説2025――Credit‑Stack 2.0
- 山崎行政書士事務所
- 10月2日
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取引信用制度・保証・手形小切手法の現代化:保証の“補充性”を守り、信用の“可搬性”を高め、紙の制度を“記録主義”へ移行する
0 要旨(結論先出し)
保証は“補充性”を中核に再設計:個人保証は原則縮減・例外限定、残すなら極度額 × 意思確認 × 情報提供 × 期間SLAを“最低仕様”に。銀行等の信用供与は**保証に依存しない審査(キャッシュフロー×データ)**への転換を図る。
手形・小切手の機能は“紙”から“記録”へ移植:**電子記録債権(でんさい等)を商事の基礎装置に据え、善意取得・人的抗弁切断・遡及責任の設計をログ(記録原簿)**で担保。
統合コーデックス(仮称:Electronic Credit Instruments Code):民法・手形小切手法・電子記録債権法を**コア原理(私法の一般則)と運用則(記録・提出・時効・保証記録)**に再配線し、紙制度にはサンセットを設ける。
1 問題の所在:理論と現場の“噛み合わなさ”
保証の二面性――保証は本来補充的(主たる債務者が履行できない場合の補助)であるのに、実務では担保的(与信の代替)に使われやすい。連帯保証が“デフォルト化”する中で、保証人保護と与信の機動性が衝突してきた。
紙の制度の摩耗――為替手形・約束手形・小切手は、裏書・呈示・文言性・所持人主義という紙前提の法技術に支えられてきたが、電子化・即時決済の常態では遅延・紛失・二重譲渡リスク・印紙税等の摩擦が高い。
電子記録への移行――電子記録債権法は、発生・譲渡・保証の効力を“記録原簿”で確定し、紙の機能をログに置換する枠組みを整えたが、保証法理や手形法の一般原理との接続ルールが十分に“体系化”されていない。
山崎説は、(A)保証(Surety)、(B)信用流通(Negotiability)、(C)**統合法源(Code)**の三層で、理論と実務の段差を埋める。
2 保証の再設計――“補充性”の回復と“計測可能”な義務
2.1 改正民法が投げたボール(要点の整理)
極度額(キャップ)の必須化:個人を保証人とする根保証には極度額の定めがないと無効。
意思確認の公正証書:事業のために負担する貸金等債務の個人保証は、公証人による保証意思宣明公正証書を要件化。
情報提供義務:主債務者は、保証委託に際し財産状況・他債務・担保の有無等を提供する義務。これらは個人保証の安全装置だが、運用の最小仕様を明確化しないと現場で“形骸化”しうる。
2.2 山崎説のTSA(Tiered‑Surety Architecture)
層1:禁止帯
個人の“包括連帯保証”(極度額なし・期間無限定)は原則禁止。
金融機関の新規与信は、個人保証なしの審査フロー(キャッシュフロー、債権回収力、担保評価)をデフォルトに。
層2:例外帯(限定許容)
Cap & Will:極度額+意思宣明公正証書+期間SLA(最大2年・更新時再審査)。
Info‑Asymmetry Charge:情報提供違反があれば保証責任を比例減免。
Event‑Reunderwriting:主要財務KPIの逸脱・主たる債務の内容変更・担保放棄等の重大変更時は保証の再アンダーライティング(同意なき拡張は対抗不可)。
層3:法人・専門保証
信用補完事業者(保証会社等)・団体保証に誘導。価格はリスクに連動(料率×回収実績)。
回収システムは**ログ(A‑Private)**で標準化し、求償権の透明性を高める。
核心:保証を“与信の代替”から“限定的な安全弁”に戻す。極度額・意思・情報・期間を計測可能な義務にして、補充性を制度として再起動する。
3 “紙から記録へ”:手形・小切手の機能移植
3.1 置換の基本設計
所持人主義 → 記録主義:権利者は記録原簿上の名義で確定。善意取得・人的抗弁切断の効果は記録ルールで担保。
裏書/遡及 → 譲渡記録/保証記録:譲渡は譲渡記録、裏書人の遡及責任は**“譲渡保証記録”**として付随(当事者が除外合意すれば外せる)。
振出/呈示 → 発生記録/支払処理:支払期日到来時は引落・入金の処理ログで履行確認(呈示・拒証の手続は電子通知で代替)。
