天然ガス配管への水素混焼(H₂ブレンディング)における**“実効脱炭効果”と材料リスクの両立設計**
- 山崎行政書士事務所
- 10月1日
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――低体積エネルギー密度・計量・圧縮動力・材料劣化を同じ物差しで最適化する実務指針とドラスティック提言――
要旨(Abstract)
H₂ブレンディングは「既存ガス網を活用しつつCO₂を削減する」現実解として注目されるが、脱炭効果は“体積ベース”で頭打ちになりやすく、同時に配管・機器材料の水素適合性、計量の不確かさ、圧縮動力の増加がトレードオフを形成する。本稿は、(1)体積エネルギー密度の差から導かれる理論最大の削減率、(2)圧縮・水力学・計量の負荷増を織り込んだ**“実効”削減率**、(3)鋼材・継手・非金属部材のリスク管理、を一体最適化する実務フレームを提示する。結論は明快で、配電圧力帯の一般配管なら10–15 vol%が“技術経済の曲がり角”、20 vol%で理論7%前後のCO₂削減が上限であり、圧縮・計量・材料適合の追加コスト/リスクを考慮すると最適ブレンドはしばしば10 vol%未満に収れんする。
1. 前提の整備:評価は**“エネルギー等価”**で行う
低位発熱量(代表値):天然ガス(NG)35.8 MJ/Nm³、H₂ 10.8 MJ/Nm³。
“体積で混ぜる”と混合ガスの発熱量は線形に低下。ブレンド比 xxx(vol%)に対し、混合LHV=(1−x)(1-x)(1−x)·35.8 + xxx·10.8。
“燃焼起点の理論CO₂削減率”(ボイラ等のバーナーチップ基準)は、**混合ガス中の“エネルギーベースのH₂比率”**に等しい。
x=5%x=5\%x=5% → 1.56%、10%10\%10% → 3.24%、20%20\%20% → 7.01%、30%30\%30% → 11.45%。
同一熱需要を満たすための体積流量増分:x=10%x=10\%x=10% → +7.5%、20%20\%20% → +16.2%、30%30\%30% → +26.5%。→ 設計・運用は“定エネルギー供給”を前提に、**流量↑→圧力損失↑→圧縮動力↑**の連鎖を織り込む。
2. “実効”脱炭効果:圧縮・計量・リークを足し引きする
実効削減率 ≒ 理論削減率 −(圧縮電力の追加×電力CI) −(水素製造起源CO₂) −(H₂/CH₄リーク分の気候影響)
圧縮動力:体積流量増により所内電力(コンプレッサ駆動)が増加。ケースにより10–20 vol%のH₂で二桁%台の電力増が報告される。圧力比・圧縮機型式・可燃限界対策(希釈・パージ)で振れ幅が大きい。
計量・計算(Z係数・Wobbe):
AGA‑8(従来)を水素高含有域で流用すると、密度・Zの系統誤差が無視できない。GERG‑2008等の適用で補正。
Wobbe indexはH₂添加で低下し、家電・産業炉の互換性がブレンド上限を規制。
戸建・商用メータはダイヤフラム型の多くで精度維持報告がある一方、超音波型は混合条件依存のばらつきに留意。
リークと気候影響:
CH₄漏洩(GWP大)に加えて、H₂自体にも“間接GWP”があり(100年地平で~10–12程度の見積り)、H₂スリップは削減効果を相殺し得る。
上流のH₂製造:
グリーンH₂でも系統電力CIが高いと転嫁排出が顕在化。
化石起源H₂(SMR/ATR)はCCSなしだと10–12 kg‑CO₂/kg‑H₂級の排出となり、混焼の名目効果を食い潰す。
実務の目安:20 vol%ブレンドの**理論7%に対し、圧縮+計量+リーク+上流を差し引くと、“系全体”のネット削減はしばしば“数%台前半”**に減衰する(系統電力CI・装置構成に強く依存)。
3. 材料・機器リスクの実像(パイプライン鋼・非金属・機器)
鋼材:H₂で疲労き裂進展(FCG)加速・靭性低下が起こり得る。**高強度・溶接熱影響部(HAZ)**は感受性が高い。分配圧力帯(低圧)×低H₂分圧では概ね許容だが、送電圧力帯(高圧)×高H₂比は要注意。
非金属(O‑リング・シール・計器):透過・膨潤による劣化や静電・着火対策の再設計が必要な場合がある。
計量・解析機器:GC・Wobbe計のH₂対応、OIML R137適合の再確認、AGA‑8からGERG‑2008/REFPROP系への切替。
圧縮機・タービン:混合ガスの音速・密度変化でサージマージン再評価。**パージ設計(不活性ガス)**含めた安全ケースを更新。
4. 両立設計フレーム(現場実装の流れ)
4.1 目標関数と制約
目的関数:
maxx, Π, Q Net‑CO₂e‑abatement(x)−TCO(x,Π,Q)\max_{x,\ \Pi,\ Q}\ \ \text{Net‑CO₂e‑abatement}(x)-\text{TCO}(x,\Pi,Q)x, Π, Qmax Net‑CO₂e‑abatement(x)−TCO(x,Π,Q)
