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スカイフォール・クレーター:拡張編

  • 山崎行政書士事務所
  • 4 時間前
  • 読了時間: 95分




第1章「調査官リーシャの決意」

2062年6月、ジュネーブ。国際核融合協会(IFC)の本部ビルは、透明で巨大なガラス張りの壁に囲まれ、まるで地球そのものを象徴するかのように堂々と佇んでいた。リーシャ・ハドソンは、最上階の会議室から広がるジュネーブ湖を静かに眺めながら、深く息をついた。

「リーシャ、調査報告の準備は整ったか?」

後ろから声をかけられ、彼女は振り向いた。上司であるIFC捜査局長のマイケル・シュタインが、いつもの穏やかな表情で立っている。

「はい、局長。準備はできています」リーシャは軽く頷いた。「しかし……」

「何だ?」

「ボイジャー48の事故報告書ですが、どこか腑に落ちない点があります」

マイケルは眉をひそめた。「君も感じていたか。確かに、事故として処理するには不可解な点が多い」

リーシャは頷く。「船の積荷は小惑星2019RF33――通称『レイリー岩塊』からのヘリウム3や重水素を主成分とした核融合燃料でした。それを地球へ持ち帰る任務中に、突然通信が途絶しました。現場には船の残骸が散乱し、まるで何らかの攻撃を受けたような痕跡もあります」

マイケルはしばし沈黙した後、「だが、攻撃だとすると動機は何だ? 誰が核融合燃料を積んだ輸送船を攻撃する?」

リーシャはためらいながらもはっきりと答えた。「それを調べるのが私たちの役目ではありませんか?」

会議室に他の理事や専門家が集まり始めた。リーシャは演台に立ち、落ち着いた声で報告を始めた。

「皆様、ご存じの通り先月、小惑星レイリー岩塊で採掘された核融合燃料を地球へ輸送中だった大型船ボイジャー48が、地球圏に接近中に消息を絶ちました。現場調査の結果、明らかになったのは次の通りです」

彼女はスクリーンに映像を映した。そこには宇宙空間に漂う無数の破片、そして引き裂かれた船体の一部が映っている。

「これらの残骸の分布と損傷パターンを分析すると、明らかに船体外部からエネルギー性の攻撃を受けた形跡が確認されました。事故ではなく、意図的な破壊の可能性が高いです」

会議室にざわめきが広がった。アメリカの核融合研究者ジェームズ・オハラ博士が口を開いた。

「しかしリーシャ、それを誰がやるというんだ? スカイフォール社が独占的に採掘権を持っている。彼らが自分の船を破壊する動機などない」

「その通りです。通常は。しかし調査の結果、ボイジャー48は輸送直前にスカイフォール社との契約を解除され、別の組織に雇われたことが判明しました」

「別の組織?」

「はい。匿名の新興企業です。現在その詳細を調査中ですが、何らかのトラブルが発生した可能性があります」

会議は騒然とした雰囲気の中で終了した。リーシャはマイケル局長と個室で話し合った。

「局長、私はレイリー岩塊へ直接行って調査を進めるべきだと考えています。現地でなければ得られない情報があるはずです」

マイケルは厳しい表情を崩さず、「危険すぎる。現地はスカイフォール社の管理区域だ。彼らが関与しているとすればなおさら危険だぞ」

リーシャは強い眼差しで局長を見据えた。

「私は家族を宇宙事故で失いました。その後悔を今でも抱えています。今回の事件も、何か大きな過ちが裏で起きていると感じるんです。見過ごすわけにはいきません」

マイケルは長い沈黙の後、やがてため息をついた。

「分かった。君にこの調査を託そう。ただし、十分なバックアップをつける。決して単独で無理をするなよ」

リーシャは心からの感謝を込めて頷いた。「必ず真相を突き止めます」

翌日、リーシャはIFCのドックで宇宙船エルピス号の最終チェックを終えていた。操縦士アダム・キューが親しげに近づいてきた。

「準備はいいですか、リーシャ?」

「ええ、もちろん」

「レイリー岩塊までの旅は楽じゃありませんよ。スカイフォール社のテリトリーですし」

リーシャは軽く笑って言った。「だからこそ、あなたがいるんでしょ? 頼りにしています」

アダムも笑みを返し、力強くうなずいた。「任せてください」

出発時刻が近づき、二人はエルピス号へ乗り込んだ。リーシャは胸の内で決意を新たにしていた。宇宙空間に消えたボイジャー48の謎を解き明かすため、そして宇宙の秩序を守るために、彼女は自ら未知の領域へと踏み込んでいくのだった。


第2章「スカイフォール・シティ」

エルピス号は静かな振動を伴いながら大気圏を抜け出し、青い地球を背にして高度を上げていく。リーシャはコックピットの座席に身体を預け、窓の外に広がる星々を見つめた。子どもの頃に夢見た“宇宙旅行”にこうして大人になってから再び挑むとは、人生とは不思議なものだと感じる。

「あと30分ほどでドッキング・コースに入ります。リーシャ、船酔いは大丈夫ですか?」

操縦桿を握るアダムが半分冗談めかして尋ねると、リーシャは苦笑した。

「私をどこかの観光客とでも思ってるの? 大丈夫よ。二度とこの景色を見られなくなるかもしれないって気持ちの方が、よっぽど酔いそうなくらい」

「不吉なこと言わないでください」

アダムは笑みを浮かべたが、その瞳には同じ危惧が宿っているようにも見える。地球—月間軌道の途中に位置するスカイフォール・シティは、大企業スカイフォール・エアロスペース社が中心となって建設した宇宙コロニーだ。ここでは数万人の人々が暮らし、商業や観光、研究・開発など多彩な活動が行われている。しかし、その利便性と華やかさの裏には不穏な噂も絶えない。

1. 宇宙港の喧騒

エルピス号がコロニー外壁のドッキング・ポートに接続すると、リーシャたちはヘルメット越しに微かな金属音を聞いた。エアロックが加圧され、やがて扉が開いて白いLEDライトに照らされた連絡通路が伸びてくる。重力は人工重力システムによって地球の6〜7割程度に保たれており、歩くたびにほんの少し身体が軽い。リーシャは慣れない足取りをそろそろと進めながら、宙に浮かないよう気を付けた。

「ようこそ、スカイフォール・シティへ」

合成された音声が流れ、通路の先には人々が入り乱れる宇宙港のメインロビーが広がっている。ここは乗客や貨物が行き交う中枢部で、免税店や各国語の案内表示、観光客向けの広告パネルなどが所狭しと並んでいた。地球からの来訪者、月面からの帰還者、そして小惑星地帯へ向かう採掘技術者など、多様な人種と言語が混在している。

「いやはや、人混みがすごいですね」

アダムは少し面食らったような顔であたりを見回す。リーシャも思わず目移りしてしまうが、今回の目的は観光ではない。彼女はスーツケースのハンドルを握り直した。

「急ぎ足で向かいましょう。まずは協力者と接触することになってるから」

IFCの事務所がこのコロニー内にも存在し、捜査協力をしてくれるスタッフが待機しているはずだ。リーシャとアダムは動く歩道に乗り、白いタイル貼りの回廊を抜けて進んでいった。

2. スカイフォール社の影

動く歩道を降りた先、壁一面の大型ディスプレイにはスカイフォール・エアロスペース社のCMが流れていた。澄み渡る宇宙空間に浮かぶコロニーや、笑顔の家族、さらには最新鋭の核融合実験プラントらしき映像が次々と映し出される。「私たちスカイフォール社は、人類の新たなフロンティアを切り開くために——」ナレーションが高らかに謳い、最後は企業ロゴが鮮やかに浮かび上がった。

「大々的にやってますね、宣伝」

アダムが呟く。リーシャは眉をひそめた。

「私たちが追っているボイジャー48の一件にも、スカイフォール社が無関係とは思えない。元々は同社の契約船だったものを、途中で解約してるし。もし動機があるとしたら……」

言葉を濁すリーシャに、アダムが付け加える。

「スカイフォール社がボイジャー48の積荷を取り戻そうとした? それとも、レイリー岩塊の独占を邪魔されたくなかったのか……いずれにせよ、相当に巨大な利権が絡んでいるとしか思えませんね」

宇宙空間の開発競争は激化していた。特に核融合燃料となる重水素やヘリウム3の大規模採掘は、近未来のエネルギー革命を左右する要とされる。スカイフォール社がそれを独り占めしようとしているという噂は、以前から囁かれていた。リーシャは歩を速めながら心の中で決意を固めた。このコロニーで事件の鍵を見つけ出す。 それこそがボイジャー48の乗組員、そして家族を救う唯一の道かもしれない。

3. IFC出張所

ほどなくして、IFCのロゴが掲げられたオフィスに到着した。入口の自動ドアをくぐると、落ち着いた雰囲気の受付があり、数名のスタッフが忙しそうに端末を操作している。すぐに声をかけてきたのは、背の高いアジア系の男性だった。名札には「李(リー)・チャンミン」とある。

「お待ちしていました。リーシャ・ハドソン捜査官ですね? そしてアダム・キュー操縦士。ようこそ」

彼はにこやかに手を差し出す。二人が挨拶を返すと、李は応接室へ案内した。室内は気密性が高く、ここだけは騒音がほとんど感じられない。

「どうやら一部の職員があなた方の到着を良く思っていないようです。スカイフォール社との関係をどう保つかで意見が割れていますからね」

李は言いにくそうに付け加えた。

「ここ、スカイフォール・シティは事実上、スカイフォール社が自治政府のようなものを運営しています。IFCの立場は必ずしも強くはありません。できるだけ目立たないよう、かつ慎重に動いてください」

リーシャは即座に頷いた。彼女も承知の上で来ている。

「分かりました。まずはボイジャー48に関する情報が欲しいです。たとえば、どんな航路を取っていたのか、誰がその船を借り上げていたのか……何でも構いません」

李はデータパッドを渡しながら言う。

「これが現在わかっているIFC側の情報です。ただ、スカイフォール社の内部事情までは掴めていません。噂では――レイリー岩塊からの燃料輸送を巡り、いくつもの闇取引が行われているとか。証拠を押さえるのは難しいでしょうね」

リーシャはデータをざっと確認してから微笑んだ。

「ありがとう。でも難しいからこそ、私たちがいるんです。やれるだけのことはやってみます」

隣でアダムが、やや面倒そうに眉を潜める。

「要するに、正面からスカイフォール社を問い詰めても、のらりくらりとかわされるってことですよね。というか、下手すると妨害工作を受ける可能性もある」

李は肩をすくめた。

「覚悟しておいた方がいいですね。ここは彼らの“庭”ですから。特にラドクリフCEOには気をつけた方がいい。何を考えているのか、誰にも読めない」

4. ラドクリフCEOの噂

応接室を出たあと、IFCオフィスの廊下でリーシャはふと足を止める。壁に貼られたニュースのホログラムが目に入ったのだ。

“スカイフォール・エアロスペース社、Zピンチ型核融合炉の開発成功か? 新時代の到来を予感させるコメントに注目”

「Zピンチ……トカマクや慣性閉じ込め型とは違うアプローチ。スカイフォール社が実験を進めているのは知っていたけど、いつの間にそこまで?」

リーシャが呟くと、通りかかったオフィス職員の女性が軽く耳打ちする。

「ラドクリフCEOが自ら主導しているそうですよ。聞くところによれば、兵器への転用も噂されています。もちろん、企業は絶対に認めませんけどね」

兵器転用――その言葉がリーシャの胸に重く響いた。ボイジャー48失踪事件とどう繋がるのかはまだわからない。ただ確かなのは、このスカイフォール社のコロニーで何か大きな陰謀が進行しているということだ。

5. 雑踏のターミナル

その夕方、リーシャとアダムは一度オフィスを出て、コロニー内の宿泊区画へ移動することにした。自分たちが宿泊する予定のモジュールホテルはターミナルを抜けた先にある。雑踏の中を行き交う人々の肩越しに見える空――厳密には空ではなく、コロニー外壁のドーム越しに地球を見上げる構造――は、不思議な青みを帯びている。人工照明と外の太陽光が絶妙に混ざり合い、“地表にないのに地上のような感覚”を与えていた。

「随分と整った施設ですね。まるで小さな都市みたいだ」

アダムが感嘆する。実際、コンビニ、レストラン、医療クリニック、娯楽施設など、一通りの生活インフラが揃っている。地球とは異なる観光アトラクションも多く、宇宙結婚式プランや無重力ダイビング体験などの広告が目につく。

「まさにラドクリフCEOの“箱庭”というわけか。莫大な資金を投じて、ここを人類の未来都市にすると言っているらしい」

リーシャは心の奥で複雑な想いを抱く。宇宙が“夢の舞台”として明るく彩られる陰で、必死に危険と隣り合わせの採掘現場や研究現場もある。ボイジャー48は、そんな危険を承知で飛んだ船だったかもしれない。

6. 不穏な来訪者

ホテルのフロントでチェックインを済ませ、部屋のカードキーを受け取ってホッとした瞬間、リーシャの背後にスーツ姿の男が立っていた。40代半ばほど、鋭い目つきに短く刈った髪。「お初にお目にかかります。私はアルジャーノン・カーンと言います。スカイフォール・エアロスペース社のコンサルタントを務めておりましてね」

彼はにこりともせず、名刺だけを差し出す。リーシャが怪訝に思いつつそれを受け取ると、名刺にはスカイフォール社のロゴと彼の名前、そして肩書として「戦略顧問」と書かれていた。

「あなたがたIFCの調査官だとお聞きしまして、ぜひ一度お話ししたいと思っていました。ボイジャー48のこと、レイリー岩塊のこと、弊社としても気がかりでしてね」

リーシャは一瞬アダムと視線を交わす。あまりにタイミングが良すぎる。IFCオフィスから出てホテルに来るまで、全行動が把握されているのだろうか。

「そうですか。では改めてアポイントを取りましょう。今は少し休息したいのですが」

穏やかな口調で答えるリーシャに対して、カーンはわずかに笑いを浮かべる。

「もちろん。大丈夫ですよ。私は近いうちにまたご連絡しますので。……ただ、一つだけ忠告しておきましょう。あまり深入りしない方が、皆さんのためかもしれませんよ」

その言葉を残し、カーンは踵を返して去っていった。背後に漂う威圧感に、アダムは思わず息をのむ。

「……脅しか、あれは?」

リーシャは唇を引き結ぶ。カーンの瞳に宿る冷ややかな光は明らかに“退け”と警告を発していた。

「ええ、脅しでしょうね。だけど私たちは引き返さない。ここまで来た意味がなくなる」

7. 夜の闇と覚悟

スカイフォール・シティの夜は地球時間に合わせて作られている。人工的に照明が落とされ、やがて穏やかな光がコロニー内を包む。だが、宇宙という空間には本来の昼夜の概念がない。外壁ドームの向こうに見える地球は半分が影に覆われ、静かに回転しているだけだ。

