日本の「高圧水素パイプライン」実装に向けた材料適合性 × 耐震設計の統合指標
- 山崎行政書士事務所
- 10月1日
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――NEDO基準化プロジェクトを踏まえた評価指標・試験法・設計余裕度の体系化提案――
要旨(Abstract)
需要地での水素大量利用に向け、日本では埋設型・高圧(≳1–10 MPa級)水素パイプラインの実装に向けた国内基準化が始動した。最新のNEDOプロジェクトは、導管材料・継手の水素適合性データ取得と耐震設計を同時に扱い、国内の制度整備に資することを目的とする。本稿はこの流れを踏まえ、材料劣化(高圧H₂による水素脆化)と地震動・地盤変位が同時に作用する現実の供用条件に対し、ひとつの設計判断に落とせる**「統合指標(Hydrogen–Seismic Suitability Index; H‑SSI)」**を定義する。さらに、試験法の最小セット、計算フロー(ECA×耐震)、設計余裕度の考え方、90日導入計画を具体化し、国内規格・例示基準・JGA耐震指針・KHK耐震基準群との整合枠を示す。
1. 序論(Introduction)
水素供給コスト低減とCO₂削減の観点から、都市近接・需要地直結の高圧水素導管が再注目されている。国内ではNEDOが「高圧水素パイプラインの国内基準化」に向けた研究開発を2024年度に立ち上げ、材料適合性と耐震設計を一体で扱う体制を2025年度以降に拡充した。加えて、高圧ガス保安法に基づく例示基準やKHKの耐震基準群(KHKS/KHKTD)、JGAの高圧ガス導管耐震設計指針など既存枠組みの更新・連携が進む。本稿の目的は、これら公的動向と実務ニーズをつなぐ**統合評価の“実務形”**を提示することである。
2. 統合設計の論点(Problem Statement)
材料側:高圧H₂雰囲気での破壊靭性しきい値(K_IH)、疲労き裂進展(FCG)の加速、延性保持率の低下、およびHAZ/溶接金属の脆化感受性差。
地震側:自由地盤ひずみ、断層変位、液状化に伴う側方流動、地盤–管相互作用(土圧–摩擦・曲げ)に対する管体ひずみ要求と局所座屈・低サイクル疲労。
制度・標準:国内法令・例示基準の適用・拡張、JGA耐震指針の手順、KHK耐震基準群のサイトスペシフィック地震動や評価例、さらにASME B31.12等の国際規格との橋渡し。
これらを同一の安全余裕で判断できる単一スカラー指標に落とすのが本稿の狙いである。
3. 提案:Hydrogen–Seismic Suitability Index(H‑SSI)の定義
H‑SSI ≔ min{ HMI, SMI } × γ_sys
HMI(Hydrogen Material Index:水素適合性指標)材料・継手の水素環境下性能を**0–>∞**で正規化。
HMI=min (K_IHK_IH,req, (da/dN)_limit(da/dN)_H2, ductility_H2ductility_air)\mathrm{HMI}=\min\!\Bigg(\frac{K\_{IH}}{K\_{IH,\mathrm{req}}},\ \frac{(da/dN)\_{\mathrm{limit}}}{(da/dN)\_{\mathrm{H_2}}},\ \frac{\mathrm{ductility}\_{\mathrm{H_2}}}{\mathrm{ductility}\_{\mathrm{air}}}\Bigg)HMI=min(K_IH,reqK_IH, (da/dN)_H2(da/dN)_limit, ductility_airductility_H2)
ここでK_{IH,req}:設計しきい値(例:≥55 MPa√mを最低線、70–80 MPa√mを目標)(da/dN)_{limit}:設計FCG限界(Code/ECAで規定)
SMI(Seismic Material–Interaction Index:耐震適合性指標)地震により要求される管体ひずみや局所安定に対する耐力比。
SMI=min (ε_c,H2ε_d, η_LB1, Δ_fault,allowΔ_fault,demand)\mathrm{SMI}=\min\!\Bigg(\frac{\varepsilon\_{c,\mathrm{H_2}}}{\varepsilon\_{d}},\ \frac{\eta\_{\mathrm{LB}}}{1},\ \frac{\Delta\_{\mathrm{fault,allow}}}{\Delta\_{\mathrm{fault,demand}}}\Bigg)SMI=min(ε_dε_c,H2, 1η_LB, Δ_fault,demandΔ_fault,allow)
