てきているのだ。 (何をしにわざわざ戻ってきた? しかも、倒れたのは改札前……)
4. もうひとつの時計と“ズレ”
コンコースにはアナログ時計のほかに、デジタル表示の時刻表モニターも設置されている。そちらは正確に8時50分を表示していた。 「5分早いアナログ時計」と「正確なデジタル時刻表示」。 もし松下がアナログ時計を信用して行動していたら、**“まだ余裕がある”**と思って改札を出た可能性がある。 浜口は頭を掻きながらつぶやく。 「だが、それが直接死につながったのか? たった5分のズレで急激に心臓に負担がかかるとは考えづらいが……」
5. 不自然な足取り
防犯カメラの映像をさらに遡ってみると、松下が駅構内を落ち着かない様子で時計を何度も見上げている姿が確認できた。その目は、まるで誰かとの“待ち合わせ”を気にしているかのように見える。 「待ち合わせ相手が来ないから、焦っていた? それとも別の駅に向かう予定が狂った?」 周囲の利用客への聞き込みを進めると、「松下さんは携帯で“間に合うはずだ、時間的に大丈夫”と繰り返していた」という証言が得られた。 (彼は“早まった時計”を頼りに、まだ大丈夫と思い込んでいた? 実際には思った以上に時間がなく、走り回って焦りすぎた?)
6. 殺人か事故か
捜査の方針は大きく二つに分かれる。 1. 心臓発作などによる偶然の死亡 - 駅の時計のズレは単なる偶然。松下が焦って走り回った結果、体調を崩して倒れた。 2. 何者かが故意に時計を狂わせ、松下を死に追いやった - 会社の不正を追っていた、あるいは誰かに恨まれていた? 時間操作による“トリック”が存在するかもしれない。
浜口は直感的に、後者の可能性を捨てきれなかった。 「新静岡駅の時計は、ここ最近しばしば数分進む。その理由が不明なままってのが怪しいな。何か裏があるんじゃないのか?」
7. 松下の鞄に残されたメモ
浜口が遺留品を確認する中で、松下のビジネスバッグから手帳が出てきた。その1ページ目には「S.T. 8:32」「H駅」とだけ走り書きされている。 S.T. は「静岡鉄道」、H駅は「日吉町駅」なのか? 8時32分とは何の時刻なのか? 「8時32分は新静岡駅発の日吉町駅行きの電車時刻……ではない。調べたところ、平日は8時30分発や8時35分発はあっても、“8時32分発”は存在しない。どういう意味だろう」
さらに不思議なのは、松下が持っていた乗車券は「新静岡 → 日吉町」だが、実際には日吉町駅へ行けないまま亡くなっていること。そして手帳には小さく「次は音羽町?」という書き込みも。 (音羽町駅はこの先だ。そもそも松下は、どの駅へ行きたかったんだ?)
8. 刑事の疑念
ひとまず、松下の突然死が事件性を帯びているかどうかの判断は急がれる。 - 松下の会社関係者に“トラブル”や“怪しい動き”はなかったか。 - 新静岡駅の時計が“意図的”に狂わされている可能性。 - 松下が残した「8:32」「H駅」「次は音羽町?」というキーワード。
これらを整理しながら、浜口は新静岡駅のホームへ足を運ぶ。改札を抜けた先の柱には駅の時刻表が貼られ、電光掲示板が正確な時刻を映している。 (“数分のズレ”を巧妙に利用すれば、人の行動を変えることは可能だ。だが、普通はそこまで大がかりな動機が必要だろう……。)
9. もう一人の影
駅ビルの警備カメラ映像を調べ始めた浜口は、松下が改札を出る少し前に、不審な動きをする男を目撃していた映像を見つける。男は黒いキャップを目深に被り、しきりにスマートフォンで時間を確認しながら、時計の近くをうろついていた。 そして松下が倒れた直後、その男は足早に駅ビルの出口へ消えていく。 「これが単なる通行人の偶然か、それとも松下と関係があるのか……。いずれにしろ気になる」
ある駅員は「その男は前日も見かけました。朝早く来て、駅の時計をじっと見上げたあと、どこかへ行ったんです」と証言する。 (もしやこいつが、時計を数分進ませた張本人? だとすれば、それが松下の死につながったとしたら……殺人か?)
10. 次の駅への導き
事件は初動捜査を終えたばかりだが、浜口には一つの予感があった。 「松下の手帳には“次は音羽町?”と書かれていた。まるで“駅を順番に移動する計画”を示唆しているみたいだ。もしかすると、この先も……似たようなことが起きるのか?」
時計のズレ、謎の男、そして松下が追っていたのかもしれない何らかの“秘密”。 新静岡駅から始まったこの不可解な死は、まだほんの序章に過ぎないのかもしれない。静岡鉄道の路線上には、あと14の駅が連なっている。まるで次の舞台へ誘うかのように、松下が残した「音羽町」の文字が浜口の頭から離れない。
こうして、不可解な“時間操作”の疑念を抱えたまま、第一話の幕は降りる。 果たして、松下の死は偶然の心臓発作か、それとも巧妙に仕組まれた殺人トリックなのか。 そして、黒いキャップの男の正体は? 静岡鉄道を舞台に、やがて連鎖していく“タイムトリック殺人”の歯車が、今、ゆっくりと回り始めていた——。
第一話「新静岡駅の迷走する針」では、改札前で倒れた会社員・松下茂の謎の死と、新静岡駅のアナログ時計が5分進んでいたことが焦点となりました。今回の舞台は、松下のメモにあった「H駅」──日吉町駅です。
第二話 「日吉町駅に漂う影」
1. 「H駅」の正体
松下茂の手帳に記された「S.T. 8:32」「H駅」「次は音羽町?」という謎のメモ。 静岡県警の刑事・**浜口修一(はまぐち しゅういち)**は、亡くなった松下が“新静岡駅”から静岡鉄道に乗るつもりだったと推測していた。だが、そこに書かれた「H駅」がどの駅を指すのかは、最初は確信が持てなかった。 音羽町駅にも“H”は含まれていないし、静岡鉄道の15駅の中で「H」がイニシャルとなるのは、日吉町駅だけ。
「松下さんの鞄に入っていた乗車券は“新静岡 → 日吉町”だった。やはり“H駅”=日吉町駅と考えるのが自然だな」 浜口はそうつぶやき、松下が生前、何を目的に“日吉町駅”へ行こうとしていたかを探るべく動き始める。
2. 日吉町駅のホーム
日吉町駅は、新静岡駅からわずか一駅先にあり、通勤や通学の客が多いこぢんまりとした駅である。 浜口が訪れたのは翌日の早朝。平日の朝ラッシュが始まる前で、ホームはまだ閑散としていた。駅舎の造りはシンプルで、改札口を抜けるとすぐにホームが広がる。 目を向けた先には、壁に設置されたアナログ時計――いまのところ、正しい時刻を指しているように見えるが、念のため浜口は自分の腕時計を確認する。 (……ほぼ誤差なし。ここでは時計が狂っているようには見えないな)
3. 不審者目撃情報
日吉町駅の駅員に話を聞くと、思わぬ証言が得られた。 「ここ数日、朝の通勤ラッシュ時に、帽子を深くかぶった男がホーム先端に立っているんです。人混みが多い時間帯なので目立たないんですが、やけに時刻表や時計を気にしている様子で……。列車に乗らずに立ち去るので、何をしているのか分からなくて」 その特徴は、新静岡駅の警備カメラに映っていた“黒いキャップ”の男に酷似している。もし同一人物なら、松下の死とも何らかの関係があるかもしれない。 (新静岡駅だけでなく、日吉町駅にも現れる……。こいつは何を狙っている?)
4. 松下が残した“8:32”の謎
浜口は改札付近にある電光掲示板を見上げる。日吉町駅からの発車時刻を調べると、朝の時間帯には8時30分発、8時35分発といった電車があるが、「8時32分発」の列車は存在しない。 「松下さんは手帳に“S.T. 8:32”と書いていた。静岡鉄道の時刻……なのか? あるいは何か別の意味?」 もし“8時32分”がどこか別の駅の発車時刻なら、日吉町駅とは関係ない可能性もある。 しかし、松下が新静岡→日吉町の乗車券を持っていた事実を無視できない。あえて“8時32分発”と書き残したのは、存在しないはずの列車を示すタイムトリックなのかもしれない。
5. “日吉町駅”での奇妙な事件
その日の昼前、浜口に緊急の連絡が入った。 「浜口さん、日吉町駅でホームから人が転落しかけたと通報がありました! 幸い大事には至らなかったんですが……」 現場へ駆けつけると、ホームの端で茫然としている女性がいた。列車が間もなく入線するはずの時刻に、彼女は「まだ時間があると思ってホーム端を歩いていたら、突然列車が来て驚き、足を滑らせた」という。 (ホームの時計を誤読した? いや、時計は合っていたはず。だが彼女は、“時計が進んでいるように見えた”と主張している。)
6. 二つの時計
駅員を問いただすと、日吉町駅にもアナログとデジタル二種類の時計があり、午前中に一時的にアナログ時計が2分進んだ状態になっていたという。すぐに気づいて駅員が直したため、ほんの数分しかズレていなかったが、「その間に転落寸前のトラブルが起きた」という証言もある。 (また時計が狂った……。しかも今度は2分とはいえ、これが原因で列車のタイミングを誤解したのか?)
7. 目撃される“黒いキャップ”
転落しかけた女性は、「ホーム先端に立っていた黒いキャップの男が、まるでその瞬間を見届けるようにこっちを見ていた」と話す。 「気のせいかもしれないけど、彼はニヤリと笑ったような気がして……すごく怖かったんです」 浜口の背中に冷たいものが走る。アナログ時計を一時的に進ませる術を知る者がいるとすれば、それは新静岡駅でも目撃された謎の男と同一人物かもしれない。 「まるで“時計の狂い”を楽しんでいるようだな……。あえて事故を誘発しようとしている? だとしたら、松下さんの死は本当に事故か?」
8. 松下と日吉町駅の関係
日吉町駅の周辺を聞き込みする中で、浜口は松下の知人だという女性事務員に出会った。彼女の話では、松下は「駅前の銀行に用事がある」と話していたらしい。 「会社の経理上のトラブルがあって、日吉町駅前にある銀行の担当と会うって聞きました。でも、仕事の話なのか、プライベートな資金なのかまでは分かりません」 (松下がわざわざ通勤時間帯に新静岡駅から日吉町駅へ来ようとしていたのは、銀行での待ち合わせのためか? だが、それがどうして“8:32”や“次は音羽町?”に結びつく?)
9. もう一人、消えた男
その日の夕刻、日吉町駅の付近で「黒いキャップの男を見た」という通報が入り、浜口は急行するも、既に姿はなかった。代わりに、駅の柱に残る小さな傷が見つかる。どうやら配線やカバーがこじ開けられた形跡があるという。 駅員の一人がため息をつく。 「このあたりの中を開ければ、時計やアナウンスの電気系統にアクセスできなくはないんです。業者の社員証があれば入れるスペースですが……」 (つまり、内部関係者または偽装した者であれば、駅の時計をいじるチャンスがある。新静岡駅の5分進み、日吉町駅の2分進み。偶然とは思えない連鎖だ。)
10. 駆け足の結論──次なる駅
一連の調査を終えて、浜口は確信に近いものを得る。何者かが静岡鉄道の各駅で時計を狂わせ、利用者に危険な“時間錯誤”を起こさせようとしているとしか思えない。 そして松下の死も、その“時間操作”によって誘発された殺人、あるいは事故死に近いものだったのではないか。 「松下さんが書き残した“次は音羽町?”という言葉……。日吉町駅でもトラブルが起きた以上、次は本当に“音羽町駅”で同じことが起きる可能性がある」 日吉町駅での謎の男の挙動、松下が追っていた銀行の件、そして“8:32発”の不在列車。すべてが絡み合う中、黒いキャップの男の存在だけが際立っている。 (やはり、あの男を探すしかない……。)
一方、夜の駅で警備員が巡回していると、ホームの床に小さなメモ用紙が落ちているのを発見した。そこには、ボールペンの走り書きでこう記されていた。 > 音羽町駅。S駅のZ=5→次はO?
これが何を意味するのかは不明。しかし“S駅のZ=5”は「新静岡駅の5分進み」を指しているのではないか……。 日吉町駅での2分のズレも合わせると、“次はO(音羽町)?”という文字が示す不吉なシナリオに繋がる。時計を弄り、列車の時刻を狂わせ、さらなる犠牲を生む悪意。果たしてこの連鎖はどこへ向かうのか。
次回予告
第三話は、「音羽町駅」を舞台に新たな謎が動き出す。松下が生前残したメモ通り、連鎖する“時間の罠”は音羽町駅へ進行するのか? 黒いキャップの男の真の目的とは? 浜口は危険を察知して音羽町駅を警戒するが、思わぬ伏線がそこに待ち受ける。
第三話「音羽町駅に忍び寄る歪んだ刻」へ続く——。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の第三話です。第一話(新静岡駅)・第二話(日吉町駅)で発生した“駅時計のズレ”と、謎の男の暗躍。そして最初の犠牲者・松下茂の死をめぐり、刑事・浜口修一は連鎖する“時間操作”の疑いを深めていた。今回の舞台は、新静岡駅から二駅先に位置する音羽町駅である。
第三話 「音羽町駅に忍び寄る歪んだ刻」
1. 朝の空気に漂う不穏
朝7時過ぎ。まだラッシュのピークには少し早い時間帯だが、静岡鉄道・音羽町駅はそこそこ混雑していた。通勤通学の人影がちらほらとホームに集まり始める。 ホームの柱に設置されたアナログ時計は、今のところ正常に作動しているように見える。デジタル表示の発車標も誤差なく電車のスケジュールを示している。 だが、先日の日吉町駅で起きた「時計の一時的なズレ」を知る刑事・浜口修一は、ここ音羽町駅にも“同じような仕掛け”が施される恐れがあるとにらんでいた。
2. 警戒する刑事
浜口は私服姿で改札を通り、ホームの隅に立って周囲をうかがう。 「もし黒いキャップの男が駅の設備をいじろうとするなら、電源や配線ボックスへ近づくはずだ……」 前回の日吉町駅では、駅の配線カバーがこじ開けられた痕跡が見つかった。新静岡駅の時計“5分進み”、日吉町駅の“2分進み”――偶然とは思えない連鎖を、何者かが意図的に起こしているとしか考えられない。
3. ホーム先端の異変
やがて、通勤客が増え始めた8時近く。ホーム先端の柵のあたりでざわめきが起こった。 「大丈夫ですか? しっかりつかまって!」 どうやら足元がふらついた女子大生が、線路側へよろめきかけたらしい。周囲の乗客がとっさに支えて事なきを得たが、その女子大生は青ざめた顔でこう言う。 「電車があと3分後に来ると思って、急いで前の方に行ったんです。でも、実際にはもう1分後に電車が来るってアナウンスが……。時計を見たら、なんだか変な気がして……」
4. 時計の一瞬のブレ
浜口が駅員から話を聞くと、「数分前にアナログ時計が1分ほど遅れを示したように見えた」と報告される。だが、駅員が慌てて確認したときには元通り正しい時刻に戻っていたため、“見間違いでは”という程度で終わっていた。 (今度は“遅れ”か……。新静岡では5分進み、日吉町では2分進み、そしてここ音羽町で一瞬1分遅れ? まるで各駅ごとに狂い方が違う……。)
5. ちらつく黒い帽子
その直後、ホームの混雑に紛れるようにして、例の“黒いキャップの男”らしき姿が目撃された。女子大生を支えた別の乗客が言うには、「足を滑らせた瞬間、背後で男が見えた」という。 しかし、浜口が駆けつけたときには、すでに男は階段を上がって駅の外へ出ていったあとだった。 (またしても同じ人物か……。わざわざ駅の時計を狂わせ、利用者がミスを犯す瞬間を狙っている? 一体何が目的なんだ?)