リーシャはホテルの小窓からその姿を見下ろした。もしかすると、今地球のどこかではボイジャー48の乗組員の家族が、失踪の報せを聞いて涙を流しているのかもしれない。あるいは事件が起きたことすら知らずに、帰りを待ち続けている人もいるだろう。自分の家族を失った過去の痛みが胸を締め付ける。

「もう後戻りはできない。明日から本格的に動かなくちゃ……」

彼女は独り言のように呟く。アダムは隣の部屋のはずだが、今頃どうしているだろう。捜査官ではないパイロットの彼がここまで付き合ってくれるのは、相当な覚悟がいるはず。リーシャは感謝と申し訳なさの混ざった気持ちでいっぱいだった。

その夜、リーシャは深い眠りにつくことができなかった。カーンの冷たい目、ボイジャー48の残骸映像、スカイフォール社の宣伝映像、そしてラドクリフCEOの噂——頭の中で様々なイメージが錯綜し、まるで警鐘を鳴らすかのように思考が渦巻く。

翌朝、彼女は意を決して目を覚ますと、小さなメモ帳に短い言葉を書き留めた。

「スカイフォール。Zピンチ炉。ラドクリフ。カーン。ボイジャー48。燃料利権。レイリー岩塊。——真実を暴く。」

ミッションは始まったばかりだ。背後にどんな巨大な暗闇が待ち受けていようとも、IFCの調査官として、その真相を究明しなければならない。

彼女はメモ帳を閉じ、スーツの内ポケットに仕舞い込む。これこそが自分の役目であり、“正義”という言葉を形だけではなく本物にする唯一の方法なのだから。


第3章「密室のコンサルタント」

1. リーシャの朝

スカイフォール・シティで迎える初めての朝。リーシャはいつもより早く目を覚まし、ホテルの小さなバルコニーへ出た。地球の夜明けとは違い、ここではドーム越しの人工照明が徐々に明るくなるだけだが、ぼんやりとした青白い光がコロニー内を満たし始めるのがわかる。天井方向の巨大モニターに映る星空は、夜の名残を演出するように静かに瞬いていた。彼女は深呼吸をし、頭の中を整理する。

  • ボイジャー48の消息と残骸。

  • スカイフォール・エアロスペース社の利権と噂される裏取引。

  • 「Zピンチ炉」の軍事転用の噂。

  • そして謎の男アルジャーノン・カーンからの脅し――。

「私が怯むとでも思ったら大間違いよ」リーシャは心の中でつぶやく。今回のミッションが危険を伴うことは承知の上だった。今さら引き返すわけにはいかない。

2. IFC出張所、再訪

朝食を手早く済ませると、リーシャとアダムは前日に訪れたIFCの出張所を再び訪ねることにした。昨晩のうちに整備したデータや質問事項を、今度はより詳しくオフィスのスタッフや協力者にぶつけてみるつもりだ。通勤ラッシュにはまだ早い時間帯で、コロニーの廊下には清掃ロボットが静かに床を磨いている。列をなして往来するロボットたちの合間をすり抜け、受付を通って出張所の奥へ進むと、すぐに担当官の李(リー)・チャンミンが駆け寄ってきた。

「リーシャ捜査官、ちょうどよかった。あなたに会わせたい人物がいるんです」「私に?」「ええ、昨夜ここに連絡をくれた方で、匿名ですが“スカイフォール社に関する重要な情報を提供したい”と言っています。私どもも真偽をまだ確認できていませんが、会ってみる価値があるかと」

李は端末を操作し、モニターに連絡ログを映し出す。そこには**“アーネスト”**と名乗る人物からのメッセージが残されていた。

「ボイジャー48の件、真相を知っている。Zピンチ計画の裏で暗躍するコンサルタントがいる。私が助けるから、ぜひ会ってほしい」

「コンサルタント、って……」アダムが首をかしげ、リーシャと視線を交わす。思い当たる人物はただ一人。昨夜現れたアルジャーノン・カーン以外にない。「なるほど、私たちの動きを監視しているのは彼だけじゃないようですね」リーシャは唇を引き結んだ。匿名の“アーネスト”なる人物がどんな意図で協力を申し出るのか、まだわからない。罠の可能性も否定できないが、状況を打開する糸口になるかもしれない。

3. 連絡地点へ

アーネストは「今日の昼過ぎ、コロニー商業区の奥にある“旧水処理施設”で会いたい」と提案してきた。なぜそんな場所なのか、不審は拭えない。李は何度も「本当に行くんですか」と念を押すが、リーシャたちは意を決する。

「仮に罠だとしても、こちらもそれなりの警戒体制を取ります。大丈夫です」リーシャが言い切ると、アダムもうなずいた。「IFCからドローンサポートや追跡チップも借りられますか? もしもの時には助けを呼べるようにしておきたい」「もちろん、手配します。くれぐれも気を付けてください」李は心配そうにそう答えた。

4. 水処理施設の廃棄区画

約束の時間になると、リーシャとアダムはコロニーのメインストリートから外れた細い通路を抜け、かつて使用されていた水処理施設へ向かった。コロニー人口の増加や設備更新に伴い、一部の区画が使われなくなったまま残されているらしい。場末の通路は照明が薄暗く、足元には配管やロボットの廃材が散らばっている。地球の廃工場さながらの雰囲気だ。「なんだか不気味ですね。音ひとつしない」アダムが緊張した面持ちで周囲を警戒する。「確かに……」リーシャも腰のホルスターに手を添え、IFCから貸与されたスタンガンを確認した。拳銃ではなくスタンガンとはいえ、万が一に備えての護身用だ。

廃棄区画の奥に水処理タンクや配管がずらりと並んでいる。その奥に、かろうじて明かりのあるスペースが見えた。鉄階段を降りた先に、一人の男が立っている。背はあまり高くなく、灰色のつなぎにゴーグルを首にかけた姿。顔には少しやつれた表情があり、やや神経質そうに見える。リーシャが声をかけると、男はびくりと反応し、急いで近づいてきた。

「あなたがリーシャ・ハドソン捜査官……ですね? IFCの……」「そうです。あなたが“アーネスト”?」男は頷き、辺りを見回してから声を潜めた。「ここは……あまり人目につかない場所ですから。私が話せる時間はあまりありません。あいつらに気づかれたくないので」

5. アーネストの告白

アーネストは落ち着きを取り戻すと、自分がスカイフォール社の下請け企業に勤めるエンジニアであることを打ち明ける。もともとはZピンチ炉の制御システムの一部を担当していたが、ある時、上層部から不可解な要求があったという。

「たとえば、プラズマを極限まで圧縮するモードを追加しろとか、中性子流の出力を数倍に増やす制御を仕込めとか、兵器としか思えないような改造要望ばかりなんです」「兵器……まさか、本当にZピンチ炉を軍事目的に?」リーシャが目を見開くと、アーネストは苦い表情を浮かべて頷く。「私も最初はまさかと思いました。だけど、ラドクリフCEOの周辺には“コンサルタント”と呼ばれる連中がいて、特にアルジャーノン・カーンという男は危険です。彼らの指示で極秘の改造を進めるうち、これは間違いなく兵器に転用する気だと確信しました。だから怖くなって逃げ出したんです」

リサーチ済みの名前が出てきて、リーシャとアダムは心の中で警鐘を鳴らした。やはりカーンは核心に近いところにいる。「ボイジャー48とどう関係するんです?」アーネストは首を振る。「詳しくは知りません。ただ、あの船が何かを運んでいたらしい。ラドクリフCEOが“船の裏切り”と表現していたのを聞きました。その積荷をめぐってトラブルがあったとか……」「裏切り、ですか」アダムが低い声で繰り返す。やはりボイジャー48はスカイフォール社の許可なしに運んでいたものがあった可能性が高い。あるいは利権で揉め、殺害されたのか。

6. 不意打ち

アーネストが緊張感に満ちた様子で話を続けようとしたそのとき、上方から金属が落ちる音が響いた。誰かがいる。「まずい……」アーネストが慌てて体を伏せた。次の瞬間、廃棄区画の上方通路から閃光弾が投げ込まれる。眩いフラッシュが空間を満たし、同時に軽い炸裂音がこだまする。「伏せて!」リーシャは咄嗟に叫びながら、アダムの腕を引き倒れ込んだ。目を焼くような閃光と衝撃が廃材を飛ばし、耳鳴りがするほどの爆音が響く。視界が一瞬真っ白になる。「くっ……」視界がぼやける中、リーシャは腰のスタンガンを手探りでつかむ。アダムは懸命に反撃の構えを取るが、まともに閃光を受け、なかなかピントが合わない。アーネストは恐怖に慄きながら、背後のタンク陰に隠れようとする。

「そこにいる者たち、動くな!」頭上から拡声器越しの男の声が響く。見れば、黒い防護スーツを着た数名の人物がこちらを囲むように配置についている。特殊部隊か、もしくは企業の私設警備か。リーシャは息を呑む。公的機関のマークは見えない。となれば、スカイフォール社の私兵の可能性が高い。「どうする……」アダムが低く唸る。リーシャはチラリと周囲を見回す。廃材の陰を活用すれば、隙を突いて逃げられるかもしれないが、アーネストを置いていくわけにはいかない。

7. 不測の救援

「……くそっ」リーシャがスタンガンを構えようとした瞬間、今度は別方向から銃撃音が響いた。頭上の私設警備隊に向けて誰かが発砲している。「何だ!?」警備隊の一人が悲鳴を上げ、バランスを崩して落下。もう一人も撃たれたらしく、上部通路から姿を消した。「あっちに仲間がいたの?」アダムが訝しむが、リーシャは首を振る。「いいえ、知らない。IFCが援軍を送るには早すぎるし、別の誰かよ!」いずれにせよチャンスだ。上方の警備隊が動揺している隙に、三人は一気に階段を駆け上る。敵も完全に撤退したわけではないが、突如の銃撃に混乱しているようだ。半ば強引に通路を突き進むと、今度は目の前に覆面姿の人物が立っていた。小柄で、軽装の防護服を着ており、手には小型の拳銃。敵か味方か判別がつかない。

「急いで! ここから出るわよ」高めの声から女性だろうか。その人物は言うが早いか、三人を背後から誘導するように先導する。通路わきのハッチを開き、細いメンテナンス用の経路へと潜り込んでいく。「行くしかない!」リーシャとアダム、そしてアーネストも混乱しながら従った。背後では追っ手と思しき足音や怒声が響くが、このメンテ通路は狭く、暗く、構造が複雑だ。警備隊も簡単には追いつけないらしい。

8. 謎の女性「ラクシャ」

逃げ込んだ先は、かつて廃水の流路として使われていた古いトンネルのような場所だった。微かな非常灯が青白く灯り、金属の壁が錆びた匂いを漂わせる。「ここまで来れば大丈夫」覆面の女性は少し息を切らしながら、拳銃をホルスターに収めた。リーシャとアダムは当惑したまま、互いの無事を確認する。アーネストは怖気づいて床にへたり込んだ。「あなたは……?」リーシャが尋ねると、相手は覆面を外し、落ち着いた面差しを見せた。ショートカットの黒髪、鋭い瞳を持つ若い女性だ。

「名乗るほどの者じゃないけど……一応、ラクシャと呼ばれてるわ。あなたたちを見ていて、危ないところだったから手を貸したの。感謝は要らないけど、礼儀として一言くらい欲しいかな?」その言い方はどこか軽口を叩いているようだが、うっすらと微笑みをたたえている。「助かりました。ありがとうございます。私はIFCのリーシャ・ハドソン、こちらはアダム・キュー。彼はアーネストといって……」ラクシャはアーネストの姿をちらと見やる。「聞いたことある名だわ。確かスカイフォール社の現場エンジニアだったかしら? まあいいわ。要するにあなたたちは社の秘密を暴こうとして狙われている、と」「ええ、その通り」リーシャが苦い顔で肯定すると、ラクシャは低い声で言う。「私も昔、スカイフォール社に酷い目に遭わされてね。少しなら協力できるかも。だけど、あんまり深入りはしないこと。私も生き延びたいから」

9. アーネストが明かすZピンチ炉の証拠

ようやく落ち着きを取り戻したアーネストが、再びZピンチ炉の話を始める。

「ラドクリフCEOの命令で、Zピンチ炉には異常な高出力モードが組み込まれているんです。プラズマを瞬間的に超高密度で圧縮し、大量の中性子と放射線を放出できる。あれがもし兵器化されれば……ステーションごと、あるいは小惑星に対して壊滅的な破壊をもたらすでしょう」「やはり……」リーシャはぞっとする思いだった。Zピンチ炉は小型高出力が可能とされ、核融合の新たな可能性として期待される一方、制御が非常に難しく、兵器転用のリスクも指摘されていた。

「これを見てください」アーネストは動揺しつつも懐からデータチップを取り出す。「内部ネットワークからダウンロードした設計図の一部です。証拠として公表できれば、スカイフォール社が軍事転用を狙っていることを証明できるはず……」「すごい……!」リーシャとアダムは思わず息を呑む。これだけの証拠があればIFCや国際社会を動かす切り札になり得るだろう。だが同時に、スカイフォール社が必死で抹殺しようとするのも当然だと理解できる。

10. 新たな協力と決断

「ねえ、リーシャさん」ラクシャが話を切り出す。「私は別に正義の味方ってわけじゃない。だけど、あの企業が本気で兵器を作っているなら放置するわけにはいかない。あんたら、これからどうする気?」リーシャは少し考え込んでから答えた。「アーネストの証拠を持って、IFC本部や地球の国際機関に働きかけたい。でも、その前に“ボイジャー48”の事件との繋がりも固めたいんです。あの船が持ち出したものが、ラドクリフの逆鱗に触れた……その確証を掴めば、決定的な証拠として動かせる」「それには……レイリー岩塊へ行くしかないんじゃないか?」アダムが苦い表情を浮かべる。スカイフォール社が主導するあの小惑星で、何らかの核心が隠されているはずだ。だが行くにしても、正式なルートではスカイフォール社の管理下にある。危険は必至だった。

