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先駆者たちの閃光

  • 山崎行政書士事務所
  • 7 時間前
  • 読了時間: 6分



1. ニュースの衝撃 西暦2026年、春。 カリフォルニアの海沿いの街では、霧がかった空に朝陽が差し始めている。ホテルのロビーで新聞を広げたエマ・キルステンは、目を奪われる見出しを見つけた。 「NIF、再び純エネルギー増達成――レーザー核融合でQ=1.9を記録」 そう、2022年末に世界を驚かせたアメリカのNIF(国家点火施設)の“初の燃料エネルギー増”から約4年。つい先日、NIFのチームが慣性閉じ込め核融合でさらに上積みの出力を確認したのだ。エマは震えるような感動を覚える。 「これで、レーザー核融合が確かな成果を重ねたってこと……。世界中が核融合エネルギーの実用化を、また一歩近くに感じるわ」 彼女自身は、磁場閉じ込め型の民間ベンチャー、ノヴァ・フュージョン社の若きプラズマ物理学者である。最近ではトカマク型や磁化標的型での大きな進展が相次ぎ、各国政府や投資家がこぞって資金を投入しているのだ。


2. 企業連合の揺らぎ 同じ頃、Commonwealth Fusion Systems (CFS)やHelion Energyなど多数の民間企業が次々と「数年以内にトカマク原型炉や脈動型核融合炉の実証」を宣言していた。 研究者の間では、**「Fusion Gold Rush(核融合ゴールドラッシュ)」**と呼ばれるほどの活況ぶりだ。 だが、成功への道は険しい。エマが所属するノヴァ・フュージョン社は、高温超伝導コイルによる強磁場トカマクの小型化を売りにしていたが、シミュレーションを現実化する段階で装置の不安定が頻発し、投資家が焦り始めている。 「真空容器の溶断に加え、イオンビームの挙動が想定より暴れ気味……。このままだと出資元への顔が立たない」 そんな声が研究所のあちこちから漏れ聞こえる。


3. エマの決意 エマは、そんな雑然としたノヴァ社の研究棟を今日も早朝から巡回し、設計の不具合を洗い直す。元々は大学院で磁場閉じ込めプラズマの数値解析を専門にしていたが、世界が盛り上がる中で「自分も核融合を実現したい」とベンチャーに飛び込んだ。 彼女の机には、ITER(国際熱核融合実験炉)の建設が続く南仏カダラッシュのニュース写真と、NIFのレーザー点火成功の写真が飾られている。「いつか、この夢が世界中の生活を根底から支える時代が来るはず……」そう信じるからこそ、苦しい研究生活にも耐えているのだ。


4. 2週間後――CFS社からの誘い ある日、エマは突如としてCommonwealth Fusion Systemsからのリクルート連絡を受け取った。 「あなたのプラズマ制御技術を活かしてほしい。私たちの次世代高温超伝導トカマク“SPARX”を一緒に完成させないか」という誘い文句だ。 エマは心が揺れた。ノヴァ社は資金繰りで危うい一方、CFSはMIT系スタートアップでしっかりとした資本や実験設備を持つ。転職すれば安定と、より大きな研究機会を得られるかもしれない。 だが、エマは二の足を踏む。ノヴァ社で苦楽をともにした仲間と、もう少し頑張りたい気持ちもある。何より、自分が今やっている最先端の実験にこそ大きな可能性があると思っているからだ。


5. 予期せぬ火花 そんな迷いが頭を離れないまま迎えたある夜。ノヴァ社の実験棟で次の試験に臨んでいたエマは、真空容器内のプラズマ映像が急に揺らぐのを見つける。 「まずい、磁場が不安定……!」 警報が鳴り響き、プラズマがほんの一瞬で炉壁に接触しようとする。絶体絶命の寸前、彼女は緊急ボタンを押して燃料注入を断ち、制御システムで磁場を補正。ギリギリで大事故を回避した。 装置は停止し、部屋には焦げたような臭いが漂う。チームメンバーが青ざめた顔で集まり、「もう終わりだ、出資が打ち切られるかもしれない」と絶望に包まれる。 そのとき、エマはクタクタの身体に鞭打ちつつも解析画面を見て呟く。「違うわ、これ……きちんと原因を突き止めれば、次の改良に活かせる。あと一度、テストをさせて」