6. 思わぬ“共犯”の可能性
さらに、音羽町駅の駅舎脇を点検していた鉄道会社のメンテナンススタッフが、不審な工具バッグを発見した。中には時計の内部調整に使われるような特殊ドライバーやコードが入っている。 「これ、うちの会社が支給している工具には見えません。外部業者の物か、あるいは偽造したものか……」 駅員の誰も持ち主に心当たりはないという。だが、黒いキャップの男がこのバッグを使っていた可能性は高い。ただし、誰か“内部関係者”が協力していなければ、ここまで自由に駅設備を操作するのは難しいのではないか――そんな疑問がわいてくる。
7. “32分”の真意
一方、浜口は先日から頭を悩ませている「8:32」というメモについて改めて考察していた。 「松下さんが死の直前に書き残した“8:32”が、実在しないはずの発車時刻を示すのなら、誰かが駅の時計を“8:32”に合わせようとしているのか? あるいは、この付近の駅で8:32に何かが起きるよう仕組んでいるのか……」 すると、音羽町駅のダイヤを確認した駅員が、奇妙なことを口にする。 「厳密には“8:30発”と“8:35発”しかありませんが、列車の運行状況によっては、一時的に“8:32”ごろホームを通過する可能性も無くはないかもしれません。早発や微妙な遅れが出れば、そのタイミングにぴったり合う事も……」
(つまり、微調整次第で“8:32に列車が来た”という既成事実を作ることもできる? これはタイムトリックの“上書き”のようなものか……)
8. 着信──次なる駅?
そんな思案にふける浜口のスマートフォンが鳴った。非通知の番号だ。出てみると、低い男の声が一言だけつぶやく。 > 「次は春日町駅。間に合うなら、止めてみろよ……」 すぐに電話は切れ、折り返しても繋がらない。 (春日町駅……音羽町駅から一駅先だ。まさか、新静岡→日吉町→音羽町と続いて、次は春日町駅に“時間の罠”が仕掛けられるのか?)
9. 過去の被害者とリンク
通報を受けて捜査が進む中、浜口のもとへ意外な報告が届く。 「松下茂さんの携帯履歴を解析したところ、彼は以前から“春日町駅”周辺の不動産関係を検索していたみたいです。亡くなる数日前にも“春日町 秘密”というワードでネット検索を……」 松下が春日町駅に何らかの疑惑を抱いていたのか、それとも個人的な用事か──今の時点では不明。だが、謎の男がわざわざ“春日町駅”を次のターゲットと示唆するのは、これと無関係ではなさそうだ。
10. 次の舞台へ
こうして、音羽町駅で起きた時計の一瞬の“遅れ”騒動は、大きな事故には至らなかったが、確実に不穏な影を落とした。 新静岡駅の5分進み、日吉町駅の2分進み、音羽町駅の一瞬の1分遅れ──それぞれの“ズレ”が独立した偶然だとは思えない。しかも、謎の男からの電話が指し示すように、次は春日町駅が狙われるというのか。 (まるで、駅ごとに“時間”を操作しながら、何らかの形で乗客に危害を加えようとしている。松下は、その真相を掴みかけて死んだ可能性が高い……)
黒いキャップの男の正体、そして“内部協力者”の存在。さらには松下が残した「8:32」の謎。 浜口の視線は次なる舞台──春日町駅へ向けられていた。 そこの時計はまだ正常か、それとも既に狂い始めているのか。 不気味な予感を抱えたまま、浜口は音羽町駅のホームを後にする。電車が滑り込むレールの音に混じって、わずかに薄ら笑いが聞こえたような気がして、気のせいかと首を振った。
次回予告
黒いキャップの男からの“次なる標的”として名指しされた春日町駅。そこで待ち受ける新たな事件とは? 松下が密かに検索していた“春日町の秘密”とは一体何か。**第四話「春日町駅に潜む影」**にて、謎はさらに深まる。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の第四話です。前回(第三話「音羽町駅に忍び寄る歪んだ刻」)では、音羽町駅でも“時計の一瞬の遅れ”が生じ、転落寸前の事故が起きました。そして謎の黒いキャップの男が暗躍し、刑事・浜口修一は「次は春日町駅を狙う」という不穏な予告を受け取った。さらに、最初の犠牲者・松下茂が生前“春日町の秘密”を検索していた事実も発覚。はたして、次なる舞台で何が起こるのか——。
第四話 「春日町駅に潜む影」
1. 春日町駅の静かな朝
春日町駅は、音羽町駅から一駅先に位置する小さな駅だ。ホームと改札口がコンパクトにまとまり、周辺は閑静な住宅街が広がっている。 午前8時前後、通勤ラッシュも一段落した時間帯。ホームに降り立った刑事・浜口修一は、駅の様子を慎重に観察していた。 「黒いキャップの男がここを狙う、か…。新静岡、日吉町、音羽町に続いて今度は春日町。いったい何の目的があるんだ?」
ホーム奥にあるアナログ時計を見上げる。今は正しい時刻を示しているようだが、ここ数日の不可解な例からすると、いつ時計が狂わされてもおかしくはない。 (松下さんがわざわざ“春日町”を調べていた理由も気になる。なぜこの駅や地域に執着していたんだ?)
2. 松下の足取りを追う
音羽町駅での捜査を終えた後、浜口は改めて松下の周辺を調べていた。すると、松下が最後に使ったネット検索キーワードには「春日町駅 土地」「春日町 新開発計画」というフレーズがあったことが分かった。 (新開発計画……何だ? 大規模な再開発があるのか、それとも何か裏取引が進んでいるのか。会社員の松下がそこに興味を持つ理由とは?)
さらに、松下が勤務していた会社の関係者によると、彼は「あるデータを手に入れたので、近々大きな話が動くかもしれない」と漏らしていたらしい。 (やはり、この“春日町の秘密”が松下の死に繋がっているのか?)
3. 駅員の不穏な証言
春日町駅の駅員に話を聞くと、「ここ数日、見慣れない男がホームや改札周辺をうろついている」という証言が出てきた。特徴は帽子を深くかぶり、一度も電車に乗らずに立ち去る。まさに“黒いキャップ”の男に酷似している。 「ホームに設置した監視カメラをざっと見返したんですけど、ちょうど深夜帯の映像にノイズが走っている箇所があるんですよ。故障かと思ったんですが、もしかしたら……」 ノイズの時間帯は午前1〜2時頃。駅が閉まっている時間帯だが、もし鍵を持った人物がいれば構内に侵入できるかもしれない。 (内部協力者がいるのか、あるいは合鍵を入手しているのか。いずれにせよ、この男は夜中に駅設備をいじっている可能性が高い。)
4. “微妙なズレ”の発覚
その日の昼前ごろ、改札横にあるデジタル時計とホームのアナログ時計を比べていた浜口は、わずかな違和感に気づく。 「……数秒単位だが、アナログが少し遅れてないか?」 時刻を照らし合わせると、アナログが約10秒ほど遅れている。公衆の場では誤差数秒なら日常的に起こり得る範疇だが、先の事件を踏まえると見過ごせない。 (ここから何分も大きくズレを発生させるには、内部パネルを操作すれば一瞬だ。既に“仕込み”がされているのかもしれない……)
5. ふたたび危機一髪
昼下がり、さほど混雑もないホームに悲鳴が響いた。 「や、やめて……」 周囲が見ると、若いサラリーマン風の男がホーム上でよろけ、線路に転落しかけていた。幸い付近にいた乗客が引き止め、大事には至らずに済む。 その男は顔面蒼白でこう言う。 「電車はあと2〜3分後だと思ってたのに……すぐ来るなんて。時計を見たら、さっきまでと時間が違う気がして……」
やはり駅の時計が数分単位で変動しているのだろうか。あるいは黒いキャップの男が遠隔で操作している? 浜口は背筋が寒くなる。 「松下の死も、こうした“微妙な操作”が彼を極限まで焦らせた結果なのか……?」
6. 黒いキャップの正体
転落未遂の騒ぎから数分後、浜口は改札口へ急ぎ足で向かった。というのも、駅員から「黒いキャップをかぶった男が改札外に出ていった」と連絡が入ったからだ。 駅の外へ走り出ると、確かに遠くに黒い帽子をかぶった小柄な男が見える。 「待てッ!」 浜口が声を張り上げるが、男は振り返りもしないで雑居ビルの脇道へ逃げ込む。刑事が駆け寄った頃には、姿は消えていた。 周囲を捜索しても手がかりは薄い。しかし、さっきまでは“誰か”が確実に駅構内に潜んでいたのだ。
7. 浮かび上がる“再開発”の影
当てもなく追跡を断念した浜口は、駅前の喫茶店で一息つきながら、松下の残した「春日町 新開発計画」という情報に思いを巡らせる。 喫茶店のマスターに聞くと、どうやらこの春日町駅周辺には再開発の話が以前から囁かれているらしい。 「ほんとに計画があるのかは知らないけど、大きなショッピングセンターができるとか、ビジネスホテルが進出するとか……そんな噂はちらほら聞きますよ」 もしこれが本当なら、土地や利権が絡む大金が動く。松下はその金の流れを追っていたのか? そして、その事実を掴んだがために殺されたのか?
8. 駅の裏配電室に残された痕跡
午後になり、駅員から「裏の配電室に何者かが侵入した形跡がある」と報告が入る。浜口が確認すると、ドアの鍵穴付近にピッキングらしき傷があり、内部の制御盤のカバーが外れかけていた。 「やはりここをいじって、駅の時計を数分単位で操作しているに違いない……」 新静岡駅、日吉町駅、音羽町駅でも配電や時計内部に干渉した痕跡が残っていたことを思い出し、浜口は唇を噛む。
時計を微妙に進めたり、遅らせたりすることで利用者を混乱させ、事故を誘発する。あわよくば誰かを死に至らしめることさえできる——それが“黒いキャップ”の男の手口だとしたら恐ろしい。 (そして松下は、その大がかりな“時間テロ”の裏にある利権を知り、邪魔な存在として狙われた?)
9. 仮説と糸口
春日町駅での事件も大きな犠牲こそ出なかったが、駅利用者が“誤作動した時刻”を信じて転落しかけるなど、状況は深刻だ。 浜口はこれまでの経緯を整理する。 1. 新静岡駅で5分進み → 松下の死 2. 日吉町駅で2分進み → 転落未遂 3. 音羽町駅で一瞬1分遅れ → 転落未遂 4. 春日町駅でも数分のズレが発生 → またしても転落未遂
時計のズレ方が徐々に小さくなったり、タイミングが変化しているのは、あえて“パターン”を見せつけているのか? それとも犯人の“実験”なのか……。
10. 次なる“駅”への誘い
夕刻、春日町駅のホームを歩く浜口のもとに、一通のメッセージが届く。差出人不明のメールで、そこには短い文章が記されていた。 > 「桜橋駅。 13:05……次はあそこかもしれない。 > “8:32”の謎を解きたければ、急ぐことだな……」
桜橋駅——静岡鉄道の沿線でさらに先にある駅だ。13:05という時刻は、松下が残した“桜橋駅13:05”のメモ(※第一話や第二話での伏線)を連想させる。 浜口は思わず握り拳を固める。 (新静岡からずっと続いている“時計の罠”が、次は桜橋駅にまで及ぶのか? 松下が書いていた“次は音羽町?”に続いて、今度は“桜橋駅13:05”?)
黒いキャップの男は、まるで“駅を順番に”渡り歩きながらトリックを仕掛けているかのようだ。そして松下が調べていた“春日町の秘密”は、まだ闇の中。 いずれにせよ、事件の鍵は次なる駅——桜橋駅へと向かうようにしか思えない。タイムトリックによる殺人はまだ続くのか?