「幸い、エルピス号がある。私たちが操縦を引き受けます」アダムは毅然とした口調でそう言う。リーシャもうなずいた。「アーネスト、あなたも一緒に来られますか? 危険は増すけど、あなたがいないとZピンチ炉の証拠の説明ができないし、それに……もしステーションで資料が見つかったら、あなたの技術的知見が必要です」「僕は……正直、怖いです。でも、これだけやって逃げ出すのも後味が悪い。わかりました、協力します」青ざめた顔でアーネストが答える。ラクシャはそんな彼を見て、一瞬笑みをこぼした。

「変わり者たちの集団ができあがったわね。まあ、少しの間なら手を貸してあげる。私もこのコロニーに居座り続けるのはリスクが大きいし」「ありがとう。本当に助かります」リーシャは深くおじぎをし、胸のうちで微かな光明を感じた。思わぬアクシデントから生まれた奇妙な協力関係――だが今は、それが生き延びるための頼みの綱だ。

11. コロニーの闇、そして旅立ちへ

こうしてリーシャたちは廃棄区画のメンテナンストンネルを通り抜け、コロニーの一角へと戻った。ラクシャの手配で、私設警備隊の目をかいくぐりながら移動することができた。この時点でスカイフォール社が仕掛けてくる追手を振り切った形だが、あまり猶予はないだろう。特にラドクリフCEOの右腕・カーンが、必ずや次なる手を打ってくるはずだ。

「早めに行動するしかないですね」アダムが身なりを整えながら言う。「ええ。目標はレイリー岩塊への調査。スカイフォール社のステーションがあるはずだし、そこからボイジャー48に関する手がかりを探します」リーシャの目は揺るぎない決意に満ちていた。Zピンチ炉の兵器転用疑惑、そしてボイジャー48の積荷を巡る謎を解き明かすには、小惑星現地で証拠を押さえるしかない。

荒廃した背面通路を抜け、薄暗い倉庫の一角から外へ出ると、再びスカイフォール・シティのメインストリートへと繋がっていた。そこには華やかなネオンサインや観光客の笑い声があり、わずかな時間でまるで別世界へ切り替わったかのようだ。「同じコロニーなのに、この落差……」アーネストが目を瞬かせる。ラクシャは冷ややかに笑う。「表向きは平和で便利な宇宙都市。でも裏を覗けば、血と欲望まみれの利権争いがうごめいてるのさ。そういうことよ」

リーシャは深く息をつき、今後の段取りを頭の中で描く。まずはエルピス号に戻り、出港手続きを行う。すでにスカイフォール社から警戒されている以上、正式ルートは使えないだろう。IFCの名義を使いつつも、何らかの抜け道を探る必要がある。

暗い闇の底に潜む巨大な陰謀――ラドクリフCEOのZピンチ炉計画と、ボイジャー48への攻撃。そしてアルジャーノン・カーンの冷酷な策略。だが、手を引くつもりはない。このままでは再び多くの命が奪われるかもしれないし、星の力(核融合)が兵器として使われる未来を誰が望むだろう。リーシャの胸には、“いざ行かん”という鋼の決意が湧き上がる。コロニーの闇を抜け、次なる舞台はレイリー岩塊――星屑の眠る小惑星だ。そこに、本当の真相が待ち受けているはずだ。





第4章「航路を求めて」

1. 目立たない船出

「正攻法で行けば、スカイフォール社に完全に目を付けられる。出港許可を申請した瞬間、妨害かけられて終わりだろうね」

コロニー内の安ホテルに身を潜めたリーシャたち4人(リーシャ、アダム、アーネスト、ラクシャ)は、卓上に簡易ホログラムを映し出しながら作戦会議を開いていた。昼間は人目につきやすいため、深夜にエルピス号を出港させる案を模索している。

「IFCの肩書で正規のフライトプランを提出すれば、一応は合法的に飛べますが、スカイフォール社のチェックを避けるのは難しいですね」

アダムが腕組みをしながら、ため息まじりに言う。コロニー港湾局は名目上“公的機関”だが、実質的にはスカイフォール社が管理を握っている状態なのである。敵の懐にいるようなものだ。

「だったら裏ルートで出るしかないわね」

ラクシャが面倒くさそうに髪をかき上げる。彼女は既に数回、このコロニーから違法に貨物や人を出入りさせた経験があるらしく、独自の接点を持っているらしい。

「地下ドックの近くに、古い貨物連絡口があるの。今は正式には使われていないけど、違法業者がこっそり利用しているって話。そこを通ればスカイフォール社の検閲を最小限に抑えられるはず」

「でも、そこからどうやって船を動かすの?」アーネストが不安げに尋ねると、ラクシャは少し笑みを浮かべる。

「エルピス号は既に港湾のメインハンガーに止めてあるんでしょ? 整備員や港湾員の目を盗んで、船体をサブドック側へ移動する仕掛けが要るわ。こっそりドッキングブリッジを繋いで、指令室のモニターを欺瞞しなきゃならない。つまりサイバー工作が必要になるってわけ」

その言葉を受け、リーシャとアダムは同時にアーネストへと目を向けた。技術部門に詳しい彼こそ、ハッキングや管理システムの改造に手を貸せる最適任務人だ。

「ぼ、僕ですか……? 正直、船舶管制の専門家ってわけじゃないんですが……まあ、Zピンチ炉の制御コードいじるよりは敷居が低い、かな……」

アーネストは気弱そうに言いながらも、決心するように小さく頷いた。彼自身、もはや逃げ道はない。ここまで付き合う以上、自分の力を発揮しなければならないと思っているのだろう。

2. サブドックへの道

日没後のコロニーは人工“夜”モードに入り、照明が落とされている。とはいえ観光客向けのエンタメ区画などは相変わらずきらびやかにライトアップされ、賑やかな笑い声や音楽が響いているが、港湾エリアの一角は人影がまばらだった。

「じゃあ、私たちは港湾局の監視室を一時的にダウンさせるわ。ラクシャ、あなたはドックへ先回りして係留を外す準備を頼む。アーネストは管制システムへの侵入を……」

リーシャが小声で確認すると、ラクシャはうなずいて装備を点検する。アーネストは手汗を拭いながら端末を抱え、顔を引きつらせている。アダムはふと心配になり声をかけた。

「大丈夫かい? 何かあってもすぐ駆け付ける」

「うん、ありがとう……頑張るよ」

アーネストが苦笑いを返す。どう見ても場慣れしていない彼を見て、リーシャは申し訳ない気持ちを抱くが、逆にその純粋さが心を動かす。目的は“正しいこと”のはず。誰にも邪魔はさせない。

3. 管制センターの影

リーシャとアダムは、偵察ロボットのサポートを受けながら港湾局の外壁近くへ回り込む。そこに格納庫やメンテナンスルームに通じる非常口があるらしい。地図上には封鎖扱いになっているが、実際にはメンテ担当者が出入りに使っている“秘密の抜け道”に近い。

「よし、ロック解除のコードを入力……。こっちの暗号キーでどうにかなるかな」

リーシャはIFCの捜査官権限をフル活用し、事前に入手した偽装IDを端末に打ち込む。数秒後、金属の扉がカチリと音を立てて開いた。

「通ったね」

アダムが笑う。だが油断は禁物だ。二人はスタンガンや応急的な防護ゴーグルを装備し、薄暗い通路を慎重に進む。物陰には倉庫用の箱や予備パイプが乱雑に積まれ、時折ネズミのような害獣対策ロボットが走り回っている。

しばらく歩き、曲がりくねったトンネルを抜けると、小さな扉が姿を現す。上部には**“制御管制室—サブブロック”**というプレートがあり、そこを管理するのはほぼスカイフォール社の職員たちだろう。

「この部屋の端末に侵入すれば、港湾局全体をオフラインにするのは無理でも、ほんの数分くらい監視カメラを止められるかもしれない」

リーシャが囁く。アダムは扉に耳を当て、内部の物音を探る。人の気配は遠くにあるが、すぐ近くには感じない。行けるか――。少し強引な手段だが、IFC捜査官として覚悟を決めるしかない。リーシャは電子ツールを取り出し、鍵盤パネルに接続して慎重に解除作業を始めた。

4. 工作と異変

数分後、管制室内へスムーズに侵入することができた。薄暗い照明の下、コンソールパネルが幾つも並び、モニターにはコロニー港湾区の各ドックを映す映像が映っている。人影はなく、当直の警備員は別室にいるのだろう。

「急ぎましょう。アーネストが管制システムに接続したら、こちらで監視カメラを一斉停止させるから。その隙にエルピス号をサブドックへ移動させる手はずになってる」

アダムが警戒の目を向ける中、リーシャはキーボードに指を走らせ、IFC独自のセキュリティツールを起動する。コロニーの内部監視網に対し、ログイン情報を一時的に改ざんしようというのだ。モニターを見れば、メインドックで貨物が積み下ろしされている様子が映る。作業員たちがフォークリフト型のロボットを操作し、大量のパレットを運んでいる光景。あそこに、エルピス号が駐機しているはず。

「……できた。あと数十秒で映像がフリーズする」リーシャは一息つきながら、アダムの肩を叩いた。そのタイミングで通信端末が振動し、アーネストからの合図が届く。

「こちらアーネスト。サブドックへの仮想回線、オープンに成功! 機体移動を開始します。衝突防止だけはなんとか自動制御を維持……うっ、少しバグが……」

途切れがちな音声に、リーシャたちは焦る。アーネストの端末が限界ぎりぎりで動いているのか、あるいは何らかの妨害が入っているのか。

5. ラクシャの呼びかけ

そこへさらに音声が割り込む。

「こっちはラクシャ。エルピス号の前に知らない作業員がウロウロしてるわ。そっち、カメラどうにかならないの?」

ラクシャの少し苛立った声。リーシャはモニターを確認するが、すでに映像をフリーズさせる動作を始めているためリアルタイム映像が止まっている。

「くっ、あと数秒待ってくれ! 一度ストップしたらカメラも戻せない」リーシャが歯噛みする。そのタイミングを見計らったかのように、管制室入り口のドアががちゃりと開いた。

「誰かいるのか?」鋭い声とともに入ってきたのは、スカイフォール社の制服を着た男。恐らく巡回か当直の警備員だろう。一瞬、目が合う。

「なっ……何者だ!?」男が腰の警棒に手をかけるより早く、アダムがロック解除用のワイヤーを投げつけて男の腕を絡め取る。

「すみませんが……通してもらいます!」

ひねりを加え、男を背後から押さえつけると、男は短い悲鳴を上げた後でぐったり倒れ込んだ。気絶まではいかないが、しばらく動けそうにない。

「すぐに出ましょう。時間がない」リーシャはコンソールの最終確認を行い、監視カメラを停止させた状態を固定。あとはアーネストの作業に任せるしかない。

6. ドッグ侵入と予期せぬ客

管制室を出た二人は地下の連絡通路を走る。やがていくつかのゲートを潜り抜けた先にサブドックのハッチがあるはずだ。エルピス号をそちらに回送できれば、あとは離陸シークエンスを立ち上げるのみだ。

しかし予想外のことが起きた。突き当たりの角を曲がった瞬間、銃声が鳴り響く。弾丸が壁を削り、火花が散る。誰かが待ち伏せしていたか——?

「伏せて!」アダムがリーシャの腕を引き、金属箱の裏へ飛び込む。敵は二名、黒い防護ベストを着用し、ピストルを構えている。スカイフォール社の私設警備か、それとも別の武装集団か——少なくとも民間の作業員ではなさそうだ。

「こっちはIFCの捜査官だ! 攻撃を止めろ!」リーシャが叫ぶが、相手は躊躇しない。容赦なく銃弾を浴びせかけてくる。「やるしかないな……」アダムは短く呟き、スタンガンを装備する。威力は低いが、至近距離なら十分相手を無力化できる。目くらまし用の閃光弾があればいいが、今回は準備がない。

ふと横手から別の影が素早く駆け寄る。ラクシャだ。彼女はいつの間にか合流し、腰から短いナイフを抜いて敵の死角を突いた。「こっちを見ろよ!」彼女が鋭い叫び声を上げ、相手が反応した瞬間、ナイフの柄で相手の手首を打ち、銃を弾き飛ばした。もう一人も反撃しようとするが、リーシャがスタンガンを放ち、バチリと閃光が走る。敵は呻き声とともに膝をついた。

「くっ……みんな気は確か?」ラクシャが声をかけ、アダムとリーシャは大きく息をついて頷く。

7. 迫る船出

ようやく銃撃戦が収まったところで、薄暗い奥の通路にアーネストが姿を見せる。どうやら無事にサブドックへの移動制御を終えてきたらしいが、顔は青ざめ汗だくだ。

「船体をサブドックに移行させる途中で警報が鳴ったけど、大丈夫だった? もしかしてそいつらが原因……?」アーネストは倒れた警備員や防護ベストの男を見て震える。

「ああ。どうやらスカイフォール社も本腰を入れてきたようだ。もう時間の余裕はないわね」リーシャは決然と口を開く。「エルピス号をすぐに発進させましょう。ターミナルの一部システムは止めてあるから、しばらくは出港ゲートも半ば無防備のはず。早く行くよ!」

アーネストとラクシャは頷き、アダムが先導して4人は急ぎサブドックへと突き進む。ドックの大扉が開いた先には、希望の光があるかのように、白い整備灯で照らされたエルピス号の機影が見えた。まるで「早く乗れ」と呼びかけているようだ。

8. エルピス号、離陸準備

タラップを駆け上がった4人は、すぐにエアロックを閉鎖し、コックピットへ急ぐ。アダムが操縦席、リーシャが副操縦席に陣取り、アーネストが通信コンソール、ラクシャは後方の銃座……というより応急的な防護ブースで警戒に当たる。

「メインスラスター、チェック完了……補助制御も正常……」アダムが素早く計器を確認し、システムを立ち上げる。だが、念のための燃料バランスチェックでアラートが一つ点灯する。

「燃料が……少し足りない? ああ、整備員が勝手に抜いたかも。スカイフォール社の嫌がらせかな」

困った顔をするアダムに、ラクシャが通路越しに呼びかける。「飛び立つだけなら大丈夫でしょ? レイリー岩塊へ着くまで持てばいいんだから!」「そうだね。最悪、途中で姿勢制御を節約すれば……」

やむを得ない。アダムは安全マージンを削る覚悟で離陸を続行する。リーシャは通信用モニターをチェックし、外部からの呼びかけを無視する設定に切り替える。今、スカイフォール社やコロニー管理局から何を言われても応じるつもりはない。

