山崎行政書士の奇妙な依頼
- 山崎行政書士事務所
- 1月11日
- 読了時間: 5分

第一章:電柱広告と謎の誘い
草薙駅近くの大通りを抜けると、道端の電柱に貼られた地味な広告が目に入る。白地に黒文字、ただ「山崎行政書士事務所」とだけ書かれたシンプルな看板。しかし、その下部には連絡先以外何もないように見えて、なぜか不思議な存在感を放っていた。 噂によれば、この看板は**「普通じゃない仕事」を請け負う呼び水**になっている、という――誰が言い出したのか分からないが、地元の一部住民が囁き合うようにして口にする都市伝説めいた話だ。
その日、**真理(まり)**は亡き母の相続手続きを相談するため、この山崎行政書士事務所へ足を運んだ。建物は駅前のビルの二階にあり、ガラス扉の向こうには整然とした机と書類棚が並んでいる。 事務所の代表、山崎という中年の男は整ったスーツ姿でにこやかに応対する。しかし、彼の穏やかな笑顔の奥にはどこか影のようなものが宿っているかに見える。 手続きの話をひと通り済ませた後、山崎は奇妙な質問を口にした。 「ところで真理さん、ウチの電柱広告を見たとき、何かを感じませんでしたか?」
第二章:母の相続と見えない秘密
母の死から間もない真理は、感傷的な余韻に捉われつつも、事務的な相続作業を淡々と進めようとしていた。しかし山崎の意味深な問いに、思わず身を正す。 「…感じる、とは? 別に普通の広告だと思いましたけど」 山崎はやや驚いたように小さく息をつき、「そうですか。たまに、“広告を見ただけでここへ来た”という人がいるので」と言葉を濁す。 だが、真理はそこに“母の死”に関わる何かの匂いを感じ取り、当初の目的――相続手続き――を超えた興味を掻き立てられた。まるでこの事務所、その看板は「特定の人」を招くための装置なのかもしれない…。
帰路、真理は駅に立ち寄り電柱広告を見上げた。確かに普通の文面にしか見えない。だが、気のせいか何とも言えないざわめきが心に広がる。まるで看板が自分の奥底を覗き込むような感覚だった。
第三章:山崎の過去を追う
母親の相続手続きの件で、幾度か山崎事務所を訪れるうちに、真理は少しずつ所内の雰囲気や関係者の表情を観察する。妙に緊張した空気、職員たちの視線が落ち着かない――。 さらに地元の役所で雑談をしていると、「山崎先生は昔、警察絡みの大事件に関わったらしい」という噂を耳にする。 サスペンスドラマを思わせるように、警察や鉄道を巻き込んだかつての誘拐事件の行政手続きに山崎が絡んでいたらしいが、詳細は謎に包まれていた。 真理は母が亡くなる直前、何か言いかけてやめたことを思い出す。「あの電柱がね…」と言いかけていた母は、妙な顔をしていたのだ。「もしかして、母もこの事務所に何か依頼をしようとしていたのか?」
第四章:偶然か必然か、看板が導くもの
そんな中、真理は母の遺品を整理していると、古い日記の断片を発見する。そこには**「山崎氏に頼むしかないのか。あの契約がすべてを変える」といった書き込みが…。 “契約”と“電柱広告”――この二つが奇妙に結びつく。母は生前、何を山崎に頼もうとしていたのか。 さらに、駅近くの居酒屋で聞き込みをしていると、地元の老人が「昔から、あの電柱広告を見て、人生が変わった人が何人かいたんだ。悪い方にも、いい方にも…」**と耳打ちする。 「このままでは、わたしの母が抱いていた秘密が闇に沈んだままになる」――真理は焦燥を感じながらも、山崎の事務所に再度乗り込む決意をする。
第五章:明かされる“奇妙な依頼”の中身
山崎は渋い表情のまま重い口を開く。「確かに、当事務所には普通ではない“依頼”が持ち込まれることがあります。電柱の広告が、ある種の合図になっているらしいのですが…」 それは、遺言や相続の法的手続きを超え、“過去を翻す”あるいは“誰かを探し出す”――そんな半ば非現実的な望みを叶えたいと思う者が引き寄せられてくるのだという。 そして、山崎が「お母様も、こちらに相談しに来られた覚えがある」と認める。だが、母の真意は結局わからずじまい。 事務所の奥の部屋には、**“未完の契約書”**が保管されており、そこに真理の母の名前の走り書きがあった。最後まで署名されていない契約書。その文面には、家族間の秘密や、母自身が抱えていた後悔が示唆されているようだ。 真理の胸は締めつけられる。「もし母が生きていたら、何を解決したかったのか……」。
第六章:看板が示した本当の“遺言”
調査を続ける中、真理は母がかつて何者かに脅されていた可能性に気づく。また、山崎自身が過去に携わった事件で、犯人側とある“契約”を交わした痕跡もあるという。 電柱広告はただの宣伝ではなく、そうした“特別な契約”を欲する人々を呼び込むために、山崎が配置しているのではないか――。 しかし、山崎は「ぼくもまた、昔ある人に借りがあってね、その償いとして続けているだけです」と苦しげに吐露する。どうやら法律だけでは救えない人々を“契約”の形で助ける試みと、そこに絡む利権や闇があるようだ。 母もまた、その契約を結ぼうとしたが、間に合わずに他界したのだろうか。もしそうだとしたら、母の遺言は一体どこに残されている? そして母の願いは?
エピローグ:電柱の下に残る灯火
最終的に、真理は母の未完の契約書を“破棄”する形で決着をつけることにした。無闇に過去を掘り返すと、新たな悲劇が起きるかもしれない――そう判断したのだ。 山崎もまた、自分が抱えてきた“奇妙な依頼”の数々を整理し、本来の行政書士の仕事を地道にこなす道を選んだ。「もうこんなグレーな契約には関わらない」と、苦い表情で誓う。 夜、駅に向かう通りには変わらず電柱が立っている。そこにはまだ「山崎行政書士事務所」の看板があるが、新たに加えられていた文字は剥がされ、今はシンプルな広告だけが残る。 「母の未完の“遺言”は、こういう形でしか報われなかったのかもしれない……」と真理は思いながら、一抹の寂しさを感じつつも先へ進む。広告の下で吹く風が冷たく、しかしどこか清々しい。 次の朝、町はいつもの雑踏に包まれ、電柱の広告は通行人の目に止まることなく風景の一部としてそこにある。けれど、「電柱の下の遺言」が引き起こした人間ドラマは、確かに小さな爪痕をこの町に残し、誰かの運命を変えたのだ。





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