3.2 “電子記録保証”の位置づけ
電子記録保証は、電子記録債権の債務を主たる債務とする保証で、記録原簿への保証記録を要件とする独自制度。
これは民法上の連帯保証を自動適用しない(制度上の設計が異なる)。手形の担保裏書に近い“遡及責任”の記録化として理解すべきで、当事者の選択で**“保証なし譲渡”**も可能。
実務指針:
B2Bの支払手段としてでんさい+(必要に応じ)譲渡保証記録をデフォルトに。
“過剰保証”を避けるため、単独保証記録の利用は例外運用(理由と代替策をログ化)。
3.3 手形・小切手法の“統合アップデート”
文言性は記録事項の限定列挙で継承(発生・譲渡・期日・金額・条件・保証記録等)。
無因性は記録原簿参照に限定し、外部合意での対抗を狭める。
時効・支払呈示等の紙前提規定は電子通知・到達ログ・アクセスログで置換。
紙制度のサンセット:約束手形の利用廃止目標を踏まえ、小切手・為替手形も例外化(裁判外の“紙”は5年で終了、裁判所提出や国際例外は暫定存置)。
4 Electronic Credit Instruments Code(統合コーデックス)案
4.1 二層法源(Core/Ops)
Core(統一私法):債権譲渡・保証・抗弁切断・善意取得の原理を一本化。
Ops(運用準則):記録要件・通知SLA・保証記録類型・時効・障害時の代替経路等を3年ごとに見直す。
4.2 条文化の叩き台(抜粋)
第1条(目的) 本法は、紙の信用装置の機能を電子記録へ移植し、取引信用の安全と迅速を両立させる。
第2条(記録主義) 権利は記録原簿への記録により発生・譲渡する。
第3条(抗弁切断) 対価関係その他の人的抗弁は、善意の記録取得者には対抗できない。
第4条(保証記録) 譲渡保証記録は譲渡に随伴し、単独保証記録は当事者の同意と承諾ログを要する。
第5条(通知SLA) 支払拒絶・期限前買取等の通知は定められた時間内に電子的に行う。
第6条(紙の例外) 紙の為替手形・小切手は限定用途にのみ許容し、施行後5年で原則停止。
5 実務アーキテクチャ(A‑Private:監査可能私法)
Consent‑Receipt:保証契約・譲渡保証・単独保証の同意画面・言語・時刻印・ハッシュを保存。
Delivery‑Receipt:発生記録・譲渡記録・支払処理のイベントログを保全(台帳→企業会計・監査へ自動連携)。
Remedy‑Receipt:支払不能・期日前買取・抗弁主張の通知・到達をログ化。
立証配分:ログ不備側に不利推定(抗弁や免責の主張は記録提出が前提)。
6 論点別の山崎案
6.1 保証人責任の構造(補充性 vs 担保性)
原則:単純保証を基本、連帯保証は例外。個人はCap & Will & Info & Timeの四点セットがない限り無効推定。
拡張:保証の履行順序(主債務→担保→保証)を契約テンプレで明記し、“補充性”を運用で可視化。
解除・縮減:債務内容の変更・担保放棄等は保証の範囲を自動縮減(合意なき負担増は“対抗不可”)。
6.2 電子記録債権 × 連鎖保証(SCF)
サプライチェーン・ファイナンスでは、譲渡保証記録を自動付与し、譲渡ノイズを最小化。
再譲渡時は、保証の連鎖(遡及)の切断可否を取引先の信用度で選択(デフォルトは付与、信用力が高い受取人には免除)。
6.3 時効と取戻し
電子記録債権の時効(短期)をOpsで明確化し、中断(更新)は記録原簿のイベントで処理。
善意取得の保護と盗難・誤記録の修補はADR+緊急フラグ(一時停止→審査→再開)で均衡。
6.4 国際接続
海外の電子債権・電子船荷証券との相互運用は、“支配※control”概念(鍵管理・アクセス権)と**“記録主義”の相互承認を前提に相互実行性条項**を用意。
7 モデル条項(抜粋)
(個人根保証の必須要件)本保証は、極度額〇〇円、保証期間〇年、事業目的〇〇に限る。公証人作成の保証意思宣明公正証書番号〇〇を引用する。主債務者は民法第465条の10所定の情報を別紙のとおり開示した。
(補充性条項)債権者は、保証人に履行を請求する前に、主たる債務者への請求および設定担保の実行につき商慣行上相当な措置をとる。ただし、倒産手続開始その他の合理的理由がある場合はこの限りでない。
