第8章 モデル条項案:クロス・レメディ/モニタリング/情報連携/リスク・キャッピング/流動化対応
- 山崎行政書士事務所
- 9月30日
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総注:以下は、三者関係(売主=「乙」・与信主体=「甲」・消費者=「丙」)を前提とする**「三者基本条項」の標準案である。実務では、(A)三者合意として一括で締結する方式、または(B)「甲—乙基本契約」「甲—丙与信契約」「乙—丙売買契約」に相互参照条項**として埋め込む方式のいずれかを採る。強行法規・個別業法・監督指針に反しない限りで調整すること。
8.1 定義・適用範囲条項(Definitions & Scope)
第1条(定義)本条項において、次の用語は以下の意義を有する。
「取引」:丙が乙から物品又は役務(以下「供給」)の提供を受け、甲の与信により代金決済が行われる一連の行為。
「与信契約」:甲と丙の間の立替払・分割払その他の信用供与契約。
「売買契約等」:乙と丙の間の売買又は役務提供契約。
「加盟店契約」:甲と乙の間の加盟店・立替・精算等に関する契約。
「停止」:本章に基づき、甲が丙に対する支払請求・回収・信用情報登録等を暫定的に凍結する措置。
「清算」:取消・解除・履行補充の結果に応じ、既払金の返還・相殺・求償等を行う手続。
「KPI」:苦情率、返金率、チャージバック率、配送遅延率、取消率その他別紙1に定める指標。
「準接続」:本条項により法定の抗弁接続に準じた停止・清算効果を契約上付与すること。
第2条(適用範囲)本条項は、消費者である丙を相手方とする取引に適用する。事業者間取引及び強行法の適用除外に該当する場合は、本条項のうち適用を妥当としない部分は適用しない。
ドラフターズ・ノート:定義は三契約関係を貫く言葉を整える。射程の外縁(B2B、強行法除外)を明記して過度な波及を防ぐ。
8.2 クロス・レメディ条項(Cross-Remedies)
第3条(支払停止の発動)
丙が、未着、不完全履行、重大な瑕疵、継続役務の中断、不実告知その他売買契約等に係る合理的な抗弁事由を疎明して甲に申立てたときは、甲は当該取引に係る請求・回収及び信用情報登録を直ちに停止する。
停止は暫定措置とし、甲は7営業日以内に一次審査、21営業日以内に乙との共同調査を行い、30営業日以内に処理方針(取消・解除・履行補充)を丙へ通知する。
停止期間中は遅延損害金を発生させない。丙が正当な理由なく調査に協力しない場合は、この限りでない。
停止は争点部分に限り行うことができる。
第4条(取消・解除の波及)
売買契約等が丙の適法な意思表示により取消された場合、与信契約は当該取引に係る範囲で遡及的に拘束力を失う。
売買契約等が解除された場合、与信契約は将来に向かって当該取引に係る請求を停止し、既払金は第5条に従い清算する。
第5条(清算)
取消時の返還額は、丙の総既払金から現存利益及び丙負担とする相当費用を控除して算定する。物品は原則現物返還により清算する。
解除時の返還額は、提供済み部分の客観価額及び金融費用の期間按分相当額を控除して算定する。
清算の算式、相殺順序、期限及び手段は**別紙2(清算計算式)**に定める。
ドラフターズ・ノート:第3〜5条は限定的一体視の中核。「即時停止→時限審査→処理方針通知→清算」のReSET/SLAを条文化する。
8.3 モニタリング・是正条項(Monitoring & Remediation)
第6条(加盟店の調査・監督)
乙は、甲の定める加盟店審査を受ける。甲は乙の勧誘・説明・配送・苦情対応につき、別紙1のKPIに基づき継続モニタリングを行う。
KPIが基準値を超過した場合、甲は次の是正措置を段階的に講ずる。 (1) 改善計画の提出及び履行報告 (2) 新規受付の一時停止、立替の一部留保(リザーブ) (3) 問題取引の立替留保、返金の先行実施 (4) 加盟店契約の解除
