森を食べる歩幅
- 山崎行政書士事務所
- 10月5日
- 読了時間: 2分

森は湿った緑の匂いで満ちていた。指で葉を揉んだあとの匂いが、空気一面に薄く伸びている。頭上の葉は風にこすれ、時折こぼれる光が、土の小道に白い斑点を散らす。道幅は象の体と同じくらいしかなく、先へ進むほど緑が閉じていく。
象は歩きながら食べる。鼻先がゆっくりと伸び、若い枝をつまむと、ポキリと乾いた音がして口へ運ばれる。頬がわずかにふくらみ、奥歯が臼のように回る。噛みしめられた葉から濃い汁がにじみ、上唇の縁に暗い光を残す。食べるたびに、体のしわに溜まった土埃がふるい落ち、皮膚は濡れた石のような艶を帯びた。
足元は乾いた赤土に落ち葉が積もり、踏まれるたびに低いむにゅという音がする。丸い爪が縁を押し広げ、足跡は鍋の底のように深く残る。一歩ごとに地面がわずかに揺れ、胸に響く重みが森の奥へと運ばれていく。耳は大きな扇のように一度はためき、湿った風をこちらへ送ってきた。
まわりの音は多いのに、騒がしくない。竹が擦れる節の音、見えない鳥の短い笛、遠くで折れる枯れ枝。ときどき、付き添う人の足音が遅れて近づき、また離れる。頭上の葉の隙間からのぞく空は、午後の淡い青。陽は強すぎず、象の背中に薄い銀色の縁を描いている。
歩みは一定だ。焦らず、怠けず、ただ前へ。象の体が通るたび、道は少しだけ広くなる。倒れた細い枝が腹に触れると、象は気にするそぶりも見せず、鼻先で葉をもうひと握り。森そのものが昼ごはんで、食卓はどこまでも続いているようだ。
ふと立ち止まり、象は鼻を高く上げた。空気を吸い、何かを確かめるように静止する。数秒ののち、また一歩。時間がその歩幅に合わせてゆっくりになる。振り返れば、来た道は落ち葉の粉でやわらかくかすみ、さっきまで暗かった場所が少し明るい。森の奥へ進むほど、世界は静かに深くなる。象はその中心で、葉を噛み、道を作り、今日の午後をまっすぐ進んでいった。





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