高圧アンモニア分解(クラッキング)プロセスの熱・経済最適化
- 山崎行政書士事務所
- 10月7日
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――膜反応器(MR)/自熱–電化ハイブリッド(HAVAC)/高圧運転の収率・純度・効率を実証比較し、最小 LCOH を設計する――
要旨(Abstract)
アンモニア(NH₃)を水素キャリアとして用いる場合、高圧での分解・純化・圧縮を一体最適化することが、CAPEX/OPEX と安全を同時に満たす鍵になる。反応は吸熱(理論最小 4.28 kWh/kg‑H₂)で、平衡は高温・低圧ほど有利。一方、水素選択膜により生成 H₂ を反応場から選択的に除去すれば、高圧でも平衡を超過できる。近年は、自熱(部分酸化由来の発熱)と電化(抵抗・誘導加熱)を組み合わせる HAVACや、高圧対応 Pd系膜反応器の実証が進み、H₂ 純度(ISO 14687 の NH₃ 0.1 ppm 要求)を満たしつつ、エネルギー強度・圧縮動力・設備規模の総合最適が視野に入ってきた。本稿は、①物理設計(反応・移動現象)、②プロセス構成(MR/HAVAC/高圧常圧式)、③**経済性(LCOH、CAPEX、電力価格感度)**の三層を結び、実装可能な最適化手順と試験設計を提示する。
1. 設計目標と制約(KPI と境界条件)
KPI:H₂ 収率(mol‑H₂/NH₃),H₂ 純度(H₂ ≧99.97–99.99%),NH₃スリップ(≦0.1 ppm),比エネルギー〔kWh/kg‑H₂〕,比 CAPEX〔$/kg‑H₂ h⁻¹〕,LCOH〔$/kg‑H₂〕,起動時間・動的追従。
境界:製品用 H₂ は ISO 14687 を満たす、NOₓゼロ排出(電化前提)又は低 NOₓ(燃焼支援),下流要求圧(例:20–70 MPa)に合わせ圧縮段数と中間冷却を設計。
触媒:Ru/Al₂O₃(高活性・高価),Ni 系(安価・高温側),Co 系(膜適合報告)。毒・熱衝撃に対する耐性を事前に評価。
2. 物理設計の骨子(高圧×膜×電化)
2.1 反応・平衡
2 NH3⇌N2+3 H2, ΔH298∘≈+92.4 kJ/mol (2NH3)2\,\mathrm{NH_3}\rightleftharpoons \mathrm{N_2}+3\,\mathrm{H_2},\ \Delta H^\circ_{298}\approx +92.4\ \mathrm{kJ/mol\,(2NH_3)}2NH3⇌N2+3H2, ΔH298∘≈+92.4 kJ/mol(2NH3)
高圧では平衡転化率が下がるが、H₂ 選択透過で反応場の H₂ 分圧を低下させれば見かけの平衡を押し上げられる。Pd 系膜では
JH2∝1δ (pH2,ret−pH2,perm)J_{\mathrm{H_2}}\propto \frac{1}{\delta}\!\left(\sqrt{p_{\mathrm{H_2},\mathrm{ret}}}-\sqrt{p_{\mathrm{H_2},\mathrm{perm}}}\right)JH2∝δ1(pH2,ret−pH2,perm)
であり、**高圧(retentate)×低圧(permeate)**の差圧が駆動力。膜厚 δ\deltaδ と耐久(機械・硫化)をトレードする。
2.2 熱統合
電化(抵抗・誘導・直接 Joule 加熱):NOₓゼロかつ応答性に優れる。小規模~断続運転向き。
自熱(少量 O₂ 供給の部分酸化):外部熱源を削減。ただしH₂ 収率低下とH₂O 生成を招くため、酸化比は極小域で最適化(HAVAC)。
排熱回収:粗製 H₂ の顕熱で給気予熱、圧縮機の段間冷却熱を給気予熱や吸着再生にリサイクル。
2.3 圧力レベルの設計思想
常圧反応→PSA→多段圧縮:装置単純・実績大。ただし圧縮電力が最大。
