列車が運んだ殺意――行政書士が追う闇ビザの行方
- 山崎行政書士事務所
- 1月6日
- 読了時間: 9分

序章――不可解な依頼
東京・荒川区の下町にひっそりと建つ「柴山行政書士事務所」。こぢんまりとしたガラス戸の向こうに、埃をかぶった観葉植物と、簡素な机が見える。 ある雨の日、傘のしずくを滴らせた東アジア系の男が事務所の戸をそっと開けた。びしょ濡れの髪をかき上げて、男はしわがれ声で言う。「すみません……ビザのことで相談があります。ちょっと人に知られたくない話なんですが……」 柴山次郎(しばやま・じろう)は50代半ばの行政書士。相続手続きや契約書作成、在留資格関連の相談を淡々とこなす、地味だが誠実な性格だ。男の顔を見た瞬間、柴山の胸に不安がよぎった。 名刺には「呉 俊(ウー・シュン)」とある。彼の震える声は、何かしら後ろ暗い事情を抱えていることを窺わせた。
第一章――闇に消えたクライアント
翌週、柴山は呉俊と新宿の入国管理局に行くはずだったが、約束の時間を過ぎても姿はない。電話をかけても留守番メッセージに切り替わり、メールも既読がつかない。「一体、どうしたんだ……」 怪訝に思ったまま、柴山はひとりで新宿へ向かった。手続きを進めるにしても、本人が不在ではどうにもならない。書類を預かっているわけでもないのだ。 やむなく大半の手続きを保留にした帰り道、偶然顔を合わせた行政書士仲間・牧村が耳打ちしてきた。「最近、入管絡みでやばい噂があるんだよ。偽装ビザで外国人を大量に受け入れているフロント企業があるらしい。その裏には暴力団とグルの行政書士もいるって話だ……」 柴山は嫌な予感がした。呉俊の「ちょっと人に知られたくない」案件と、この噂。何か大きな闇がうごめいているのではないか。
第二章――脅迫と奇妙な遺体
そんなある晩、柴山の事務所に差出人不明の茶封筒が届く。中身は1枚の紙切れと写真。 紙には、機械的なフォントで短くこう打たれていた。「余計な詮索をするな。でなければ、お前もこうなる」 添えられた写真は、倒れた男の足元を写していた。顔は映っていないが、街灯の下にうっすらと血痕が見える。 たじろぐ柴山。思わず電話を握りしめるが、110番するべきか迷った。法に仕える行政書士ではあるが、殺人の匂いがする事件に首を突っ込むのはまさに危険すぎる。 ほどなくして、警察から思わぬ連絡が入る。柴山の名刺を持った遺体が発見されたというのだ。場所は荒川の河川敷。まだ身元は特定されていないが、アジア系の風貌という話だった。 柴山の背筋に冷たいものが走る。「もしかして、呉俊……?」
第三章――刑事・鳥山の推理
遺体発見現場を管轄するのは警視庁捜査一課の鳥山警部。まだ40代半ばながら鋭い洞察力で数々の難事件を解決し、「新宿署の十津川警部」とも称えられる実力派だ。 鳥山は柴山を呼び出し、遺体を確認させた。だが、柴山が一目見て首を振る。「違います。あの人は……呉さんじゃありません」 死体は確かに東アジア系の男性だったが、呉俊の面影はない。「そうか。しかし、被害者が柴山さんの名刺を持っていたのは事実だ。何か心当たりはないか?」「いえ、僕も戸惑っています。ただ、先日から外国人のビザ案件で不穏な動きがあるという情報を聞いて……そのことでしょうか」 柴山が脅迫状の件を明かすと、鳥山の表情はより険しくなった。「殺人事件とビザ偽装が絡んでいるとなると、普通の犯罪よりやっかいだ。ブローカー、暴力団、闇の宿主……誰が仕掛けてもおかしくない」
第四章――謎のブローカー「趙」の接触