「よし、出るわよ。みんな、固定座につかまって!」

9. ターミナル突破

エルピス号のエンジンが低く唸り、船体が浮き上がると同時にサブドックのゲートが音を立てて開く。闇夜の向こうにコロニーのドーム内部が広がり、遠くには地球が見える。その神秘的な光景も、今は緊迫感の中にある。出港航路には通常、交信に基づく順番待ちが存在するが、既にリーシャたちは管制を欺いている。エルピス号は滑るようにドックを出て、コロニー内部の飛行ルートを強引に進む。壁面モニターに警告表示が乱れ飛び、サイレンが鳴り響いているのが外側のカメラ映像でちらりと見える。

「……ゴメン、IFCには苦情が山ほど来るだろうね」アダムが自嘲気味に言うが、リーシャは毅然と答える。「構わないわ。ここで止まったら、ボイジャー48の命も、Zピンチ炉の真相も闇に葬られる」

エルピス号のエンジン出力が上がり、人工重力の影響が薄い天井付近まで浮上。大きく円を描くように旋回しながらドームの出口へ向かう。その先には外宇宙へ抜ける転送ゲートがある。通常ならば管制の許可が必要だが、すでに通信システムをフリーズさせているので強行突破だ。

「ゲート開きます……残り10秒……!」

アーネストが叫ぶ。モニター上に暗号化バイパスの制御画面が流れ、ラクシャがそれを補佐している。もし相手がシステムを復旧していれば、ゲートは閉ざされエルピス号は激突するかもしれない。ギリギリの綱渡りだ。

10. 宇宙へ、そして新たな危機

しかし奇跡的にゲートが開放され、エルピス号はコロニーの外へ飛び出した。そこは暗く深い宇宙の闇。だが視界の先には美しい星々が瞬き、地球の青い輪郭が見下ろせる。地球—月間軌道を経てレイリー岩塊へ向かうルートに入れるまで、あと少しだ。

「やった……!」リーシャがほっと安堵の息を漏らす。だが、その刹那、コックピット内にアラートが響く。

警告:船体後方に高速接近反応。レーダーに複数のシグナルを検知。

「何か追ってくるわ!」ラクシャが銃座のスクリーンを見て声を上げる。そこには2機の追跡船が映し出されていた。機体シルエットは軍用船ではないが、武装を備えている可能性が高い。「スカイフォール社が用意した私設艦か……! あっちも急いで発進したんだろう」アダムは舌打ちをする。燃料が少ないこちらに比べ、相手は短距離高出力ができるかもしれない。逃げ切るには厄介だ。

「このままレイリー岩塊へ強行するしかないね。戦ってる余裕はない」リーシャが冷静に判断を下し、アダムが推力を全開にして船体を加速させる。追跡船が発砲してくる前に速度差を稼ぎ、相手のレーダー圏外まで逃げ切るのだ。

「こっちだって何かできる武器ないの?」ラクシャが半ば苛立ちながら銃座のパネルを調べるが、民間船のエルピス号に大きな武装はない。せいぜい迎撃用の小口径ビーム砲程度で、正面から戦うには心許ない。

「避けるしかないわ。数分もすれば月軌道付近に入るから、そこから変則軌道でレイリー岩塊へ向かいましょう。あとは運に任せるしか……!」リーシャの声には焦燥と覚悟が混ざっていた。アーネストは祈るように端末を握り、ラクシャは後方スクリーンに映る追跡船を睨みつける。

こうしてエルピス号は、星々の海へと脱出した。背後にはスカイフォール・シティの警告灯が瞬き、2機の追跡船が距離を詰めようと躍起になっている。レイリー岩塊までの数日間、この逃避行がどれほど波乱に満ちたものになるか、今はまだ誰にも分からない。

しかし確かなのは、リーシャたちはもう後戻りできない地点を越えたということだ。ボイジャー48の真相、Zピンチ炉の軍事転用疑惑――それらを暴くためには、どんな困難にも立ち向かうしかない。暗闇の宇宙での命がけの航海が、いま幕を開ける。


第5章「月影の追跡」

1. 苛烈な船外

「速度、マッハ換算で……いや、そもそも真空中ではマッハという概念は違うけど……とにかく全力加速状態だ」アダムは操縦桿を握りしめながら、コンソールに目を走らせた。船内の人工重力が薄くなり、リーシャは座席からわずかに浮き上がる感覚に襲われる。船体が限界近くまで推力を上げている証拠だ。

背後のスクリーンには、スカイフォール社が放ったらしい2機の追跡船の影が映っている。まだ遠方だが、徐々に距離を詰めてきていた。小型高機動の設計なのか、燃料のリミットは小さいエルピス号より明らかに有利そうだ。

「ここから月軌道を利用してスイングバイをかければ、少しでも燃料を節約できるかもしれない。だけど、その間に追いつかれる危険も高い」リーシャが副操縦席のタブレットを操作して軌道計算を試みる。トラジェクトリー(軌道)画面には、青い地球、灰色の月の軌道、そしてレイリー岩塊がやや外れた場所を公転している様子が3Dで表示されている。

アダムは苦い表情を浮かべる。「追いつかれる前に月面付近で一度隠れたり、裏側を回る手もあるけど……時間がかかり過ぎると、あっちが援軍を呼ぶかもしれない」どちらにせよ決断がいる。燃料が乏しいエルピス号では、長時間の回り道はできないし、真っ向勝負で戦う武装もない。

2. チーム内の衝突

コックピット後方の補助席にはアーネストが座り、端末を覗いている。巨大なストレスからか、汗が額に浮かび、しきりに唇を噛んでいた。「すみません……。僕がもっと上手くハッキングしてれば、あんなに早く追ってこられなかったのに……」ラクシャは彼を横目に見て鼻を鳴らす。「そんなこと言っても始まらないわ。大体、エルピス号だって武装が貧弱すぎる。正面からの迎撃は無理ね」彼女もイライラを隠しきれず、短く切った黒髪をかき上げる。

リーシャは周囲を見渡し、声を落ち着かせて言う。「今ここで意見をぶつけても何も解決しないわ。まずは追跡船をどうかわすか、それだけに集中しましょう。ラドクリフCEOやカーンの思惑を暴くためにも、私たちが無事レイリー岩塊へ到着しなければならない」苛立ちと緊張が漂う空気を、彼女の冷静な言葉がわずかに和ませる。

3. 通信の乱入

唐突に、船内コミュニケーションパネルが点滅を始めた。外部通信が強制的に割り込んでくる。アダムが驚いて操作を試みるが、こちらから拒否してもまるで関係なく画面にノイズ混じりの映像が浮かび上がる。そこに映ったのは、冷たい笑みを浮かべたアルジャーノン・カーンの顔だった。

「やあ、IFCのリーシャさん。随分と強引な逃避行を楽しんでいるようですね」

通信とは言え、まるで隣にいるかのように低く響くその声が船内に充満する。ラクシャは即座に拳銃を掴みかけるが、もちろん撃つ相手はいない。

「私たちに何の用? もうあなたの話を聞く義理はないわ」リーシャが鋭い口調で応じる。カーンは表情を変えずに淡々と言葉を続けた。

「そう言わずに。あなた方がボイジャー48の真相を暴こうとしているのは知っています。ですが残念ながら、それ以上進めば命の保証はありませんよ。ラドクリフCEOもお怒りです。Zピンチ炉の計画を暴かれるなど、ご容赦願いたいところだ」

映像の背後には、スカイフォール・シティの一角だろうか、青い地球の光が見えている。彼はコロニーに残っているようだ。

「追跡船があなた方を捉えるのも時間の問題でしょう。私としては、ここで降伏していただくのが賢明だと思うのですがね……」

「ふざけないで。そっちこそ計画を止めなさい。人類の希望である核融合を、兵器の道具になんてさせない!」リーシャの目は怒りで燃えるが、カーンは肩をすくめて軽く笑うだけだった。

「それはあなたが決めることではありません。すべてはラドクリフCEOとスカイフォール社が人類の未来を握るため……。では、またあとで。」

そう言い残して通信は途絶え、パネルは静まり返った。まるで一方的に嘲笑われたかのようだ。

4. 月面基地を巡る提案

不気味な沈黙が船内に満ちる。ラクシャが苛立たしげに言う。「あいつ、わざわざ通信を割り込んできて脅すなんて、相当余裕があるのね。追跡船が来るまでの時間稼ぎかしら?」アーネストは怯えつつも、歯を食いしばって言った。「もし捕まったら、僕らは消される……。絶対に」

リーシャは自分を奮い立たせるように操縦コンソールへ向き直る。「……とにかく、ここで立ち止まるわけにはいかない。月軌道を上手く使って、短時間で姿を隠す方法を考えましょう。月の裏側には、いくつか旧時代の小型基地や補給ステーションがあるって聞いたことがある」

アダムは慌てて軌道マップを広げる。「NASAやESAの遺構が幾つか残ってるが、稼働してるかは不明だ。万が一、どこかの民間企業が買い取って改造しているかもしれないが……」

「そこを賭けるしかない」とリーシャは言う。「月の裏面近くを掠めて、もし接岸可能なステーションが見つかれば燃料補給や整備ができるかもしれない。幸運を祈るわ」

5. 追撃と避難行動

エルピス号は推進器を微調整し、月の重力圏に入り込む計画軌道をセットした。後方の追跡船もコースを変えて追いつこうとするが、エルピス号が狭い重力井戸を利用して軌道を変化させるため、すぐに射程には入れない模様だ。

「計算によれば、あと数時間で月の背面側へ回り込み、電波遮蔽範囲に入るわ。そこまで逃げ切れば、いったん追跡を振り切れるかもしれない」

リーシャが朗報を告げると、アダムも少し笑みを浮かべた。「ただしその間、エンジン出力を落とせないよ。燃料残量がさらに厳しくなる」

「それでも、捕まるよりはマシ」

6. 不意の通信ビーコン

月面近くへ接近するにつれ、船内のセンサーが異常なビーコン信号を拾った。微弱な周波数帯で、繰り返し同じ暗号を送っているようだ。

「こんな古いプロトコル……数十年前の月面ミッションで使われていた暗号かもしれないわ」リーシャが簡易デコーダーを走らせると、意外にもフォーマットが解析できた。メッセージはこうだ。

“こちらL-21ステーション。補給可能。緊急避難船歓迎。”

「L-21ステーション? 聞いたことがないな……」アダムが地図を探すが、公式には登録されていないようだ。ラクシャがふと何かを思い出した表情をする。

「そういえば、昔どこかの民間団体が月面裏側に小型基地を作っていたって噂があった。しばらく稼働してなかったはずだけど……まさかまだ生きてるの?」

アーネストは嬉しそうに声を上げる。「もしそこが本当に稼働しているなら、燃料や物資を手に入れられるかも……! ありがたい話です」

「罠の可能性もあるが……」リーシャは慎重な目を向ける。スカイフォール社が用意した囮かもしれない。それでも時間がない以上、賭けに出るしかないかもしれない。

7. 月裏側での接近

エルピス号は追跡船からの距離をわずかに伸ばしつつ、月裏側へと機首を向ける。月の巨体が電波を遮り、スカイフォール社からの追跡シグナルを断ち切る計画だ。船窓から見る月面はクレーターだらけの荒涼とした風景が広がり、太陽光がほとんど届かないエリアは漆黒の闇に沈んでいる。かつてアポロ計画や各国の探査機が着陸し、多くの遺構が眠る場所だ。

「ビーコンの方向は……あっち。クレーター沿いを飛べば到達できるはず」リーシャがナビゲーションを示す。船体が微妙に振動し、タンク内の燃料が残り僅かを示すアラートが鳴る。

アダムは苦い顔でうなずく。「一度着陸して補給できなきゃ、レイリー岩塊への飛行は不可能だ。もう戻れないよ」「後戻りはしない。やるしかないわ」

8. L-21ステーション

船外カメラが月面の暗い谷を映し出す。その先に、わずかな光を放つ建造物が見えた。ドーム状の施設と、周囲には小さな太陽光パネルらしきもの。どうやらL-21ステーションは実在するようだ。「スキャン結果では、大気や酸素の供給量が最低限ありそうね。無人かもしれないけど、自動システムは動いてるみたい」アーネストが興奮気味に報告する。

エルピス号は慎重に高度を下げ、ステーション屋根のドッキングスポットを探る。着陸脚を展開し、わずかな噴射を吹かして軟着陸する。月面重力は地球の6分の1程度で、衝撃は思ったより小さかった。

「よし……何とか降りられた。燃料は本当にギリギリだけど」アダムがコックピット内のレバーを引き、エンジンを停止させる。船内の振動が収まり、静寂が訪れる。

9. 誰がいるのか?

