烈日の黙示――或る国家の終焉と再生
- 山崎行政書士事務所
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序章 遠き火口の熱
梅雨を迎えた日本列島の空には、鈍く垂れこめる雲。その下で、防災庁の若き官僚・佐々木涼(ささき・りょう)は、幾度も繰り返し眺める地震観測データに、小さな悪寒を覚えていた。「南海トラフ地震の可能性、首都直下の切迫度、富士山の火山性微動――すべてが同時に昂じるなど、いまだかつてない」しかし、その“艶めいた予感”は、ただ黙して胸を蝕むのみ。彼は心のどこかで、古来より日本に流れる“滅びと再生”の宿命を感じ取っていたのかもしれない。
第一章 地鳴りの夜
1. 南海の超震動
六月の闇が静かに世界を覆う宵。四国沖を震源とするM9級の南海トラフ巨大地震が発生した。サイレンと大津波警報が、まるで黄泉(よみ)の叫びのごとく響き渡る。高知・和歌山・徳島の沿岸には幾層もの波が押し寄せ、漁港を撫でることすらなく一瞬で呑み尽くす。夜空を砕くような轟音と、水浸しの町に差し込む月の光とが、ぞっとするほどの静謐な美を醸し出す。そこに悲鳴や破壊音が混じり、それが却って深遠なる悲劇の姿を際立たせているかのようだった。
2. 首都直下の邪気
なおも夜は更け、地底の咆哮は東京湾北部へ連動する――首都直下型地震。都心南部の下町で震度7を観測。旧耐震のビルは次々に崩落し、川沿いは液状化で道が裂ける。「火の手が……あっちでも!」火災が連鎖する工業地帯には、まるで戦禍にも似た紅蓮の炎。人々は瓦礫の隙間をかいくぐるように逃げ惑い、悲鳴と叫びが夜風に消える。しかし、その混乱の中心にあってなお、ビル崩壊で圧死した同僚を抱きかかえ、涙ひとつ見せずに救助に奔走する警察官や消防士がいる。彼らの眼差しには、三島的な死と美の相克が宿っているのかもしれない。
3. 富士山噴火
この双震に呼応するかのように、翌朝には富士山火口から噴煙が立ちのぼる。溶岩と火山灰が甲信地方を覆い、さらに首都圏へ灰が降り注ぐ。交通網は崩れ、東名高速や新幹線は不通、航空機は飛べず。噴火口から迸る赤いマグマが、朝日の逆光を受け神々しい彩を放つが、それは破滅の兆しでもある。国中が血のような火山灰にまみれ、そこに地震と津波の瘡蓋が折り重なり――日本はまるで自らの死を欲するかのように、壮絶な姿をさらしていた。
第二章 侵略の朱
1. 北朝鮮――弾道ミサイルの戯れ
天災に喘ぐ日本。その虚を衝いて、北朝鮮が弾道ミサイルを撃ち込む。「東京や大阪を狙うかもしれない」という威嚇声明に、首都圏は地震と噴火で満身創痍の中、迎撃の余力をほとんど失った。海自イージス艦は数隻しか展開できず、しかも大災害対応に忙殺されている。発射されるミサイルの航跡は漆黒の空に白い尾を引く。その光景はまるで地上の絶望を嘲笑するかのように美しく、恐ろしい。そして北朝鮮軍は、韓国境界線を蹂躙し、ソウルに砲火を浴びせ始める。日本が救援に回れるなど到底不可能な今こそ、宿願である“半島統一”を実力で果たさんとする意欲が胸糞悪いほど躍動するのだった。
2. 中国――台湾への電撃戦
その東隣では、中国が台湾への軍事行動を宣言。大陸からの弾道ミサイルが一斉に台湾の主要軍事拠点を殴打し、かつて見たこともない派手な閃光と轟音が海峡を切り裂く。台湾海軍は必死に対艦ミサイルで抗うが、制空権を握った中国空軍の猛攻に圧倒され、沿岸には上陸用舟艇が続々と押し寄せる。砲煙に包まれるビーチ、焼け焦げたコンクリ塊の上に飛び散る血、逃げ惑う民衆――。しかし、その中にも台湾兵たちは祖国を守ろうと牙を剥き、中国装甲車を市街路地へ誘い込んで対戦車ミサイルを放つ。だが、数の優位は圧倒的に中国側。台湾の空は凄惨な硝煙で覆われ、淡い藍空が血潮色に染まる。はたしてどこまで耐えられるのか……。
3. ロシア――極東艦隊の魔手
さらにロシアが北方領土を足掛かりに、北海道東部へ侵攻を開始。「大震災で日本の防衛力は麻痺。今こそ北方領土問題を一気に“解決”すべきだ」との強行論が発動した形だ。千島列島から繰り出すロシア海軍陸戦隊が、夜の根室港を急襲。地震被災者を介抱していた陸自普通科隊は奇襲を受け、交戦に移るも、援護どころか弾薬すら乏しい。まるで国後島から伸びる氷の刃が、一挙に道東を切り裂くようだ。そこには非情なまでの美しさと、取り返しのつかぬ虚無が混在していた。死と美に彩られる光景をよそに、陸自隊員の断末魔が海風に消える。
第三章 極限の市街戦
1. 断末魔の根室