ここでε_{d}:JGA/KHK手順で算出した地震時ひずみ要求(自由地盤・液状化・断層変位等)ε_{c,H₂}:水素環境影響を受けた管体ひずみ耐力(フルスケール・曲げ/圧内、または相当試験で同定)η_{LB}:局所座屈に対する安全率(D/t・偏肉・楕円率・減肉を含む)
γ_{sys}(システム係数):継手・曲管・付帯設備・地盤ばらつき・検知/遮断機能などシステム冗長を加味(1.0–1.2程度を推奨)。
受入基準(例):
通常地盤区間:H‑SSI ≥ 1.2
液状化・断層横断・軟弱地盤:H‑SSI ≥ 1.5(値はプロジェクト重要度・社会影響度に応じ調整)
4. 試験法と入力パラメータ(最小セット)
4.1 水素適合性(HMIの構成要素)
K_IH(破壊靱性しきい値):CT片(ボルトロード/持続荷重)で高圧H₂(~10–21 MPa)におけるK_IHを取得。
FCG(da/dN–ΔK):10–21 MPa H₂、R比・周波数掃引(0.1–1 Hz)で低周波加速を把握。
延性保持率:SSRT/引張(絞り・破断伸び)でH₂/空気の保持率。
HAZ/溶接金属の区分評価:母材・溶接金属・CGHAZ/FGHAZを個別に同定。
実務上はASTM G142/E1681等の国際規格に依拠しつつ、国内基準化(NEDO)での試験条件標準化を随時反映。
4.2 耐震(SMIの構成要素)
地震時ひずみ要求 ε_d:JGA耐震手順(自由地盤・液状化・断層変位)とKHK耐震基準群のサイトスペシフィック地震動設定を統合。
フルスケール管–土相互作用試験(推奨):内部圧(運用圧に相当)を付与しつつ曲げ/引張/横移動を与え、ε_{c,H₂}やη_{LB}の較正を行う。安全上は不活性ガス加圧+事前H₂チャージ材等の代替を併用。
減肉・曲管の特別評価:JGAの評価例に基づく限界ひずみ/座屈モードの確認(必要に応じFEMで精緻化)。
5. 設計余裕度の考え方
材料側の余裕(η_H₂):例)K_IH,req = max(55, 0.8×K_IH,air) MPa√m、FCG加速係数AFの設計上限を設定。溶接・HAZは母材より厳しめのしきい値を適用。
耐震側の余裕(η_seis):例)ε_{c,H₂} / ε_d ≥ 1.5(液状化・断層横断)、≥1.2(通常地盤)。局所座屈・低サイクル疲労も二重チェック。
システム余裕(γ_{sys}):遮断・減圧・リーク検知速度、供給セグメント長、冗長配管の有無に応じ1.0–1.2。
裁量原則:重要度区分(大需要地・都市直下・環境影響)に応じ受入基準と余裕係数を段階化。
6. 計算フロー(実務プロセス)
入力整理:ルート地盤条件、液状化ポテンシャル、断層横断有無、地震ハザード(サイトスペシフィック)。
材料データ:K_IH・FCG・延性保持率(母材/溶接/HAZ)。
耐震計算:JGA+KHK手順でε_d、座屈・局所ひずみ・減肉影響を算定。
H‑SSI算出:HMI・SMIの各比を求め**min×γ_{sys}**で統合。
ECA連携:欠陥容認(初期きず・ILI結果)とH₂下FCGで再検査間隔を決定。
設計最適化:材料グレード/板厚・D/t・溶接施工(HAZ硬さ・組織)・防食(過防食回避)・セグメント化・バルブ配置を同時最適化。
7. 90日導入計画(PoC→設計適用)
Week 0–2|要件定義:ルート条件整理、材料・溶接WPSの候補決定、試験計画の立案。
Week 2–6|試験:K_IH(E1681)、FCG(10–21 MPa H₂)、SSRT/G142、溶接/HAZ含む。
Week 4–8|耐震解析:JGA耐震+KHK耐震基準群でε_d算出、液状化・断層ケースを網羅。
Week 6–10|相互作用検証:代表スパンで管–土相互作用FEM、必要に応じ実大曲げ/横移動試験。
Week 8–12|設計反映:H‑SSI評価→板厚・D/t・材料・WPS・遮断/検知を確定、ECAと再検査間隔を設定。
8. 実装上の要点・補足
国内制度とのアライン:例示基準の手続・改正サイクル、KHK耐震基準群(KHKS/KHKTD)の最新改訂、JGA耐震の引用規格に準拠。