アーネストとラクシャが船外スーツを準備し、エアロックから外へ出ようとする。ステーションのハッチを開けるには、コードを入力するか、相手側が自動認証してくれるかだ。ビーコンを出している以上、何らかの迎えがあるはず。リーシャとアダムは船内で待機し、外の様子をモニター越しにチェックする。月の黒い大地が広がり、下方には時折、淡い光がきらめいている。クレーターの縁に差し込む太陽光が薄青い影を作り、なんとも神秘的な光景だ。

「……動きがない。中に人はいないのかな」息をのむリーシャに対し、アダムがコンソール上のセンサーを指差す。「生命反応がわずかにある。少なくとも一人か二人はいるようだが……」

その時、外のラクシャから通信が入る。

「大丈夫、ハッチが勝手に開いたわ。中は酸素もあるみたい。でも、誰もいない……ん? そっちにモニターか何かが……」

通信が途切れ、一瞬雑音が走る。リーシャは背筋に嫌な汗が伝う。「ラクシャ? 応答して!」アーネストも声だけが聞こえ、「ちょ、ちょっと何かいる――」という言葉で途切れた。

10. 運命の再会

「まずい……!」リーシャとアダムは慌てて外装スーツを装着し、エアロックを起動させる。二人が月面に降り立つと、やはりL-21ステーションの扉は開いたままだ。足早に施設内部へ入ると、そこは狭い空間に汚れたパイプやケーブルがむき出しで、古ぼけた空気清浄装置が低い唸りを上げている。薄暗い通路の先に、アーネストとラクシャが立ち尽くしていた。

「どうしたの?」リーシャが駆け寄ると、彼らの視線の先に人影があった。歳の頃は40代半ばくらい、痩せた男が月面用の防護服を脱ぎかけの状態で立っている。目が虚ろで、しかし何かを訴えたいように口を開く。

「……お前たち、何者だ……ここへ何しに……」男の声はかすれていたが、微かに乗組員バッジのようなものを身につけているのが見える。その名札には**“JOHN E. GRIFFIN”**と記されていた。

「ジョン……グリフィン? もしかしてボイジャー48の……!」リーシャは息を呑む。ボイジャー48の乗組員リストに、確かに“ジョン・E・グリフィン”という航宙士が含まれていた。まさか生き延びて、ここ月裏のステーションにいるとは——。

「あなたが、ボイジャー48の生存者……?」アダムの問いに、ジョンはうつむきながら苦しそうに頷いた。「ああ……そうだ。俺は……ここでずっと、助けを待っていた……」よく見ると、ジョンの腕や頬には擦り傷や古い傷痕があり、栄養状態も悪そうだ。彼はうわ言のように続ける。

「ラドクリフCEO……あいつが船を……裏切り者と呼んで攻撃して……俺は辛うじて脱出ポッドに乗ったが……どうしようもなくて、ここの電源と空気を頼りに生き延びたんだ……」

リーシャたちは言葉を失う。まさに、ボイジャー48の真相の鍵を握る人物が目の前にいる。追撃を振り切ってここへ逃げ込んだのは、偶然ではないのかもしれない。


第6章「生存者の証言」

1. 冷たい空気のステーション

月面裏側の小さなステーション、L-21。古びた金属壁がむき出しの通路を震える足取りで進むジョン・E・グリフィンの姿を、リーシャたちは複雑な想いで見つめていた。ところどころ故障しかけの照明が弱々しく点滅し、広いとは言いがたい基地内には冷えた空気が漂っている。古い設備とはいえ、最低限の生命維持装置は動いているようだが、長くメンテナンスされていないのは一目瞭然だ。

「よく、ここで生き延びていたんですね」アーネストが、半ば感嘆の声で言う。ジョンはうつむき加減で、口の端にかすかな笑みを浮かべた。

「俺も正直、こんな辺鄙な基地に辿り着けるなんて思ってなかった。脱出ポッドに残っていた古いマップとビーコンの存在が救いだったよ。最初は酸素もギリギリで、ここに到着したときは本当に死にそうだった……」

2. 控室での回想

ステーションの一角には、かつての乗員用の控室があり、簡素な椅子やテーブルが並んでいた。そこでリーシャたちはジョンを座らせ、何か温かい飲み物を飲ませる。基地の自動販売機のような装置が、まだ辛うじて作動していたのは幸いだった。アーネストとラクシャも腰を下ろし、リーシャとアダムはテーブルを囲む。ジョンの髪は伸び放題で、痩せた頬には痛々しい傷が見えるが、その眼差しにはどこか強い決意が宿っているように思える。

「ボイジャー48の真実を聞かせてください。あなたが生き延びているなら、あの船で一体何が起きたのか……」リーシャが静かな声で促すと、ジョンはゆっくりと口を開いた。

3. ボイジャー48の「裏切り」

「ボイジャー48は元々、スカイフォール・エアロスペース社の契約船だった。その任務は、小惑星レイリー岩塊から採掘されたヘリウム3と重水素の混合燃料を地球へ運ぶこと。俺たちは何度も同じ航路を飛んでいたし、特に問題はなかったよ」と、ジョンは遠い目をして語り始める。

「ところが、その最後のミッションで、突然スカイフォール社との契約を解除された。代わりに**ある“新興企業”**が船を借り上げ、同じく小惑星から何かを積んで地球へ運ぶ計画を立てたんだ。船長も怪訝に思いつつ、報酬が破格だったから承諾した……」

アーネストが思わず口を挟む。「新興企業というのは、いったい?」ジョンは疲れた目を伏せる。「詳細はわからない。ただ、どうやらスカイフォール社から“横取り”するような形で、レイリー岩塊の燃料以外にもある特殊な物資を積み込もうとしていたらしい。それこそが“裏切り”と呼ばれる原因だった……」

「特殊な物資……?」リーシャが眉をひそめる。ジョンは手の震えを抑えながら続ける。

「そうさ。それについては詳しい情報は教えてもらえなかった。けど噂では、Zピンチ炉の軍事転用に繋がる研究データか、あるいは高濃度トリチウムか……。ともかく、ラドクリフCEOが絶対に手放したくないような“核”の核心技術だったんだろう。だからこそ、俺たちは追われる羽目になった……」

4. スカイフォール社の攻撃

ジョンは苦い顔をする。その表情から、無念の思いが伝わってくる。

「積荷の半分はヘリウム3や重水素の燃料だったが、一部に謎のコンテナがあった。何人かのクルーが中身を知っていたみたいだけど、詳しくは話してくれなかった。ともかく俺たちは出港し、地球に近づいた……そしたらスカイフォール社の私設艦が待ち伏せしていたのさ。警告もなく、強力なパルス兵器で攻撃され、船体はメチャクチャに破壊された。ラドクリフCEOが……通信でこう言ってた。『裏切り者には死あるのみ』 ってね……」

静寂が降りる。ラクシャは舌打ちをしながら腕を組んだ。「相変わらず、あのCEOは狂ってるわ。兵器を惜しみなく使い、人を平気で消す……」

ジョンは微かに肩を震わせる。「仲間の多くは一瞬で爆発に飲まれた。俺は運よく脱出ポッドに乗り込んだけど、船は完全に粉砕され……他に生存者がいたかどうかすら分からない。気づいたときには月付近でエンジンも動力も不調だったけど、どうにかこのL-21ステーションを発見して……半年くらい? ずっとここで空気と水をやりくりして生き延びてたんだ」

5. 秘められたコンテナの中身

「つまり、スカイフォール社にとって何としてでも手放せない“核”の技術……たとえばZピンチ炉やトリチウム関連の決定的資料やサンプルなどを、ボイジャー48が地球へ流そうとした。それがCEOの逆鱗に触れたってことね……」リーシャは唇を噛みつつ、自分の推測を口にする。

ジョンは曖昧に頷いた。「おそらく。ただ、俺にも正確な内容は分からないんだ。ラドクリフが激怒するほどのものだったのは間違いない」ラクシャは険しい表情でアーネストに目をやる。「そっちはZピンチ炉の軍事転用プログラムを多少なりとも知ってるんだよね。もしかすると、そのコンテナには転用用の『鍵』とも言える極秘データや特殊な超伝導素材、トリチウムの高密度試料が入っていたのかも」アーネストはたじろぎながらも頷く。「ええ、そうかもしれない。僕が見た限りでは、Zピンチ炉の兵器設計には独自の素材と大量のトリチウムが必須だし……それを地球側に渡せば、スカイフォール社の独占が崩れる。だからこそ殺しにかかったんだ」

6. レイリー岩塊への新たな思惑

リーシャは小さく息をつき、机を叩いた。「やっぱりレイリー岩塊へ行くしかないわ。あの小惑星に、Zピンチ炉の兵器開発に関わる核心データや素材が保管されている可能性が高い。スカイフォール社があそこで何をしているのか、私たちは確かめる必要がある」

ジョンは弱々しく頭を振る。「危険だ……あそこには、ラドクリフCEOの息がかかったステーションがある。彼らは容赦しない。俺も何度も通信を試みたが応答がない。あれはきっと秘密を守るための要塞化された施設だ……」「それでも行くわ。ボイジャー48を沈めた人間を、これ以上のさばらせるわけにはいかない。核融合の平和利用を守るためにも、Zピンチ炉を兵器に使うなんて許せない」リーシャの決意に、ラクシャもうなずく。「いいんじゃない。正面突破するしかないでしょう。あんたらが証拠を押さえて公表すれば、スカイフォール社の企みを止められるかもしれないし」

ジョンは少しだけ目を見開き、何かを思い出したように首を振った。「……わかった。俺も同行させてくれないか。怪我してるし戦力にはならないかもしれないが、俺はあいつらに復讐したい。仲間の無念を晴らすためにも」

7. 燃料補給と迷い

一方、アダムとアーネストはステーション内を探索し、燃料や酸素ボンベなどの補給物資を探していた。年代物のコンテナをいくつか開けてみたところ、有人ミッション向けの貴重な備蓄がまだ少し残っているようだ。「ありがたい……これでレイリー岩塊へ飛ぶだけの余力が確保できるかもしれない」アダムは安堵の声を上げつつ、コンテナをエルピス号まで運び込む。ラクシャがサポートしながら、古い設備をチェックしている。「でも、こんな辺鄙な基地にこれだけ残っていたのは奇跡に近いわ。どうして放置されていたのかしら……」「あんまり考えたくないけど、昔の利用者が事故か何かで、誰も帰らなかったって可能性もあるかもね」

やがてリーシャとジョンがやってきて、簡単なブリーフィングを開く。アーネストは端末を見ながら心配げに言う。「追撃していたスカイフォール社の私設艦は、今どこにいるんだろう。月の裏側では電波遮蔽されてるとはいえ、いつ突っ込んでくるかわからない」リーシャは力強く応じた。「そうね。すぐに出発しよう。ジョンさんを連れて、レイリー岩塊へ。そこが最後の決戦の地になるはず。準備ができ次第、離陸するわ」

8. 迷いを断ち切るジョン

ジョンは自分のポッドから持ってきたわずかな所持品をエルピス号へ移動させ、ステーション生活に別れを告げる。空気が澄んだ基地の通路の壁を最後に見つめながら、彼は低く呟いた。「さよなら、俺を救ってくれたL-21……。ここで半年も生きていたとは、正直まだ信じられない。だけど、この先は生き延びた意味を証明する時だ」

リーシャはその背にそっと手を置く。「必ずあなたの仲間の無念を晴らしましょう。それが私たちの使命です。あなたの証言が決め手になるわ。スカイフォール社に正義を示すために」ジョンは弱々しく微笑み、力強く頷いた。「ああ、頼むよ。船長やクルーが無駄死にではなかったと、そう証明してくれ……」

9. 月面を離れ、新たな舞台へ

アダムの操縦で、エルピス号は月裏側の闇から静かに浮上する。補給したばかりの燃料や物資を後部ハッチに収め、船内は少し生活感が増したように見えた。ジョンも船の補助席に座り、まだ幾分痩せた体を支えるようにシートベルトを締める。ラクシャは後方区画から短い通信を確認し、「追跡船の動きはまだ見えないけど、表側に出ればまたレーダーに捉えられるわ。スピードが勝負ね」と声をかける。リーシャは副操縦席に腰を下ろし、コンソールにレイリー岩塊の軌道情報を打ち込む。あの小惑星までは数日の旅。途中で小さなエンジントラブルや燃料の再計算が発生するだろうが、やるしかない。

「みんな、覚悟はいい? ここを出たらもう月面補給にも戻れない。レイリー岩塊が最終目的地になると思う」振り返るリーシャに対し、仲間たちはそれぞれうなずく。アーネストは顔色こそ不安げだが、目には決意が宿っていた。ラクシャも無言でOKサインを出し、ジョンは静かに目を閉じて息を整えている。

「それじゃあ、行きましょう」アダムがスラスターのレバーを引くと、エンジンが低い咆哮を上げ、エルピス号は月面から飛び立つ。漆黒の宇宙へと舞い戻り、青い地球の光が遠くにきらめく。今度こそ、ボイジャー48の秘密とZピンチ炉の軍事転用計画を止めるための最終行程が始まる。果たしてそこに待つのは、地獄か、それとも希望か。


第7章「星屑の要塞」

1. 最後の航路

エルピス号が月裏側を離れてから、さらに数日が経過した。広大な宇宙空間を抜け、**2019RF33(通称:レイリー岩塊)**の公転軌道に接近している。推進燃料は相変わらずギリギリだが、月面ステーションでの補給が功を奏し、大きなトラブルこそ起きずに進んできた。船内ではリーシャ・アダム、そしてラクシャとアーネスト、そして新たに合流したジョンが手分けして航行を支えている。

「到着まで、あと12時間ってところね。岩塊のコロニーが見えてくるのは、その少し前になるわ」リーシャが副操縦席のディスプレイを確認しながら言う。目の前には3Dマップが表示され、小惑星2019RF33がくるりと自転しながら公転している様子が映し出されている。

ラクシャが後方区画から声をかける。「こっちの監視スキャナーじゃ、まだスカイフォール社の追撃船は見えないわ。どうやら月面付近で撒いた形ね。でも油断はできない。奴らなら先回りしていてもおかしくないし」アーネストも端末を見つめながら眉をひそめる。「はい。あそこはスカイフォール社の事実上の“私領”だし、警備ドローンや自動砲台が配備されている噂もあります。ご用心を」

2. レイリー岩塊の風景

12時間後、エルピス号は小惑星表面に近づき、ゆっくり減速を始めた。船窓から見下ろす“岩塊”は、ゴツゴツとした灰色の地表が無数のクレーターで覆われ、ところどころに規模の大きな採掘施設が見える。やがて視界に入ってきたのは、Station-7と呼ばれるドーム型の建造物だ。先にジョンから得た情報によれば、スカイフォール社の主要拠点の一つ。ここでZピンチ炉の研究・実験や、ヘリウム3・重水素の大規模採掘を行っているらしい。

ジョンが顔をこわばらせ、低い声を漏らす。「……間違いない。あそこだ。ボイジャー48も何度かあのステーションと連絡を取り合った。スカイフォール社の警備が厳重で、何度も検閲を受けたよ」

「どうやって接近する? 真正面から降りたら、あっちの防衛システムに撃ち落とされかねないわよ」ラクシャがモニターに映るステーションを見て、軽く舌打ちする。確かにステーション周囲のクレーターには複数のドームやレーダーアンテナらしきものが立ち、警備が厳重そうだ。

3. 側面の廃坑ルート

「ジョン、レイリー岩塊には別ルートの入り口があるって聞いたんだけど」リーシャが尋ねると、ジョンは思い出すように頷いた。

「ある。昔使われていた廃坑がステーション南側にあって、そこは今は封鎖されているが、空気の通路が一部残っているらしい。俺たち船員は立ち入れなかったけど、もし無理やり突っ込めばステーションの副通路へ繋がるかもしれない」

アダムが地形マップを展開しながら驚く。「そんな抜け道が? でも船で直接入り込める余地はないだろうな。シャトルや小型ホバーバイクならともかく……」

リーシャは小さく息をつき、「つまり、船はステーションから少し離れた場所に着陸させて、私たちは徒歩か小型運搬機で廃坑に潜り込むってことね。ラクシャ、船に格納してあるスーツや輸送カートは使えるかしら?」ラクシャは肩をすくめる。「使えなくはないけど、まるで冒険家の真似事ね。地表を移動する途中で見つかったら一巻の終わりだけど、やるしかないんでしょ?」

4. 揺れる覚悟

アーネストは手汗を拭いながら落ち着かない様子で言う。「僕たちが潜入しても、無事に中に入り、Zピンチ炉の軍事転用の証拠……あるいは実物データを押さえられるか、わかりませんよ。それにCEOやカーンに捕まったら……」