乙は、甲の合理的な調査に協力し、必要書類・記録を期限内に提出する。
第7条(立替留保・エスクロー)甲は、配送・引渡確認、継続役務の一定提供割合の達成、苦情発生率の推移等の条件を満たすまで、立替金の全部又は一部を留保できる。
ドラフターズ・ノート:KPI×段階的是正を契約に内蔵し、停止・清算の事後コストを予防コストへシフトする。
8.4 情報連携・証拠・プライバシー条項(Information & Evidence)
第8条(情報共有と記録)
乙は、売買契約等、説明資料、広告・台本、申込導線の画面、配送・受領記録、役務提供記録、苦情ログその他調査に必要な記録を電磁的記録で保存し、甲及び丙の合理的請求に応じ共同調査の目的の範囲で提供する。
甲は、与信審査・請求・回収ログ、停止・清算の処理記録を保存し、丙に対し理由付記した通知を行う。
個人情報及び営業秘密は、目的限定・最小化・保存期間限定の原則で取り扱う。
第9条(可監査性)本条項に基づく停止・清算の判断根拠は、後日の監査・紛争解決に耐えるよう、再現可能性を備えた形で記録・保存する。
ドラフターズ・ノート:第8〜9条は可監査性の担保。停止・清算の正当性は証拠の質で決まる。
8.5 リスク・キャッピング条項(Risk Capping)
第10条(費用分担と上限)
売買契約等の履行不全が乙の帰責に基づく場合、清算・返金・返品・再配送等の費用は原則として乙が負担する。
甲の加盟店監督に重大な瑕疵があるときは、当該瑕疵に相当する割合で費用按分を行う。
乙が負担する最大額(立替金返還・手数料返還・付随費用の合計)は、別紙3(上限テーブル)に定める。ただし、乙の故意又は重大な過失がある場合は上限を適用しない。
乙は、指定の履行保証保険又はリザーブ口座を維持する。
ドラフターズ・ノート:上限は軽過失域での予見可能性確保に有効。重過失・故意は上限除外でモラルハザードを抑制。
8.6 準接続条項(BNPL・短期少額向け)
第11条(準接続の合意)
与信契約が短期・少額等の理由により法定の抗弁接続の適用対象外となる場合でも、甲・乙・丙は、本条項に基づき第3条〜第5条の効果を準用する。
甲は、準接続に基づく停止・清算を実施したときは、その結果を理由付記して丙及び乙に通知する。
本条は強行法の趣旨を損なわない範囲で解釈される。
ドラフターズ・ノート:空隙充填のための契約実装。UIで準接続の存在を即時・平易に表示する。
8.7 債権譲渡・流動化条項(Assignment & Securitization)
第12条(譲渡時の効力の承継)
甲が与信債権を第三者に譲渡又は流動化する場合、甲は当該第三者に対し、本条項に基づく停止・清算に関する丙の防御権が存続し、かつ行使可能であることを契約上承継させる。
甲は、譲受人に対し、停止・取消・清算の発動条件・件数・損失率等の情報を定型パックとして提供し、必要に応じ買戻条項を設ける。
譲渡の事実は、丙に対し適時に通知される。
ドラフターズ・ノート:パス・スルーと情報パックで市場の予見可能性を確保。投資家側の価格付けに織り込ませる。
8.8 手続・SLA条項(Procedure & SLA)
第13条(時限手続)停止・調査・評価・清算の標準スケジュールは、別紙4(時限手続表)に定める。各期限の延長は正当理由の開示と暫定救済の維持を条件とする。
第14条(理由付記・部分停止)甲は、停止・不停止・限定停止のいずれの判断についても理由付記し、争点部分のみの部分停止を原則とする。
ドラフターズ・ノート:ReSET原則(迅速・対称・説明可能・最小侵害)を条文化。
8.9 表示・UI/UX条項(Disclosure & UX)