夜明け前の根室市街。崩落しかけた漁協倉庫に陣取る自衛隊小隊が、ロシア海軍陸戦隊の装甲車が迫る音に身を硬くする。「我らに退路はない。この土地は、我々自身の身体のごときものだ――」隊長が低く呟く。決死の覚悟というより、国家と己が一体となる独特の甘美すら漂う。そこへ投げ込まれた手榴弾が小さく爆ぜ、血が床を染める。残った隊員が駆け出しながら銃を乱射するが、ロシア側は無人偵察機で上空から正確に追尾。建物の壁越しに放たれる榴弾がコンクリを砕き、破片が鎧のように散り、また一人が絶命する。瓦礫の隙間に夕陽が射す頃、彼らの制服を染める血はどこか妖しくも崇高だ。捨て身の一撃でロシア装甲車を仕留めても、仲間の屍は増す一方。町は焼け焦げた匂いを放ち、陸自は後退を余儀なくされる。敗北ではあるが、その姿は“死に場所を求める美”にも似ていた。
2. 台湾市街地の悲劇
台北の郊外でも、中国空挺部隊が降下し、ビル屋上からの狙撃で台湾守備隊を追い詰めていた。瓦礫と化したビル群の合間に濃い硝煙が漂い、そこに差し込む朝陽はまるで血の匂いを塗り込めたかのよう。負傷した台湾兵が胸を貫かれ、「くそっ……この場所は譲れない……」と呻く。その姿は英雄か、それとも無謀な生贄か。中国軍は通りを装甲車で固め、市民の避難経路を断つ。ほんの数か月前まで、平和な日常を営んでいた街を焦土に変える戦闘――しかし、そこには薄暗い魅惑もあった。美しく栄えていた町が一夜にして暴力的な美に染まる、まさに**“滅びの美学”**が屹立していた。
第四章 国家の瓦解と人間の尊厳
1. 絶望を越える閃光
日本は、もはや多正面の脅威に対応する余裕がない。南海トラフと首都直下・富士山噴火という巨大災害の対応だけでも国家機能が瀕死。そこに北朝鮮、中国、ロシアの同時侵攻で防衛力は消滅しつつある。東京では地震被害と火山灰が結合し、街の風景は灰白色の廃墟。道行く人々の顔には諦念と疲労が刻まれている。ビルの谷間には軍の迎撃ミサイルが配備されているが、稼働状況は不明。夜陰の闇にまぎれて北のミサイルが通過する恐怖が、日常を蝕む。にもかかわらず、救助や医療活動を続ける自衛隊員や消防隊がいる。その姿はまるで胸を張って死地に赴く軍神のようにも映り、「こんな絶望の中でも立ち向かう精神」が残されていることを示唆している。身体と魂の美が、彼らを支えているのかもしれない。
2. ロシア軍が掌握する北海道
道東ではロシア軍が港湾や市街地を軍政下に置き、ロシア語の標識を掲示している。地元住民は避難しようにも交通手段が麻痺し、畑や漁場は焼け払われる。しかし、山岳地帯に籠った陸自の精鋭が散発的なゲリラ戦を続け、深い森の中で時折仕掛ける奇襲によってロシア補給線を断ち、警戒を怠らせない。苔むした森と蒸気を帯びた大地には、地震の影響で裂け目が生じており、まるで日本の身体に走る裂傷のよう。そこへ血を流しながら伏せる陸自隊員が空を睨み、「俺たちの国は、そんなに易々と崩れやしない……」と呟く。その姿には身体を通じ国家を支えようとする意思が垣間見える。

第五章 亀裂の果てに見たもの
1. 国土の断末魔
被災地において国中が“死の淵”を彷徨う。首都機能を失ったままの内閣は、災害と戦闘の双方に指示を出すが、もはや中央統制が不可能。省庁は壊滅状態で、立法府さえ瓦礫下に沈む。佐々木涼は、防災庁の臨時拠点で絶望的救援作業の指揮をとりながら考える。「これが国家の滅びというものか。でもなぜ、こんなに美しいのだろう……」人々が血に染まり、建物は倒壊し、富士山は未だ噴き上がる炎を夜空に照らす。地獄の様相の中、なおも生き抜こうとする意思が輝いている。その美しさが、彼に刹那の感動を与えずにはいられない。
2. かすかな反攻の光
米軍や国連からようやく支援の動きが出始める。韓国領を制圧しきれず消耗する北朝鮮、中国内部の混乱、ロシアの国際非難――それらが重なり、戦線は緩慢な停戦へと向かい始める。北海道でゲリラ戦を続けた自衛隊が、ついに米軍艦隊と連携しロシアの補給路を断つ作戦が計画される。だが、それはすでに日本という国家が“従来の形”を保てるかどうか分からぬ段階での最後の抵抗だった。
終章 廃墟の太陽
最悪の複合災害と多国の侵攻は、東アジアを一度破局へ導きながらも、やがて停戦・軍政・経済制裁など混迷の果てに収束していく。北海道東部はロシアが不当支配を続け、台湾は中国が新政権を樹立、韓国は首都に大被害を受けたうえで何とか北の侵攻を押し返す形に。日本本土は南海沿岸と首都圏が廃墟となり、富士山灰に埋もれるように呼吸する。一切を見届けた佐々木涼は、崩れ落ちた都心のビル屋上で、朝焼けを眺めていた。黒い噴煙を背に昇る太陽は、あまりにも紅く、そして清浄に感じられる。「これほどの破壊ののちでも、朝は来るのか。人は生きていかねばならないのか……」その問いに答える術はない。ただ、廃墟に立つ身体がまだ動き、心臓が鼓動する限り、彼は国家の再生を夢見ずにはいられない。そこに**“死と再生”**の美が凝縮されているかのように。
――かくして、“日本”はかつての姿を失い、崩壊の彼方に新たな貌を模索する。絶望の淵にもなお、身体を賭して何かを護ろうとする人間の意志が、美しくも悲壮に光り続けるのだ。
(了)
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