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監視も広報も、すべては伝わるが起点になる

  • 山崎行政書士事務所
  • 9月18日
  • 読了時間: 13分

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——陽翔物語

序 オレンジ色の朝

朝いちばんの光が、事務所の壁に貼られたポスターのオレンジを少しだけ濃くする。自分の顔と同じ背丈のイラストはいつ見てもむずくさい。フード付きのジャケットにタブレットを抱え、横にはコピーが白く伸びている——「監視も広報も、すべては伝わるが起点になる」。その言葉は、ふみかと一緒に残業で決めた。短く、やさしく、しかし甘えた言葉にはしない。伝えることは、動かすことの手前にある。動かすためには、起点が要る。だから僕は、毎朝はじめにダッシュボードを開く。夜のあいだに鳴った通知は、ここ数週ずっと少ない。良い静けさだと悠真は言い、蓮斗は“メタ監視の谷がない”と確認してくれる。律斗が引いた線の上を、アラートはお行儀よく歩く。僕はカップに注いだ緑茶を一口飲んでから、コストの曲線を撫でるように眺めた。今月は上がり気味だ。曲線のふくらみは、言葉にすると嫌味がない。「今月は、少し食べすぎている」。机の端で白猫が丸くなり、USB-C のしっぽをゆるく揺らした。「おはよう、やまにゃん」「にゃ。今朝は“お財布の体温”から?」「うん。平熱より半度高い」

第一章 雲海精機の昼と夕方

昼、雲海精機からの定例に出る。工場の匂いと、紙の新しい匂いが混ざる会議室は相変わらず少し寒い。CFO の石川さんが計算機を指で叩きながら、「クラウド請求、今月は理由を数字で説明できる?」と聞く。「数字で、そして図で、最後に文章で」と僕は答える。タブレットの画面に、タグとサブスクリプションの積み木を重ねた。env、system、cost-center。色の組み合わせが見慣れない場所で濃くなっている。Log Analytics の取り込みが跳ねていた。原因は、先週から始めた詳細ログの出しすぎ。蓮斗が味見するための“濃い塩”を仮で入れっぱなしになっていた。「ログは塩、と彼は言うんです」「塩分過多か」石川さんは苦笑して、椅子を少し前へ引いた。「はい、だから今日は塩抜き。味は落とさず、循環だけ良くします」Retention を短くするのではなく、収集点を絞る。Data Collection ルールを少しずらし、アプリ側のトレースを別の桶に移す。味の濃いスープを全部捨てるのではなく、鍋の火を弱めるだけで充分なときがある。「それと、出口課金が増えています。Event Hub から外へ出すデータに、要らない“あいさつ”が混ざっていました。消します」「やることがわかったら安心する。けどね、広報のほうも頼む。匿名の投稿で“雲海が情報漏えいした”って騒がれた。事実無根だが、無根だという説明を、どう根づかせるかが問題だ」僕は喉の奥で息を整えた。監視のグラフは広報の文体に似ている。嘘をつけば、一瞬だけ綺麗になる。けれど翌週には、倍になって戻ってくる。「ふみかとテンプレを作っています。時系列と、第三者の目線と、これからやること。三段で出します」「三段」「木を見て、森を見て、それでもなお残る霧のことを書きます」

夕方の廊下で、佐伯さんが声をかけてきた。「夜、鳴らなくなった。今週は眠れたよ」眠れた、という単語はいつでも宝石だ。僕は冗談めかして「睡眠はKPI」と返した。彼女は笑い、紙コップのコーヒーをくるくると回す。広報資料の最後に“現場の睡眠の質”という項目をそっと足そうか、と本気で考えた。

第二章 青葉園の湯気

翌日、相続がひと段落した青葉園に顔を出す。新しいECサイトが、静かに湯気を立てていた。店主の娘さんが、レシートの束を輪ゴムでまとめながら、「通知が少し怖かったけれど、今は読む時間があります」と言った。読める通知と、読めない通知。人の心に届く“インタラプト”は、音量ではなく文体で決まる。Runbook の言葉をなるべく台所の言葉に変えたのは、ゆいの漫画の効果も大きい。「この“やめ方”のページが好きです」と娘さんは言った。“やめ方”。設計の中でいちばん好きな言葉だ。始め方より、やめ方がうまい設計は美しい。帰り際、レジ横の小箱に「Break Glass 封筒在中」と手書きの付箋が貼られているのを見て、胸がすっと温かくなった。紙の上の“やめ方”が、台の上で静かに息をしている。