ほの暗い夕陽の差すホームで、浜口は駅のアナログ時計を見上げる。短針と長針は正しい位置を指し示しているはずだが、その影はどこか不気味に揺らいで見えた。 “時間”が歪められるたびに、人の命が脅かされる。 そして松下は、そこに潜む巨大な闇を暴こうとして命を落としたのかもしれない。 (もうこれ以上、犠牲は出させない。桜橋駅——次の舞台で、必ず犯人に迫ってみせる。)
次回予告
黒いキャップの男のメッセージに示された「桜橋駅 13:05」。松下のメモにも登場したこの“13:05”という時刻は何を意味するのか? “8:32”との関連は?第五話「桜橋駅、桜の下に忍ぶ罠」で、静岡鉄道ミステリーは新たな局面を迎える——。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の第五話です。前回(第四話「春日町駅に潜む影」)では、春日町駅にも“時計のズレ”を狙ったトラブルが発生。黒いキャップの男の暗躍がいよいよ濃厚となり、次のターゲットとして桜橋駅が示唆されました。さらに、謎の死を遂げた松下茂が生前から強く意識していた「13:05」という時刻との関連が浮上し、刑事・浜口修一の捜査は新局面を迎えようとしています。
第五話 「桜橋駅、桜の下に忍ぶ罠」
1. 桜橋駅と“13:05”の示唆
桜橋駅は、静岡鉄道の路線でも風情ある名前をもつ小さな駅の一つ。春になると駅前の桜が一斉に咲き誇り、地元住民に親しまれている。 黒いキャップの男から届いた不気味なメッセージには、「桜橋駅 13:05」と記されていた。 「松下が書き残していた“次は音羽町?”に続くように、“桜橋駅13:05”が何を意味するのか……」 浜口はその謎を抱えたまま、駅周辺の下見を開始する。もし何らかのトリックが仕掛けられるなら、この13時05分が狙われるのだろうか。
2. 駅に広がる午前の光景
ある平日の午前中。浜口は私服姿で桜橋駅のコンコースに立ち、ホームに続く通路や券売機周辺を観察していた。 改札を抜けると、目の前に小さなホームが広がり、その先に旧来の民家や桜の植え込みが見える。平時は利用客もそこまで多くはない。 「今のところ、時計は正確に動いているようだが……」 駅舎内のアナログ時計と電光掲示板を見比べても、現時点で大きな誤差はないように思える。
3. 乗客の妙な証言
浜口が桜橋駅で聞き込みを進める中、常連客だという初老の男性が気になる話をしてくれた。 「この駅の時計、たまに数分遅れたり早まりしたり、細かく狂ってる時があるんですよ。先週の夕方なんか、2分くらい進んでいたかなあ。翌朝には直ってましたけど……」 同じパターンだ。新静岡駅、日吉町駅、音羽町駅、春日町駅でも“5分・2分・1分”などのズレが報告されてきた。桜橋駅でも短時間に“2分進む”時があったらしい。
4. “13:05”を追う理由
浜口は桜橋駅の時刻表を確認する。13時台の列車はだいたい13:00前後や13:10ごろの発車が多く、「13:05きっかり」に出る便はない。 「にもかかわらず、なぜ“13:05”がこれほど繰り返し登場する? 8:32と同じく、存在しない時刻をあえて提示しているのか……」 かつて松下茂は手帳に「桜橋駅13:05」という言葉をメモしていたし、黒いキャップの男からのメッセージでも同じ時刻が名指しされている。もし、それが新たな“時間操作”のトリガーだとしたら、どういう仕掛けになるのか。
5. 予告を阻止するための布陣
新静岡駅から続く連鎖を食い止めるため、浜口は県警本部に協力を要請し、桜橋駅にも数名の捜査員を配置してもらうことにした。 「13:05に合わせて犯行が起きる可能性があるなら、その時間帯に警戒を強めたい。駅の配電室や時計内部をいじらせないよう、監視も強化してくれ」 駅員たちも一丸となり、もしアナログ時計のズレが生じたら即座に連絡を入れるよう取り決める。
6. “黒いキャップ”の立ち回り
数日後の昼。駅構内を巡回していた捜査員が、改札付近で黒いキャップを深くかぶった男を目撃した。男は切符売り場の前にしばらく立ち止まり、時刻表を凝視していたかと思うと、足早に外へ出て行く。 刑事が後を追おうとしたが、男は瞬く間に雑踏に紛れてしまった。 「やはり来たか……。また同じ人物に違いない」 浜口は悔しさを噛み締める。が、それと同時に確信を強めた。“奴”は本当に桜橋駅を狙っているのだ。
7. 13:05、その瞬間
迎えた問題の時刻、午後13時05分。 ホームには昼下がりの穏やかな空気が流れ、観光客や買い物帰りらしき主婦が数名立っている。ちょうど13時00分台の列車が出ていってから次の便まではまだ少し余裕がある。 浜口は数名の捜査員とともにホーム先端や配電室付近を警戒する。腕時計で時刻を確認すると、13時03分……04分……。 (何も起きないのか? それともこれから——)
ちょうど13時05分になった瞬間、ホームにいた客の携帯から大きなアラーム音が聞こえた。驚いた浜口がその方向を見ると、若い男性が慌ててスマホを操作している。 「す、すみません! 13:05にアラームをセットしていたようで……」 (どうやら偶然らしいが、なんとも紛らわしい……。)
8. 意外な静寂
アナログ時計を見上げる。相変わらず誤差はなさそうだし、ホームの発車標も正確に動いている。13時05分を過ぎても、事故やトラブルは起こらない。 (何も起きない? まさか、フェイクだったのか?) 浜口は拍子抜けしつつも油断はしない。しばらくの間、駅を監視していたが、黒いキャップの男が姿を見せることもなく、時計に異常が出ることもなかった。
9. 銀行員の来訪
13時05分から30分ほど経った頃、駅員室にスーツ姿の男性が訪ねてきた。銀行員だというその男は、こう言う。 「実は、数週間前にお亡くなりになった松下茂さんが、この桜橋駅付近で私どもと打ち合わせ予定だった可能性があるのです。名刺を探していたところ、“桜橋駅13:05に会いましょう”と手書きされたメモを見つけて……。ただ、当方ははっきりした日時は存じ上げなくて、会えずじまいでした」 (やはり松下はここ桜橋駅で誰かと“13:05”に会おうとしていたのか!)
男によれば、松下は会社の資金運用に関する相談をしており、「再開発関連でうまい投資話があるかもしれない」と匂わせていたという。 「どこから聞いた情報かは分かりませんが、“真相を掴めば一儲けできる”と言っていました。もし彼がその話を詳しく調べるうちに何か危険な事実を知ったとしたら……」
10. 動く影、次なる駅へ
こうして13時05分は何事もなく過ぎたが、浜口はむしろ不安を募らせる。 「このまま何も起きないなんてことはあり得るのか? それとも、桜橋駅13:05には“来るはずだった誰か”がいたが、計画が変わった? それに松下が調べていた再開発の利権もまだ謎だ」 駅構内で捜査員が立ち尽くす中、ホームの遠くから怪しげにこちらを見つめる男のシルエットがちらりと映った、かに見えた。しかし人混みに紛れてすぐ消え、追うことはできない。 (ヤツの狙いは何だ? 人を殺してまで、再開発か投資話か、そんなもので儲けようとしているのか? それとも“時計”が絡むもっと深い策略が……)
そして、駅員室の片隅に一枚の紙切れが落ちているのを発見した捜査員が、浜口に手渡す。そこには走り書きのような文字があった。 > 「次は……柚木。耐震工事? 8:32が再び動く」
“次”はやはり別の駅、柚木駅か。さらに“8:32”というワードが再び出現する。松下が残した時刻、そして今回の桜橋駅13:05と並ぶ謎の“もう一つのキー”——8:32。 列車がレールを刻むように、事件もまた駅から駅へ連鎖していく。 桜橋駅で大きな事故こそなかったが、より深い闇と陰謀の存在を示唆する手がかりがちらつく。次なる舞台として浮かんだ柚木駅へ、浜口は踏み込む決意を固めたのだった。
次回予告
次なる駅は「柚木駅」。落ちていたメモには「耐震工事? 8:32が再び動く」と記されていた。松下が掴みかけていたという“再開発”や“投資話”との繋がりは? そして“8:32”の意味とは?**第六話「柚木駅、隠された耐震工事の謎」**で、事件の核心へと迫る手掛かりが明らかになるか――。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の第六話です。前回(第五話「桜橋駅、桜の下に忍ぶ罠」)では、「桜橋駅13:05」という時刻を巡って警戒にあたったものの、大きな事件は起こらずに終わりました。しかし、最後に見つかったメモは「次は柚木駅」「耐震工事?」「8:32が再び動く」といった不穏なキーワードを示唆。松下茂が亡くなる前に追っていた“再開発”や“投資話”に絡む“耐震工事”とは何なのか。そして繰り返し登場する「8:32」の謎はついに解き明かされるのか——。
第六話 「柚木駅、隠された耐震工事の謎」
1. 柚木駅と再開発の影
柚木駅は、新静岡駅から数えて7つ目、春日町駅からさらに先に位置する、比較的小規模な駅である。駅周辺は住宅街が中心で、乗降客も少なめだが、今回の捜査線上に浮上した理由は「耐震工事」の文字が大きい。 黒いキャップの男のメモに書かれていた「耐震工事? 8:32が再び動く」という文言に、刑事・浜口修一は引っかかりを覚えていた。 「再開発計画、投資話、そして“耐震工事”……松下さんが追っていた一連の“利権”が柚木駅に絡んでいるのかもしれない」
2. 駅舎の古さと耐震問題
浜口が柚木駅を訪れると、駅舎はやや老朽化が進んでいる印象を受けた。コンクリートの壁や柱はところどころ補修痕があり、改札周辺もこぢんまりとしている。 「実際、ここは耐震基準を満たしているんだろうか? もし耐震工事が必要とされているなら、既に施行済みか、あるいは計画段階なのか……」 駅員に尋ねてみたが、「工事の予定は聞かされていない」という返事。すでに大規模工事をした形跡もないという。だが、ネット上の情報では「柚木駅改修計画」が噂されていたりもするらしい。
3. 静かな“8:32”の朝
柚木駅で一番混雑するのは朝7時台から8時台にかけて。そこを狙って、浜口は改札近くに立ち、時計や配電設備を警戒しながら利用客の動向を見守った。 やがて時刻は8時30分を回り、電車が到着する。ホーム上には数十人の通勤客が並ぶが、特に不審者の姿は見当たらない。 (“8:32が再び動く”とあのメモには書かれていたが、果たしてどうなる?) 腕時計を確認すると、ちょうど8時32分を迎える。しかし、アナログ時計も電光掲示板も正しい時刻を示しており、ホームに混乱はない。 (何も起きない? またフェイクか?)
4. 黒いキャップ、影の目撃
だが、その数分後。ホーム端で電車を待っていた女子高生が、慌てて駅員に駆け寄ってきた。 「今、ホームの片隅に黒いキャップのおじさんがいて、どこかの扉を開けようとしてるみたいなんです!」 慌てて浜口たちが駆けつけると、確かにホームの床下点検口の近くに、不審な人影がある…と思った矢先、そいつは物音を立てずにさっと逃走を図る。 「待てっ!」 声を張り上げて追おうとするも、既に時遅し。男は線路脇の非常階段を降り、柚木駅の外へと姿を消していた。 (やはり来たか……。奴は駅の内部に干渉しようとしているんだ。)
5. 乱れた配線カバー
ホーム床下にある点検口のカバーはこじ開けられ、内部の配線が露出しかけていた。ここを操作すれば、アナログ時計や駅アナウンスのシステムに干渉することも可能だろう。 「黒いキャップの男が何者かはまだ分からないが、連続して時計を操作しようとしているのは確実だ。松下さんの死も、この男の仕掛けた罠による可能性が高い……」
そう考えると、耐震工事や再開発という話は直接“時計操作”とどう繋がるのか。浜口は頭を抱える。 (もしかすると、“駅の改修工事”を名目に内部に入り、自由に設備をいじれる立場だった人間がいるのかもしれない……)
6. 銀行マンの証言
柚木駅の改札口で捜査を続けていると、一人のスーツ姿の男性が声をかけてきた。先日、桜橋駅で出会った銀行員と同じ銀行に勤める人物らしい。 「松下さんが仰っていた“柚木駅の耐震工事”という話、社内でも噂になっていました。どうやら地元の建設会社が絡む裏取引があるとか、投資話があるとか……僕の上司が『美味しい案件だが、裏で相当怪しい動きがある』ってぼやいていましたよ」
つまり、柚木駅を含む沿線の老朽化対策を“耐震工事”と称して大々的に進める計画があり、そこに不正な金の流れがあるという。松下はそれを暴こうとしていた? 「松下さんは“8:32の電車に乗れば、誰かに会える”とも漏らしていたと聞きます。実在しないはずの8:32発車を、どうやって作り出す気だったのか……彼は“時計”が鍵だと言っていました」
7. “8:32”に隠された利益
その銀行員が言うには、大規模な耐震工事を開始する前に、地価が変動すると見込まれる。もし駅の時計トラブルが起こったり、ダイヤが乱れたりすれば、投資リスクが高まったり、あるいは情報操作が可能かもしれない。 「専門家じゃないので分かりませんが、松下さんは“時間のズレを利用して何か大きく儲ける方法があるんじゃないか”って言ってた、と同僚から聞きました」 (時間のズレと不動産投資? まるでSFめいた話だが、実際には人の行動や認知を操作して利益を得る犯罪計画があるのか?)
8. 謎の“耐震工事メモ”
柚木駅のホーム脇には、古い掲示物やチラシの張り紙がいくつかある。その中に「耐震補強工事のお知らせ」が貼られていたが、よく見ると日付が昨年度のもの。しかも実際には大きな工事が行われた形跡はない。 (計画倒れになったか、あるいは表向きの名目だけで実施されたことになっている? 不正の香りがするな…)
掲示の端に小さく“関連資料は駅事務室へ”と書かれている。浜口が駅員を通じて事務室を確認させてもらうと、過去の工事計画書らしきファイルが見つかった。しかし、肝心なページが何枚か破り取られている。 「何かやましい事があったから消したのか……?」
9. “耐震工事”を巡る陰謀
これまでの駅での連続“時計操作”に加え、柚木駅が浮上した背景には**“表向きだけの耐震工事”**があるらしい。松下はそれを暴こうとしていた。 そして同時に、“8:32”という存在しない列車をトリックに利用しようとした、または誰かが利用させようとした? もし黒いキャップの男が、駅の時計を人為的にズラし、8時30分発を8時32分発に“見せかける”ような事をすれば、松下がその列車に乗るタイミングを逆算できる。あるいは、乗客や関係者を意図的に集め、事故を演出することも可能だ。 (つまり“8:32”という時間自体が犯人の“呼び水”だったのか?)