その夜、柴山のスマートフォンに着信があった。非通知。半信半疑で出ると、低い声が囁く。「あなたが柴山先生か。呉俊の件で動いていると聞きました。私の名前は趙(ちょう)。協力できるかもしれない」 柴山が問いただすと、男は要領を得ない。だが、どうやら外国人の就労先を斡旋している“ブローカー”らしい。「実は、あんたの依頼人はもう日本にいないかもしれない。連れ去られたか、自分から逃げたのかは定かじゃないが……」 ブツッ……と唐突に電話が切れる。不審ではあるが、呉俊の行方を知る手がかりになりそうだ。
第五章――殺意が漂う列車
柴山は翌日、鳥山警部に相談し、「趙」というブローカーを誘い出す作戦を考える。ところが、趙から改めて連絡が入り、場所を指定してきた。「明日、上野駅発の特急〈しもつけ〉のグリーン車に乗れ。15時ちょうどに発車する。その車内で会おう」 日本の鉄道を舞台にしたサスペンスさながらの展開。柴山は危険を承知で応じることにする。鳥山は数名の刑事を同行させ、列車内での護衛と尾行を計画する。 だが、特急が発車してしばらくしても、柴山の隣には誰も現れない。緊張が空回りする中、車内放送が流れ、まもなく大宮に到着するアナウンスが。 そのとき――車両の連結部から悲鳴が響いた。「誰か! 人が倒れてる!」 飛び出した乗客たちの先には、血まみれで倒れた男の姿。柴山も駆けつけると、そこにはビジネススーツを着た東洋系の男がうなだれていた。明らかに刺し傷がある。「趙……さん……?」 柴山が呟くと、男はかすかな息で何かを訴えようとしたが、そのまま事切れてしまう。
第六章――捜査線上の“影”と動機
特急は大宮駅で緊急停車。警察や救急が駆けつけ、大きな騒ぎとなる。鳥山警部ら刑事も車内に乗り込んできた。 被害者の男はまさにブローカーの趙であることが判明した。柴山と連絡を取っていた人物だ。「趙が柴山さんに情報を渡そうとした直前で殺された可能性が高い。犯人はこの列車に乗っていたか、あるいは大宮駅で逃げたか……」 鳥山は車内に居合わせた全員の身分確認や防犯カメラのチェックを指示する。しかし、趙を襲った犯人らしき人物は見つからなかった。 一方、柴山には一つ気になることがあった。趙が最後に残した断片的な言葉――“シュン”という発音が聞こえたような気がする。呉俊の“シュン”ではないか。 だが、どんなに記憶を呼び起こそうとしても、その声はかき消されるばかり。
第七章――隠された偽装ビザネットワーク
鳥山の捜査で、趙が関与していた偽装ビザの実態が少しずつ明らかになる。 ・暴力団のフロント企業が存在し、外国人を大量に受け入れて低賃金で酷使する。 ・不法滞在を回避するために、名目上の就労先を捏造して在留資格を得る書類を作成する行政書士がいる。 ・ブローカーの趙は、その橋渡しをしていて、外国人から多額の仲介料を巻き上げる。 趙は組織の一部か、あるいは内情を暴露しようとして命を絶たれたのか。いずれにせよ、一連の動きに“殺人”が関わった以上、単なるビザ偽装の問題では済まされない。「呉俊も、ここに絡んでいる可能性がある。彼は組織の何らかの秘密を握っているのかもな」 鳥山がそう言う一方で、柴山は「呉俊がそんな犯罪に手を染めるとは思えない」という漠然とした思いが拭えなかった。
第八章――もう一つの死体
事態はさらに深刻化する。今度は千葉県内の廃工場で、東南アジア系と思われる若い女性の遺体が見つかった。刺し傷があり、殺害されたことは明らかだった。 その女性が持っていたカバンから、柴山の事務所のチラシが出てきた。かつて、柴山の元を訪れた技能実習生と思われる。「もしかして、彼女も呉俊経由で助けを求めようとしていた……?」 柴山は自責の念に駆られる。もし、もっと早く呉俊や趙と連携していれば、この悲劇を防げたかもしれない。 一方で、こうなると殺人事件が立て続けに起こっている事実が決定的になる。犯人の狙いは何なのか。ビザ偽装ネットワークの隠蔽? 裏切り者の粛清?
