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第5章 比較法の俯瞰:EUの「連結契約」と英国のconnected lender liability

  • 山崎行政書士事務所
  • 9月30日
  • 読了時間: 6分
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5.1 比較法の目的と読み方

本章は、前章までに示した限定的一体視(相対効の限定修正)を、国際的な文脈に置き直して検証する。焦点は二つである。(1) EUの「連結契約(linked credit agreement)」が示す構造的把握、(2) 英国のconnected lender liability(消費者信用法)が体現する積極的責任の付与、である。両者は、日本法の抗弁接続(防御効中心)と対照しつつ、救済の射程密度を調整するうえで有益な比較軸となる。

5.2 EUの「連結契約」:構造ベースの一体把握

EUの消費者信用法制は、供給契約(売買・役務)と信用契約(クレジット)との構造的連関を概念化し、**「連結契約」**として定義づける。中核は次の三点である。

  • 目的の特定性:信用が特定の供給契約のみに従属していること(専らその資金化のために付与されたこと)。

  • 連携関係:信用契約が、供給者またはその手配と組織的に連携して締結されていること。

  • 効果の波及:供給契約の履行障害・解除・取消等があるときに、信用契約側の拘束から消費者を解放し得ること(支払の停止・巻戻しの道)。

この枠組みは、「誰が悪いか」を事後的に追及するより先に、構造的に一体であるがゆえに効果が連鎖する、という前向きの設計に特色がある。救済の第一次的焦点は、拘束からの解放(防御)であり、必要に応じ返還・清算へと接続する。

含意:EUの枠組みは、「牽連性の強い二契約」を最初から一つの連鎖として読む。これは本稿の限定的一体視と親和的であり、制度の言語として輸入可能である。

5.3 EUの運用論点:BNPL・小口・短期の包摂

近時のEU議論は、小口・短期・手数料内包型を含む新型の信用供与(BNPLを含む)を政策的射程に収める方向で進む。運用上の論点は次の三つ。

  • 適用範囲の明確化:従来の除外に該当しやすい短期・少額クレジットを段階的に包摂する。

  • 情報・UI/UX規律:費用・分割・遅延時の帰結・苦情窓口等の即時・平易表示

  • 手続的救済:未着・瑕疵時の支払停止→調査→清算標準プロトコル化。

示唆:日本での準接続(契約条項・自主規制)設計は、EUの連結契約的思考を私法ツールで再現するアプローチと合致する。

5.4 英国:connected lender liability(積極責任モデル)

英国の消費者信用法は、一定の連関のもとで、**クレジット供与者に供給者と同等の責任(共同・連帯的性格)**を認める。骨子は以下のとおり。

  • 連関の基準:信用が特定取引の資金化に実質的に利用され、供給者との**コネクション(connectedness)**があること。

  • 責任の性質:供給者の契約違反・誤表示に対し、クレジット供与者が積極的に責任を負い得る(防御効を超える)。

  • 実務の重心:消費者はカード会社等へ直接請求をかけ、補償・返金・チャージバックにより迅速な救済を得る運用が広がる。

含意:英国モデルは、防御効(支払停止)に留まらず、積極的な回復を迅速に実現する点で、救済の密度が高い。他方、流動化・価格付けへの影響をどう吸収するかが制度設計上の課題となる。

5.5 日・EU・英の三者比較:救済の「密度」と「広がり」

以下の二軸で位置づけると理解しやすい。

  • 横軸(広がり):適用範囲(類型・金額・期間・UI要件)。

  • 縦軸(密度):救済の厚み(防御効止まり ↔ 積極責任・賠償まで)。

救済密度↑
 英国(積極責任・直接請求)
  │
  │        EU(連結契約:防御効+巻戻し)
  │     /
  │   /
  │/
 日本(抗弁接続:防御効中心) ─────────→ 救済広がり(類型・適用範囲)→
  • 日本防御効中心で要件明確。安定性は高いが、**空隙(短期・少額等)**が残りやすい。

  • EU構造的把握により、中位の密度で広い包摂を志向。

  • 英国高密度の積極責任。救済は厚いが、リスクの価格転嫁市場への波及が政策課題。

5.6 日本実務への移植可能性:四つの提案

  1. 準接続の条項化(BNPL等)法定の抗弁接続が及ばない類型に、停止→調査→清算契約自動実行を埋め込む。

  2. 表示・UIの標準化EU型アプローチを参考に、費用・遅延帰結・苦情手順即時・平易表示業界規格として明文化。

  3. 加盟店モニタリングの共同化英国の実務が示す迅速救済を支えるため、KPI(苦情率・返金率・チャージバック率)に基づく凍結・精算留保ネットワーク規範として標準化。

  4. 譲渡・流動化対応英国の積極責任ほどは広げずとも、停止・清算の発動条件データパックとして開示・表明保証化し、価格モデルに織り込む。

5.7 BNPL・プラットフォーム時代の比較法的論点

  • 短期・少額の包摂:EUは政策的包摂、英国は既存枠の適用拡張の余地、日本は準接続の私法設計で先回り対応。

  • 多層プラットフォーム:マーケットプレイス/PSP/与信主体の三層連携。EU的には構造把握、英国的には直接請求のルート整備。日本は苦情ハブ+立替留保規格化

  • UI/UX規律:表示・同意・解約フローのダークパターン回避が共通アジェンダ。

5.8 規範設計の選択肢:三モデルのハイブリッド

  • 基層(必須):日本の抗弁接続を中核に、限定的一体視を貫く。

  • 補層(空隙充填):EU型の連結契約思考準接続条項で再現(BNPL等)。

  • 選択層(高リスク商材):英国型の積極責任に近い取扱い(限定カテゴリー)を自主規制保険・リザーブとセットで試行。

方針:全件で英国型に寄せるのではなく、リスクに応じた層別運用で、救済の厚みと市場流動性のトレードオフを最適化する。

5.9 クロスボーダー案件の実務チェック

  • 準拠法・裁判管轄・紛争解決:消費者保護規定の強行性を確認。

  • カード・PSP・プラットフォーム契約の相互参照:停止・清算の互換性を事前に整える。

  • 情報パック:停止・取消・清算の発動条件・件数・損失率定型開示

  • データ越境:苦情ログ・KPIの域外移転に関する同意・最小化・保存期間。

5.10 章末小括(第6章への接続)

本章は、EU=構造連結(防御+巻戻し)、**英国=積極責任(直接請求)という対照的モデルを俯瞰し、日本の抗弁接続(防御効中心)**との三者比較から、ハイブリッド化の設計指針を導いた。結論は次の三点である。

  1. 限定的一体視は、EUの連結契約と高い整合性を持つ。

  2. 積極責任の全面採用は慎重であるべきだが、高リスク領域では限定導入の余地がある。

  3. BNPL・プラットフォームには、準接続条項+苦情ハブ+立替留保という私法・運用の三点セットが有効である。次章(第6章)では、これら比較法の含意を踏まえ、本稿の中心ツールである**「統合性(Integrated-Contract)テスト」**(五つの要素)を精緻化し、実装可能な判断手順へと落とし込む。

 
 
 

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