10. 差し込まれる新情報——“狐ヶ崎駅”
その夜、浜口の携帯に非通知からの着信が入る。いつものように低く抑えた声が聞こえる。 > 「柚木駅を調べたか。耐震工事の紙切れは役に立ったか? 次は……狐ヶ崎駅だ。 もう止められないぞ」 即座に切れた通話に、浜口は強い苛立ちを覚える。 (次から次へと駅を移る犯人の狙いは何なんだ? まるで駅を巡回するように、各場所でトリックを試している。俺たちを翻弄しながら、“利権の本丸”に辿り着く前に、また死人が出るかもしれない……。)
柚木駅で大きな事故は起こらなかったが、謎は深まるばかり。黒いキャップの男の存在、耐震工事という不正の匂い、そして松下が遺した「8:32」や「13:05」の数々の暗示。 一方で、次のターゲットとして名指しされた狐ヶ崎駅は、静岡鉄道の中でも大きめの商業施設に近い駅だ。乗降客も比較的多く、“時計トリック”を仕掛けられれば大きなパニックが起こりやすいかもしれない。 (再び悲劇が起こる前に、何としても黒いキャップの正体と計画を暴かねばならない。)
こうして、柚木駅での“耐震工事の謎”はあくまでも一端に過ぎず、大きな闇がさらに続いていることが確信に変わった。 浜口は狐ヶ崎駅への出動を決意しながら、駅の闇夜を見上げる。すでに深夜になり、柚木駅は静まり返っているが、その静けさがかえって不吉な予感を掻き立てるのだった。
次回予告
新たな焦点となった「狐ヶ崎駅」。黒いキャップの男が次の舞台に挙げる理由とは? 乗降客が増える商業施設周辺で、どんな“時間操作”が行われるのか。また、耐震工事計画をめぐる不正利権の真相が少しずつ明らかになる中、松下茂が掴んでいた“決定的証拠”とは何だったのか。**第七話「狐ヶ崎駅に鳴り響く警笛」**へ続く——。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の第七話です。これまで、新静岡駅・日吉町駅・音羽町駅・春日町駅・桜橋駅・柚木駅と連鎖的に生じてきた「駅時計のズレ」や「謎の黒いキャップ男」による暗躍――そこには、“耐震工事”と呼ばれる不正利権や、犠牲者・松下茂が追っていた重大な証拠の存在が浮かび上がってきました。そして今回、黒いキャップの男が示唆する次なる舞台は狐ヶ崎駅。比較的大きな商業施設が近く、乗降客が多いこの駅で、どのようなトリックが仕掛けられるのか。
第七話 「狐ヶ崎駅に鳴り響く警笛」
1. 商業エリアを抱える狐ヶ崎駅
狐ヶ崎駅は、路線の中でも利用客が比較的多い駅の一つだ。駅舎から少し歩けば商業施設や飲食店が集まり、平日昼間でも一定の人出がある。 連続“時計操作”によるトラブルと、再開発・耐震工事をめぐる疑惑。その両方が絡んだ闇を追う刑事・浜口修一は、駅の改札を見渡しながら思案する。 「ここでもし“数分のズレ”を起こせば、混雑時に混乱が大きくなる。黒いキャップの男はそれを狙っているのか? それとも、もっと大きな目的があるのか……」
2. 乗降客が多い駅での潜入
いつものように私服姿で駅構内に入った浜口は、配電室や時計の設置箇所などをこまめに確認し、もし何者かが勝手に侵入できないよう手配を進める。 「狐ヶ崎駅は他の小駅と違って改札口が広く、防犯カメラも複数あるが、その分“死角”も多い。ホームや通路脇、売店裏など、潜める場所はいくらでもある」 黒いキャップの男がこれまで各駅で使ってきた“配線への直接アクセス”が、ここでも狙われる危険は十分にあり得る。
3. 不審なチラシ“土地売買のお知らせ”
駅の掲示板を見ていた浜口の目に留まったのは、「土地売買のお知らせ」と題された古めのチラシ。駅周辺で大規模なテナント誘致を計画しているとの記載があるが、日付は数ヶ月前。 「再開発や投資話の噂は、ここ狐ヶ崎にも絡んでいるのか……?」 チラシには、どこかで聞いた建設会社の名前が載っている。そう、松下が追っていた“耐震工事”の名目で柚木駅にも関わっていた会社だ。 (やはり同じ業者が動いているらしいな。松下が調べていたのは、この駅を含めた沿線一帯の再開発利権かもしれない)
4. 狐ヶ崎駅ホームでの悲鳴
昼下がりのホーム。列車の到着を待つ客たちが並ぶ中、突然「きゃあ!」という悲鳴が響いた。見ると、中年女性が足を滑らせて線路側へ転びかけている。周囲の人が慌てて支えるが、あと少しで転落しそうな位置だった。 「だ、大丈夫ですか?」 女性は震える声で言う。 「電光掲示板が“あと2分”って表示してたから、急いで最前列まで行こうとしたら……実際にはもう列車が見えて……怖かった」
ホームの電光掲示板を確認すると、確かに正しい時刻を表示しているように見える。駅員も「変な遅延情報は出していない」と言うが、実際に女性が誤認した理由は不明。 (まさか一瞬だけ掲示板を改竄した? そんなことが容易にできるのか? あるいはアナログ時計がまたズレていた?)
5. “黒いキャップ”目撃の報せ
悲鳴の直後、コンコースの方から「黒いキャップの男が改札を出ていった!」という声が届く。やはり今回も奴はいた。 浜口が走って後を追うが、駅前の人混みに紛れて姿は見えない。まるで、わざと混乱を起こし、その場を離れるというパターンが確立しているかのようだ。 「仕掛ける→誰かが転落しかける→男は姿を消す。まるで“実験”でもしているかのようだな……」
6. 遺されたUSBメモリ
しばらくして、駅員が不審物を発見したと知らせてくる。コンコースのベンチ下に落ちていたのは、USBメモリ。包装もなく、誰かが意図的に置いていったとしか思えない。 浜口が受け取って確認すると、メモリには何やらパスワード保護されたファイルが入っているようだ。 (黒いキャップの男が、俺たちに何か伝えたいのか? それとも松下が残そうとした証拠を、犯人が逆手に取っている?)
7. こじ開けられた“駅長室”
同じ頃、狐ヶ崎駅の駅長室のドアにも妙なキズが見つかった。駅長が不在の時間帯に誰かがピッキングしようとした形跡らしい。 「一体何を狙ったんだ……? ここには発車標や自動放送の設定パネルも置いてある。もしそれを操作すれば、時刻表示やアナウンスを自在に変えられる」 実際に改竄は行われなかったようだが、黒いキャップの男は隙をうかがっていたのかもしれない。
8. USBメモリの解読
浜口はすぐに捜査本部へ戻り、USBメモリを解析させた。パスワード付きのファイルを解読しようと試みるが、これが意外と手強い。 数時間後、専門家がようやくファイルの一部を開くことに成功する。その中には、柚木駅や狐ヶ崎駅を含む駅施設の図面や、“耐震工事計画”のスキャンデータらしきものが並んでいた。 「やはり計画自体は存在する。だが、どこか怪しい金額や意味不明な工事項目が付いている。これじゃ不正請求の温床になってるとしか思えない……」
さらに、ファイルの一部には“松下”という名前が出てくるメモがあり、「松下が余計な情報をつかんだ」という文言も見受けられる。 (やはり松下は、駅設備の耐震工事や再開発利権に関する不正を知ってしまい、狙われたんだ。黒いキャップの男は、その関係者か?)
9. 次なる駅、そして「8:32」と「13:05」
USBメモリの中には、文字列リストが断片的に残されている。そこには「8:32 / 13:05 / 5分 / 2分 / 場合によって0分」という記載があり、明らかに“駅時計のズレ”を管理しているような示唆を含んでいる。 「この表は各駅のズレ幅を示してるのか? 新静岡駅で5分進み、日吉町駅で2分進み、音羽町駅で1分遅れ……そうやって駅ごとにバラバラに操作している?」 さらに注目すべきは「場合によって0分」という項目。つまり、時計をあえて狂わせないケースもあるということか。桜橋駅13:05が結局何も起こらなかったのは、そのせいかもしれない。
(あえて何も起こさない駅を混ぜることで、こちらの警戒を散らす意図があるのか? 犯人は一体どんな“計画”で動いている?)
10. 新たなるターゲット「御門台駅」
USBメモリの最深部には、次なる駅名として「御門台(みかどだい)」が記されていた。そして「ここで一気に——」という不吉な言葉も。 狐ヶ崎駅での転落未遂は、あくまで“小手調べ”だったのか。犯人は御門台駅で大掛かりなトリックを仕掛けるつもりかもしれない。 「松下が握った“決定的証拠”は、このUSBの中身に近いデータだったのか……。そこには不正利権の根幹が凝縮されているはず。黒いキャップの男は、事件を完遂するまで俺たちを惑わし、駅を渡り歩くつもりか」
こうして、狐ヶ崎駅で表向きは大きな事件にならなかったものの、USBメモリの出現によって“時計操作”と“耐震工事利権”の関連が決定的な形で浮かび上がった。 捜査は次なるステージ――御門台駅へ。 浜口は駅ファイルの一部に走り書きされた「御門台:最大規模計画」という行を睨みながら、全力で犯人を追う決意を新たにする。次こそは、この連鎖を止める手がかりを掴んでみせる、と。
次回予告
黒いキャップの男が、さらなる舞台として指し示した「御門台駅」。ファイルには「最大規模計画」や「ここで一気に——」など、不穏なフレーズが散見される。時計操作による“時間テロ”と、不正利権の中核。浜口は御門台駅へ急ぎ、ついに事件の核心へと踏み込むことに……。**第八話「御門台駅、大がかりな罠の兆し」**へ続く——。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の第八話です。前回(第七話「狐ヶ崎駅に鳴り響く警笛」)では、狐ヶ崎駅でのトラブルとともに、駅施設のデータや“耐震工事計画”が収められたUSBメモリが見つかり、黒いキャップの男の狙いがますます不穏な形で浮上しました。そこには「最大規模計画」「ここで一気に——」などのフレーズとともに、新たな標的として御門台駅の名が記されていた。刑事・浜口修一は事件の核心へ踏み込むべく、御門台駅へ急ぐ——。
第八話 「御門台駅、大がかりな罠の兆し」
1. 御門台駅と“最大規模計画”
御門台駅(みかどだいえき)は、静岡鉄道の沿線でもやや高台に位置し、周囲には大学や病院などの施設が点在している。利用客はそこそこ多く、朝夕の通勤・通学ラッシュ時には駅構内が混雑することも少なくない。 狐ヶ崎駅で発見されたUSBメモリのデータによると、この御門台駅が“最大規模計画”の要とされている様子がうかがえる。松下茂が追いかけていた“耐震工事”や“再開発利権”が、どうやらここで一気に動くらしいのだ。
「黒いキャップの男が次に狙うのは、乗降客も比較的多く、注目度も高い御門台駅——。この駅で大きな混乱を起こすなら、時計操作による事故やパニックが起きかねない」 刑事・浜口修一はそう感じとり、早速、駅側に協力を依頼して警戒体制を敷きはじめる。
2. 駅舎の下見と“歪んだ”痕跡
御門台駅は改札がコンパクトな造りだが、構内にはいくつかの階段や通路があり、“死角”になる場所が多い。浜口は私服の捜査員を何名か配置し、ホームや配電室付近の警備を強化させる。 そうした中、駅舎脇の倉庫でさっそく不可解な点が見つかった。倉庫の鍵穴に何か工具を突っ込んだ形跡があり、ドアが半開きになっていた。中には古い看板や余分なケーブルなどが雑然と置かれている。 「もし黒いキャップの男がここに侵入してケーブルをいじれば、駅の時計を自由に操作できるかもしれない。新静岡駅や日吉町駅でも似たような手口があったからな」
3. 地元住民の奇妙なうわさ
御門台駅周辺で聞き込みを続けると、「最近、駅の耐震工事がどうとかいう話を耳にした」という住民の声が出てきた。 「工事が始まるっていう噂を聞いたんだけど、実際にはそんな公告は見当たらないし、誰が言い出したのかも分からないんですよね。ウソかホントか……」 これも、松下が追っていた“フェイクの耐震工事計画”の一端なのか。あるいは、本当に何者かが裏で大きな工事を画策しているのか。
さらに、「御門台駅の裏手にある空き地が高値で取引されたらしい」という話も上がってくる。 (誰かが、この駅周辺で大きな再開発を進めるため、事前に土地を買い漁っている可能性がある? そして、その動きを“時計操作”で混乱させたり隠蔽したりしている?)
4. アナウンスの狂い
翌朝のラッシュ時、駅構内で小さな混乱が起きた。ホームの自動アナウンスが「まもなく8時45分発の電車が到着します」と告げたのだが、実際の時刻はまだ8時42分。列車も当然まだ来るはずがない。 「どうなってる? 俺のスマホだとまだ8時42分なのに……」 乗客たちはざわめき、不安そうにホームの端を覗き込む。駅員は慌てて「ただいま放送が誤作動しております」と謝罪するが、既に改札を通った客の中には「電車が来ると思って走ったらいきなりホームの端でつまずいた」という人も出た。軽い捻挫をする者まで現れる。 (これも黒いキャップが仕組んだ“時間操作”か? アナウンスを2〜3分進めるだけでも、人間の行動に影響を与えられるらしい……)
5. 黒いキャップの誘惑
このトラブルの直後、浜口のスマートフォンにまたしても非通知の着信が入った。低い男の声が耳に飛び込む。 > 「いよいよだな……御門台は“最大規模計画”の要だ。そろそろ本番といこうか。おまえらがいくら警戒しても、時間を操る俺を捕まえられるかな……」 即座に電話は切れる。苛立ちと焦燥が入り混じった感情が浜口の胸を突き刺す。 (やはり御門台駅で“大仕掛け”を起こすつもりか。松下の死も、結局“序章”に過ぎなかったのか?)
