マルチフィデリティモデリングによる核融合プラズマ乱流輸送予測の高精度化
- 山崎行政書士事務所
- 3月24日
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序論
核融合炉の開発においては、プラズマを高温高圧に維持するための閉じ込め性能の正確な予測が極めて重要です。ところが、プラズマ中に自然に生じる乱流輸送によってエネルギーや粒子が漏出しやすく、このことが核融合反応の持続を困難にしています。したがって、乱流輸送を精度良く記述できる信頼性の高いモデルを構築することが、核融合研究の進展に不可欠です。
従来、この問題には大きく分けて二つのアプローチが取られてきました。一つは理論に基づくシミュレーション(第一原理計算など)によって乱流輸送を予測する方法、もう一つは実験データに基づいた経験的な近似モデル(スケーリング則等)による方法です。前者は物理にもとづく予見性があるものの実験との比較でずれが生じる場合があり、予測の定量的信頼性に課題が残ります。後者は実験で得られた事実に忠実ではあるものの、現在の装置で得られたデータのみから構築されているため、将来の大型核融合炉にもそのまま適用できるか不確かです。
このように、理論シミュレーションと実験経験の双方が長所と短所を持ち、一方だけでは限界がある状況下で、新たなデータ科学的アプローチとしてマルチフィデリティ・モデリングが注目されています。最新の研究では、Nonlinear AutoRegressive Gaussian Process回帰(NARGP)という手法を用いたマルチフィデリティ・モデルにより、乱流輸送モデルの予測精度を飛躍的に向上できることが示されました。本稿では、この研究にもとづきマルチフィデリティ・モデリング(特にNARGP手法)による乱流輸送予測の技術的意義を評価するとともに、「シミュレーションと現実の境界」という視座からデータ科学的アプローチがもたらす科学哲学的含意について考察します。
背景
磁場閉じ込め方式の核融合プラズマでは、乱流によるエネルギー損失がプラズマの温度・密度上限を規定し、達成可能な閉じ込め性能を左右します。そのため各国で理論・シミュレーション・実験の協働により乱流輸送現象の解明とモデル化が進められてきました。シミュレーション手法としては、粒子と電磁場の相互作用を第一原理で解くジャイロ運動論的シミュレーションなどが代表的であり、スーパーコンピュータ上で詳細な乱流構造を再現することで輸送係数(熱拡散率や粒子拡散率)の予測を試みています。これら物理モデルに基づく数値シミュレーションは定性的には実験結果と整合する輸送強度を与えるものの、モデルの近似や不完全性に起因して定量的には実測とズレる場合があり、将来炉条件での信頼性評価が課題となっています。
一方、実験データ主導のアプローチとして、各国の多数のトカマク装置から得られた閉じ込め時間や輸送係数のデータを無次元パラメータでスケーリングした経験則(たとえば国際トカマク閉じ込めスケーリングIPB98(y,2)など)が実用されてきました。しかしこのような経験的モデルは、あくまで現在得られているパラメータ範囲での経験に基づくものであり、大幅に条件の異なる将来の核融合炉(例えばITERやDEMO炉)の予測には不確かさが残ります。未だ実現していない核燃焼プラズマ(自己加熱が支配的な領域)のデータは皆無であり、そうした領域では経験モデルも外挿に頼らざるを得ません。
こうした状況に対し、近年台頭しているのがマルチフィデリティ・モデリングと呼ばれるデータ科学的手法です。フィデリティ(忠実度)とはモデルやデータが現実現象をどれだけ正確に再現しているかの程度を指し、高忠実度(高フィデリティ)なデータほど実際の現象に近い信頼できる情報を意味します。しかし通常、高忠実度データは取得や計算にコストがかかるため数が限られ、逆に低忠実度なデータは数多く得られるが精度に劣るというトレードオフが存在します。マルチフィデリティ・モデリングでは、この高精度だがデータ数が少ない情報(高フィデリティ・データ)と、低精度だがデータ数が豊富な情報(低フィデリティ・データ)を統合し、全体としてモデルの予測精度を向上させるのが狙いです。