「わかってる。でもこれは必要なリスクだわ」リーシャの声には決意がこもっている。「私たちが何もしなければ、スカイフォール社は核融合の兵器化を好き放題に進め、ボイジャー48の犠牲のような惨劇がまた起きる。だから、行くしかない。あなたが得たプログラムやジョンの証言だけじゃ、もしかすると不十分な面もある。現場を見て、確たる証拠をつかんで世界に公表しましょう」

アーネストは視線を落としながらも、ひっそりと頷いた。彼が先に入手した設計図やデータだけでは決定打になるかわからず、“物証”が必要なのだ。ボイジャー48の供述書と併せて世に出せば、世界が動く可能性も高い。

5. 小惑星着陸

エルピス号はステーションから数キロ離れた地点のクレーター縁に軟着陸した。岩塊の重力は月より小さいため、船を安全に着地させるのは簡単ではなかったが、アダムの腕前でなんとかクリアする。ハッチを開け、外へ出ると灰色の岩肌と砂塵が足元に広がり、わずかな重力感覚が身体を揺らす。宇宙服の呼吸音が耳に響くなか、リーシャは遠くを見つめた。クレーターの先には、かすかにステーション群のシルエットが見える。

「よし、ここが出発点ね。すぐにエルピス号を偽装ネットで覆って、レーダーに映りにくくしましょう。ラクシャ、例の透過素材を頼むわ」彼女の指示で、ラクシャは小型カートに積んだ特殊ネットを取り出し、船体を覆っていく。ステルス性を高めるための暫定処置だ。

ジョンが岩陰からカメラでステーション方向をズームしながら、「うーん、警備ドローンが飛び回ってるのが見える。大きなレーダータワーもある。早めに廃坑へ急ぐべきだな」と言う。

6. 廃坑への道

チームは5人分の宇宙服を装着し、小型の物資運搬カートを引いて廃坑の入口へ向かう。低重力下のため、荷物運びも比較的楽に進むが、それでも注意は怠れない。地上を警備ドローンが一定のパターンで巡回している可能性があるので、ジョンが先頭に立ち、レーダーや地形の死角を利用しながら慎重に前進する。

「こんな生活環境の悪い場所で、どうやって人間が長期滞在してるんだろうね」アーネストが岩陰に身を隠しながら、ため息混じりに呟く。ラクシャが低く笑う。「あのステーションには大量のヘリウム3や重水素が採掘できる設備と、Zピンチ炉の試験施設があるらしいじゃない。行動力があれば金も権力も湧いてくるわよ」

リーシャは険しい表情でその言葉を聞く。スカイフォール社が築いてきた一大“宇宙利権”の象徴ともいえる場所が、いま目と鼻の先にあるのだ。

7. 封鎖された通気口

しばらく進むと、低い崖の下に大きな穴が開いていた。採掘跡のトンネルが続いているらしく、入口はガレキや金網で半ば塞がれている。ジョンが指を差し、「あそこだ。昔のマップでは確かにステーション南翼と繋がっていたはず。さあ、入ろう」と促す。

金網をこじ開け、内部に降り立つと、岩盤のトンネルが不規則に続いている。時折、パイプや鉄骨がむき出しのまま腐食しており、その不気味な暗がりが広がる。ときどき耳鳴りのような微かな風が抜けていくのは、ステーションの空気循環とどこかで繋がっている証拠だ。

アダムが懐中電灯を掲げ、「こっちには酸素はあるのかな。ヘルメットを外すのはまだ早いか」と声をひそめる。アーネストが計器を見ながら、「微妙ですね。まばらな空気が混じってますが、安全とは言えません。しばらくスーツのまま行きましょう」と答える。

8. 不可解な人影

廃坑の奥を進み、崩れた坑道を避けながら進むにつれ、突如として通路が人為的に整備されている痕跡が現れた。金属製の床板が部分的に敷かれ、ケーブルが壁を這っている。「誰かがここを使ってるってことか……」ラクシャが警戒を強める。と、その時、先行していたジョンがスーツ越しに声を張り上げた。

「静かに! あそこ……人影がある」ライトの先には、2〜3人ほどの作業服を着た人々が佇んでいるように見える。だが何か様子がおかしい。彼らは明らかに疲弊しており、壁にもたれかかっている。

リーシャが一歩近づくと、その人々が驚きに満ちた眼差しでこちらを振り返った。「助けて……スカイフォール社に……違反だと罰を……」うわごとのように声を発し、作業服の男はがくりと崩れ落ちる。よく見ると、彼らは足に鎖のようなものを付けられ、酸素ボンベも満足に与えられていない。「奴隷同然……? こんな場所で何をさせられてるの?」アーネストが絶句する。

9. 亡命者たち

どうやらステーション内で“使い捨て”のように働かされ、逃げ出した人々がここへ隠れているようだ。彼らのリーダー格と思しき壮年男性が弱々しい声で言う。

「俺たちは……Zピンチ炉の燃料処理部門に強制的に配置された。過酷な環境で、耐えきれず逃げ出したら……仲間は見せしめに殺された。私たちも、もう助からないかと思ってた……」

リーシャはショックを受けつつも、すぐに水と簡易食料を分け与える。「大丈夫、私たちはIFCの捜査官。スカイフォール社の違法行為を暴くために来ました。ここでこんな扱いをされていたなんて……」

「くっ……。俺たち、何も悪いことなんてしてない。スカイフォール社は作業契約を結んだ人々を強引に移送し、採掘や実験ラインで酷使する。命が尽きるまで働かされるだけだ」男性の言葉に、ジョンは顔を曇らせる。「CEOのやり口は昔から強引だったが、ここまでとは……」

10. 隠し通路を求めて

リーシャは意を決し、彼らに尋ねる。「ここの先、ステーション内部に繋がる隠し通路はあるの? 私たちはZピンチ炉の実験区画へ行かなくちゃいけないの。あなたたちをこのまま救うためにも、社の犯罪を暴かないと」

男たちは目を伏せるが、一人の若い女性が小さく手を挙げる。「ここの更に奥……旧排気管を通れば、ステーション下部フロアの整備室に入れる。私が何度か脱走しようとして調べたの」ラクシャが目を輝かせる。「それだ! よし、案内してくれないか?」

女性は震えながらも、勇気を振り絞るように頷いた。「はい……。でもたぶんセキュリティドアがあるから、何とか破る必要があると思います。もしもあなたたちが本当に社を止めるなら……私たちももう一度賭けたい」

11. 波乱の序章

こうしてリーシャたちは、思いもよらぬ形でステーションの実態を知ることになった。強制労働とも呼べる苛酷な労務体系、“使い捨て”の労働者たち、そしてZピンチ炉の影。一刻も早くこの実態を公表し、人々を救うためには、やはりステーション内部で物証を押さえる必要がある——その思いがさらに強まる。ボイジャー48が狙われた理由も、Zピンチ炉をめぐる極秘技術をラドクリフCEOが独占したがっていたことと合致する。

「準備しましょう。廃坑ルートを突破して、Zピンチ炉区画へ潜入する。ラクシャ、アーネスト、ジョン、手分けしてあそこのセキュリティを何とかしよう。アダムと私はみんなの後方支援と警戒に当たります」リーシャが小声で計画を伝える。

周囲には意を決した仲間たちの目が輝いていた。廃坑に逃げ込んだ数名の作業員も、案内役として力を貸してくれそうだ。だが、ステーションにはまだ幾多の警備が潜むはず。ラドクリフCEOやアルジャーノン・カーンも、この要塞を放置するわけがない。静かな闇の中で準備を整えたリーシャたち。物語は大きく動き出そうとしている。“星屑の要塞”とも呼ぶべきレイリー岩塊ステーションでの対決が、いよいよ避けられない運命となる。


第8章「暗闇のステーション」

1. 旧排気管を抜けて

「ここが入り口だよ。奥はかなり狭くて急な斜面になってる。手足を使って慎重に進んで」脱走者の一人である女性作業員・サラが、小型ライトで岩肌を照らしながら案内する。その先には、金属製の支柱が蜘蛛の巣のように組まれ、ところどころ錆び落ちている。かつては廃坑の空気を排出するための排気管が通っていたらしいが、今はほとんど崩壊寸前だ。

リーシャは奥を見据えて息を呑む。「ここを抜ければ、ステーション下部の整備区画に通じているんだね?」サラは頷くが、困惑気味の表情も浮かべる。「ええ、ただし途中にセキュリティドアがあるわ。私はそこを越えられなくて……それ以上進めなかった。カメラが設置されてるかもしれない。気を付けて」

アーネストが腰のツールボックスを握る。「セキュリティなら、僕に任せて。多少時間はかかるけど、何とかこじ開けられると思う」彼の声は震えているが、それでも覚悟を決めた様子だ。ここまで来た以上、後戻りはできないのを全員が理解している。

2. 廃坑に眠る恐怖

薄暗い坑道を進むと、あちこちから漏れるかすかな空気の音が聞こえる。宇宙服のインジケータを見ると、大気圧が微妙に上昇し始めている。どうやらステーション内部の空調系と繋がっているらしく、数メートル先にはかすかに人の気配を感じるほど。

「……酸素比率が上がってきた。もうヘルメットを外しても即死はしなさそうだけど、毒性ガスがあるかもしれないから油断できないな」アダムが歩調をゆるめながら言う。リーシャは頷き、「まだ外さないで。相手がガス弾を使う可能性もあるわ」と応じる。

その時、先頭を行くラクシャが小声で合図した。「ストップ! 何かいる……」周囲を照らすライトを消して耳を澄ますと、小刻みに動く足音のようなものが聞こえる。遠方の暗がりに、人影らしき輪郭が見えた。複数だ。

リーシャたちは身を隠し、耳を凝らす。やがてその影は、煤けた作業服を着た男性数名で、何やら重い荷物を引きずっていた。顔色は悪く、苦しげな表情である。どうも“管理”されている様子はなく、逃げ回っているようにも見えない。「廃坑に潜んでる別の一団……?」ラクシャが小声で呟く。するとその集団の一人が、こちらに気付いたらしく警戒の態度をとった。

3. 思わぬ連携

不穏な空気が流れる中、リーシャがライトを最小限に照らし、声をかけた。「私たちはIFCの捜査官です。スカイフォール社に追われているなら、協力します。あなたたちは……?」すると、集団の中の年配の男がそろそろと近づいてくる。「まさか捜査官……? 本物か? 私たちはここの採掘現場の作業員だ。違法扱いされているが、家族を養うために仕方なく働いていた。しかし最近、研究区画で酷い事故が起きたらしいんだ。放射線が漏れたのか、Zピンチ炉の不具合なのか……。仲間が倒れ、一部の区画が封鎖された。私たちは立ち入り禁止の廃坑に逃げ込むしかなかったんだ」

リーシャとラクシャは顔を見合わせる。Zピンチ炉区画で事故が起きたのかもしれない。あるいは兵器開発に失敗したのか。「とにかく私たちは、その研究区画を調べたいんです。あなた方もここを出たいなら、一緒に行動しませんか? 証拠を押さえて公表すれば、スカイフォール社の横暴が終わるかもしれない」リーシャが説得すると、男たちは戸惑いつつも同意の姿勢を示した。逃げる宛もなく、このままでは衰弱死か逮捕されるだけだからだ。

4. ドアの先に待つもの

廃坑をさらに奥へ進むと、錆び付いた金属製のドアが現れる。サラの話にあったセキュリティドアだ。横にはカードリーダーと古いパネルがあり、赤い警告ランプが点滅している。「ここだよ。私はこの先に行けなかった」サラが不安げに説明する。

「さあ、腕の見せ所だね……」アーネストはツールを取り出し、配線を探りながら端末を接続する。「このセキュリティ、相当古い……だけどスカイフォール社が追加した改造コードが混ざってる。うーん……よし、ここをこうして……」彼は額に汗を浮かべながら小声で作業を続ける。リーシャたちは周囲を警戒しつつ、アーネストの成功を祈るばかりだ。

数分後、カチリという音とともにドアの警告ランプが消え、パネルが緑色に変わった。「……開いたよ、やった!」アーネストが安堵の笑みを浮かべる。ラクシャがドアを押すと、重々しい音を立てて横へスライドした。

5. ステーション下部フロア

ドアの先は明らかに人工照明が整備された空間で、長い廊下がステーション内部へと続いていた。壁には「B3整備区画」と記されたプレートや、警備カメラらしき円形レンズが見える。とはいえ、カメラには電源が入っていないのか、ランプは点灯していない。その代わり、床には何やら乾いた血痕のような跡が散見される。

「気味が悪い……」アダムが声を潜める。「ここで何があったんだ?」「さっき言ってた事故の影響かも。Zピンチ炉の不具合で放射線が漏れたとしたら……」リーシャは目を細め、壁を撫でる。放射線チェックを行う計器は今のところ過剰値を示していないが、油断はできない。

6. 閉ざされたエレベータ

廊下を進むと、エレベータシャフトの扉が現れる。そこには**“Z-Pinch Reactor Access”**と書かれており、どうやらZピンチ炉の実験区画へ直通するエレベータのようだ。だが、扉には大きくヒビが入り、制御パネルはひしゃげている。何らかの衝撃か爆発で破損したらしい。

「これ……動くのかしら」ラクシャが手を当てるが、パネルは反応しない。アーネストが首を振る。「無理だね。おそらく上層階から緊急停止させられたか、あるいは爆発の影響で壊れたか……メイン通路を探すしかない」

ジョンは眉をひそめる。「ステーションの中央部へ続く別の通路があるはずだ。確か研究区画は最上層だったかな。ここから階段や予備のリフトを使って向かわないと……」

7. 亡骸との遭遇

複数の廊下が交差する場所に差し掛かると、床にゴロリと人影が倒れていた。作業服を着た男性だが、既に絶命しているようだ。助けようもなく、体は冷え切っている。「ああ……」リーシャが駆け寄って脈を確かめるが、わずかに残る酸素濃度や体温の状況から判断して、もう手遅れだ。「ここの従業員でしょうね。あまり時間も経ってない」アダムが周囲を照らすと、壁にはレーザー弾らしき焦げ跡が残っている。

「警備隊と撃ち合いになったのか、あるいは事故現場から逃げようとして撃たれたのか……」ラクシャは表情を歪める。「スカイフォール社の支配力は相当だわ。逃げようとした労働者を容赦なく始末したのかもしれない」

作業員たちの中には泣き出す者もいる。まさに地獄のような状況だ。リーシャは拳を握り締め、「こんな惨状を黙認できるはずがない。絶対に証拠を掴んで世界に公表する」と誓う。