第15条(主要条件の即時表示)乙及び甲は、申込導線上で、分割条件、費用、遅延時の帰結、解約・停止手順、苦情窓口を平易かつ視認可能に表示し、丙の同意ログを保存する。
ドラフターズ・ノート:UI/UXは**E(合理的期待)**要素のコア。ダークパターンの排除を明文化。
8.10 優先関係・変更管理・存続(Boilerplate)
第16条(優先関係)本条項は、売買契約等、与信契約及び加盟店契約の各約款と併存し、相反する場合には、本条項のうち消費者保護に資する部分が優先する。
第17条(変更管理)KPI基準値、別紙の算式・手続は、合理的な範囲で改定できる。改定は事前に乙・丙へ通知し、新規申込に適用する。既存取引への適用は、丙の不利益とならない範囲に限る。
第18条(存続)停止・清算・情報記録・パス・スルーに関する規定は、取引終了後も存続する。
8.11 別紙(雛形)
別紙1:KPIおよび基準値(例)
苦情率(月次・取引件数比)≦ 1.0%(警戒域1.5%、要是正2.0%)
返金率(月次)≦ 0.5%(警戒域0.8%、要是正1.0%)
チャージバック率(月次)≦ 0.3%(警戒域0.5%、要是正0.7%)
配送遅延率(予定日+7日超)≦ 1.0%
取消率(契約後30日以内)≦ 1.2%※ 業種別に補正係数を設定。
別紙2:清算計算式(要約)
取消(ex tunc): 返金額 = 総既払金 − 現存利益 − 丙負担費用 ※ 物品は現物返還原則、金融費用は原則返還。
解除(ex nunc): 返金額 = 総既払金 −〔客観価額(時間×品質係数)+金融費用の期間按分〕− 丙負担費用 相殺順序:①金融費用減免→②元本→③付随給付。
別紙3:費用分担上限テーブル(例)
乙の軽過失:立替金返還+費用負担の合計=取引総額の20%上限
乙の重過失:上限適用なし
甲の監督瑕疵:費用按分率=瑕疵寄与割合(内部監査判定)
高リスク商材:**追加リザーブ5〜15%**設定
別紙4:時限手続表(SLA)
T+0:停止申立受理→即時停止判定
T+7:一次審査完了(形式要件・基礎資料確認)
T+21:共同調査(オンライン協議・代替案提示)
T+30:法的評価通知(取消/解除/補充)
T+45:返金・相殺・求償実施
T+60:レビュー(KPI更新・再発防止)
8.12 バリアント(用途別の軽量版)
8.12.1 BNPL軽量版(翌月一括・少額)
第3条の停止は金額閾値と商材ホワイトリストに連動。
立替留保は配送トラッキング連動で自動化。
別紙2の清算は簡易算式(期間按分を省略)を用いる。
8.12.2 継続役務特化版
品質係数qの決定を成果指標(出席率・提出率・達成度)に連動。
中途解約時の現存利益算定基準を契約本文に明記。
8.12.3 高リスク商材版(例:訪販型、医療類似役務等)
立替留保比率を初期高めに設定、KPI改善で段階解放。
甲・乙共同の苦情ハブ運用を必須化。
8.13 実務運用メモ(チェックリスト)
主要条項は三契約すべてに相互参照を入れる(ズレ防止)。
UI/UX表示と同意ログの取得・保存を必須運用に。
停止・清算の理由付記テンプレートを標準化。
譲渡・流動化前に情報パックを整備(停止率・清算損失率の履歴)。
研修と監査:年次でケース演習とランダムレビューを実施。
章末小括(第9章への接続)
本章は、限定的一体視を日常運用へ埋め込むための契約アーキテクチャを提示した。コアは、
クロス・レメディ(停止→取消/解除→清算)の条文化、
KPIモニタリング×段階的是正、
情報連携・可監査性、
リスク・キャッピングとパス・スルー(流動化対応)、
準接続(BNPL空隙の契約実装)、である。次章(第9章)では、これら条項をBNPL・プラットフォーム時代の具体的課題へ当てはめ、運用指針を提示する。





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