6. “最大規模計画”とUSBメモリの続き
狐ヶ崎駅で見つかったUSBメモリをさらに深く解析した鑑識から、新たな連絡が入る。その一部に「御門台計画書」「20億円規模」などの具体的な数字が書かれたファイルが存在するという。 「工事費用を水増しし、それを投資目的でどこかへ流し、関係者はキックバックを得る……かなり巧妙な利権だ。松下はそれを掴もうとして殺された可能性が高い」 犯人は、この計画を進めるうえで邪魔な存在や外部へのリークを阻止するため、あるいは“客寄せ”や“事故工作”を狙うために、駅の時計を駆使したトリックを仕掛けているのかもしれない。
7. ホームでの大混雑、そして警笛
翌日、御門台駅で事件が起きた。朝の通勤ラッシュがピークを迎えた8時台、突然ホームに「本日のダイヤが乱れております。電車は10分遅延」という誤ったアナウンスが流れたのだ。 そのため、いつもより早めに来るはずの電車を待つ客がホームに溢れ、結果、列車到着のタイミングで押し合いへし合いの大混雑に。人の波の中で転倒する者も出て、騒然となる。 運転士が慌てて警笛を鳴らし、非常ブレーキをかける事態に発展した。幸い、ホーム上には多数の捜査員と駅員がいたため、大きな惨事は回避されたが、数名が打撲などの軽傷を負う。 (これが“最大規模計画”の第一歩なのか……大量の乗客を巻き込み、時計を狂わせたアナウンスでパニックを誘発したんだ!)
8. 見え隠れする“内部協力者”
この混乱の直後、配電室に設置された端末が勝手に再起動されていたことが判明する。ログを見ると、駅員のIDカードが使われた形跡があるが、当の駅員は「そんな操作はしていない」と証言している。 「IDカードを偽造したか、誰か内部の人間と手を組んでいるか……。そうでなきゃ、こんな派手な操作は難しい」 駅の時計や放送システムを自在に弄るには、内部権限が必要である可能性が高まった。まさか、静岡鉄道の社員や関連業者の誰かが“黒いキャップの男”と結託しているのか——。
9. 松下の“決定的証拠”と耐震工事
捜査を進める中で、浜口は松下の会社の同僚から意外な情報を得る。 「松下さんが亡くなる直前、“御門台駅の耐震工事計画書”をコピーしたらしく、それが“決定的証拠”になると言ってました。実際にはまだ社外に出していないらしいので、会社内部に原本があるかもしれません」 耐震工事計画書には、線路高架や駅舎などに不自然な工事費が上乗せされ、賄賂や裏金に使われた痕跡があり得る。松下はそれを外部にリークしようとしたため、黒いキャップの男たちに消されたのか。
10. 再び示される「次の駅」
御門台駅での混乱が収束した夜、浜口が駅構内の死角をチェックしていると、壁に小さな紙切れが貼り付けられているのを発見する。そこには走り書きでこう記されていた。 > 「県総合運動場駅。 データはそこに集まる。8:32、13:05、もう一度見直せ」
“県総合運動場駅”——静岡鉄道でも利用者が多く、イベント時などは大勢が押し寄せるターミナル的存在だ。ここで大規模なパニックを起こせば、さらに甚大な被害が及ぶかもしれない。 そして「8:32」「13:05」という時刻が再び登場する。松下の手帳や、黒いキャップのメッセージで何度も出てきたキーワードだ。 (新静岡駅以来、繰り返されてきた時計トリックが、ついに“県総合運動場駅”という大きな舞台に移るのか……ここで大仕掛けを起こすつもりかもしれない。)
こうして、御門台駅でのパニックは小さな事故で済んだものの、犯人の目的が“より大きな混乱”にあることを示唆しているように思えた。耐震工事利権の核心に近づきつつある中、捜査は次なる駅——県総合運動場駅へと急速に動いていく。
次回予告
県総合運動場駅へと誘うメモに記された“8:32”“13:05”という不吉なワード。もし、ここで大規模イベントやスポーツ大会と絡めて“時間操作”が行われたら……。事件は加速し、松下茂が握っていたという“決定的証拠”の行方も絡み、いよいよクライマックスへ近づく。**第九話「県総合運動場駅に迫る危機」**をお楽しみに。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の第九話です。前回(第八話「御門台駅、大がかりな罠の兆し」)では、御門台駅において大混雑を引き起こす“時間操作”が実行され、パニック寸前の事態に。USBメモリからは「最大規模計画」や「耐震工事の不正利権」が色濃く浮かび上がり、被害者・松下茂が握っていた証拠の存在も確信に近づいた。そして、黒いキャップの男が次なる標的として指し示したのは県総合運動場駅。利用者の多いこの駅で“8:32”や“13:05”といったキーワードが再び狙われるのか。刑事・浜口修一は、いよいよ事件の核心へ踏み込むことになる——。
第九話 「県総合運動場駅に迫る危機」
1. 県総合運動場駅の存在感
静岡鉄道の駅の中でも県総合運動場駅は、近くにスポーツ施設やイベント会場が集まることから、平日・休日問わず利用客が多い駅だ。大きな大会や催し物がある日には、一度に多くの人が押し寄せ、ホームやコンコースが混雑する。 黒いキャップの男が「ここで一気に——」とUSBのファイルやメモで示唆していた意味を考えると、もし“大仕掛け”が行われれば多くの人命に関わる大惨事になりかねない。 刑事・浜口修一は、県警本部と連携して駅の警備を強化し、改札やホーム、配電室、さらには駅舎の周囲にも捜査員を配置することにした。
2. イベント直前の不安
偶然にも、駅近くのスタジアムで地域スポーツイベントが開催される日が迫っていた。普段の平日よりもはるかに多くの人が訪れることが予想され、鉄道会社も臨時列車を検討するほどだという。 「こんなタイミングで“黒いキャップ”が動けば、過去の駅のトラブルとは比べ物にならない混乱を引き起こせる……」 浜口は改めて警戒を強める。ここまで続いてきた“時計のズレ”による事故未遂や混雑誘発が、大規模になれば“テロ行為”と言えるレベルに達する可能性がある。
3. 地下通路の侵入痕
捜査員たちが駅構内を丹念に調べる中、コンコースの地下にある物置スペースで、侵入の痕跡が見つかった。鍵穴がこじ開けられ、内部に置かれていた設備マニュアルが散乱している。 「ここには駅の時刻表システムや発車案内の配線図も保管されていたはず……」 駅長が顔を青ざめながら答える。つまり、黒いキャップの男は既に“時刻表・案内放送の内部情報”を手に入れてしまったかもしれない。 (ますます危険だ。臨時列車まで把握できるなら、偽りの時刻を流して人を殺到させたり、列車ダイヤそのものを錯乱させることも可能になる……)
4. 奇妙な貼り紙「8:32 / 13:05」
翌朝、改札近くの掲示板に手作りの小さな貼り紙が見つかった。そこには「8:32 / 13:05」とだけ黒いマジックで書かれている。 (またこの数字……。松下が手帳に書き残し、黒いキャップの男が繰り返し示唆してきた“幻の時刻”たち。) これまでの駅では“8:32”が朝のラッシュを混乱させるトリックとして、また“13:05”が昼下がりのトリックとして狙われてきたことがうかがえる。 (つまり、県総合運動場駅では両方の時間帯を狙った“二重トリック”が仕掛けられるのか?)
5. 午前8:32、最初の仕掛け
ついに決戦の日。ちょうどスタジアムでのスポーツイベントが始まる朝と重なるこの日、駅はすでに観戦客や地元住民で大いに賑わっていた。 浜口は捜査員たちに指示を出し、8時30分前後からホームや改札の様子を厳戒態勢で見守る。すると、駅のアナログ時計は正確な時を刻んでいるものの、電光掲示板に微妙な異常が出始めた。 「8時31分発の電車が、あと2分で来ます」と急に表示されるが、実際にはダイヤにそんな列車はない。周囲の乗客が「何? あと2分?」と騒ぎ始める。 結果、ホームに一気に人が押し寄せ、実際の8時30分発の列車が出た直後にも関わらず、まだ電車が来ると思い込む乗客が最前列に立ち止まり、次に来た8時35分発の列車と危うく接触しそうになる——。 捜査員が素早く制止し、大惨事は免れたが、まさに**“8:32”の虚構**がホームを混乱に陥れた瞬間だった。
6. 13:05への布石
午前中の混乱が収まったあと、浜口たちは引き続き監視を続ける。予想通り、昼過ぎの13時前後にも仕掛けが行われる可能性が高い。 駅の裏手や配電室、音響設備の端末などを再度点検すると、またしてもピッキングされた痕跡が新たに見つかる。まさしく“仕込み”が進んでいる証拠だ。 (このままだと、13時05分あたりにも同様のトラップが仕掛けられる。今度は午前中よりも大きな人出が見込まれるぞ……)
7. 捕捉せよ、黒いキャップ
ついに13時05分が迫る。付近のスタジアムで午前の競技を観戦し終えた人々が、一斉に駅へ押し寄せてくる。ホームや改札口は朝以上の混雑状態。もし時刻表が狂わされたら、ひとたまりもない大混乱になるだろう。 浜口たち捜査員は「黒いキャップの男が必ず姿を現すはず」と考え、ホームとコンコースを厳重にマークする。すると、13時手前に改札外の喫茶店あたりで男が目撃されたとの連絡が入った。 刑事が急行すると、確かに黒いキャップを深くかぶった小柄な男がキョロキョロと携帯をいじり、何かのタイミングを図っているかのように見える。 (やつはここでアナウンスや電光掲示板を操作する合図を送るつもりか?)
8. 13時05分、緊迫のホーム
ホームでは、まさに13時05分前後の列車が到着するタイミング。だが、電光掲示板やアナウンスには妙な表示の乱れは出ていない……今のところ。 (こちらが見張っているのを見て、犯人は動きを変えたのか? それとも別の“起爆”を狙う?) そのとき、捜査員の一人が異常を察知する。駅長室の端末がリモート操作されているのか、「13時10分に列車が遅れます」という誤表示が一瞬だけ発生し、すぐ消えた。 駅員が即座に制止したため、大混乱には至らなかったが、**“本気の仕掛け”**を阻止したのは紙一重だったと言えそうだ。
9. ついに追いつめる瞬間
誤表示が出た直後、改札外の喫茶店側から大声が上がる。 「そいつ……黒いキャップが小走りで逃げていく!」 浜口は捜査員とともに全力で追いかける。男は駅ビルの通路を駆け抜け、非常階段を下りる。だが、今回ばかりは駅構内に刑事が多数配置されているため、容易には抜け出せない。 ようやく男は階段下で行き止まりに遭い、観念したようにこちらを振り返る。 「……チッ」 低い声を漏らしながら、黒いキャップを脱ぎ捨てる。その頭には短く刈った髪。面長の顔に鋭い目つきが光る。
10. その正体は——
浜口たちが警戒して取り囲む中、男は冷たい笑みを浮かべる。 「捕まえたつもりかもしれんが、俺一人が倒れたところで“計画”は止まらない。時計の針は既に動き始めてる……」 そう言いながらも、男は大きな抵抗を見せず、両手を上げて投降の姿勢を示す。 「名前は? お前が駅の時計を狂わせていたんだな? 松下茂を殺したのもお前か!」 浜口が詰問すると、男は鼻で笑う。 「俺の名前なんてどうでもいい。もし松下を殺したと断言したいなら、証拠を出せよ。……それに俺たちには、まだ“耐震工事”という大義名分がある。上が消えるなら、別の誰かが動くだけさ」
そう呟いた男の口調は、まるで“自分は実行部隊に過ぎない”とでも言いたげだった。確かに、これまでの計画の規模を考えると、単独犯行ではなく複数人の組織的関与があるのは明らかだ。 (こいつを捕らえたからといって、全てが解決するわけではない……。だが、まずは黒いキャップの中心人物を確保できたことが大きな一歩だ。)
こうして、県総合運動場駅での“時間テロ”は未遂に終わった。複数の負傷者は出たものの、大惨事は回避できたと言える。 しかし、黒いキャップの男が言うように、本当の黒幕や“上”の存在が消えたわけではない。耐震工事利権の全貌、そして松下の死の真相に直結する“決定的証拠”は、まだ闇の中だ。 連鎖する駅を巡った“時計操作”は、いよいよクライマックスへ向かう。浜口は“この男”を取り調べる中で、真の首謀者を炙り出さねばならないと決意を新たにするのだった。
次回予告
黒いキャップの男の逮捕で、事件は終わるのか。それとも彼が語る“上”の存在が別に潜んでいるのか。耐震工事利権と再開発計画の闇は、まだすべてが暴かれたわけではない。松下茂の死に直結する“真犯人”は誰なのか——。**第十話「県立美術館前駅、形だけの耐震工事」**にて、さらなる真相が明かされていく。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の第十話です。前回(第九話「県総合運動場駅に迫る危機」)では、黒いキャップの男がついに捕まり、列車ダイヤを狂わせて大混乱を起こす“時間テロ”が未遂に終わりました。とはいえ、男自身が語ったように、「本当の黒幕は別にいる」との不穏な示唆も。松下茂の死の真相や“耐震工事の不正利権”を巡る核心に、まだ光は当たっていない。そして、新たに浮上した舞台は県立美術館前駅。男の供述や押収された資料には「形だけの耐震工事」という気になるフレーズが散見される。はたして、そこにはどんな仕掛けが――。
第十話 「県立美術館前駅、形だけの耐震工事」
1. 取り調べで語られた“上”の存在
黒いキャップの男を逮捕し、静岡県警の取調室に連行してから数日。 刑事・浜口修一は執拗な尋問を続けるが、男は自分が「ただの実行役」に過ぎないことを強調するだけで、真の首謀者や組織の全容については口を割らない。 「俺は“上”の指示で駅の時計を狂わせたり、列車ダイヤを乱したりした。それが耐震工事や再開発利権のためだという話は聞いているが、詳しくは知らんよ。 ……松下茂を殺した? さあな。“上”から『邪魔者は排除しておけ』と言われたことはあるが、俺は指示に従っただけだ」
男の供述を総合すると、“時間操作”を駆使して人々を翻弄し、不正な金の流れを隠蔽する計画が存在するようだ。しかし、その黒幕はまだ不明。「幹部連中がグルだ」という曖昧な言い方しかせず、具体的な名前は出さない。
2. 新たに示される“県立美術館前駅”
取り調べの合間、男はこんなことを口走ったという。 > 「あとは県立美術館前駅の“形だけの耐震工事”が動き出す頃、でかい金が動くってわけだ。俺がいなくても、もう止まらんさ。連中は“時計トリック”なんか使わずとも、別の手段で仕掛けるだろうよ」
県立美術館前駅――沿線の中でも観光客や学生が利用する駅であり、その名のとおり近くに静岡県立美術館があるため、休日にはそこそこ人が集まる。 (「形だけの耐震工事」という言葉がひっかかる。先に柚木駅や御門台駅で見た“偽装工事”と同じ流れなのか?)
