カスハラ対策『保守窓口の夜 ― SaaSサポート編』
- 山崎行政書士事務所
- 9月19日
- 読了時間: 6分
登場人物
春日(L1サポート):一次受付。落ち着いたトーンで事実を積み上げるタイプ。
橘(L2/SRE):技術検証と是正プランを担当。
三好(CSマネージャ):最終判断と“線引き”の台詞を統一する役。
大庭(顧客・情報シス):適正な要望を持つメイン連絡者。
斎藤(顧客社内の“強圧的利用者”):要求が段階的にエスカレートしがち。
ナレーション:実務ポイントの解説。
シーン1:21:05、保守窓口
春日「サポート窓口・春日が承ります。チケット番号をお伺いしてもよろしいでしょうか」斎藤「番号なんか知らん。今すぐ管理者権限を出せ。全データをCSVで吐け」春日「本人確認のための情報(テナントID/契約担当者の氏名・メール)をお願いいたします。権限付与は申請フローが必要です」斎藤「お前の名前と直通を出せ。晒すぞ」
🔎 実務ポイント
最初に“識別子”(チケット/テナントID/契約担当)を固定し、会話が流れないようにする。
担当は名字+担当IDで名乗る(私物番号は非開示)。
本人確認→権限申請→監査ログの順序は崩さない。
シーン2:二人対応へ切替
春日「以降のやり取りは記録いたします。二人体制で橘が同席します」橘「L2の橘です。暴言や威迫が続く場合、本日の応対を終了し、書面回答に切り替えます」斎藤「うるさい、土下座して詫びろ」
春日「威迫に当たる表現はお控えください。改善がなければ終了します。現在の不具合内容を事実で教えてください」
🔎 実務ポイント
二人対応+録音/記録を宣言するだけでトーンは下がりやすい。
注意喚起は1回。同じ注意を繰り返さず、打切り条件を明確に。
シーン3:障害の切り分け
大庭(別回線で参加)「検索クエリがタイムアウトします。17:30ごろからです」橘「ありがとうございます。ステータスページでは平常、内部メトリクスで17:32から一部リージョンでP95遅延。回避策はインデックス再構築の段階適用です」斎藤「今すぐ全額返金だ。SLA違反だろ」
春日「SLAは月次の可用性で判定します。本件は計測中です。補償対象の場合は与信済クレジットでの相殺となります」
🔎 実務ポイント
「遅い=SLA違反」ではない。SLA定義(可用性/応答時間/月次/リージョン)を即座に読み上げられるよう台詞カード化。
回避策の提示(一時対応)→恒久対応の工程(再発防止)で主導権を取り返す。
シーン4:過剰なデータ要求
斎藤「全監査ログを今すぐ丸ごと寄こせ。管理画面に俺を入れろ」橘「監査ログの提供は契約上の範囲で管理者(大庭様)経由です。個人情報/機密項目は最小化して提供します」春日「権限付与は申請フローに沿って大庭様からリクエストをお願いします」
大庭「了解。社内の承認ワークフローを通します」
🔎 実務ポイント
“顧客社内の誰が”決裁者かを特定し、そこだけと合意を作る。横からの強圧は受け口を増やさない。
ログ提供は範囲・目的・保存期間を明示(最小化の原則)。
シーン5:長時間拘束の芽を摘む
斎藤「納得いくまで付き合え。上層部に繋げ」春日「説明は10分で区切ります。以降は書面とチケットで回答します。上層部窓口は一本化されています」橘(要点メモを読み上げ)「1) 17:32からP95遅延、2) 回避策:段階的インデックス再構築、3) 恒久対応:クエリ最適化+リージョン分散」
🔎 実務ポイント
時間上限(説明10分+選択5分)をタイマー表示。
要点メモ音読で話題逸脱を抑制、次のアクションを“箇条書きで確定”。
シーン6:線引きの宣言(CSマネージャ登場)
三好「CSの三好です。規程外の要求(個人連絡先の開示、即時のフル管理者付与、全額返金)はお受けできません。本日の現地応対はここまで。以降は書面回答で進めます」斎藤「晒すからな」三好「事実の訂正窓口をご案内します。威迫が続く場合は応対を終了します」
🔎 実務ポイント
“規程外”のワードを先に宣言し、何をしないかを明確に。
訂正窓口(広報・法務)を用意して誤情報リスクに先手を打つ。
シーン7:落としどころの形成
大庭「管理者付与は私が申請します。遅延計測の証憑と回避策の手順をください」橘「計測グラフ(時刻・リージョン・P95)、回避手順(検証→本番段階適用)をチケットに添付。恒久対応案は来週のCABで合議しましょう」春日「SLA判定は月末締めでクレジット相殺を自動適用します」
斎藤(沈黙)「……それでいい」
🔎 実務ポイント
技術的な手当(回避策・恒久策)と契約的な手当(SLA/クレジット)を同じチケットに束ねる。
CAB(変更諮問委員会)など、“場”の合意で再燃を抑制。
エピローグ:23:10、保守室
春日「声が少し震えました…」橘「二人対応と要点メモ、効いたよ」三好「人ではなく仕組みで守る。本人確認→台帳化→時間上限→窓口一本化→書面。明日も同じ台詞で行こう」
ナレーション「記録は味方。線引きは“拒絶”ではなく“合意の土台”だ」
— 完 —
付録A:即使える台詞カード(SaaSサポート版)
冒頭(識別の固定)
「チケット番号/テナントID/契約担当のいずれかをお願いします」
威迫・晒し示唆が出たら(注意→条件提示)
「威迫に当たる表現はお控えください。改善がない場合、本日の応対を終了し、書面回答に切り替えます」
個人連絡先・フルネーム要求
「担当は名字+担当IDでご案内します。個人連絡先の開示はいたしません」
SLA過剰要求
「SLAは月次指標での判定です。対象の場合、与信クレジットで相殺します」
ログ一括要求
「管理者(契約担当)経由で範囲最小化して提供します。保存期間と目的を明記します」
打切り宣言(長時間拘束)
「説明は10分で区切ります。以降は書面とチケットで回答します」
付録B:運用チェックリスト(最小セット)
担当ID運用(名字+ID/私物番号は非開示)
録音・チケット台帳化(タイムスタンプ/要点メモ)
時間上限の見える化(10分+5分、タイマー表示)
SLA台詞カード(定義、補償の形式、判定の締め)
ログ提供ポリシー(範囲・目的・保存期間・最小化)
窓口一本化(“上層部”コールでも経路は変えない)
訂正窓口(広報・法務連携のメールエイリアス)
CAB/定例での恒久対策レビュー(技術+契約)
付録C:法令・規程の目安(実務での使いどころ)
個人情報保護法:担当者・顧客の個人情報秘匿、ログの適正管理。
刑法(強要・威力業務妨害):威迫・長時間拘束時の相談根拠。
不正アクセス防止法:権限付与・認証情報の取り扱い。
契約・SLA:月次可用性、補償形式(クレジット)、適用条件。
社内規程:本人確認、権限申請、記録、窓口一本化、広報対応。
付録D:導入ロードマップ(2週間スプリント)
Week1:担当ID・台詞カード配布/録音・台帳整備/SLAカード周知
Week2:打切り宣言のロールプレイ/ログ提供テンプレ整備/訂正窓口運用開始
KPI:長時間拘束件数、書面切替率、再燃率、一次解決率、担当者の心理安全性スコア


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