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狙われたサプライチェーン

  • 山崎行政書士事務所
  • 7 時間前
  • 読了時間: 4分

 灰色の雲が垂れ込める東京の朝。霞が関のオフィス街の一角にある山崎行政書士事務所の執務室には、緊張感が漂っていた。大手IT企業「エグザ・テック」が、先週突如として発生したサイバー攻撃を機に、山崎行政書士事務所へコンサルティング依頼を行ったのだ。

 山崎行政書士事務所――本業は許認可申請や法人設立など、企業や個人事業主の法的サポートを得意とするが、その裏には精鋭のサイバーセキュリティ・チームが存在する。元警視庁サイバー犯罪対策課のエースだった技術顧問の村瀬を中心に、ホワイトハッカーや元通信会社のセキュリティ専門家などが多数在籍していた。一般には知られていないが、国や大企業がこっそりと高度なサイバーリスク対策を依頼する“秘密部隊”さながらの存在でもある。

 依頼内容は、エグザ・テックが提供している業務管理ソフトに不審な改ざんが行われ、取引先の複数企業が相次いでサイバー攻撃を受けたというもの。サプライチェーンの上流であるエグザ・テックのシステムが汚染された結果、下流の企業へ次々と感染が拡大し、株価は急落。メディアからも「セキュリティ体制の不備」という批判が強まり、エグザ・テックの経営陣は火消しに躍起になっていた。

「村瀬さん、どうやらランサムウェアのような痕跡もあるみたいです」 山崎事務所の若手ホワイトハッカー、香取はノートPCを覗き込みながら言う。「いや、ランサムだけじゃない。これには明らかにスパイウェアの成分も混ざっている。しかも複数のモジュールがありそうだ」 村瀬は疲れの滲む目でモニターを見やり、指先を素早く動かした。新種か、亜種か。感染経路を特定しようとすると、多層化された暗号と隠しフォルダが並び、容易に踏み込ませてはくれない。

 ――この攻撃は単なる金銭目的にとどまらず、狙いは情報そのものだ。そう確信したのは、エグザ・テックの幹部と極秘に面会した際、機密情報の流出が懸念される重大な事案があると告げられたからだ。セキュリティ対策が大企業にしては甘かった、というだけでは説明のつかない行動がいくつもあった。サイバー犯罪者集団だけでなく、国家やスパイ組織が絡んでいる可能性すらある。

 翌朝、山崎行政書士事務所には慌ただしい空気が立ち込めていた。政府筋ともパイプがある山崎に一本の電話が入る。「山崎さん、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)から正式に連絡がありました。エグザ・テック以外にも似たような不正アクセスが複数の企業で確認されているとのことです。これ、想像していたより大規模かもしれません」 山崎は受話器をゆっくり置き、眉間に深いシワを刻む。「大規模」という言葉には、国内経済にも大きなインパクトを与えかねないという意味が含まれているのだ。たかがサイバー攻撃、と一蹴できるものではない。

 同じ頃、村瀬は香取や他の技術者と共に、エグザ・テックが管理しているクラウドサーバのログを精査していた。「やっぱり世界各国のIPアドレスを踏み台にしてる。しかも攻撃者が手間をかけて、時差を利用したスクリプトを走らせているようだ。これじゃあ足取りを追うのは至難の業だよ」 香取は苦々しい表情を浮かべる。一方、村瀬の視線は冷静だった。「だが、完全犯罪なんてありえない。記録が消されても、痕跡がゼロにはならない」

 数日後、ようやく有力な手がかりが浮上した。主要なバックドアのコードに特定の暗号化キーが組み込まれており、それが海外の闇市で売買された既知のマルウェアの改造版と判明したのだ。そこから、ロシアのハッカー集団の名が浮かぶ。しかしその背後には、さらに複雑な企業ネットワークが絡んでいた。

「敵は一枚岩じゃない。むしろ、ある企業や国家が裏で協力関係を築いている可能性がある」 山崎の言葉に、エグザ・テックの社長は動揺を隠せず、顔を青ざめる。「取引先や顧客のデータは守れるんでしょうか……?」「手遅れになる前に、我々が守ります。ただ、抜本的なセキュリティ改革が必要です。古いシステムの刷新、内部監査の強化、そしてサプライチェーン全体での防御ライン構築――。すべて早急に手をつけなければならない」

 社長は大きく息を吐き出し、村瀬と山崎に深々と頭を下げた。日本の経済を支えるトップ企業の一角が、いま壮大なサイバーの闇に足を取られている。その事実を前に、山崎は冷静な瞳の奥に強い決意を宿す。「人も企業も、想定外の脆弱性を抱えている。だが、それを自覚し、対策を講じることで初めて、この国の未来を守ることができるんだ」

 攻撃者たちの影はまだ見えない。けれど、山崎行政書士事務所は“行政手続の代理人”であると同時に、“サイバーの盾”でもある。迫り来るさらなる波を未然に防ぎ、日本の企業と社会を守るため――彼らの静かなる戦いが、今始まったばかりだ。

 
 
 

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