3. 駅へ急行する浜口
事件解決へ向けた突破口を探るため、浜口は捜査員を連れて県立美術館前駅へ向かう。これで沿線のほぼ大半の駅が捜査対象となりつつあるが、計画の真の狙いがまだ見えてこない。 駅に到着すると、外観は比較的新しく、耐震工事が必要だとは思えないほどしっかりしているように見える。改札やホームも広めで、デザインも美術館に合わせた落ち着いた雰囲気だ。 「ここで“形だけの耐震工事”をやるって話は、本当にあるのか?」 駅員に聞いても「聞いたことがない」と首をかしげるばかり。
4. 鉄道会社の隠しファイル
県警本部から連絡が入り、鉄道会社内部のサーバーを捜査令状に基づき調べた結果、「県立美術館前駅 補修計画書」という文書が見つかったという。 しかし、そこに記載されている補修内容は矛盾だらけ。駅本体ではなく、周辺の土地買収や関連施設の建設費用が大幅に上乗せされた形跡がある。まるで“耐震工事”という名目で別のプロジェクトを隠しているかのようだ。 「これが『形だけの耐震工事』の正体か。実質的には再開発か利権絡みのコソ泥仕事だな……。松下茂は、それを掴みかけて消されたのかもしれない」
5. 謎の業者“F技研サービス”
さらに、文書には業者名として「F技研サービス」の記載が目立っていた。先のUSBメモリや社内資料でもちらついていた会社だが、所在地や経歴が不透明で、下請け業者を転々としているらしい。 「“F技研”……。黒いキャップの男が『自分は元々メンテナンス業者にいた』と漏らしたことがあったな。もしかすると、この会社が“実行部隊”を抱えてるのか? さらに上に鉄道会社の幹部なども繋がっている?」
6. 駅構内の静かな歪み
県立美術館前駅をひと通り巡回する浜口たちだが、目立った“時計のズレ”や“配線への干渉”は今のところ見つからない。黒いキャップの男が捕まった以上、“時間テロ”は一旦沈静化したのかもしれない。 しかし、ホーム脇の小さな掲示板には、いつものように手書きの紙切れが貼られていた。 > 「大仕事はこれから。次は草薙か……?」
草薙駅――同じ沿線の主要駅だ。黒いキャップが捕まっても、なお別の人物が動いているのか。あるいは黒いキャップ自身が捕まる前に仕掛けていたメモなのか……。 いずれにせよ、さらなる駅へ進む可能性が示唆されている。
7. 地下倉庫での不審物
午後、駅員が「地下倉庫の一角で、不審な装置が置かれているのを見つけた」と報告してくる。浜口が急行すると、小さな金属ケースのようなものが段ボールの陰に隠されていた。蓋には配線が伸びており、何らかの機械に接続できるようになっている。 捜査員が解析すると、どうやら時刻情報を改ざんするための簡易デバイスらしい。列車情報や時計システムと連動し、表示やアナウンスを数分単位でコントロールできる可能性がある。 (やはり犯人グループは、この駅でも“時間操作”の準備をしていた。黒いキャップが捕まっても、装置だけはすでに持ち込まれているのか?)
8. 内部“協力者”との繋がり
ここまでの捜査で判明したのは、どう考えても外部の単独犯だけが駅設備をこれほど自在に操作するのは不可能ということ。駅員やメンテナンス業者など“内部”に協力者がいるか、偽造された権限カードが流通しているか——。 F技研サービスの名前が頻繁に出てくるあたり、鉄道会社の幹部・下請け会社・投資家グループが一丸となって不正な利権を回している線が濃厚だ。松下茂はその核心情報を掴み、抹殺された……。 そして今、耐震工事を“形だけ”行うことで大金を動かす計画が、県立美術館前駅や周辺施設を舞台に水面下で進んでいるのではないか。
9. “草薙駅”への流れ
駅構内で大きな混乱が起きる前に、浜口たちは再び本部へ戻り、未だ分からぬ真の黒幕に迫るべく作戦を立てる。 黒いキャップの男が捕まったことにより、奴が持っていたスマホやPCのデータ解析が進んでいる。そこから、F技研サービスの関連人物や鉄道会社の一部幹部との連絡履歴が浮上し始めていた。 「よし……この流れを突き止めれば、松下さんを殺した“上”に辿り着けるかもしれない。だが、一方で“草薙駅”への布石も見逃せない。もしそこで大規模なトリックを行われたら、犠牲者が出る恐れがある……」
10. さらなる闇へ
こうして、県立美術館前駅で大きな騒動こそ起こらなかったものの、“時間操作”用の不審デバイスが発見されるなど、犯行グループが継続して暗躍している痕跡は明白だった。 “形だけの耐震工事”というキーワードが示す通り、駅の工事を口実に利権を得ようとする組織と、駅の時計を利用したトリックが一本の線につながりつつある。 しかし未だ、松下茂の死に直結する“決定的な指示”を出した人物の名前は掴めていない。黒いキャップの男からはそれ以上の情報を引き出すのが困難な今、浜口たちは次なる“草薙駅”での捜査が勝負どころになると考えた。 (まるで駅を一つずつ渡り歩くように仕掛けられたトリック……この連鎖が終わるとき、真犯人は姿を現すのか?)
こうして、県立美術館前駅での捜査は一旦幕を下ろす。だが、捜査陣は次に示唆された草薙駅へ急行する用意を整え始める。事件はまだ終わりではない。 “時間の罠”と“利権の闇”が交錯する中、松下が命を落とした本当の理由を暴く戦いは、いよいよ佳境へ突入しようとしていた。
次回予告
黒いキャップの男を捕らえても、なお残る“上”の存在。そして示唆される「草薙駅」が次の舞台。もしかすると、そこに松下茂が“真犯人”を追いつめるための手掛かりが眠っているのか? “形だけの耐震工事”と“不正利権”の全貌は明るみに出るのか。**第十一話「草薙駅、迫り来る真犯人との対峙」**に続く——。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の第十一話です。前回(第十話「県立美術館前駅、形だけの耐震工事」)では、黒いキャップの男が逮捕されてもなお、水面下で“駅の時計を使ったトリック”や“不正利権”が動き続けている実態が浮き彫りに。耐震工事を名目とした巨額の資金が、どこかの組織へ流れているらしく、松下茂の死にもその闇が絡んでいる可能性が高い。そして次なる舞台として示唆されたのは草薙駅。刑事・浜口修一はいよいよ“真犯人”が姿を現すのかという期待と不安を胸に、捜査を進める——。
第十一話 「草薙駅、迫り来る真犯人との対峙」
1. 草薙駅の特徴
草薙駅は、静岡鉄道の路線の中でも乗降客が多めの駅だ。周辺には大学やスポーツ施設があり、JR東海道本線の草薙駅との乗り換え口も近い。そのため朝夕のみならず、終日一定の人の往来がある。 こぢんまりとしたホームではあるが、改札内外は活気がある印象。ここで“時計操作”による混乱が起これば、ほかの駅以上に被害が出る恐れがある。 「黒いキャップの男は逮捕したが、まだ“組織”の動きが残っている。もし奴の仲間が駅構内を掌握しようとしたら……」 浜口はそうつぶやきながら、私服捜査員を複数配置し、駅舎の死角を再確認する。
2. “耐震工事”の名目と建設事務所
捜査本部が会社内のデータを深掘りした結果、草薙駅周辺で「小規模の耐震補修工事を計画中」とされる資料が見つかった。だが、その名目に比して妙に高額な見積もりが記されている。 また、その工事を受注しているとされる「F技研サービス」や関連会社の所在地を追跡すると、ペーパーカンパニーに近い実態である疑いも強まる。 「松下はこれを掴み、外部にリークしようとして殺された……。ならば草薙駅でも、同じ手口で金を動かす計画が進んでいる可能性が高い」
3. 駅員の言葉に潜むヒント
草薙駅の駅員は、ここ数週間の間に「メンテナンス業者」を名乗る人物が何度も訪れ、配線点検を行ったと証言した。 「いつもは月に一度程度しか来ないのに、やけに頻繁に“チェック”をするんですよ。名札や社員証は見せてくれたんですが……どこか上の空というか、素人っぽい感じだったのが気になっていました」 まさに“時計操作”や“機器への仕込み”を目的に、偽装した業者が出入りしていた可能性がある。すでに“黒いキャップの男”以外にも複数の工作員がいるのか——。
4. さらなる紙片「松下ファイルを探せ」
駅構内のごみ箱から、またしても手書きのメモ用紙が発見された。そこには、 > 「松下ファイルを探せ。草薙こそ本丸」 と記されている。 (松下ファイル……松下茂が最期に持っていたと言われる、耐震工事や再開発の不正を裏付ける資料のことか?) 黒いキャップの男が逮捕されてもなお、“真犯人”の一味が松下ファイルの在処を探しているのだろうか。あるいは、松下が駅のどこかに隠した可能性も捨てきれない。
5. 夜間の闇に浮かぶ影
事件が起きるとしたら早朝や昼のラッシュ時が有力――しかし浜口は、念のため深夜に駅周辺を見回ることにした。駅が閉まった時間帯に忍び込まれれば、配線を弄られてしまう恐れがあるからだ。 そして午前1時過ぎ。夜の草薙駅構内に、一台の車が近づき、複数の男が降りてきたという通報が入る。浜口が駆けつけると、既に車も男たちも姿を消しているが、駅裏のフェンス付近に足跡と工具箱のようなものが落ちていた。 「やはり、組織のメンバーか……黒いキャップの男の仲間かもしれない。駅の安全を確保するには、内部協力者を洗い出すしかないな」
6. 緊急ミーティング——内部犯か?
捜査本部は再度、鉄道会社側に掛け合い、現場のメンテナンススタッフや社員をリストアップして事情聴取する。すると、「F技研サービス」との取引を担当していた部署から、気になる証言が飛び出す。 「実は、松下茂さんが亡くなる直前に、“草薙駅の補修計画”に不自然な点があると苦言を呈していました。上層部からは“あまり突っ込むな”と言われたようですが……」 (やはり会社幹部の中に、松下を黙らせようとする動きがあった。それが黒いキャップの男たち“実行部隊”を呼び込んだのか?)
7. 草薙駅での時間操作、再び
翌日の昼下がり、草薙駅で列車を待っていた乗客が、「電光掲示板が数分遅れの時刻を表示していた」と騒ぎ立てる。駅員が確認するころには元に戻っており、デジタル表示には異常がない。 (ほんの短時間だけ表示が改ざんされた? 今回は大混乱には至らなかったが、相変わらず仕掛けが続いている……) しかも、防犯カメラの一部が一瞬ノイズに覆われ、外部からのハッキングなのか物理的な細工なのか判然としない現象が起こる。 (“真犯人”たちは、黒いキャップの男が捕まった後も巧みに駅を操作している。どこに本拠がある?)