8. 警備ドローンの襲撃

その矢先、廊下の奥から機械音が響いた。カチカチという関節の動く音に、金属の爪先が床を擦るような高い音。「来た……あれがスカイフォール社の警備ドローンか!」ジョンが叫び、全員に身を伏せるよう合図する。すぐに姿を現したのは、四足歩行型のロボットで、胴体にレーザー砲のような装置が取り付けられている。

「数は……二機か。迂回できるかしら」リーシャが小声でラクシャに尋ねる。ラクシャは素早く周囲を見回す。「隠れる場所はほとんどないわね。やるしかない!」彼女は腰のホルスターから拳銃を抜き、作業員らに後退を命じる。アダムとアーネストも咄嗟にスタンガンを構えたが、相手は鋼鉄の外装に覆われたドローンだ。

ドローンがこちらを検知したとみえ、レーザー砲が赤い光を放って照準を合わせる。「まずい……!」ビシューッという音とともに高エネルギービームが床を焼き焦がし、火花が散る。空気は焦げたような臭いを放ち、廊下には煙が立ち上る。

「くっ……こいつめ!」ラクシャが隙を突いて拳銃を数発放つが、弾丸が外殻を弾くだけで効果は薄い。アダムもスタンガンでは太刀打ちできないと判断し、通路脇のパイプを狙い撃ってスパークを発生させる。その電子ノイズがわずかにドローンの制御を乱す。

「今だ!」リーシャは機敏に動き、ドローンの脚の隙間に懐へ飛び込むように滑り込み、スタンガンを近接で当てる。電流が流れて内部回路に干渉し、ドローンは一瞬バチバチと火花を散らすが、完全に停止とはいかない。

しかしそれでも数秒の遅延が発生し、ラクシャがドローンの頭部(センサー部)をピンポイントで撃ち抜くことに成功。ガシャリ、と火花を吐いてドローンは崩れ落ちた。もう一機もアダムが連続でパイプを破壊して妨害し、アーネストがスタンガンを打ち込む形で何とか行動不能に。

「はぁ、はぁ……なんとかやっつけたけど、また来るかもしれない」リーシャは荒い呼吸を整え、壊れたドローンを蹴り飛ばす。「これが先鋒か。もっと大きな警備隊がいる可能性が高いわね」

9. 決意新たに

周囲を再び確認すると、さっきの銃撃の影響で通路の天井が少し崩れ、警報らしきアラームが低く鳴り始めた。センサーが発火や衝撃を検知して、ステーション全体に警報を送った可能性がある。「急ごう。敵が来る前にZピンチ炉の実験区画まで行かなきゃ」ラクシャが作業員らに声をかけると、彼らも不安そうにしながらついてくる。既に後戻りできない以上、リーシャたちに賭けるしかないというわけだ。

ジョンが通路の案内板を見て、「右手の先に緊急階段があるはず。そこを上がれば研究フロアへ行けると思う」と言う。リーシャは短く返事し、先頭を急ぐ。先のドアの向こうには、いよいよスカイフォール社が最も隠したい場所、Zピンチ炉の兵器転用が行われていると噂されるメイン実験室があるはずだ。そこに到達すれば、ラドクリフCEOの野望を暴く決定的証拠が得られるかもしれない。

10. “星屑の要塞”の奥へ

廊下の照明が弱まった中、警報の赤いランプが点滅して、影がうごめくように廊下を照らす。作業員たちが怯える声を抑え、リーシャたちも胸の鼓動を抑えながら前進する。どこか遠くからは機械の起動音や、金属が擦れる音が微かに響いてくる。強化兵や追加のドローン、あるいはCEOの親衛隊が待ち受けているのだろうか。緊張感が極限まで高まる。

それでも一歩ずつ、地下フロアを抜け、研究区画へ向かう階段に手が届こうとしている。ここが正念場——仲間たちは必死に足を動かし、Zピンチ炉の秘密を暴くために。この“星屑の要塞”で、どんな地獄が待ち受けていようとも、真実を手にして帰還しなければならない。それこそがボイジャー48の無念や、奴隷的に働かされている労働者の苦痛を断ち切る唯一の道なのだ。


第九章 スカイフォール・クレーター

(1)暴走の序曲

銃撃戦がひとまず収束し、Station-7 の研究区画には重苦しい空気が漂っていた。リーシャ、アダム、そしてリサは実験室の端末からZピンチ炉の運転ログを監視しながら、嫌な予感に苛まれていた。彼らが手に入れた機密データによれば、**「高出力兵器モード」**と呼ばれる危険なパラメータが、炉心に適用されている形跡があるという。

「まずいわ……実験システムが勝手に兵器モードへ移行している。誰かがロックを解除して、プラズマを限界まで圧縮しているわ」リサがコンソールを操作する手を止め、声を震わせる。研究者としてZピンチ炉の恐ろしさを十分知っているからこそ、なおさら恐怖は深い。

一方、アダムは研究区画のモニターを見上げ、「外部警報が急激に増えている……ドローンの警備も混乱しているようだ。もし炉心が暴走すれば、大規模な爆発を引き起こす可能性が高い」と唇を噛む。さらに、リーシャの端末には**“制御不能:プラズマ圧縮継続”**という赤いアラートが点滅し始めた。

「もう止められない……!」リサが顔を真っ青にし、ターミナルを必死に叩く。しかしシステムは既にロックされ、コマンド入力を受け付けない。ダッシュボードには磁場強度の急上昇と、中性子流の異常な増大が読み取れた。

「リサ、撤退よ! このままだと炉心が爆縮して何もかも吹き飛ぶわ。急いでエルピス号に戻るわよ!」リーシャが咄嗟にリサの腕をつかむ。アダムも、コントロールルームに残っていた機密記録や端末の記憶媒体を掴むと、二人を促して研究区画を飛び出した。

「……くそっ、こんな形で Station-7 を捨てることになるなんて……」リサは後ろ髪を引かれる想いで振り返る。かつて研究の最先端を夢見たZピンチ炉が、いまや全てを飲み込む“暴走の化身”となろうとしているとは、皮肉としか言いようがない。

警報サイレンが轟く中、廊下の非常灯が点滅を繰り返し、**「緊急事態:Zピンチ炉制御不能」**という警告音声が合成スピーカーから流れ続ける。下層や奥のエリアからも爆発音や破砕音が断続的に聞こえ、崩壊の序曲が始まったことを暗示していた。

(2)ラドクリフCEOの末路

三人がかろうじて研究区画を抜け出そうとする一方、Station-7 の最深部ではラドクリフCEOが激昂していた。醜く歪んだ顔で、奥の制御室コンソールを睨みつける彼の周囲には、幹部らが必死に説得を試みている。

「CEO、このままではステーションが持ちません! 高出力兵器モードを強制停止しないと、炉心が爆発を……!」「黙れ! そんなことをしたら連中が秘密を持ち出すだろうが! 情報漏洩を阻止するためには……破壊するしかないのだ! この技術と資源は我々だけのもの。世界に渡すわけにはいかん!」

ラドクリフCEOの目は狂気に染まっていた。そもそも彼はZピンチ炉を“世界制覇の切り札”として独占したがっており、抵抗勢力や外部からの干渉は許さないという姿勢を貫いてきた。幹部たちの悲鳴がこだまする中、制御盤には磁場崩壊のカウントダウンが表示されている。CEOは最後のレバーを握り締め、叫ぶように言い放った。

「……外部への情報漏洩などもってのほか。いっそすべて焼き払ってやる。ラストリゾートだ……!」そう言うと、CEOは凶暴な笑みを浮かべ、コンソール上の最終破壊プロトコルを起動した。すでに崩壊寸前だった炉心に、さらに強制プラズマ加圧の命令が送られる。

限界値を超えた炉心が、苦しむように制御不能の振動を開始。Zピンチ炉内部で磁気構造が一気に崩壊し、激しい中性子と熱波が研究区画を貫いた。その瞬間、ラドクリフたちは凄まじい閃光に包まれ、耳を裂く轟音とともに地獄の業火のような爆風が制御室を襲う。幹部たちは逃げる間もなく吹き飛ばされ、ラドクリフCEO自身も喉を切り裂く悲鳴を上げ、激しい衝撃に飲み込まれた。

(3)クレーターの形成

廊下を全力で走るリーシャたちの背後から、凄まじい爆音と揺れが伝わってきた。空気が震え、コンクリートや金属の壁が軋む音が重なる。「早く……急いで!」アダムが二人をうながし、階段を駆け上がった先には、脱出用に確保してあった通路がある。そこを抜ければエルピス号が着陸している地点へ戻れるはずだ。

「ステーションが崩れる……天井が……!」リサが叫ぶと、頭上から巨大な亀裂が走り、鉄骨とコンクリ片が降り注ぐ。アダムが咄嗟にリサをかばい、リーシャが前方に転がりこむ形でなんとか破片を回避した。粉塵まみれの闇の中をかき分け、三人は息を切らしながらどうにか最終ゲートをこじ開け、脱出に成功する。

外に飛び出すと、そこには絶望的な光景が広がっていた。Station-7 の地下深くで巨大な爆発が連鎖し、地表が波打つように大きく盛り上がっている。岩盤が砕け、大量の砂塵が渦を巻く。「急いで、エルピス号へ!」リーシャが咳き込みながら指さす。アダムの操縦でエンジンを起動し、リサも必死に後部ハッチを開ける。震動でよろめきながらも乗り込んだ三人は、シートベルトを締める暇もなく離陸シークエンスを走らせる。

エルピス号がかろうじて浮き上がった瞬間、巨大な衝撃波がクレーター一帯を飲み込むように噴き上がった。Station-7 の地下深くで発生したZピンチ炉の大爆発が、連鎖的に小惑星表面をえぐりとったのだ。

「……こんな……!」リーシャは窓越しにその凄惨な光景を見て呆然とする。厚い砂塵が巻き上がり、岩塊の表面が数百メートル規模で崩落するまさにその一瞬、まるで大きな陥没穴が開くように地面が陥没していく。赤熱したガスと岩屑が噴き上がり、小惑星の重力が軽いがゆえに余計に派手な爆散が広がっている。

アダムが必死に操縦桿を握りしめ、衝撃波をかわせるようエルピス号を旋回させる。「くそ、危ない……!」エンジン出力を全開にし、衝撃の余波を斜めにかわすように上昇。それでも機体は大きく揺れ、リサが悲鳴を上げそうになる。

やがて、船内が激しく揺れながらも安定域に入ると、背後では半径数百メートルにわたる巨大クレーターが形成されていた。小惑星の表面を深くえぐったその穴は、まさしくZピンチ炉の破壊力を象徴するかのような無惨な姿をさらしている。

「これが……Zピンチ炉の軍事転用の成れの果て……」リーシャは唇を噛み、震える声で呟く。積み上げられた研究や労力、そして労働者の血と命までもが、一瞬の暴走に飲み込まれて消えてしまった。あれほど誇示されたStation-7 はもう存在しない。

エルピス号はかろうじて墜落を免れ、砂塵の濁流から抜け出して高空へ逃れた。三人はこの目で真実を見届けた。スカイフォール社の最先端兵器技術が、暴走と狂気によって自滅する結末となったのだ。

「CEOは……?」アダムが問う。だが答えは言わずもがな。ラドクリフCEOは、あの爆炎とともに消え去ったに違いない。

リーシャは今はただ、あまりに痛ましい光景に茫然とするしかなかった。巨大クレーターが荒涼とした小惑星地表を穿ち、Station-7 の痕跡をすべて呑み込んでいる。「……行きましょう。私たちの使命はまだ終わっていない。亡くなった人々のためにも、この事実を世界に伝えなきゃいけない」リサが肩を落としながらもうなずき、アダムは黙ってエンジンを上げる。エルピス号はクレーターの惨劇を後に、銀色の宇宙へとゆっくりと舞い上がっていくのだった。


第十章 破滅と告発

(1)脱出

大爆発で形成された巨大クレーターを背に、エルピス号は小惑星レイリー岩塊を後にした。燃料は危ういほど残り少ないが、何とか地球圏への帰還を目指せるだけの量はある。リーシャたちは船内で乱れた呼吸を整えながら、これからの行動を考えていた。

「……ラドクリフCEOは、やはりあの爆炎にのまれたのでしょうか」コックピットの隅で、リサが震える声で呟く。もともとスカイフォール社の研究者だった彼女にとって、あの破滅的な最期は衝撃以外の何ものでもない。

「彼は自らZピンチ炉を暴走させてしまった。それが結末よ」リーシャは視線を窓の外に向けつつ、リサに優しく語りかける。「あなたが持っているあの技術データと、ボイジャー48の攻撃記録があれば、スカイフォール社の不正を立証できる。世界に真実を伝え、あなたの罪を最小限にするためにも、一緒に戻りましょう」

リサは息を整え、手元の端末をリーシャに差し出した。そこにはZピンチ炉の兵器転用を示す技術文書や、ボイジャー48への攻撃を実行する社内命令の記録が詰め込まれている。「私の行為がどこまで許されるかはわからない。でも、少なくとも私が証言すれば、あの惨劇が繰り返されることを防げるかもしれない。……真相を明らかにしてほしいんです」

リーシャは頷き、端末をしっかり受け取る。「必ず使わせてもらうわ。あなたの研究が、今度こそ人の役に立つように」

アダムがエンジン出力を確認し、「じゃあ、帰還航路をセットする。ちょっと荒っぽい飛行になるけど、地球圏までは持たせるよ」と短く告げる。もう一度この船で帰れるかどうか誰も保証はないが、一筋の光が見えているのも確かだった。

(2)スカイフォール・シティでの混乱

ラドクリフCEOが消息を絶ち、Station-7自体も崩壊したという知らせがいち早くスカイフォール・シティにも伝わった。その報せを受け、コロニー中がパニックに陥る。スカイフォール社幹部たちも事態を把握しきれず、地球圏や月面など各拠点との連絡網が混乱している。激しい動揺が市場にも波及し、同社の株価は一気に暴落。投資家や提携企業、政治家たちが次々とコメントを求められ、世界は大騒ぎとなる。

「ラドクリフCEOの安否は不明……? Station-7が爆発? そんな馬鹿な!」本社ビルの会議室では取り乱した声が飛び交い、慌てふためいた幹部が「軍事転用計画なんて本当にあったのか」と言い合っている。すでにCEOが不在となった今、穏健派の幹部が主導権を握り始めていた。彼らは一斉に「軍事転用計画を全否定し、スカイフォール社を抜本的に再編する」と声明を発表。かつてラドクリフと協力していた強硬派は次々と逮捕や失脚に追い込まれ、ある者は行方をくらましたとの報道まで流れる。

