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青い炉心の鼓動

  • 山崎行政書士事務所
  • 8 時間前
  • 読了時間: 6分




1. 世界記録の予兆

西暦2084年。地球温暖化をギリギリで抑止してきた各国政府は、再生エネルギーや高度な蓄電を駆使しながら新たな産業構造を築き上げつつあった。しかし長期的にはまだ決定的な解決策が見えていない。人口増加とエネルギー需要の高まりは、今でも大きな課題である。

そんな中、コバルト・エンジニアリング社が開発を進めてきた核融合炉「ロータス炉」の最終実験が近づいていた。ロータス炉は従来のトカマク型とは一線を画す“可変磁場圧縮”技術を採用しており、世界中から注目されている。今回の実験が成功すれば、人類は“星の原理”を地上で制御し、無限に近いエネルギーを得られる時代の入り口を迎える。メディアもこぞって「Q値(エネルギー増倍率)の世界記録更新」を期待していた。

2. 主人公・レイナ

レイナ・ペトリックはロータス炉計画の設計主任だ。かつては国立研究機関でトカマク実験に参加していたが、進展の遅れに不満を抱き、民間のコバルト社へ移籍した経緯がある。「国家プロジェクトでは規制や政治的思惑に振り回される。でも私は早く核融合を実用化して、人類の未来を変えたいんです」そう語るレイナの情熱は、周囲からしばしば“過激な理想主義”とも評される。しかし上層部や投資家は、そんな彼女のバイタリティに賭けてきたのだ。

実験を明日に控えた夜、レイナはロータス炉の磁場配置を確認するため工場棟にこもっていた。光学センサーが捉える炉心はまだ冷却されていて静かだが、明日には数億度のプラズマが生まれ、巨大なエネルギーを放つはずだ。

3. もう一つの競争

同じ頃、別の企業“バルトン・フュージョン社”も独自の高温超伝導炉でQ値10超を狙っているとの噂が流れ、コバルト社を慌てさせていた。もし先を越されれば投資は凍結されかねない。社内に漂う空気は緊張感でいっぱいだった。レイナも投資家や政治家の視線を痛いほど感じる。だが彼女の想いは「競争に勝ちたい」というより、「人類が核融合に失望しないように、この実験を成功させたい」という純粋な願いだった。

4. 実験開始

翌朝、広大な炉室には選りすぐりの技術陣とジャーナリストが詰めかけた。プレスルームのモニターでは、炉心の温度や磁場、Q値がリアルタイムに映し出される。レイナは管制席に座り、チームリーダーとして各システムをチェック。「プラズマ予熱、正常。磁場強度20テスラ、オールグリーン……。よし、D-T燃料を徐々に投入して」炉心カメラには淡い青色の光が見え始め、やがてそれが青白く激しく揺らぐプラズマへと変化する。

「加熱出力60MW……反応出力は?」すぐに助手が叫ぶ。「リアクター出力は200MW……300MW……!」レイナは画面上で急増する数値を凝視しながら、冷静に制御パラメータを補正する。「もっとイオンビームを上げて。少しずつ……暴走しないように」

5. 制御トラブル

数秒後、磁場センサーが微弱な異常振動を検知した。炉心の一部に渦流が発生しかけているのだ。「警告:プラズマカラムに不安定モード。射流形成が進行中……!」もしこれが大きくなれば、炉壁にダメージを与えて装置を破損しかねない。見学席のメディア関係者はざわめき、社の投資家も青ざめた顔をする。「大丈夫。ここであきらめちゃダメ……」レイナは手動で制御シーケンスを切り替え、予備の磁場シム補正を起動。するとプラズマの揺らぎが収まり始める。「よし……持ちこたえたわ」

6. Q=10の瞬間

さらに数秒後、燃焼のピークに達したロータス炉は、一気に出力を跳ね上げた。モニター上ではエネルギー増倍率(Q値)が**「10.3」**を記録し、世界初の二桁Q値達成という歴史的瞬間を迎える。「Q=10.3……!」管制室に歓声が湧き、拍手と喝采が巻き起こる。プレスルームでも興奮の声が飛び交い、ネット中継を見ていた世界の人々がSNSで祝福の嵐を巻き起こす。レイナは胸を押さえて小さくつぶやく。「やった……やった……ついにここまで……!」

しかし浮かれてはいられない。反応がピークを超えてから、炉を安全に停止させるまでも緊張の連続だ。もし急速に冷却しすぎればトリチウムの回収がうまくいかないし、磁場の乱れでクエンチを起こす可能性もある。レイナとチームは慎重にシーケンスを進め、無事プラズマ消火に成功。こうして世界初の「Q値10超」達成実験は、大きな成果とともに幕を下ろした。

7. 外に広がる波紋

実験から数時間後、ニュースチャンネルはコバルト社の功績を大々的に報じ、「核融合の新時代が始まる」と大々的に宣言。競合するバルトン社は祝辞を述べつつも、新型炉で追随を誓い、さらなる競争が予感される。政府関係者も「石油・天然ガス中心の時代は終わりを告げるだろう。20年後には世界の基幹電源の半分を核融合が担う可能性がある」とコメントし、株式市場は活気づく。投資家たちもこぞって核融合関連銘柄を買い漁る。

8. 人々の想い

レイナは実験場を後にして、工場棟の外へ出る。そこでは記者会見を終えたCEOや科学者たちが祝賀ムードに包まれている。だがレイナは、砂ぼこりが舞う夕暮れの空を見上げていた。「これで本当に、人類は“星の力”を手に入れたと言えるのかな……?」

かつて何度も核融合は“夢の技術”と呼ばれ、資金難や政治的な障壁、競争が原因で頓挫してきた歴史がある。レイナ自身、いまだに燃料となるトリチウムの大量生産や、廃棄物問題、建設コストなど課題が山積みだと知っている。しかし、それでもレイナは信じている。“初めの一歩”を踏み出したからこそ、人類はこの先、真にクリーンで豊富なエネルギーへ近づけるのだと。

後ろから声をかけられる。アシスタントのロイだ。「おめでとう、レイナ。メディアが君を“核融合の救世主”と呼び始めてるよ」レイナは頬を染め、苦笑する。「救世主だなんて……まだ課題だらけ。でも、できるだけ前を向いて進んでいきたいわ。今度は燃料ブランケットの改善に取り組む必要がある。これで終わりじゃないから」

9. エピローグ:青い炉心の鼓動

翌朝早く、工場棟に戻ったレイナはまだ誰もいない制御室でロータス炉を見上げる。昨夜の実験で一度の成功を収めた炉心は、静かに冷却されているが、そのポテンシャルはまだ限界を見せていない。炉内の壁材には新型のタングステン合金が使われ、マグネットは高温超伝導の最先端技術……世界中の英知を結集した結果が、今ここにあるのだ。

レイナはシステム画面を見つつ小さくつぶやく。「青く光るあのプラズマを、もっともっと安定して燃やせれば、地球だけじゃなく、月や火星、もっと遠い宇宙へ行く足掛かりにもなる。人類が夢見た未来が現実になるんだ……」

そう想像するだけで、胸が高鳴る。核融合が放つ美しい青白い光は、まさに星の力の一部。人類はこれまで幾多の困難を乗り越え、一歩ずつ近づいてきた。そして今、Q=10の瞬間を達成したのは新しい幕開け。光の炉心が鼓動するように、世界中のエンジニアや科学者、そして市井の人々の心にも、新たな期待が息づいている。核融合エネルギーは、どこまでも青い未来を照らすかもしれない――そんな希望に満ちた夜明けが、ここから始まる。

 
 
 

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