Wild ducks
- 山崎行政書士事務所
- 2025年12月30日
- 読了時間: 5分

冬の朝、雪の白さがまだ「音」を吸い込んでいる時間に、私は川沿いの遊歩道を歩いた。空気は刃物みたいに薄く、鼻から吸い込むたびに粘膜がきゅっと縮む。吐いた息はすぐ白く膨らみ、私の顔の前でほどけて消える。靴底が雪を踏みしめると、ぎし、ぎし、と乾いた小さな悲鳴が返ってきた。街のざわめきは遠く、ここでは何もかもが“白い沈黙”の中に置かれている。
川面はところどころ凍っていて、薄い氷の下を水が黒く流れているのが見えた。氷の縁は砂糖菓子みたいにざらついて、陽が当たると粒がひかる。水の匂いは冷たく、鉄っぽく、冬の湿り気を抱え込んでいる。その匂いに混じって、ふいに生きものの匂いがした。湿った羽の匂い。泥。脂。冬の匂いの中で、そこだけが妙に温度を持っているような気がして、私は足を止めた。
雪の上に、野生のカモたちがいた。茶色い斑の雌と、頭が深い緑に光る雄。雄の頭は、見る角度で色が変わる。暗いボトルグリーンから、瞬間だけ青みを帯びた翡翠色になって、また黒に沈む。首元の白い輪が、雪の白とは違う“生きた白”で、呼吸するたびに微かに揺れる。雌は地味だ。けれど地味というより、枯れ草と土と木の皮を混ぜて織ったみたいな、冬の地面に溶け込むための色をしている。二羽とも、体をふっくらと膨らませて、羽毛の間に空気を溜め込み、寒さから身を守っていた。
彼らは雪を「歩く」というより、「押し分ける」ように進む。オレンジ色の足が、雪に沈んでは持ち上がり、沈んでは持ち上がる。そのたびに小さな穴が残り、穴の縁が崩れて、また白で埋まっていく。くちばしは忙しい。雪の表面をつつき、爪先で掻き、凍りかけた草の根元を探る。雪の下に隠れた何か――乾いた種、落ちた木の実、誰かがこぼしたパンくず――そんな微量の“食べられるもの”を、嗅ぎ分けるように探している。
近くに目をやると、同じような斑模様の雌が数羽、少し離れて円を作り、黙々と雪を掘っていた。群れは、ばらばらに見えて、ちゃんと一つの形を保っている。誰かが顔を上げれば、別の誰かがすぐ真似をする。警戒の波が、雪の上をそっと伝っていく。私はその様子を見ながら、呼吸を浅くした。自分がここにいるだけで、彼らの“今日の食べ物”を探す時間を奪ってしまう気がした。
それでも視線が離れないのは、彼らの必死さが、派手なドラマではなく、あまりにも日常の顔をしているからだ。食べ物があるかないかは、生きるかどうか。そんな当たり前を、白い背景が容赦なく浮かび上がらせている。雪はきれいだ。写真にすれば、清潔で、静かで、心が洗われるように見える。けれど実際は、雪は“隠すもの”だ。草も、虫も、落ち穂も、ぜんぶ覆ってしまう。白の下には、探す努力が必要になる。
私は手袋の中で指を握ったり開いたりして、血の巡りを確かめた。自分の手が冷えるだけで、こんなに気が滅入るのに、彼らは足を雪に沈めて平気な顔をしている。平気な顔をしている、というより、平気な顔をしないといけないのだろう。寒さに不満を言っても、空腹を訴えても、冬は冬のまま、雪は雪のまま、変わらない。
雄の一羽が、少しだけ首を伸ばして、雪の上の黒い点にくちばしを滑らせた。何かを見つけたらしい。ほんの小さな欠片――乾いたパンの端のようなもの――をくわえ、飲み込む。飲み込んだ瞬間、喉が上下して、羽毛のふくらみがほんのわずか沈む。その動きが、なぜだか胸に刺さった。こんな小さな欠片でも、命の足しになる。私はそれを見て、自分が旅の途中で何度も「今日は何を食べようか」と気軽に悩んできたことを思い出し、少しだけ恥ずかしくなった。
遠くから、子どもの声がした。雪を蹴る音、笑い声、親がたしなめる低い声。やがて小さな家族が現れ、手に紙袋を持って立ち止まった。袋の中身が何かは見えなくても、カモたちがそれを“知っている”のが分かった。群れの空気が変わる。さっきまで散っていた体が、ゆっくりと一方向へ寄り、距離が縮む。足取りがわずかに速くなる。羽の擦れる音が増え、雪を踏む音が重なって、白い地面の上に小さなざわめきが生まれた。
袋から、粒が落ちた。パンの塊ではなく、細かな穀物のように見えた。落ちた瞬間、カモたちは争うようでいて、どこか慣れた秩序の中でつつき始める。くちばしが雪を叩く音が、ぱちぱちと連続し、短い冬の花火みたいに響いた。雌が先に食べ、雄が横から割り込む。けれど本気で押しのけるわけではない。生きるための競争と、群れでいるための抑制が、同時にそこにあった。近づきすぎた一羽に、別の一羽が小さく首を振る。警告というより、境界線の確認。彼らの社会は、雪の上でも崩れない。
私は少し離れたところで、その光景を見守った。胸の奥に、熱いものがじわりと湧いた。かわいい、という感情とは違う。もっと鈍くて、重い。生きることの具体的な重さを、いま目の前で測られているような気持ちだった。旅はしばしば、私に“きれいなもの”を見せる。雪景色、静寂、冬の光。けれど今日は、そのきれいさの裏側にある、飢えと工夫と、群れの体温まで見えてしまった。
食べ終えると、カモたちはまた散っていった。すぐには飛ばない。飛ぶにはエネルギーが要るからだろう。歩いて、つついて、時々首を上げて周囲を確かめて、また雪を掘る。白の世界の中で、彼らはただ同じことを繰り返す。その反復が、妙に尊く見えた。派手な達成も、劇的な救いもない。あるのは、今日を越えるための小さな動きの積み重ねだけ。
私はその場を離れる前に、もう一度だけ振り返った。緑の頭の雄が、陽を受けて一瞬だけ鮮やかに光り、すぐに影の色へ戻る。雌は相変わらず地面の色に溶け、雪の白だけが眩しい。彼らの足跡が、点々と続いている。風が吹けば消えてしまいそうな、浅い足跡。それでも彼らは歩き、探し、また次の足跡を残す。
帰り道、私の靴もまた雪をぎしぎし鳴らした。冷たい空気の中で、胸の奥に残ったざらりとした感情が、なかなか溶けない。旅先で見たのは、冬の野生のカモの群れ――それだけのはずなのに、私は自分の中の“飽き足りなさ”や“安易さ”まで見つめ直させられていた。
白い背景は、何もないようで、実は多くを突きつける。生きものの色、息、食べる音、群れの距離感、そして私の心の揺れ。雪は冷たい。けれど、雪の上で食べ物を探すその姿を見ていると、冷たさの中にも確かに体温があるのだと知る。私は手袋の上から胸を軽く押さえ、息を吐いた。白い息はまた空へほどけ、冬の静けさに吸い込まれていった。







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