第三章 スパゲティのフォーク

土曜の昼、事務所に寄ってメンバーのポスターを眺める。律斗はヘッドホンを首にかけ、静かな熱をそのままに。叶多は書類を片手に、通す人の顔。蓮斗は顎に手を当て、聞くひとの姿勢。自分のポスターの前に立つと、いつも少しだけ背筋が伸びる。僕は、たぶん“まとめる”人なのだと思う。設計の線が三本、四本と交差して、会議室のテーブルがスパゲティで溢れそうになるとき、フォークでうまく巻いて皿の端に寄せるのが僕の役目だ。「監視も広報も、すべては伝わるが起点になる」——フォークの柄に刻むべき言葉。やまにゃんが近づいてきて、しっぽで足首を軽く叩いた。「お昼はスパゲティ?」「ううん。今日はカレー。スパイスは塩ほど難しくない」

第四章 匿名の炎

月曜の朝、匿名掲示板の火の手が上がった。雲海精機の名前が雑な見出しに使われている。ふみかと並んで書いた原稿が、突然“生もの”になった。まず時系列を整え、次に第三者の監査の視点を置く。最後に“これからやること”を書く。やってきたことより、これからやることのほうが人を安心させる。Runbook の言葉をなるべく人の言葉に置き換える。「証拠を見せてください」という声に、悠真が静かにダッシュボードのスクリーンショットを渡してくれる。スクリーンショットは、言い訳の紙よりも静かに効く。「言い切りすぎないで」とりながが言う。「“断言”より“確認し続けます”を」ふみかが挿入したたった一文が、コメント欄の温度を一度だけ下げた。「当社は“鳴るべき通知だけ鳴る”状態を目指しており、鳴らなかったものがあれば原因を特定します」。監視も、広報も、同じ呼吸で動くのだと、その夜ほど痛感した夜はない。

第五章 雨の切り替え

台風の朝、NUMA FISH の欧州拠点から連絡が入る。Front Door の前で風が強く、トラフィックの一部が流れにくくなっている。現地のチームは緊張していて、言葉が早い。僕は日本語の速度で返す。英語で返すけれど、日本語の速度で。声の速さが、相手の心拍にそのまま伝わるからだ。切り替えの手順は訓練済みだ。ヘルスプローブが反応し、キャッシュが前に出る。重要な API は冗長化されている。「今日は海が荒れているだけです」と僕は言う。「網は浅く、船はゆっくり」画面の向こうで誰かが笑った。笑い声は、マイクを通しても湿っていて、遠い港町の湿度を少しだけ連れてきた。

第六章 コストという物語

CFO 室のソファは、いつ座っても深すぎる。石川さんは僕に、今季の節減目標を一枚の紙で示した。二割の削減を、事故なく、体験を落とさずにやってくれと目が言っている。「できます」と僕は言う。「ただし、削ることそれ自体を目的にしません。削った結果、夜に静かに眠れるならやります。眠れなくなるなら、別の道をまとめます」Savings Plan の購入タイミングを、年度の“呼吸”に合わせる。夜間停止の Runbook を、二十四時間の“歌詞”に合わせる。ログの味付けを、現場の“辛さ”に合わせる。数字のグラフを“曲”に見立て、ふみかに渡す。「広告文にするの?」と彼女は笑う。「いえ、経営会議の“耳に優しい譜面”に」譜面は嘘をつかない。音を、長さと高さに分解しても、曲は曲のままだ。コストも同じだと、僕は信じている。

第七章 ささやきの作法

金曜の夕方、SNS に「開発者の友人から聞いた話」と前置きされたポストが拡がった。内部の人が夜中に泣いていたらしい、と。泣いていたかもしれない。泣いていないかもしれない。僕たちは、人の涙を否定してはいけない。ふみかはスレッドに直接は入らない。代わりに、社内向けに文章を一本書く。夜の運用体制が孤独にならないために、承認の回路に“ささやき”を足す。二段承認の二段目に、時刻に応じた励ましの文が混ざるようにする。ふざけているわけではない。言葉の温度は、体温になる。体温は、判断の精度に直結する。「監視も広報も、結局は声の話」と僕が呟くと、りながうんと頷いた。「法務も同じ。条文も、声の形をしている」

第八章 クラウド祭の午後

静岡の大きなホールで、クラウド祭の“モーニングショー”特別版があった。僕はステージで、コストの曲線を音符に変えるデモをした。Savings Plan の購入で音が低くなり、夜間停止で休符が入り、ログの味付けで旋律が変わる。会場の端で、小さな子どもが踊っている。やまにゃんが舞台袖を走り、猫というだけで拍手が起きる。「にゃじゅ〜る!」と叫ぶと、会場の笑いがひとつにまとまった。終わった後、若いエンジニアに声をかけられた。「監視と広報が同じ呼吸というの、今日まで分からなかったです」「呼吸が合うと、会議の時間も短くなります」と僕は言った。「短い会議は、正義です」それは名言にはならないが、会場のスタッフは深くうなずいた。