第九章――呉俊からの救難信号
そんな中、柴山のもとに突然、国際電話がかかってくる。国番号は……上海? 覚えのない番号だが、受話器を取ると、沈黙の後、掠れた声が聞こえた。「……助けて……柴山さん……」「呉さん!? 呉俊さんなのか?」 だが、その直後、通信が途切れてしまう。場所が特定できない。日本国内からの転送かもしれないし、本当に中国からかもしれない。 柴山は藁にもすがる思いで鳥山に報告。警視庁は国際捜査課にも協力を仰ぎ、少なくとも呉俊がまだ生きている可能性は高いとみて動き出す。
第十章――闇取引の本拠地へ
警視庁の捜査で、暴力団フロント企業が茨城県の港湾近くで倉庫を借り、密かに外国人を集めているという情報が浮上する。そこが偽装ビザを与えられた外国人の“集積所”になっているらしい。 夜、柴山は鳥山と複数の刑事たちとともに茨城の倉庫街へ急行する。街灯もまばらな薄暗い路地には、不穏な空気が漂う。 倉庫の扉をこじ開けて踏み込むと、そこには使い古された机やパイプ椅子が散乱し、異国の言葉が飛び交っていた。逮捕に踏み切ろうとする刑事たち。だが――そこに呉俊の姿はない。
第十一章――暴かれる真相とさらなる犠牲
取り調べで、倉庫にいた外国人たちは口々にこう訴える。「日本人の暴力団に騙され、身分証を取り上げられた。給料もほとんどもらえず、逃げることもできない。ビザが切れたら警察に通報される……」 さらに詳しく捜査を進める中で、偽装ビザの書類を作成していた“ある行政書士”の名が浮かび上がる。 名は日下部(くさかべ)。かつて柴山がセミナーで見かけたことのある人物だ。「彼が、趙などを使って外国人を斡旋していたのか……?」 日下部の事務所を訪ねると、既にスタッフも姿を消し、室内は荒らされていた。パソコンや書類も持ち去られ、緊迫感だけが残る。
第十二章――決死の列車追跡と殺人の結末
鳥山警部は日下部が夜行列車で北へ逃亡するとの情報を得る。捜査陣は柴山に協力を要請し、東北方面行きの特急列車に乗り込む。 深夜、列車が暗いトンネルを抜けると、車内でまたしても悲鳴が響く。「殺人だ!」 駆けつけると、そこには日下部が首をかき切られて倒れていた――既に絶命状態。傍らには、怯えた表情の呉俊が立ち尽くしている。服には返り血が飛び散っていた。「やめてくれ……違う、俺じゃない!」 呉俊が血まみれのナイフを振り落とし、床に手放す。その瞬間、警察に取り押さえられる。しかし、鳥山警部の目は冷静だった。「おかしいな。手の位置と傷口が一致しない。呉俊さんが犯人とは限らないぞ」 さらに捜索すると、客室の片隅から怪しい男が逃げようとしているところを刑事が確保した。暴力団関係者の一人だ。「……こいつだ。日下部が“余計なことを喋る前に”口封じをしたんだろう。呉俊さんに罪をなすりつけるつもりだった」 こうして、殺人事件の真犯人は現行犯で逮捕され、偽装ビザネットワークの中枢の一角も崩れ去った。
終章――新たな道を照らす光
その後の捜査で、呉俊はビザ偽装に反対し、日下部の不正を暴こうとしていたことが判明する。組織から命を狙われ、逃亡を余儀なくされていたのだ。 立て続けに起きた殺人は、趙や日下部という闇ブローカー・行政書士の内部抗争と、秘密を知った外国人たちを口封じするための犯行だった。 呉俊は暴力団に脅されながらも、何とか生き延びることができた。柴山の協力と鳥山警部の捜査により、多くの不法就労・人権侵害が表面化し、数十名に上る外国人が保護される。 事件から数ヵ月後―― 柴山事務所は相変わらず、小さなスペースで地味に営まれている。しかし、あの一件をきっかけに、不正ではなく正当な手続きによって外国人をサポートしたいという依頼が増えていた。 ある日、柴山は訪ねてきた若い女性にビザ関連の書類を手渡しながら、穏やかにほほえむ。「これであなたも安心して働けますよ」 ビザの先にあるのは、人々の暮らしと未来。数々の血塗られた事実を突き付けられた柴山だったが、それでも、法の正道で人を助ける志を失うことはなかった。 ――列車が運んだ殺意の結末は、さらなる闇を呼び覚ますか、それとも新たな始まりを照らす光となるのか。 柴山は、書類の山と向き合いながら、誰にも奪われないこの静かな使命感を噛み締めるのだった。





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