核融合プラズマの乱流輸送の場合、典型的には「実験で得られる乱流拡散係数やエネルギー閉じ込め時間」のデータが高フィデリティ、「シミュレーションや簡略化理論モデルが与える予測値」が低フィデリティに相当します。低忠実度データ単独では定量精度が不十分だが豊富なため傾向を掴むには有用であり、高忠実度データは数は乏しいものの貴重な真値に近い情報です。マルチフィデリティ手法は両者の相関関係を統計的に学習し、高忠実度データが得られていない領域でも低忠実度データを手掛かりに高忠実度の予測値を補完することを可能にします。これにより、限られた実験データしかない場合でも純粋な経験モデルより広いパラメータ範囲で信頼性の高い予測が期待でき、また第一原理シミュレーションのみでは精度が課題であった領域でも実験を取り入れることで補正が効くため、予測の定量精度向上が図られます。これは、機械学習やベイズ統計の力を借りて「理論・シミュレーション」と「実験」の知見を定量的に融合する新しいアプローチであると言えます。
方法
本稿で焦点とする最新の研究では、マルチフィデリティ・モデリングの具体的手法として非線形自己回帰型ガウス過程回帰(Nonlinear Auto-Regressive Gaussian Process regression, NARGP)が用いられました。ガウス過程回帰(GP回帰)は、与えられた入力–出力データに含まれる未知の関数関係をベイズ的に推定する機械学習手法であり、データから予測だけでなく不確定性(分散)も推定できるという利点を持ちます。NARGPはGP回帰を拡張して多層の出力(異なる忠実度の複数のデータ)を扱えるようにしたものであり、高忠実度データを直接入力の関数としてではなく「入力と低忠実度出力を引数とする関数」としてモデル化する点に特徴があります。平たく言えば、まず低フィデリティモデル(例:理論シミュレーション)が入力パラメータから与える予測値を計算し、それと元の入力パラメータを合わせたものから高フィデリティの出力(例:実験で得られる真値)を予測する二段構えの回帰モデルです。これにより、低忠実度モデルが捉える大まかな傾向を踏まえつつ、高忠実度データとの差分を学習して補正を施すことが可能になります。
特にNARGPは、低・高の各レベル間の非線形な関係性までもカーネル関数を通じて柔軟に捉えることができるため、現象のスケールが異なる場合や、単純な線形補正では対応できない場合にも有効とされています。本研究では、このNARGP手法を核融合プラズマ乱流輸送のいくつかの問題設定に適用し、その有効性を検証しています。具体的には、(i) 低解像度と高解像度のシミュレーション結果を統合して予測精度を検証するケース、(ii) 線形安定解析から得られる乱流拡散予測(低フィデリティ)と実験で測定された乱流拡散係数データ(高フィデリティ)を組み合わせてNARGPで回帰するケース、(iii) 簡略化した準線形輸送モデル(低フィデリティ)と非線形乱流シミュレーション結果(高フィデリティ)を組み合わせて特定放電に対するモデル補正を行うケースが試されました。いずれも、入力パラメータ(例えば無次元プラズマパラメータなど)は共通で、出力のみ精度の異なる二系列のデータがある状況に対し、NARGPによって高精度出力の予測モデルを構築するという手順です。
モデル訓練には公開されているGPyというPythonパッケージが用いられ、単一のGP回帰(高フィデリティデータのみを用いる場合)とNARGP(高・低を融合する場合)の予測性能が比較されました。評価指標としては、高忠実度データに対する予測誤差の二乗和や対数尤度といった統計量が用いられ、また予測分布の不確実性(分散)の推定挙動も調べられています。
結果
NARGPを適用したマルチフィデリティ・モデルは、いずれのケースにおいても単一のデータ源に基づくモデルを上回る予測精度を示しました。例えばケース(i)では、低解像度シミュレーション(格子点数を粗くして計算コストを下げたもの)は高解像度に比べ熱輸送流束の定量値に誤差があったものの、NARGPモデルは高解像度データが存在する領域でそのズレを学習によって補正し、両者のデータを使わない従来GPよりも高い精度で熱流束を推定できたとの報告があります。興味深いことに、このモデルは高解像度データが存在しないパラメータ領域でも、低解像度シミュレーションの示す傾向を手掛かりに比較的正確な予測を提供しました。これは、NARGPがカーネルのスケール長を調整することで低・高フィデリティ間の対応関係を適切に捉え、高忠実度データのない領域でも低忠実度モデルの振る舞いから高忠実度出力を推測できることを意味します。