第九章 晩夏の遠雷

その週の夜、事務所の電気が落ちるぎりぎりの時間に、悠真が「ゼロが続いている」と言った。到達件数に谷がある。メタ監視が知らせてくれた。復旧は自動で済んだが、ゼロが続いた時間に広報の文言を置く必要があった。「鳴らなかった」ことの説明は、もっとも難しい部類に入る。ふみかは短く、しかし芯のある文章を書いた。——本日、監視システムの一部で到達件数の低下が観測されました。現在は復旧し、検知は通常どおり作動しています。なお、該当時間帯におけるリスクは二重化された手段で補足されており、判断の必要な事象はありませんでした。この文章が好きだ。余計な形容詞がなく、しかし人の心に必要な“言い訳の余白”がある。読む人の肩をすこし緩める余白。「ありがとう」と僕が言うと、ふみかは「短くするの、大変なのよ」と笑った。

第十章 漫画の余白

ゆいの机の上で、漫画の下書きが何枚も並んでいる。やまにゃんが塩を振りすぎ、蓮斗が「少々!」と叫び、僕が鍋の火を弱める。叶多が橋を架け、律斗が図面の端を太くする。「漫画は広報?」と聞くと、ゆいは首をかしげた。「ううん、監視です。見えない線が見えるようになるから」その答え方は、とてもいい。「来週の棚卸し、漫画で“やめ方”を描いてもいいですか」「もちろん。剝がすことが怖くなくなるなら、どんな表現でも」ゆいは笑って、猫の耳を少し大きく描いた。猫が大きくなると、チームが少しだけ元気になる。

第十一章 過去形の脅し

匿名のメールが届いた。身代金を払わなければ、過去の情報を晒すという。過去形の脅しほど、広報の手を焼かせるものはない。りなは冷静だった。「過去の扱いは、未来の扱いの練習です」法律の言葉に迷ったとき、彼女はいつも“練習”という比喩を使う。練習は人を安心させる。僕たちは“練習のように”対応した。事実の確認、第三者の目、そして、これからやること。ふみかの文面は最後に「これからも、鳴るべき通知だけ鳴らします」と結んでいた。少し笑った。「監視コピーの流用?」「ううん。広報の原点」

第十二章 数字の詩

節減の半期レビューの日、僕は会議室のスクリーンに曲線を大きく表示し、はじめに話したのは数字ではなく“詩”だった。「この四半期の曲は、前半に休符が多く、後半に短い音符が続きます。夜間停止と Savings Plan、そしてログの味付けの調整がこの三つの節を作りました」詩と言っても、誰かを酔わせる意図はない。比喩は、噛み砕くための器だ。器があると、人は数字を喉につまらせずに飲み込める。石川さんは笑い、「次から議事録に“楽譜”って入れていい?」と言った。「いいですよ。ただし、僕が作曲家ではなく譜めくり係だと、念のため書いてください」譜めくりの速度が曲の印象を変えることを、僕はこの半年で知った。

第十三章 港の夕凪

NUMA FISH の港町へ出張した。夏の終わりの風はやわらかく、魚群のセンサーのLEDが点滅するのをぼんやり眺めると、眠くなる。現地の広報担当は、とても良い人だった。良い人の広報は、ときどき弱い。「強く言い切れば、反発されます」と彼女は言った。「でも、弱く言葉を置くと、誰も見ません」僕は頷いた。「強く言うか、弱く言うかではなく、速く言う遅く言うかのほうが、よく効きます」彼女はメモを取り、「速度?」と首を傾げる。「早すぎる言葉は、感情にぶつかる。遅すぎる言葉は、不安に飲み込まれる。心拍と同じ速さで出すと、入ります」その夜、僕らは“心拍”の速さで現地のステータスを更新した。いい夢を、と結ぶ一文に、港の湿った潮の匂いが混ざった。

第十四章 静岡駅の風

土曜の夕方、新静岡駅のデジタルサイネージに事務所の広告が流れているのを横目に、ベンチで少しだけ休む。やまにゃんのポスターの“USB しっぽ”が、画面の中でぴょんと跳ねる。「ねえ陽翔、広報って好き?」と、ふいにさくらがとなりに座った。紙コップの甘いココアを渡してくる。「好きだよ。人が安心して眠れる、っていう機能があるから」「監視も同じだね」「うん。どちらも、眠りに責任を持っている」さくらは静かに笑った。広告の色がゆっくりと変わり、夕焼けの街を行き交う人たちの肩が、ふっと軽くなるのを見た気がした。