データの国内化:NEDOの材料データ取得(母材/溶接/HAZ)を共通DB化し、しきい値(K_IH,req・AF上限・延性保持率)を日本向けにキャリブレーション。
許容ひずみの扱い:JGA資料の評価例では、減肉を有する曲管の地震応答で3%以下を耐震性ありと判定するケースが紹介されるが、適用範囲は限定(部位・モード依存)。実設計では局所座屈・低サイクル疲労も併読し、材料のH₂影響を反映した**ε_{c,H₂}**で評価する。
国際整合:ASME B31.12の材料・溶接・検査要求を参照設計に使い、国内枠組み(例示基準・KHK/JGA)との整合マトリクスを付す。
品質・不純物:運用H₂の品質上限(ISO 14687等)は材料劣化の外部因子として管理(O₂や湿分は燃焼安全・材料影響双方で監視)。
9. 結論(Conclusions)
H‑SSIは、材料劣化(HMI)と耐震適合(SMI)を同じ物差しで比較し、最小余裕で設計判断できる実務指標である。NEDOの国内基準化が進む今、試験法の最小セットと設計余裕度の段階化を先行して業界合意にし、ECA×耐震をワンパスで回す運用を確立すれば、需要地直結の埋設・高圧水素パイプラインは実装フェーズに入る。
謝辞(Acknowledgements)
NEDO/METI/KHK/JGA等の公開資料を参照し、本提案の骨子を整理した。
参考リンク集(URLべた張り)
※本文中にはリンクを挿入していません。以下に参照URLを列挙します。
NEDO・国内基準化/制度
実施体制の決定(P23004):https://www.nedo.go.jp/koubo/SE3_100001_00109.html
英文アクティビティ概要(パイプライン標準・安全評価を含む):https://www.nedo.go.jp/english/activities/activities_ZZJP_100259.html
METI「制度整備・運用見直し等の取組状況」(例示基準・JIS改訂、SUS305追加の方針):https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/koatsu_gas/pdf/029_01_00.pdf
一般高圧ガス保安規則関係 例示基準(KHK):https://www.khk.or.jp/Portals/0/khk/insp/shinsa/syousaikizyunn/20231212-1.pdf
KHK「水素に関する関連法規制・規格基準類」:https://www.khk.or.jp/hydrogen/security_law/laws_and_regulations.html
ガス工作物技術基準の解釈例(METI):https://www.meti.go.jp/policy/safety_security/industrial_safety/sangyo/citygas/hourei/20200310jyoubun.pdf
耐震(JGA・KHK)
JGA「高圧ガス導管耐震設計指針・液状化耐震設計指針」引用規格一覧(指-207, 指-213 等の掲載あり):https://www.gas.or.jp/pdf/books/standard20220324-3.pdf
JGA 通知(減肉管・曲管の評価例を含む資料):https://www.gas.or.jp/pdf/books/notice20250120-1.pdf
KHK「高圧ガス設備等の耐震設計」総合ページ:https://www.khk.or.jp/seismic_design/
KHKTD 5861–5864(解説・評価例・サイトスペシフィック地震動の設定例・変更点概要):https://www.khk.or.jp/Portals/0/khk/hpg/seismic_com/overview_KHKTD5861-5864.pdf
学会資料(参考):https://library.jsce.or.jp/jsce/open/00035/2010/65-01/65-01-0398.pdf
国際整合(参考)
その他参考
JFE Steel ニュースリリース(国内の高圧H₂地下導管の安全基準未整備に言及):https://www.jfe-steel.co.jp/en/release/2024/07/240717.html





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