6. 最後の賭け 社内会議でエマは必死に再試験の承認を求めた。多くの重役は「今回でダメなら、会社は解散だぞ」と釘を刺す。彼女は一層、背筋が伸びる思いだ。 すると投資家グループの一人が言う。「レーザー核融合はNIFが目覚ましい成果を出しているし、HelionやCFSもコスト的に有望だ。あなた方にあと一度のチャンスを与えよう。それで成果がなければ撤退する」 エマは唇を噛みながら「必ず成功させます」と誓った。


7. 再試験当日 数日後、深夜。ノヴァ社のトカマク炉“Nova-X”での最後の大規模プラズマ燃焼試験が始まる。外には霧雨が降り、まるで世界の行く末を暗示するかのように照明がぼんやりと映す。 「磁場コイル出力、標準値の110%で回します。プラズマ電流は徐々に増やして……」 エマの声に合わせて、管制室の同僚たちが操作パネルを繰り返し確認する。夜通し整備した補助加熱システムも起動し、炉内には淡い赤みを帯びた光が漂う。 燃焼開始から十数秒が経過。かつてはそのタイミングで不安定モードが起きたのだが、今回は驚くほど安定してプラズマが閉じ込められている。 「Q値……どうなってる?」 隣のエンジニアが興奮ぎみに尋ねると、スクリーンの数字が**1.7…2.1…2.4…**とじわじわ上昇していく。 確かにNIFのレーザー核融合ほどのQ値ではない。だが磁場閉じ込め型としては重要な里程標だ。もし超電導マグネットの改良が進めば、さらに大きい値が狙えるかもしれない。


8. 突然の来訪者 燃焼が終わり、プラズマを無事停止させたとき、管制室の扉が開き、意外な人物が姿を見せた。先日エマをリクルートしようと動いていたCFSのスタッフ、ロランである。 「君たち、やったじゃないか! この成功なら十分に資金を惹きつけるに値する。まだ改良の余地は山ほどあるが、磁場閉じ込めでここまで安定したQ値を出したのは大したもんだ」 エマは呆気に取られたままロランを見つめる。「どうして、あなたがここに……?」 ロランは肩をすくめる。「社の競合なんて関係ないさ。僕は純粋に核融合を愛してるんだ。どんなアプローチでも成功を収めれば、それが人類の勝利だろ?」


9. それぞれの道 翌朝、ノヴァ社の役員会はチームの成果を認め、追加投資の話が少しずつ進み始めた。エマの熱意が社員たちに伝播し、「私たちもNIFやCFSに負けないよう頑張ろう」と意気込む。 一方、CFSのロランからは改めて「いつでも迎え入れる」と言われるが、エマは複雑な笑みを浮かべて「今は仲間たちとNova-Xをもう少し育てたいの」と断る。それでも、今回の偶然の接触で民間企業同士の連携が進むかもしれない。


10. 青い未来へ 世界各地では、NIFの慣性核融合が新たな点火成果を重ね、中国のEASTや欧州のITERもプラズマ時間延長や高温維持で次々とニュースを生み出している。米国だけでなく英国でも民間スタートアップが次世代型コイルを売り込み、投資マネーが勢いよく動く。 技術的・政治的課題は山積ながら、すでに「核融合は絵空事ではない」という認識が人類に広がり始めていた。そこには、複数の実験路や様々なベンチャーの活動が重なり合い、“競いながら協力する”新時代を生んでいる。 夜のラボで、一人残ってNova-Xの炉心を眺めるエマは、かすかな光を思い出す。あの数十秒間、世界が変わる予感を感じた。星の力が地上へ降り注ぐような――。 「まだまだ道は遠いけど、きっと私たちの研究が人類を次のステージに押し上げるはず。NIFもCFSもHelionも、そして私たちノヴァも……みんなで星に追いつこうとしているんだわ」 そう心に誓い、制御室をあとにしたエマの背中を、夜空の星々が静かに見守っていた。地球に、そして人類に、確かな未来を照らすために。


あとがき

本作**「先駆者たちの閃光」**では、2023〜2024年にかけて報じられている核融合の最新動向—— NIF(国家点火施設)の燃料エネルギー増達成 Commonwealth Fusion Systems(CFS)やHelion Energyなど民間企業のトカマク・脈動型開発 高温超伝導コイル・レーザー核融合での投資急増 ——などを背景に、“近未来の民間ベンチャー”という設定で短編SFに仕立てました。

 
 
 

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