高圧反応(10–30 bar)→膜→中圧 H₂:平衡不利を膜で補償、圧縮電力を 0.5–1.5 kWh/kg‑H₂ 程度削減(生成側圧を高められた場合)。
高圧 MR(retentate 10–30 bar/permeate 1–5 bar)→段間膜・ブースタ:H₂ 純度と圧力の折衷。真空ポンプ vs ブースタ圧縮の最小エネルギ点を探索。
3. 構成別の実装比較(MR/HAVAC/高圧常圧式)
3.1 膜反応器(Pd, Pd‑Ag, 金属支持膜ほか)
長所:平衡超過転化,高純度 H₂(99.97–99.99% 領域)が反応器一体で得られる→NH₃ 0.1 ppmの純度要件達成が容易。低温化・小型化の余地。
短所:膜 CAPEX,膜シール/熱応力,毒物耐性(S・Cl・塵埃)の管理。permeate 圧力が低いと後段圧縮が必要。
設計ノート:膜厚 3–10 µm/有効面積 0.1–10 m²/管、permeate 0.1–5 bar,retentate 10–30 bar,500–650 °C。段間膜×再加熱が有効。
3.2 HAVAC(自熱×電化ハイブリッド)
長所:自熱で熱需要を賄いつつ、不足分を電化で補うため高い熱効率・低 NOₓ。中央分解・大規模に適合。
短所:微量酸素導入の安全設計・制御,H₂ 収率のわずかな目減り,生成水の処理。
設計ノート:酸化比・電化比・反応温度を同時最適化。膜併用で自熱のデメリット(収率低下)を相殺可能。
3.3 高圧・非膜(管式)+PSA
長所:高スループット・堅牢。PSAでN₂/Ar/未分解 NH₃を確実除去。
短所:圧縮→PSA→再圧縮で電力増。PSA 吸着剤のNH₃・水による劣化対策が必要。
4. 熱・経済最適化の定式化(多目的)
4.1 目的関数
minx {J1=LCOH, J2=Etot [kWh/kg-H2], J3=CAPEX/m˙H2}\min_{\mathbf{x}}\ \left\{J_1=\mathrm{LCOH},\ J_2=E_{\mathrm{tot}}\,[\mathrm{kWh/kg\text{-}H_2}],\ J_3=\mathrm{CAPEX}/\dot m_{H_2}\right\}xmin {J1=LCOH, J2=Etot[kWh/kg-H2], J3=CAPEX/m˙H2}
x\mathbf{x}x:反応温度 TTT,retentate 圧 PrP_rPr,permeate 圧 PpP_pPp,膜厚・面積,酸化比(HAVAC),電化比,熱回収率,圧縮段数・圧力比,PSA 循環比など。制約:純度(ISO 14687),NH₃≦0.1 ppm,NOₓ排出(選択),装置温度上限,安全余裕。
4.2 エネルギー・コストの算定
反応熱(理論下限):15.4 MJ/kg‑H₂(=4.28 kWh/kg‑H₂)。
圧縮仕事(近似):等温換算で W∝ln(P2/P1)W\propto \ln(P_2/P_1)W∝ln(P2/P1)。生成圧を上げるほど後段圧縮が軽減。
電力→熱:電化は COP=1 換算,燃焼は熱効率×回収率で補正。
CAPEX:膜面積・ Pd 原価,触媒装荷,耐熱容器,電加熱器,PSA,圧縮機,排熱交換器。
OPEX:NH₃価格,電力・燃料価格,膜交換周期,吸着剤再生・更新,計装保全。
4.3 最適化の経験則(傾向)
MR:Pr=10 − 20P_r=10\!-\!20Pr=10−20 bar,Pp=0.2 − 2P_p=0.2\!-\!2Pp=0.2−2 bar,T=520 − 600T=520\!-\!600T=520−600 °C,膜面積を平衡超過の臨界点まで拡げると、熱需要↓・圧縮電力↑の転換点が現れる。
HAVAC:酸化比は最小限(自熱成立の下限)に抑え、電化で微調整すると収率損失を最小化。膜追加で純度達成と温度低減を両立。
高圧・非膜+PSA:PSA 循環比と段間冷却の最適化が LCOH に支配的。**電化(ヒータ)**化により NOₓ対策・起動応答が改善。