8. 監視カメラに映る“意外な人物”
夜、捜査員が前日の防犯カメラ映像を解析していると、駅の裏口近くに鉄道会社の社員らしき人物が映り込んでいることを発見する。顔まではっきり見えないが、着ている制服や社章が確認できる。 時間は終電後の深夜1時ごろ。通常、社員がこんな時間に駅へ来ることはあり得ない。さらに、その人物がスマートフォンを操作しながら暗がりで誰かとやりとりしているような仕草が映っていた。 「やはり内部協力者か……黒幕か、それとも下っ端か」 浜口は緊張感を高める。会社内部の裏切り者が、松下を葬り去り、駅の時間トリックを利用している組織と繋がっている可能性は濃厚だ。
9. 決定的証拠の気配
同時に、黒いキャップの男から押収したスマホの解析が進み、一部メールに「草薙で“松下ファイル”が保管されている」との記載があることが判明した。 “松下ファイル”――松下茂が命を懸けて掴んだ不正の証拠。もしそれが草薙駅のどこかに隠されているなら、被害者の死の謎を解き明かす鍵となるだろう。 「駅構内のどこか、あるいは駅周辺施設か……。奴らはそれを探していたのか。先日の夜中の侵入も、実はそれが目的だったのかもしれない」
10. “真犯人”との対峙は迫る
こうして草薙駅は、耐震工事の不正を裏付ける“松下ファイル”が隠されているかもしれない場所として、さらなる注目を集めることに。 黒いキャップの男は捕まったが、彼は“実行役”に過ぎず、指示を出した“上”がまだ自由の身で暗躍している。しかも、内部協力者が駅内に潜むようで、依然として“時間操作”を繰り返すリスクが残っている。 浜口は、草薙駅を徹底的に捜索するとともに、会社幹部やF技研サービスの関係者をさらに洗い出す方針を固めた。ここで“真犯人”の尻尾を掴まなければ、松下茂の死は闇に葬られる危険がある。
“時間の罠”と“利権の闇”は、最終盤に近づいている。松下が残したファイルをめぐって、駅の一角で最後の仕掛けが動き出すのか、それとも刑事たちが一歩先んじて真相を暴くのか——。 草薙駅での捜査が、事件の結末を大きく左右しようとしている。
次回予告
“草薙駅”に隠された松下ファイル。深夜の監視カメラに映る謎の会社社員。黒幕の正体と耐震工事利権の繋がりは、ついに明らかになるのか?**第十二話「草薙駅、松下ファイルに刻まれた秘密」**で、新たな展開が待ち受ける。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の第十二話です。前回(第十一話「草薙駅、迫り来る真犯人との対峙」)で、刑事・浜口修一は“黒いキャップの男”を逮捕するも、実行役に過ぎないと判明。駅内部に“協力者”がいる形跡や、会社内部の幹部が耐震工事の不正利権に関わっている疑惑も浮上し、被害者・松下茂の死に深く絡む「松下ファイル」が草薙駅に隠されているかもしれない事実が示唆された。この回では、いよいよ松下ファイルの実態と“真犯人”の姿がより濃厚に見えてくる。舞台は再び草薙駅である。
第十二話 「草薙駅、松下ファイルに刻まれた秘密」
1. 草薙駅に続く捜査線
草薙駅は、静岡鉄道沿線の中でも乗客が多く、JR線との乗り換えにも利用される重要な駅だ。周辺には大学やスポーツ施設があり、朝夕には学生や会社員が往来して、いつも賑わっている。 すでに逮捕された“黒いキャップの男”は、自分が実行役に過ぎないことを頑なに主張するばかりで、松下茂殺害や耐震工事不正の全容については多くを語らない。だが、そのスマホデータから「松下ファイルが草薙駅にある」という断片的なメモが見つかり、事件解決の決定打となる可能性が示唆されていた。
刑事・浜口修一は、草薙駅にて続行中の捜査本部に合流し、改めて指示を出す。 「黒いキャップの男を逮捕しても、駅の内部を自由に動ける協力者が残っている可能性は高い。もし松下ファイルが駅のどこかに隠されているなら、それを回収しようとする動きがあるはずだ。駅構内・周辺施設の徹底捜索を続けよう」
2. 同僚の証言が示す“経理データ”
その朝、松下の同僚だったという人物(会社の経理部門にいた女性)が捜査本部を訪れた。彼女が言うには、松下は生前「鉄道会社とF技研サービスとの契約書類」を手に入れ、それに関連するデータを“松下ファイル”としてまとめていたという。 「松下さんは“草薙駅に関わる補修工事が特に不自然”だと言っていました。書類の名目上は“小規模補修”なのに数千万円単位の請求があったり、資材や人件費の項目が二重計上されている形跡があったり……。それが“耐震工事”の名目で通されるみたいで、上層部が黙認していると怒っていました」 もしその書類のオリジナルや、データをまとめたUSBなりハードディスクなりが「松下ファイル」としてどこかに隠されているなら、会社の不正を一気に暴く決定打になるはずだ。
3. 行き詰まる配電室の捜索
草薙駅の捜査において要注意なのは、配電室や倉庫、駅長室など、駅設備を操作できる場所だ。すでに複数の駅で、外部からこじ開けられた形跡が見つかっており、内部協力者が鍵を貸与している可能性もある。 この日、浜口は配電室を再度調べるが、大きな異常点は発見されない。メンテナンススタッフも「最近は夜に侵入されていない」と口をそろえる。ただし、監視カメラに不明なノイズが入る現象はまだ時折起きているらしい。 (やはり犯人側が、外部からリモートでアクセスしているのか? あるいは駅員の中の誰かが操作をしている?)
4. ホーム下の“非常口”に残された痕跡
昼過ぎ、浜口の部下が緊迫した声で連絡してくる。 「浜口さん、ホーム下の非常口付近で何かをこじ開けた形跡があります! 掃除道具の倉庫みたいですが、普段は使われないスペースです」 慌てて駆けつけると、確かにドアの鍵穴が荒らされており、中には古い備品や箱が積まれている。そこを物色したような形跡があるが、特に目ぼしいものは残っていない。 「もし松下ファイルを探していたのなら、ここが“隠し場所候補”だった可能性もある。あるいは、犯人たちが別のものを仕込んでいったか……」
5. 不可解なメモ用紙:8:32再び
ホームのベンチ下から例の手書きメモが見つかった。そこには「8:32 草薙 → 清水」と書かれている。 静岡鉄道にはそんな時刻の便はないはずなのに、また“8:32”という数字が出てくる。松下が残したメモや犯人側のチラシにも幾度も登場したこの時刻は、連続トリックの要と見て間違いない。 (まさか清水方面に向かう列車を、駅の時計や案内表示で“8:32発”に見せかけて、事故や混乱を起こそうとしているのか?)
6. 駅長室の報告:清掃業者の出入り
草薙駅の駅長が浜口に打ち明ける。「先週、清掃業者が夜間作業に入ったのですが、やけに長時間駅内をうろついていたとの報告があります。鍵を預けたのは会社本部ですが……」 (清掃業者を装った人物が、松下ファイルを探したり、配線を改ざんしたりしていたのかもしれない。内部協力者が鍵を手配すれば、夜間の駅を自由に動ける……。)
7. 浮上する会社幹部の名
捜査一課の分析班から新たな連絡が入る。黒いキャップの男のスマホにあった連絡先データを解析した結果、鉄道会社の経理担当役員とされる人物の電話番号が登録されていたという。 「名前は下田(しもだ)。同じ経理部門の高官だそうです。“耐震工事の予算管理”に深く関与しているらしい。松下茂と同じ部署に近い立場だった可能性もある」 もし下田が黒いキャップの男を雇った側――つまり“真犯人”であれば、松下を危険視して消した動機が成立するし、駅の内部操作を指示できる立場にもいるはずだ。
8. “下田”への疑念と取り調べへの準備
会社本部に確認してみると、下田役員は「先日から体調不良を理由に出勤していない」とのこと。連絡は一切つかないらしい。 (逃げているのか? あるいは水面下で何かを進めている?) 強制捜査を行おうにも、まだ確固たる証拠がない状態。松下ファイルを見つければ一気に動けるが、現時点では尻尾をつかめていない。
浜口は「この下田という人物が松下ファイルの在処を把握している可能性がある。あるいはファイルが草薙駅にあると確信し、それを自分の手で奪おうとしているのでは?」と推理を巡らせる。
9. 深夜、動き出す“もう一人”
夜の草薙駅。終電後、人気が消えたプラットホームに影が動く。警備を続けていた捜査員が、ホームの隅で懐中電灯を手にする人影を捉える。 「そいつ、駅員服を着ていますが、顔がはっきり見えない……声をかけましょう」 刑事が近づこうとすると、男は物音に気づき、慌てて暗闇へ走り出す。すぐに捜査員が追うも、結局取り逃がしてしまう。 ホームの床下スペースには乱れた跡があり、またしても何者かが「松下ファイル」を探した形跡かもしれないが、何も残されていない。
10. 思わぬ発見「保管ロッカーの二重底」
翌朝、駅員が「駅舎の保管ロッカーが開かない」というトラブルを報告してくる。鍵が合わず、ダイヤルロックも勝手に変えられているらしい。 浜口が業者を呼んでロッカーをこじ開けると、中は空っぽだが底板が微妙に浮いていることに気づく。 そこを外してみると……一枚のUSBメモリが挟まっていた。 「これが松下ファイルか……?」 すぐに捜査本部がデータ解析を始めると、中には複数のPDFや表計算ファイルが並んでおり、“草薙駅補修工事の真実”を示す書類と、他駅の耐震工事にまつわる疑惑が克明に記されていた。 金額の水増し方法、F技研サービスの実態、会社幹部と不動産業者との金銭授受記録——まさに“決定的証拠”と呼べる内容だ。
松下ファイルに刻まれた秘密
耐震工事の名目
実際には小規模な補修で済む箇所を“老朽化甚大”と虚偽申告し、多額の工事費を計上。
その差額をF技研サービスが受け取り、一部を会社幹部や関連業者にキックバック。
松下が掴んだ特定の契約書
草薙駅をはじめ、柚木駅や県立美術館前駅にも同様の虚偽見積もりが流用されている。
鉄道会社経理担当の下田の名前が数多く登場し、幹部連中のハンコも押されている。
“時間操作”の狙い
工事の日程や列車ダイヤを混乱させ、メディアや利用客の注目を逸らしつつ、裏で不正を進める狙いが記されている。
さらに“黒いキャップ”の男の実行チームが“事故”を偽装し、松下を追い詰める計画もチラリと示唆されている。
「新静岡駅での5分進み、桜橋駅13:05、8:32トリック……」などのメモが散見され、まさに今回の連続事件の全貌を物語っていた。
大詰め、真犯人の名前は?
浜口と捜査員たちは、このUSBこそ松下ファイルであり、“松下茂が必死に残そうとした真実”だと確信する。 そこには下田を筆頭に、鉄道会社の取締役クラスのサインや社判が押された書類が添付されており、補修工事の関係者リストにはF技研サービスの代表者の名前も確認される。 (ついに黒幕の顔ぶれがはっきりした……!)
ただ、当の下田は“体調不良”を理由に行方をくらましている。F技研サービスの代表も所在不明。捜査令状を手配すれば、これらの人物を一斉に逮捕できる見込みが出てきた。 「松下はこのUSBを駅のロッカー底に隠して、仲間か警察に渡すタイミングを伺っていたんだろうな。だが、彼は新静岡駅で事故を装われて殺された……」
次なる一手へ
草薙駅でついに松下ファイルを発見し、事件の全体像がようやく形になろうとしている。しかし、真犯人たちを追いつめるのはこれからだ。 黒いキャップの男の背後にいる組織——会社幹部とF技研サービスの代表、そして行方不明の下田。彼らが“最後の時間操作”や“工事計画の完遂”を狙っていないとも限らない。 (まだ駅は複数残っている。終点の新清水駅に至るまで、何か“フィナーレ”を仕掛けるつもりかもしれない……)
こうして、松下ファイルという切り札を手にした浜口たちは、事件解決へ向けて最終局面を迎えようとしていた。果たして耐震工事の不正利権と、駅を狙う“時間トリック殺人”の首謀者は誰なのか。 草薙駅に刻まれた秘密は、鉄道会社の闇を暴く大きな一歩となったが、最後の抵抗が待ち受けている予感がしてならない。松下の無念を晴らし、連続殺人と不正を止められるのか——物語はさらなる緊迫へ進む。
次回予告
松下ファイルの実態がついに明るみに出た。会社幹部・下田、F技研サービスの代表——全員に逮捕状を準備すべく、警察は動き始める。だが、終点・新清水駅へと向かう路線上では、いまだ“最後の時間トリック”が仕込まれているとの情報も。松下の無念を晴らすため、浜口修一は一気に事件の完結を図る。**第十三話「新清水駅、終着の罠に揺れる時間」**へ、物語はいよいよクライマックスへ——。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の第十三話です。前回(第十二話「草薙駅、松下ファイルに刻まれた秘密」)で、刑事・浜口修一はついに“松下ファイル”を発見し、不正な耐震工事や再開発計画を裏付ける証拠を入手。これにより、会社幹部・下田らが黒幕として関わっている可能性が極めて高まった。だが、逮捕状を準備する間も、“組織”は最後のあがきを見せるかもしれない。いくつもの駅を騒乱に陥れた“時間操作”の連続犯行は、本当に終息するのか。そして、最初に犠牲となった松下茂の死の真相はいかに。今、捜査の焦点はついに新清水駅――この路線の終点へ。そこで待ち受ける“終着の罠”とは何か。
第十三話 「新清水駅、終着の罠に揺れる時間」
1. 新清水駅の存在感
新静岡駅からスタートし、多くの駅を舞台に繰り広げられた“時計操作”や“耐震工事の不正”。その終着点ともいえる駅が新清水駅だ。路線の終点であり、静岡鉄道のもう一つの中心ターミナル。乗客数は決して少なくない。 もし“犯人組織”が最後に大掛かりなトリックを仕掛けるなら、利用者の多い新清水駅は格好の標的。松下ファイルの存在によって会社内部の巨悪が揺れている今、彼らは何としても“証拠隠滅”と“利権確保”を完遂しようと動くはずだ。
2. “下田”の行方
捜査が進む中、会社の経理担当役員・下田が消息不明になっている事実が浮上した。家にもおらず、携帯も通じない。 松下ファイルには、下田が黒いキャップの男(すでに逮捕済み)と連絡を取っていたログや、多額の不正資金をコントロールしていた証拠が記されている。 「もし下田が“真犯人”だとしたら、新清水駅を含む沿線全体の利権を仕上げるため、最後の一手を打ってくる可能性がある」 浜口はそう考え、警戒体制を強化する。会社本部にも捜査令状を準備し、幹部の逮捕に踏み切る段取りを急ぐ。
3. 不穏な立ち入り記録
新清水駅の駅長室を探ったところ、ここ数日で「深夜にメンテナンス立ち入りがあった」という記録が複数見つかった。いずれも「F技研サービス」名義だが、詳細な作業報告は一切残っていない。 「またその偽装業者か……。新清水駅の時計や放送設備は、すでに細工されていると見たほうがいいな」 捜査員たちが制御室をチェックすると、電源ボックスのネジが緩められたり、配線が一部差し替えられたりしている痕跡が見つかる。これを放置すれば、大混乱を誘発する“時間操作”が容易に行える状態だろう。