(記録保証の限定)本電子記録債権の譲渡に際し、譲渡保証記録を付与する(/しない)。単独保証記録を行う場合、保証人の承諾ログ(時刻/端末/二要素認証)を添付する。
(重大変更時の再アンダーライティング)主債務の額・利率・期限・担保について重大な変更がある場合、保証は当該変更部分に対抗しない。保証を継続するには保証人の書面又は同等の電子記録による明示同意を要する。
8 導入ロードマップ(90→180日)
0–30日:個人保証の棚卸し(極度額・期間・意思記録・情報提供ログの有無)/でんさい移行計画の策定。
31–90日:テンプレ刷新(補充性条項・再アンダーライティング条項・記録保証の選択肢)/記録API接続(発生・譲渡・保証)。
91–180日:紙→記録の切替(支払手段・割引・担保)/ADRスキーム(誤記録・盗難時の保全)を社内規程化。紙制度の廃止スケジュールを公開。
9 反論への応答
「個人保証を絞ると中小の資金繰りが悪化」:信用補完の担い手を専門保証・保険・SCFに移し、データ与信(売上・口座・税情報)で代替。個人の網羅保証は与信審査の怠慢を隠すだけだ。
「譲渡保証は二重の責任で重すぎる」:保証なし譲渡を明示オプションに。上流の信用力に応じて保証を脱着できる設計にする。
「紙の法理が消えると紛争時に困る」:文言性・無因性・善意取得は記録主義で別様に具現化できる。必要なのは**“紙”ではなく“検証可能性”**だ。
10 結語――保証は“安全弁”、信用は“ログで流通”
取引信用の生命線は、与信の質と流通の安全である。保証は補充性を取り戻し、極度額・意思・情報・期間で人間を守る。手形・小切手の機能は電子記録に移し、権利の帰属・移転・履行をログで証明する。Credit‑Stack 2.0――コア原理は私法、運用は記録主義。紙の時代の技術を尊重しつつ、その理念(抽象・迅速・流通安全)をデジタルで再実装することが、2025年の日本に求められる解である。
参照リンク集
保証・民法(総論・改正点)法務省「保証に関する民法改正(2020年施行)パンフレット」https://www.moj.go.jp/content/001399956.pdf民法(e‑Gov法令検索)https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089民法465条の2(極度額)解説(参考)https://www.sfbs.co.jp/topics/law-3/民法465条の10(情報提供義務)解説(参考)https://www.crear-ac.co.jp/shoshi/takuitsu_minpou/minpou_0465-10/保証意思宣明公正証書(制度解説・参考)https://urawa-notary.com/pages/29/英語解説(Notarial instrument requirement: Art.465-6)https://www.noandt.com/wp-content/uploads/2020/10/cp_gpg_BankingFinance_2020_japan.pdfhttps://kslaw.jp/en/column/detail/5931/
手形・小切手の見直し(政策・解説)経済産業省「2026年の約束手形の利用廃止に向けた取組」https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230222001/20230222001-2.pdf概説記事(参考)https://www.freee.co.jp/kb/kb-trend/abolition-of-bills/https://www.freee.co.jp/kb/kb-trend/electronic-debt/https://biz.moneyforward.com/accounting/basic/77546/日本銀行「決済システムの概説(電子記録債権の位置づけ)」https://www.boj.or.jp/en/paym/outline/pay_boj/pss1212a.pdf
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