ケース(ii)では、複数のトカマク装置で測定された乱流拡散係数の実験データ(高フィデリティ)に対し、線形理論モデルから計算される乱流拡散強度(低フィデリティ)を組み合わせてNARGPで回帰しました。その結果、実験データのみで構築したモデルと比べて予測誤差が減少し、限られた実験点間を物理モデルの示す傾向で補完できることが示されています。またケース(iii)では、ある特定の実験放電に対して簡易輸送モデル(準線形モデル)が大きな過小評価をしていた乱流熱流束について、高精度な乱流シミュレーション結果を用いてモデルを校正しました。NARGPモデルは準線形モデル単独では再現できなかった実験並みの熱流束を予測でき、元の低忠実度モデルの系統誤差を高忠実度データによって補正できることを具体的に示しています。
以上より、NARGPによるマルチフィデリティ・モデリングは低忠実度モデルの誤差を高忠実度データで効果的に是正し、高精度な予測を実現できる汎用的手法であることが確認されました。著者らは、このアプローチが核融合炉の設計・運転の最適化に資する高速・高精度な予測モデルの構築に貢献し得ると強調しています。実際、本手法はシミュレーションと実験、簡略理論モデルと詳細シミュレーション、異なる精度の数値計算同士など、様々な種類のマルチフィデリティ・データに適用可能であるため、乱流輸送モデル構築に留まらず他分野も含め広範な応用が期待されます。
考察
専門的評価:マルチフィデリティ手法の核融合炉設計への影響
マルチフィデリティ・モデリングは乱流輸送予測の精度と汎用性を高める新手法として有望であり、今後の核融合炉設計において様々な恩恵をもたらすと考えられます。
第一に、閉じ込め性能予測の信頼性向上です。炉設計では与えられた装置サイズ・磁場強度・プラズマ条件のもとで達成されるエネルギー閉じ込め時間や出力がどれほどになるかを見積もる必要があり、予測モデルに不確かさが大きいと設計余裕を多めにとる必要が生じ、過剰設計や保守的設計につながりかねません。マルチフィデリティ・モデルによって、シミュレーションによる物理に基づく予見性と実験に裏付けられた定量的精度を兼ね備えた予測が可能になれば、設計段階での不確実性を削減できます。特に核燃焼プラズマのように現行実験の範囲を超える条件ではシミュレーション頼みとなるところを、既知の実験スケーリング則とのズレをマルチフィデリティ手法で補正しつつ予測を外挿すことで、純粋な理論計算よりも信頼性の高い見積りを提供できるでしょう。
第二に、データ不足への対応力という点で優れています。核融合炉の計画段階では利用可能な高忠実度データ(実験結果)は限られている一方で、理論モデルに基づくシミュレーションからは膨大な疑似データを生成可能です。従来は経験モデル派とシミュレーション派が別々にモデル開発をしていたものが、マルチフィデリティ手法により両者のデータを統合活用できるようになる意義は大きいです。これは、限られた実験データを補完しつつ物理的妥当性も確保するアプローチであり、データ不足問題を克服する一つの解となります。また、このようなモデルは新たな実験データが得られ次第アップデートすることで徐々に精度向上できる点も実用上有利です。
第三に、複雑なパラメータ空間での応用性です。核融合炉の性能は装置サイズ、磁場、プラズマ電流、形状、プラズマ境界条件など多数のパラメータに依存し、高次元空間で最適設計解を探す必要があります。設計最適化問題では評価回数が非常に多くなるため、一回数週間を要するような大規模シミュレーションをパラメータスキャンのたびに実行することは現実的ではありません。マルチフィデリティ・モデルで一度高速な代替サロゲートモデルを構築しておけば、以降の評価は瞬時に得られ、大幅な効率化が可能です。特にNARGPのようなガウス過程モデルは学習された関数の不確実性も出力するため、最適化の探索時に信頼区間を考慮した戦略(ベイズ最適化など)を取ることもできます。
もちろん、課題も残されています。低・高各データの相関関係が小さいとマルチフィデリティ手法の効果が出にくいこと、GP回帰の計算負荷やスケーラビリティへの検討が必要なことなどです。それでも、現在想定される核融合炉設計問題では高忠実度データが極めて限定的である反面、低忠実度側は計算機性能向上により今後も豊富に供給される見込みです。本手法の適用余地は大きく、炉性能予測と設計最適化への新たなアプローチとして今後の発展が期待されるでしょう。
哲学的考察:「シミュレーションと現実の境界」の再編