4. “フロア改修”の名目
さらに、駅ビルの一角で「フロア改修」と称して工事用シートが張られているスペースがあることが判明。ここ数日、業者が頻繁に出入りしているが、具体的に何を工事しているのか明確な看板もない。 「耐震工事やフロア改修という“形だけ”の名目で、実は裏取引や証拠隠滅をしている可能性もある。あるいは駅ビル内の動線を仕切って乗客を混乱させようとする狙いもあるかもしれない」 浜口は駅ビル管理者に協力を求め、工事エリアの急な立ち入りを行うが、そこには作業用具が散らばっているだけで決定的な“犯行の証拠”は見つからない。
5. 午前の“時刻表異常”
不安は的中するかのように、新清水駅で朝のラッシュ時に“時刻表異常”が発生。電光掲示板が突如「8時35分発車予定」と表示するも、実際は8時30分の列車が既に出たあとのタイミングであり、乗客がホームに殺到する騒ぎとなる。 幸い、捜査員が乗客を落ち着かせて事なきを得たが、これまでの事件と同じパターンだ。犯人たちは依然として駅設備を遠隔操作しているか、内部から操作している。 (下田か、その部下か……。まるで“最後の抵抗”のように感じる。)
6. 来訪者「俺は何も知らない!」
その日の昼下がり、駅の改札口にスーツ姿の男が駆け込んでくる。顔は青ざめ、挙動不審。駅員に「浜口刑事はどこだ」と問う。 彼は鉄道会社の経理部門に属する秋吉という男性。松下の後輩だったらしい。 「下田さんが『全て押し付けられそうだ、逃げろ』って連絡を寄越してきたんです。僕は本当に何も関与していないんですが、ここ数日監査の資料を勝手に改ざんさせられたり……もう限界です! とにかく、浜口さんに真実を話そうと……」
秋吉の証言から、どうやら下田は自分が追い詰められているのを悟り、会社の部下を巻き込もうとしているらしい。黒いキャップの男が逮捕されたことで計画が破綻しそうになり、パニックに陥っている可能性が高い。
7. 追いつめられた“首謀者”下田
夕方、浜口の携帯に着信が入る。非通知だが、聞き覚えのある中年男性の声。 > 「……あんたが浜口刑事か。俺は下田だ。どのみち会社は崩壊する。松下ファイルを手に入れたらしいな……だが、もう遅い。耐震工事の金は俺たちが握っている。駅なんぞ好きに操作してやるよ」 明らかに錯乱気味で、捨て鉢になっている様子だ。「最後の時間トリックで、一花咲かせてやる」とまで言い残し、通話は切れた。
8. “最後の時間トリック”の予告
捜査本部は、下田が“新清水駅”で大型テロ級の混乱を起こす計画を持っていると判断し、深夜の警戒をさらに強化する。 もし駅のアナログ時計や配電設備、さらに改札や案内放送が同時に操作されれば、客を大混雑させたり列車の進入を誤認させたりできるだろう。 (新静岡駅以来の一連の事件を総合すれば、これが“終着の罠”と呼ぶにふさわしい。)
9. 深夜の駅ビル、対峙の時
深夜0時を回り、終電が終わった静かな構内で、警戒に当たる浜口はホーム下の倉庫近くで人影を捉える。そっと近づくと、そこにいたのはスーツ姿の中年男性。駅の設備扉をいじっている。 顔を上げたその男こそ、下田本人だった。表情はやつれ、焦燥感に満ちている。 「下田……おとなしくしろ! これ以上、駅を乱す真似はやめろ! あんたの不正は既に松下ファイルで明るみに出てる。逃げても無駄だ!」 浜口が拳銃を携えながら一喝する。下田は手を震わせながら苦笑する。 「そうか、松下の野郎め……。だが、俺が捕まっても会社が全部クリーンになるわけじゃない。俺は上に従っていただけなんだ……。そこにはさらに大きな……」
10. 終着の罠、仕掛けたはずの時刻が……
その瞬間、ホームの電光掲示板が不自然に点滅し、時刻が数分進んで表示される。下田が抱えていた端末から信号が出ているのか、あるいは遠隔でプログラムが走ったのか。 しかし、浜口の合図で待機していた捜査員が速やかに電源を遮断し、トラブルを回避する。ホームの改札に集合していた客は既に帰宅し、人影はない。大惨事は起こりようがない状態だ。 「くそっ……!」 下田は完全に追いつめられ、床に膝をつく。こうして新清水駅に仕掛けられた“最後の時間トリック”は未遂に終わった。
下田はその場で逮捕される。すでに捜査本部は逮捕状を用意しており、連続“駅の時計操作”事件の首謀者の一人として取り調べられることに。松下殺害についても疑いが濃厚だ。
松下茂の死の真相
翌日、下田からの供述が始まる。驚くべきは、「自分が直接松下を手にかけたのではなく、黒いキャップの男に“事故に見せかけて葬れ”と指示を出した」ということ。つまり殺意は下田にあった。 耐震工事利権を暴露される危険が高まり、会社上層部と共謀して松下を始末しようと考えたが、思いのほか駅の時計操作がエスカレートし、複数の駅で事故未遂を連発させる状況になってしまった――という。 「俺は会社を守るためと思ってやったんだ……。なのに、いつのまにか大ごとになって……」 下田は錯乱気味に喚くが、もはや言い訳は通用しない。人を死に追いやった責任は重い。
組織的共犯
取り調べが進むにつれ、鉄道会社の幹部ら数名も不正利権に関与していた事実が明るみに出る。F技研サービスは、実態のない下請け工事を“水増し”する窓口として利用されていた。 松下ファイルが表に出れば、社長や幹部クラスの責任問題にも波及するが、多くは逮捕や辞任を余儀なくされるだろう。“時間トリック”による連続事件は、耐震工事利権の闇を完全に暴く形となった。
終着——新清水駅
こうして、新清水駅での最後の罠は事前に阻止され、主犯格の下田をはじめ、会社幹部や偽装業者が次々と摘発される運びとなる。 松下茂は、不正を暴こうとして命を落とした悲劇の人物となったが、彼が隠したファイルが事件解決の糸口となり、多くの被害が拡大する前に食い止められた。 それでも、松下を直接救うことはできなかった。しかし刑事・浜口修一は、彼の意思を継いで会社の浄化を実現しようと、最後まで奔走したのだ。
心に響く“時刻”の意味
数日後、新清水駅の改札口。朝の光の中、浜口は改めて駅のアナログ時計を見上げる。 (いくつもの駅で狂っていた時間が、今は正常に戻っている。もう二度と、この針が人の命を奪うことはないと信じたい……) ふと頭をよぎるのは、松下が手帳に記した“8:32”や“13:05”という幻の時刻。わずかな時間のズレが人の運命を大きく左右する事実を、今回の事件は残酷に突きつけた。 捜査を通じて得られた大きな教訓。組織的な不正に立ち向かう者がいたからこそ、終着駅での悲劇は最小限に抑えられた。
エピローグへの道
こうして、一連の“静岡鉄道タイムトリック殺人事件”は幕を下ろすこととなる。 - 黒いキャップの男:逮捕。駅ごとの時計操作を担当し、人々を混乱に陥れてきた実行犯。 - 下田:会社の経理担当役員。松下を殺害させ、不正利権を守ろうとした首謀者の一人。 - F技研サービス:偽装工事や水増し費用の受け皿。会社幹部と繋がり、耐震工事を利用した利権を乱用。 - 松下茂:不正を暴こうとした末に“駅の時計トリック”で命を落としたが、そのファイルが決定的証拠として事件解決の切り札となった。
乗客を巻き込む恐ろしい“時間操作”と、不正利権が深く結びついたこの犯罪は、静岡鉄道の経営陣にも大きな衝撃を与え、今後の企業改革を余儀なくされるだろう。 浜口修一は、新清水駅から出発する列車を見送りながら、胸の中で静かに誓う。二度と、このような“時間の罠”が誰かの命を奪うことがないように、と——。
次回予告(エピローグへ)
連続タイムトリック殺人事件は収束へ。黒幕たちが逮捕され、静岡鉄道の不正は大きく明るみに出た。しかし、事件後の“日常”はどう変わるのか。駅の時計は、失われた命や壊れた信頼をどのように刻み続けるのか。**最終エピローグ「静岡鉄道に再び正しき時を」**で、本編の締めくくりを描く——。
以下は「静岡鉄道タイムトリック殺人事件」の最終エピローグです。前回(第十三話「新清水駅、終着の罠に揺れる時間」)で、一連の事件の首謀者である会社幹部・下田が逮捕され、耐震工事利権をめぐる不正と“時間トリック”による殺人計画が明るみに出ました。被害者・松下茂が命をかけて守ろうとした“決定的証拠”は、鉄道会社を大きく揺るがし、再生の道を歩ませるきっかけにもなったのです。
最終エピローグ 「静岡鉄道に再び正しき時を」
1. 事件からしばらく後の朝
晩秋の朝、新静岡駅のコンコースには以前にも増して穏やかな空気が流れていた。駅の大きなアナログ時計は、いまや誤差なく正確に時を刻み、デジタル表示とのズレも見られない。 通勤ラッシュの乗客たちが足早に改札へ向かい、ホームからは変わらぬ電車の出入りが続く。だが、その風景の奥には、最近まで“駅の時計が狂わされ、人命が危険にさらされた”という事件の面影がうっすらと残っている。 刑事・浜口修一は久々に私服姿で改札を通り、ホームの端に立ってレールを見つめた。騒動が収束し、警察が主犯や関連幹部を一斉検挙してから、もうすぐ数週間が経つ。
2. 残された傷痕と再生
耐震工事の不正利権に関わった会社幹部や業者は軒並み立件され、裁判を待つ身となっている。経理担当役員・下田をはじめとする関係者の口から、さらなる不祥事が次々と明るみに出る見込みだ。 事件の被害者・松下茂の名は、社内ではいまや“真実を追い求めた英雄”のように扱われつつある。だが、彼の命が戻ってくるわけではない。 「松下さんがあそこまで追及しなければ、不正はずっと闇に葬られていただろう。危険を承知で立ち向かった勇気が、事件を終わらせたんだ……」 そう語る元同僚たちの声も、少しずつ社内外に広がっている。
3. 鉄道会社の改革
大規模な不正が発覚した鉄道会社は、経営陣を総入れ替えする非常事態に突入した。社長や幹部クラスの辞任が相次ぎ、新しく設置された外部監査チームによって“耐震工事”や“再開発”の計画は白紙に戻される。 幸い、路線の運行そのものは他の社員たちが必死に支え続けたため、大きな混乱にまでは至らずに済んだ。駅員たちも、「もう二度と“時計のズレ”を放置するような事態は起きない」と固く誓い合っているという。
4. 路線を巡った時間の罠と、その余波
改めて振り返ると、事件は新静岡駅から始まった。 - 日吉町駅、音羽町駅、春日町駅……各駅を移動しながら複数のトラブルを誘発し、犠牲者や事故未遂を重ねた“時計操作”。 - 桜橋駅、柚木駅、狐ヶ崎駅、御門台駅、県立美術館前駅、草薙駅と、ほぼ路線全体を巻き込む形で連続して行われた“時間テロ”。 - 最終的に新清水駅での“大仕掛け”が阻止され、黒いキャップの男と会社幹部・下田が逮捕された。
あまりに多くの駅が舞台となった連続事件は、地元メディアでも大々的に報じられ、沿線住民にはまだ動揺が残っている。「わずかな時刻のズレが、あんなにも危険なのか」と恐怖する声は少なくない。
5. 浜口修一、最後の報告
ある晴れた昼下がり、浜口は捜査資料をまとめて上司に提出し、一連の事件が“解決”したと報告を終えた。しばらくの捜査後処理を経て、実務的にはこの事件は結末を迎えたのだ。 「松下ファイルによって組織ぐるみの不正は崩壊し、駅を使った“時間トリック”による殺人計画も阻止できた。あとは裁判の場で裁かれていくだけだ……」 それでも胸の奥にわだかまるのは、被害者・松下の命を救えなかった無念。わずか数分や数秒のズレが人を死に至らしめる残酷さを、浜口は痛感した。
6. 正しき時を刻む駅の風景
事件後の改修を終えた各駅では、アナログ時計とデジタル表示の一致を徹底管理する新しいメンテナンス体制が整えられ、複数のセキュリティ機能が追加された。 特に象徴的だったのは新静岡駅の大きな時計の“秒針”が以前よりも落ち着いた動きを見せている点だ。駅員の細かなチェックや、専門業者の定期メンテナンスが行き届き、“誤差を見逃さない”姿勢が浸透しているのだ。
7. 失われた命から学ぶもの
捜査終了から数週間後、浜口はひとり、桜橋駅のホームに立っていた。春が近づくにつれ、駅名の由来ともなった桜の花が蕾をつけはじめ、満開まではもう少し時間がある。 ここ桜橋駅での「13:05」をめぐるトリックが、松下が追いかけた不正の一端を象徴していたことを思うと、どうにもやりきれない感情がこみあげる。 (わずかな時刻のズレが人の行動を大きく狂わせる……その恐ろしさを、松下の死を通じて学ばされた。彼の犠牲は決して無駄にしてはならない。)
8. 静岡鉄道の新しい一歩
事件の衝撃を受け、静岡鉄道の新経営陣は「地域と連携した再出発」を掲げ、沿線活性化に向けた数多くの改革案を提示した。 - 監視カメラや配電設備のセキュリティ強化。 - “耐震工事”の見直しと、本当に必要な箇所への正当な予算投下。 - 不正が起きにくい社内監査体制の整備。 地元住民や沿線ユーザーの不安を少しずつ解消しながら、鉄道会社は前を向こうとしている。
9. 浜口の想い
事件の処理を終えたある朝、浜口は改めて新清水駅に足を運んだ。ここが終点、そしてあの“最後の罠”が仕掛けられた場所だ。 ホームに降り立ったとき、ふと振り向くと、そこには静岡鉄道の全線図が掲示されている。事件で取り上げられた各駅の名が連なり、そのすべての駅で“時刻”が歪められたというのが信じられないほど、今は平穏な風景が広がっている。 (松下さん……不正は暴かれましたよ。時計はもう狂わない。あなたが守ろうとした正義は確かに報われました。)
10. “正しき時間”は流れ続ける
列車が新清水駅を発車し、再び新静岡へ向けて走り出す。レールの上を滑るように進む電車は、これまでどおり時刻表どおりに運行する。今のところ“狂い”は一切ない。 あの忌まわしい時間操作を思えば、普通に電車が運行し、乗客が安全に行き交う光景は奇跡のようにも見える。 刑事・浜口修一は微笑を浮かべ、静かに改札を出た。これから先、どんな闇が待ち受けても、もう“時計”を狂わせて人を陥れるような犯行を許さない——そう心に刻みながら。
終幕
こうして、15駅を巡り展開された“静岡鉄道タイムトリック殺人事件”はすべての“真実”を露わにした。 - 組織的な耐震工事の不正利権と、それを隠すために動員された駅の時計を狂わせるテロ行為。 - その渦中で命を落とした松下茂の“覚悟”が、最終的に大きな不正を暴き出す結果となった。 - 鉄道会社は改革を約束し、沿線住民は再び“正しい時刻”を安心して信じられるようになる。 - 刑事・浜口修一は、“時刻表と人命”の尊さを改めて噛みしめ、次なる日常へと歩みを進めていく。
今、静岡鉄道の時計は正確に時を刻み続ける。 もう二度と、その針が人々を死へと誘うことはないように。 そして、事件が残した学びを胸に、列車は今日もレールの上を駆け抜けていくのだった。
――完――
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