ここで**xxx=H₂体積比、Π\PiΠ=圧縮機運用(台数・段数・圧比・回転数)、QQQ**=流量計測・計装構成。
主な制約:
Wobbe index(家電・産業炉の互換性帯域内)、
圧力損失・圧縮機容量(既設の余裕内)、
材料適合(鋼材・HAZ・非金属)、
計量誤差(クラス適合、エネルギー課金誤差許容内)、
安全・法規(ブレンド上限・検知・換気・防爆)。
4.2 設計・運用の実装手順(90日)
Week 0–2|現況把握:ガス質(LHV/Wobbe/CO₂/N₂)、圧縮機ヘッド・サージ線、メータ型式、材料台帳。Week 2–6|机上適合性:
エネルギー等価の流量増→水力学(Δp↑)→圧縮電力試算。
Wobbe帯での許容xを末端機器ごとに判定。
Z係数:GERG‑2008へ切替、AGA‑8使用範囲逸脱の有無を潰す。Week 4–8|リスク最小構成:
材料:高圧部や古材・高強度継手はクーポン試験/硬さ・FCG短期評価で“危険名簿”作成。
計量:GCでH₂定量、超音波メータの補正テーブル実装、ダイヤフラム型の校正確認。
圧縮:速度↑・圧比↑時の軸動力・効率・サージを再評価、必要に応じ段替え/可変速。Week 8–12|PoC運転:2–5–10 vol%と段階上げ、Net‑CO₂e(電力・ガス・リーク)を毎週算定、**“最適x”**を確定。
5. 代表シナリオの“指標値”
Wobbe互換性:一般的な都市ガス帯域では10–15 vol%が家電・小規模燃焼機器の改造なしでの上限になりやすい。
理論CO₂削減:20 vol% → 約7%、10 vol% → 約3.2%。
流量増:20 vol% → 約+16%(同一熱需要)。
圧縮所内電力:系・機種依存だが、10 vol%で二桁%台の増加事例あり。
材料:配電圧力帯×≤20 vol%では多くの鋼材・継手で実装可能とする整理が一般的。ただしHAZ・高強度・古材は個別評価。
計量:AGA‑8→GERG‑2008へのモデル切替、H₂成分をGCで明示が“計量バイアス回避”の肝。
6. 現場実務家としての所見(核心)
“名目7%”は“系全体で数%”に化けやすい。 圧縮・計量・リーク・上流を入れてネット削減を算段すること。
“10–15 vol%が曲がり角”。 末端互換性・圧縮余裕・材料スクリーニングの三者が揃う範囲で設計するのが現実的。
Z・Wobbeを“道具化”。 GERG‑2008でZを出し、Wobbeで末端適合を担保する――この二つを仕様書に織り込むとトラブルが激減。
材料は“HAZが要”。 古い継手・高硬さ・高強度は小型FCG/硬さで先に振るい、リスク部位をSUS/ライナー等で局所置換。
7. ドラスティック提言(大胆だが実務的)
提言①:分配網のブレンドは“10 vol%標準、15 vol%天井”。 20 vol%は家電互換・圧縮余裕・計量が揃う限定系でのみ。
提言②:“ブレンドはカーテイルメント吸収の非常弾”。恒常運用での大幅脱炭には不向き。グリーンH₂余剰時の一時注入に用途を限定。
提言③:“エネルギー課金は組成ベース**”。H₂未計測のカロリーバイアスは禁止。GC+GERG‑2008を課金メータの前提に。
提言④:圧縮所は“VFD化+PAUT/TOFDで漏えい最小化”。可変速・段最適で所内電力の増分を抑制し、非破壊検査の自動化でリークリスクを低減。
提言⑤:高圧幹線は“混焼回避→Dedicated H₂ or メタネーション”。高圧×高H₂比は材料・圧縮・計量の全負荷が跳ね上がる。専用H₂配管か合成メタンへ舵。
8. 結論(Conclusions)
H₂ブレンディングは“軽微な削減を安価に広く”ではなく、「技術・経済・制度の窓が狭いピンポイント施策」である。理論7%(20 vol%)という“見栄え”は、圧縮・計量・リーク・上流で容易に数%台へ萎む。10–15 vol%を曲がり角と見て、Z(GERG‑2008)・Wobbe・材料スクリーニングを一体で回す――これが、“実効脱炭効果”と材料リスクの両立を現場で達成する最短路である。
参考リンク集(URLべた張り/本文中リンクなし)
脱炭効果・ブレンド上限・末端互換性
計量・Z係数・メータ精度
圧縮・水力学(動力増・運用影響)
材料・耐性・指針
規格・品質・Wobbe/ガス質
上流・気候影響(H₂の間接GWP・H₂起源CO₂)
注:上記は代表・総説・試験報告の抜粋です。最終設計では、対象ネットワークの末端機器仕様・ガス質規格・圧縮機マップ・材料台帳に即して、ブレンド上限・圧縮所内電力・計量補正をプロジェクト固有に再計算してください。





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