マルチフィデリティ・モデリングがもたらす科学的方法論上の変化について、「シミュレーションと現実の境界」という観点から考えてみます。従来、科学的知識の獲得は理論・シミュレーション・実験という三本柱で支えられてきました。理論は自然現象を説明するモデルを与え、シミュレーション(数値実験)はそのモデルの帰結を具体的に計算し、実験は現実の振る舞いを観測して理論やシミュレーションを検証するといった役割分担があります。
しかしマルチフィデリティという発想では、理論モデルによるシミュレーション結果も一種の「データ」として取り扱われ、実験データと統合されて初めて有用な知見を生み出すものと捉えられます。言い換えれば、シミュレーションと実験の境界が従来より融解し、それらは区別よりもむしろ連続的な信頼度の差異として扱われます。「低忠実度」と「高忠実度」という用語が象徴的であり、シミュレーション(理論的予測)は現実そのものではないが現実を部分的に写し取った低精度の情報源と位置づけられ、一方で実験は高精度だが得られる範囲に限りがある情報源と位置づけられるのです。マルチフィデリティ・モデルは、こうした異なる階層の情報源を単一の枠組みに統合し、相互補完的に活用します。
このことは科学的知識の構築に対する新たな視座を提供します。理論やシミュレーションで得られる知識も経験データとともに統計的に扱われるため、従来のように公理的・演繹的な確信を持って受け入れられるものではなくなる半面、経験データの方も理論との整合性を加味して解釈されることで、単純な経験主義では見過ごされるような構造(スケーリングの背後にある物理的相関など)が浮かび上がる可能性があります。この意味で、マルチフィデリティ・アプローチは知の統合を促し、現象理解と予測の関係を再編成すると言えるでしょう。具体的には、現象理解(なぜそうなるかという説明)は依然として理論・シミュレーションが担うものの、その妥当性評価や予測適用はデータ駆動型モデルが行う、という役割分担が進むと考えられます。
また、「現実らしさ」や「信頼性」の概念も変容しうると考えられます。マルチフィデリティ・モデルは実験データという現実の断片を内部に組み込んでおり、部分的には現実そのもの(実測値)に基づいた予測を行うため、シミュレーション単独よりも「現実に近い」と解釈できる面があります。加えてガウス過程モデルは予測の不確実性を同時に出力するため、モデルが自ら「ここから先は信頼度が下がる」という情報も提供します。このように、モデルの信頼性はパラメータ空間の点ごとに異なる量として理解され、不確実性が高い部分では追加データの取得が推奨されるなど、モデルが科学的探究を導く役割も期待されます。従来のような「理論的に正しいか否か」という二値的評価から、「利用可能なデータに対してどの程度誤差が小さいか」という連続的かつ実用的な判断へと重心が移っているといえるでしょう。
結論
本稿では、マルチフィデリティ・モデリング(NARGP手法)による核融合プラズマ乱流輸送モデルの予測精度向上に関する研究を踏まえ、その専門的意義と哲学的含意を論じました。技術的評価として、この手法はシミュレーションと実験のデータ統合により、従来比で卓越した予測精度と汎用性を示し、将来の核融合炉設計における閉じ込め性能予測と最適化に新たな道を開く可能性があります。限られた高忠実度データを有効活用しつつ物理モデルの予見性を取り込むことで、データ不足の領域であっても一定の信頼性を持った予測を提供できる点は、ITER以降の炉設計における不確実性低減に寄与するものと期待されます。
一方で、「シミュレーションと現実の境界」という哲学的視座からは、マルチフィデリティ・アプローチが理論・シミュレーション・実験の構造を統合し、科学的モデルの現実らしさや信頼性という概念を変容させつつあることを指摘しました。従来の方法論に比べれば、真理性よりもデータとの適合度、あるいは予測の汎用性・有用性が重視される傾向が強まり、モデルが自らの不確実性を提示することが求められるようになっています。こうしたデータ科学的アプローチは、単なる技術の進歩にとどまらず、科学的知識のあり方そのものを再検討する契機となるでしょう。核融合分野にとどまらず、多くの学術・産業分野でマルチフィデリティ・モデリングの発展と応用が期待される今、私たちはこの新しいパラダイムを批判的に評価しつつ、最大限に活用する方法を模索していく必要があります。
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