5. 実証比較の試験設計(共通ベンチマーク)
対象:スループット 5–50 kg‑H₂ h⁻¹(スケール相当)、入口 NH₃ 供給 10–30 bar, 連続 500–650 °C。ケース:
A|MR(Pd‑Ag):retentate 15 bar/permeate 1 bar,電加熱,段間膜×2。
B|HAVAC:酸化比 0–小(数%域探索),電化併用,膜の有無で二態。
C|高圧・非膜+PSA:反応 10–20 bar,PSA 6–8 塔,電加熱 or 低 NOₓ バーナ。
計測:NH₃・N₂・H₂(ppm~%),NH₃スリップ(0.1 ppm検出限界),膜差圧・透過流量,熱収支(電力・燃料・回収熱),圧縮電力,起動・過渡応答,NOₓ(燃焼時),触媒劣化・膜健全性。合否(例):H₂ 純度≧99.97%,NH₃≦0.1 ppm,エネルギー強度≦6–8 kWh/kg‑H₂(電化寄与込み),連続 1000 h 無故障,起動≤30 min。
6. 統合プロセスの推奨アーキテクチャ
分散・小規模(数 kg‑H₂ h⁻¹級):電化 MR一択。NOₓゼロ,起動速い,NH₃ 0.1 ppm達成容易。
中規模(10–50 kg‑H₂ h⁻¹):MR+段間ブースタまたはHAVAC+膜。電力価格高なら自熱比を上げ、純度は膜で担保。
集中・大規模(≫50 kg‑H₂ h⁻¹):HAVAC 中央分解+膜 or PSA。熱統合・排熱回収の余地が大きく、LCOH 最小。
70 MPa 供給:生成側圧の底上げ(MR の permeate 圧押上げ/段間膜)と後段等温圧縮の総合最適で電力最小化。
7. リスクと保全
膜:熱応力・シール・硫黄・塵埃。前置フィルタ/ZnO 等のガード層,昇温・降温のランプ制御。
触媒:焼結・窒化・酸化。空気侵入防止,定期再活性化。
NH₃スリップ:膜単独で達しない場合は**酸性吸着(EVOH系/酸処理カーボン等)**を研磨段として併設。
安全:微量酸素導入(HAVAC)はSIL 設計,失火・バックフラッシュ対策。
8. ドラスティック提言(実務に効く即効策)
「膜×電化」を標準:小~中規模は電化 MRを基本構成に。NH₃ 0.1 ppmを反応–分離一体で満たし、NOₓゼロ・起動短縮を同時達成。
HAVAC は“自熱最小・電化補完”:収率低下を最小化する酸化比の狭域最適を採用。膜を合わせて高収率・高純度に仕上げる。
生成圧の底上げ:permeate 1→3–5 barへ、段間膜×ブースタのハイブリッド圧力設計で圧縮電力を系統的に削減。
動的最適化(MPC):電力価格・下流需要に合わせ、酸化比・電化比・膜差圧を分単位で再最適化。
実証は“同一ベンチで三態比較”:MR/HAVAC/PSA を同一条件で 1000 h 実証し、熱収支・LCOH・純度を同じ帳票で比較公開。
結論(Conclusions)
高圧アンモニア分解は、膜反応器の平衡超過効果と、HAVACの熱統合を組み合わせることで、収率・純度・エネルギーの三立が可能になる。生成側圧の底上げと後段圧縮の同時最適化により、LCOH を電力・アンモニア価格依存の下で最小化できる。実装にあたっては、ISO 14687 の NH₃ 0.1 ppmを最優先制約に、膜・電化・自熱比の三変数を実証データで往復して決めるのが最短である。
参照リンク集
膜反応器・高圧運転・純度
HAVAC(自熱×電化ハイブリッド)
品質・規格(ISO 14687 ほか)
レビュー・TEA・周辺
注:上記は代表文献です。装置選定・数値値は対象条件(スループット、下流要求圧、電力・NH₃価格)で有意に動きます。最終設計では、ここで示した三態比較の実証プロトコルでデータを取り、膜面積・酸化比・電化比・圧力設計を現場仕様へ合わせ込んでください。





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