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四笑(よしょう)内閣 ― 連立鍋でございます

  • 山崎行政書士事務所
  • 10月19日
  • 読了時間: 6分


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プロローグ:夜明け前の四脚イス

開票率99%、永田町の会議室は、コーヒーの湯気と沈黙で満たされていた。多数派はどこにもなく、少数の旗が四方からひらひらする。「こうなったら――」と誰かが言った。「イスをくっつけてベンチにしましょう」こうして、自民党・維新・立憲・国民民主の四党は、一本の長いベンチに座ることになった。名前は縁起よく四笑内閣。笑っていれば転ばない、という理屈らしい。

第一幕:マニフェスト鍋

初会合は夜。官邸の食堂に巨大な土鍋が据えられた。「政策を持ち寄りましょう。鍋は国民の胃袋の縮図ですから」鍋奉行に任命された内閣官房“味見”長は、白いおたまで議論をかき混ぜる。

自民の総裁は白菜をどっさり。「安定は繊維質です」維新の代表は唐辛子を握りしめる。「改革は辛くてナンボ」立憲の代表は豆腐と春菊。「権利は崩れやすい。優しく扱って」国民民主の代表は卵を割る。「みんなをまとめるたれ(黄身)です」

ぐつぐつ煮えて、香りは喧嘩し、湯気は合意した。味見長が一口、目を丸くした。「……悪くない。安定の上に辛さ、辛さの上に優しさ、最後に黄身がとじる。胃に落ちるときだけ一体化します」政策もそうだ、と四人は思い、鍋のレシピ第1号――『暫定は胃で決める』――が採択された。

第二幕:四つのマイクと一つの質問

翌日の共同会見。記者の第一問はお約束の「消費税は?」四本のマイクが同時に灯る。

自民「景気見ながら慎重に」維新「思い切ったシンプル化」立憲「逆進性の手当て先に」国民民主「電気代とセットで設計」

司会が青ざめる中、味見長が咳払い。「鍋方式でまいりましょう」答えはこうなった。『景気が冷めている間は弱火、温まったら中火、辛味が強すぎたら卵でとじる』比喩に聞こえるが、資料の脚注に細かな数式がびっしり。記者は笑い、同時に妙に納得した。

第三幕:縦割り迷路ツアー

四党の政策秘書団は省庁を回る。廊下は長く、ドアは多く、判子はさらに多い。「合意を押す欄が四つある……」「いや、五つ目に“全員笑顔”チェックが」味見長の仕業だ。会議が締まらない時は、笑顔のセルだけが空欄になって、電子稟議が進まない仕掛けである。

最初は「ふざけるな」と怒ったが、不思議なことに笑ってもう一度読み直すと、反対理由の半分は蒸発した。残り半分は本当に大事な違いで、そこにだけ火力を上げればいい。

第四幕:五七五の四者協定

大綱をまとめる夜、文案は百二十ページにふくらみ、誰の顔も青い。そこへ味見長が短冊を配った。「詰めの議論は俳句化します。芯だけ残して、言い切ってください」

自民「守りてこそ/攻めの余地あり/国の柱」維新「切り込んで/倒さぬように/支柱立て」立憲「権利には/影もあるから/灯を足す」国民民主「間(あいだ)取りの/術は卵の/とじ加減」

四枚を並べると、なぜか一つの詩に見えた。『守りつつ/倒さぬ改革/灯を足し/間をとじれば/国の柱』誰かが拍手した。ページ数は三枚になり、読める文になった。

第五幕:国会運動会

予算委員会は、かつてない形式で始まった。質問通告のかわりにトラックが引かれ、**“競技で決める論点整理”**が導入されたのだ。

バトン・オブ・エビデンス:資料の信頼度でバトンが重くなる。・障害物コース:想定外事例の連打に耐える。・綱引き:与野党入り乱れて条文を引く。引いた側が修正権を得る。

テレビの視聴率は上がり、野次は減った。汗をかいた議員は意外と話が早い。「次のコーナーは君が内側」と言えば、それは立場の入れ替えだ。お互い相手の靴で百メートル走ってみる――それが四笑ルール。

第六幕:非常ベルと非常識

秋、巨大台風が列島を縦断するという予報が入った。危機管理センターに四人が駆け込む。自民は自治体の古地図を広げ、「ここは堤が弱い」と指を置く。維新はドローンとメッシュ地図で迂回路を描く。立憲は避難所のプライバシー区画を増やせと主張し、国民民主は停電時の地域電源を具体化する。

「優先順位は?」沈黙のあと、味見長がおたまを掲げる。「鍋は火から。命が最優先、次に情報、次に尊厳、最後に回復だ」指揮は滑らかに進み、避難所の仕切りはコンビニと家具屋の協力で二時間で届いた。地域電源は学校の屋上のパネルでまかなわれ、テレビでは四人が同じ地図を指さしていた。“非常識”だと思われていた連立のやり方は、この夜だけはやけに常識に見えた。

第七幕:名づけ会議の乱

嵐が去ると、四人は内閣の正式名称を決めることになった。「四笑では軽すぎると言われました」紙に候補がずらり。『虹』『和』『結』『混ぜるな危険(却下)』

最後は、国会中庭でベンチに腰掛け、紙コップの味噌汁をすすりながら決めた。「ベンチって、いいですね」「誰が端でも、誰かの隣になれる」「真ん中は座りにくいけど、立てば支えになる」「……じゃあ、ベンチ内閣で」笑い声が一つの音になった。

第八幕:終幕、その先

一年後。四人は中庭に同じベンチを持ち出した。擦り傷が増え、色は陽に焼け、座り心地はよくなっている。「達成できたことは?」と記者が問う。「鍋のレシピが十二冊」「議事録が三分の一に」「予算の摘要が一般人語に」「運動会で膝を痛めた議員がゼロに」

「できなかったことは?」四人は顔を見合わせる。「理想を一つにすること」「それは、しないことにした」と誰かが笑う。「理想は四つある方が、国は転びにくい」

この日、ベンチ内閣は自ら解散を提案した。目的は果たした、と言う。置き土産は二つ。一本の長いベンチと、油で少し汚れた土鍋だ。ベンチには小さな金色のプレートがはめ込まれている。『対立は座面、合意は背もたれ。座れば景色が同じになる』

土鍋の底には、味見長のメモが貼ってあった。《作り方》

  1. 具材(政策)は切り過ぎない。形がなければ意見が消える。

  2. 出汁(理念)は混ぜ過ぎない。違いがなければ薄くなる。

  3. 火加減(優先順位)を共有する。誰かが焦げ臭さを訴えたら、必ず耳を貸す。

  4. 最後は卵でとじる――責任の黄身を誰も押し付けない。

ベンチは国会見学に来た小学生が座り、土鍋は時々、地方の庁舎を旅する。「連立鍋、うちでもやってみます」と地域の会議が始まり、町内会の議事録には、いつからか**“笑顔チェック欄”**がつくようになった。

四党はそれぞれにもとの旗へ戻った。だが、旗の裏地には、同じ布が縫い込まれている。ベンチの端と端で、誰かが誰かに小さく手を振る。次の嵐が来るとき、彼らはまた鍋とベンチを持って集まるだろう。――笑っていれば転ばない。四笑の合言葉は、国語辞典の新語欄に載った。

そして今日も、永田町の食堂では、湯気が合意している。白菜は揺れ、唐辛子は踊り、豆腐は崩れず、卵はやさしくとじる。鍋の底から、小さく**「いただきます」**が聞こえた。

 
 
 

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