第十五章 “やめ方”の文化祭

秋、社内の文化祭のようなイベントがあり、各チームが出し物をすることになった。僕らは“やめ方”展を開いた。ゆいの漫画、りなのミニ講座、叶多の“期限付きの橋”体験、悠真の“ゼロの谷”検出ミニゲーム、蓮斗のKQL味見スタンド。そして僕は“広報文章の削り方”の小教室をした。文章を削るのは、ログの味を調えるのに似ている。削る勇気が、味を鮮明にする。「三行で言えることを、二行にするコツって?」と学生っぽいインターンが聞いた。「主語を隠さないこと」と僕は答えた。「主語が見えると、読者は迷子にならない」彼は大きく頷き、メモを取った。紙には“主語=責任”と書かれていた。

第十六章 冬の手前の救急箱

冬の手前、体調を崩す人が増え始める。夜勤のラインはすぐに薄くなる。叶多の設計した承認の回路は、そういう季節こそ強い。オーナーとセキュリティの二段承認のうち、一段が抜けたら、別のルートが静かに補う。橋は常設ではない。けれど、架ける準備はいつでもしてある。僕は“心の救急箱”と呼ぶ文章を用意した。事故のあとではなく、事故のまえに読むための広報文章だ。——夜は長く、通知は短い。短い通知が続く夜は、良い夜だと、何度でも確かめてください。あなたの押す承認のボタンが、どこかの机に届く。届く場所には、眠れない人ではなく、眠りたい人がいる。文章は技術ではない。しかし、技術のためにできることがある。

第十七章 年の瀬のガイド

年末の棚卸しの季節、僕は“年の瀬のガイド”という一枚紙を作った。“やめ方”の順番、Break Glass の封印の更新、Savings Plan の更新の確認、そして“ことばの棚卸し”。古い Runbook の言い回しを“いまの人の言葉”に直す作業は、意外に楽しい。ふみかは「広報の仕事を管理職がやるの、いいよね」と笑った。「管理職じゃないよ」と僕は返す。「僕は、眠りの管理人」そんな肩書きは履歴書に書けないが、心には書ける。書いておくと、冬も気持ちが折れにくい。

第十八章 春の手紙

年が明け、雲海精機のフロアで佐伯が手紙をくれた。白い便箋に、青いインクで短く書いてある。——夜に、聴くべきものが分かるようになりました。便箋を折りたたむ手がすこし震える。僕はゆっくりと頭を下げた。「それは僕らへの“最高のKPI”です」彼女は笑い、「広告に使っていいよ」と冗談を言う。僕は本気で悩んだ。広告にするには、あまりに個人的で、温度がある。こういう言葉は、たぶん、壁に貼るよりも机の引き出しに入れておくほうが効く。

第十九章 小さな失敗の保存

春先のある日、ダッシュボードに小さな赤い点が灯った。Hub の NSG に意図しない許可が混ざっていた。演習で見つかったが、放っておけば事故の芽になる。律斗が図面のその線を太くし、蓮斗が Runbook に「なぜ必要か」「どれだけの期間か」「代替は何か」を書き足し、叶多が“断るテンプレ”の語尾を少し柔らかくした。僕は広報側の「小さな失敗の保存箱」に一段加えた。失敗は、文化の一部だ。保存されない失敗は、いつか同じ顔で戻ってくる。ふみかが「“失敗学”って、ださい言葉を可愛く言うと何になる?」と僕に訊ねる。「“学び直し”」「いいね。看板にする」看板は次の週、オレンジと青で描かれ、社内の掲示板に貼られた。

第二十章 四月の雨と起点

新年度、広告のコピーを少しだけ改稿した。語尾の角を取って、息継ぎの位置を前に寄せる。——監視も広報も、すべては“伝わる”が起点になる。“伝える”ではなく“伝わる”。僕らが動かすのは口ではなく胸、耳ではなく背中だからだ。やまにゃんが机の上で回転し、「起点っておいしい?」と聞く。「おいしい。フォカッチャの焦げた端っこの味」「わかったような、わからないような」「わからなくていい。味だから」猫は不満げに僕を見上げたが、しっぽで机をとんと叩くリズムは、どこか満足げだった。

終章 眠りの音量

今年もまた、ポスターの前に立つ。オレンジの背景に、過去の自分がタブレットを抱えて笑っている。僕は彼に「よくやった」とは言わない。「よく眠った?」とだけ訊く。眠れるように、譜面を整える。眠れるように、言葉を削る。眠れるように、数字を曲にする。監視も広報も、すべては伝わるが起点になる。伝わったあとに、誰かが眠れるなら、起点は成功だ。起点は、終点の別名だ。事務所の灯りを落とすと、窓の外で静岡の夜がゆっくりと呼吸を始める。遠くで電車が一本すれ違い、駅のホームのアナウンスが風にちぎれて届く。僕はやまにゃんの頭をひとなでして、シャッターを下ろした。良い静けさが、街に広がっていく。それは音がしない。けれど確かに、胸の奥で鳴っている。

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