「スカイフォール・シティは現時点で正常稼働を続けます。軍事転用などはCEO個人の暴走であり、当社としては一切関与しません!」カメラの前で語る広報担当の震える声が、TVやネットを通して世界へ拡散されていく。しかし誰もが抱く疑問は、「本当にCEOの独断だけだったのか」という点だ。スカイフォール社をめぐる信頼は地に落ち、さらなる信用不安が雪だるま式に膨れ上がっていた。

(3)リーシャの告発

エルピス号が地球圏へ戻る航行途中、リーシャは意を決してIFC(国際核融合協会)の本部に緊急回線をつないだ。途中で傍受や妨害を受ける恐れもあるが、これ以上の犠牲を防ぐためには一刻も早く真実を公表する必要がある。

「こちら、IFC捜査官のリーシャ・ハドソン。Zピンチ炉軍事転用、およびボイジャー48破壊に関する証拠ファイルを送信します。直ちに国際社会へ公開してください。これは……重大な人道的犯罪行為です」彼女は先ほどリサから受け取ったデータと、自身が調査中に集めたボイジャー48被害の証拠をまとめて送信した。

やがてリーシャの行動が世界中のメディアで報じられ、**「スカイフォール社による民間輸送船への攻撃」や、「Zピンチ炉兵器化」**の事実が大々的に報道される。国連や各国政府は強い批判を表明し、徹底追及を開始する姿勢を示した。**「ラドクリフCEOは違法兵器開発を進め、抵抗する者を容赦なく殺害していた」**という衝撃的な事実は、国際世論を沸騰させる。複数の国では大規模な抗議デモが起き、核融合技術の安全管理を求める声が高まる。

IFCの理事長が会見を開き、リーシャの調査成果を正式に認めつつ、「彼女の勇気と献身がなければ、スカイフォール社の闇は明るみに出なかった」と称賛を送った。同時にリーシャは、カメラの前でこう語る。

「ラドクリフCEOの暴走で多くの命が失われたことを、私は決して許すことができません。二度とこのような悲劇が起こらないよう、私たちは核融合の利用を厳しく監視しなければならないのです。ボイジャー48の犠牲者、その家族、そしてStation-7で苦しめられた無数の人々のためにも、私たちは歩みを止めません」

声が震えながらも、リーシャの瞳には確かな決意が宿っていた。


第十一章 新たなる秩序

(1)IFC特別審議会

1. 特別審議の幕開け

地球・ジュネーブ。透明なガラスに覆われた国際核融合協会(IFC)の本部ビルは、まるで近未来の象徴のように輝いている。大理石の床を踏みしめ、リーシャ、アダム、そしてリサは、世界中の報道陣が見守る中を進んでいった。ここで行われるのは、「IFC特別審議会」——スカイフォール社によるZピンチ炉軍事転用と、その関連事件(ボイジャー48破壊、Station-7崩壊など)を国際的に審理し、今後の核融合開発の在り方を取りまとめるための重大会合だ。

三人の姿が会場に現れると、場内がざわめく。ボイジャー48の唯一の生存者ジョンは負傷と心身の不調を理由に別室で待機しているが、必要に応じてビデオ出席する手はずだ。リーシャは胸の奥で(ここからが本当の意味での勝負だ)と自らに言い聞かせる。事件の物理的な終結はすでに果たされた。しかし、どのような結論を世界が下すかで、核融合エネルギーの未来が決まるのだ。

2. レイリー岩塊での真実

審議会が始まると、まずIFC理事長が経緯を簡潔に説明し、続いてリーシャ、アダム、そしてリサが登壇。彼らは小惑星レイリー岩塊で目撃した惨状を明らかにしていく。

  • ボイジャー48の真実:ラドクリフCEOの指示で船が攻撃され、船員の大半が犠牲に。

  • Station-7暴走:Zピンチ炉の兵器モードが発動し、最終的にステーションを崩壊させたこと。

  • 強制労働の実態:スカイフォール社が過酷な条件下で労働者を使い捨てにしていた。

リーシャは壇上で証拠映像とファイルを投影しながら、冷静かつ確信に満ちた口調で訴える。「これは、単なる企業の利潤追求を超えた行為です。核融合を盾に軍拡を進め、人々を虐げ、反抗する者を抹殺する……そんなことが許される社会ではいけません」

リサは俯きつつも責任を感じ、深く頭を下げる。「スカイフォール社の内部にいながら、このような悲劇を食い止められなかったことを心からお詫びします。私は必ず法廷で事実を証言します。どうか、私の内部告発が皆の役に立つと信じさせてください……」

その告白には会場が大きくどよめき、一部の参加者から激しい批判や涙を浮かべる声もあがる。しかし、その“勇気ある証言”がなければ真相は闇に葬られた可能性が高い。いくつもの国際機関からは、リサの証言を高く評価する意見も次々と表明された。

3. スカイフォール社の崩壊と国際管理へ

続いて、IFC法務顧問と国際法廷代表が意見を述べる。「ラドクリフCEOの死亡・失踪が確定的となったいま、スカイフォール社としての組織責任をどう問うか。すでに主要幹部の多くは逮捕もしくは行方不明となっており、現経営陣は穏健派が『再編』を宣言しています」法務顧問の落ち着いた声が響き、スクリーンには最新のスカイフォール社内部状況の報告が映し出される。

  • 軍事転用に関わった強硬派役員や研究者は逃亡したか逮捕済み。

  • 穏健派が表舞台に立ったものの、すでに企業としての信用は失墜。

  • それでもスカイフォール社の“技術アセット”をどう扱うか、また宇宙事業をどう引き継ぐかが焦点となる。

法廷は「スカイフォール社の不正体制は崩壊し、事実上国際管理のもとに置く」との暫定判断を下す。つまり、スカイフォール社が保有していたレイリー岩塊などの資産やZピンチ炉関連の研究施設は、国際管理機関や複数国の共同チームが安全に掌握し、悪用を防ぐことになる。これにより、長年の宇宙利権を独占してきたスカイフォール社は、事実上の終焉を迎えたと評される。

(2)Zピンチ炉の将来

1. 核融合国際会議の開幕

翌週、IFCは「核融合国際会議」を緊急開催。世界各国から科学者・政治家・企業関係者らが一堂に集まる。議題は大きく2つ――Zピンチ炉の軍事転用を受け止め、今後どう規制すべきかと、核融合技術を平和利用し人類のエネルギー需要を満たすにはどうするかである。リーシャやアダム、そして今回の一連の事件で中心となった研究者らも傍聴席に参加していた。リサは証言を終えた後、罪を償う覚悟を示していたが、この会議にも招かれ、技術的見解を述べるチャンスが与えられている。

壇上でIFC理事長が宣言する。「技術そのものは罪ではありません。Zピンチ炉は小型・高出力な核融合炉として、宇宙開発や地球上のエネルギー革命に大きな可能性をもたらすでしょう。しかし、軍事的独占を許せば、今回のような惨事を繰り返すことになります。ここに新たな国際条約を模索し、核融合技術を健全に発展させるための協力体制を強化しましょう」

2. “技術は悪ではない”——世界的合意の萌芽

会議では各国代表が口々に意見を述べる。軍拡競争を懸念する声もある一方で、「人類にとって持続可能なエネルギー源を失ってはならない」と訴える科学者も少なくない。リサは証言台で、Zピンチ炉の可能性を冷静に語る。「確かにZピンチ炉は高い磁場制御と高エネルギー増倍率を実現できます。もし安全に運用できれば、都市や産業を支える安定した電力源になり得るでしょう。けれど、軍用モードのような極端なプラズマ圧縮を禁じる監査体制を作らなければ、ラドクリフCEOのような狂人に悪用される可能性は拭えません」

議場内には拍手とざわめきが同時に起こる。“技術は悪ではないが、人の意思が悪用すれば悲劇を生む”という点は、誰もが認めるところだ。最終的に会議は**「各国によるZピンチ炉含む核融合関連の国際査察強化と、軍事転用を防ぐための条約締結」**を目指す方向性で大筋合意となる。これは、“核融合を拡大する前に、安全保障上の歯止めを設ける”という歴史的決断であり、リーシャたちの告発が大きく後押しした結論ともいえた。

(3)レイリー岩塊の新体制

1. 解体されたStation-7跡地

会議からしばらく経ち、レイリー岩塊の開発管理をIFCと複数国共同組織が引き継ぐことが決定する。各国の宇宙局が共同でコロニー運営チームを発足し、まずは資源の安全確保と、残された労働者の救助・救済に取り組んだ。Station-7はZピンチ炉の爆発で跡形もなく崩壊し、そこには**「スカイフォール・クレーター」**と呼ばれる直径数百メートルの巨大な陥没穴が生々しく残っている。もはや再建は不可能な状態だ。

一方、レイリー岩塊自体はヘリウム3や重水素の宝庫であることに変わりはなく、今後のエネルギー供給源としての価値は計り知れない。「ただし、これらの資源はどの国の独占にもさせず、国際管理下で公正に運用する」IFC特別審議会の決議に基づき、各国が公平に出資し、採掘利益や供給を分配する仕組みづくりが急ピッチで進められる。そこには悲惨な過去を繰り返さないための意志が込められていた。

2. 防災研究と宇宙法のシンボル

やがて小惑星表面のその巨大なクレーターは、**“スカイフォール・クレーター”として公的に命名される。そこには多くの無辜の労働者と研究者が犠牲になった歴史が刻まれ、いま後継の国際チームが安全保障・防災研究のフィールドとして活用を検討している。「極限的な爆発事故のケーススタディや、放射線被害の測定、宇宙法や軍縮の象徴として、ここを活かそう」宇宙法学者たちも声を上げる。二度とスカイフォール社のような暴走が起きないように、“負の遺産”**を活かして世界を啓発する試みだ。

クレーターの周囲には新たな研究施設が建設され、開発や観測が始まる。かつて死と破壊を生んだ場所が、これからの宇宙法や軍縮のシンボルとなるというアイロニーが、そこにはあった。

3. 人々が見る新しい未来

地球圏では、スカイフォール社崩壊後も宇宙開発への関心は衰えずむしろ一層高まっている。かつての負の歴史を乗り越え、複数国・複数企業が協調して宇宙資源を活用する新体制が生まれようとしていた。民間企業も国際ルールを遵守することを求められ、Zピンチ炉など先進的な核融合技術を実用化するには強固な査察や監査がセットになる。こうして一見厳しい制約の中でも、安全に核融合技術を広める道が開き始める。

「もし平和裡に運用できるなら、トカマク型よりも小型のZピンチ炉が各地の電力を支え、化石燃料を減らす大きな切り札になるはずね」リーシャはIFC本部のバルコニーからジュネーブ湖を眺めながら、アダムとリサにそう語る。アダムは笑みを浮かべ、「ええ。もうラドクリフCEOのような人物が出ないように、僕らも見張っていかないと。IFC捜査官の仕事はまだまだ続くよ」と肩をすくめた。リサは少し複雑そうな顔で、「私もこの先、軍事転用が二度と行われないよう、研究者として監査に携わりたい。罪を償いながら、技術を正しく使う道を探りたいんです」と決意を語る。


第十二章 エピローグ―新たなる道

(1)リーシャとアダムのその後

1. 分かれた軌道

レイリー岩塊での激動が収束し、スカイフォール社が国際管理下に置かれてから、数ヶ月が過ぎた。ジュネーブのIFC(国際核融合協会)本部ビルにて、リーシャ・ハドソン捜査官は新たな辞令を受け取る。再び宇宙を飛び回り、各地で核融合の軍事転用を未然に防ぐ任務につくという内容だ。すなわちリーシャにとっては、これまで以上に広範囲をカバーしながら核融合関連施設を監視・査察する仕事を背負うことになる。

「正直、大変ね……でも、私にはやり遂げる義務がある」リーシャは書類をめくりながら小さく呟く。ラドクリフCEOの暴走を止められなかった過去を悔やむ気持ちは今も消えない。だからこそ、次の悲劇を防ぐために奔走する決意を新たにしていた。

そんな彼女のもとに、アダム・キューが顔を出す。すでにIFC発の宇宙警備隊パイロットとして着任が決まり、地球軌道や月軌道を中心とした“不正採掘”や“宇宙海賊”を取り締まるのが彼の新しい使命だ。「リーシャ、結局またしばらく会えなくなるな」アダムは少し寂しげな笑みを浮かべ、肩をすくめる。「でもお互い、まだやることが山ほどある。俺は俺で、宇宙空間の秩序維持に全力を注ぐよ」

「ええ、いつかまた協力する時が来ると思うわ。今度こそ、何の陰謀もない平和な宇宙を目指しましょう」リーシャはアダムの手を軽く握り、再会の約束を交わす。コロニーでの逃避行やレイリー岩塊での死闘を乗り越えた二人の絆は、言葉なくとも互いを信頼するに十分だ。

2. 新天地への出発

翌朝、IFC本部のドックから先に出発したのはアダムだった。彼の新しい船は**“シルヴァーナ”**と名付けられた小型の宇宙パトロール艦。武装は控えめだが、巡航速度が高く、ドローンなどに対する機動性が強化されている。彼はさっそく地球軌道の哨戒任務に向かうことになる。「じゃあ、行ってきます。そっちも体に気をつけて」アダムがウインクし、リーシャは格納庫の端で手を振って見送る。「あなたもね」と短く返すが、その声はほのかに震えていた。別れの切なさと、前に進む覚悟が入り混じっているのだ。

数日後、リーシャもまた別のシャトルで月面の監査拠点へ飛ぶ。そのまま小惑星帯や火星軌道まで足を伸ばし、核融合プラントの安全監査や、違法実験を摘発するための巡回に合流する。遠く離れた宙域を行き来する彼女の姿は、まさしくIFC捜査官の最前線に相応しい。

(2)リサ・ブレナンの行方

1. 法廷での証言と判決

レイリー岩塊での騒動が収まって間もなく、リサ・ブレナンは自ら法廷に立った。スカイフォール社の研究者として、Zピンチ炉の軍事転用プロジェクトを一部担っていた事実は、彼女が逃れられない過去である。「私の罪は重いです。ですが、内部告発を通じて真実を明らかにできたことを、せめてもの償いにしたい」リサは硬い表情でそう述べ、技術データや内部資料をすべて裁判所に提出する。その結果、裁判所は彼女に執行猶予付きの判決を下すことになった。

「あなたは罪から逃げることなく、研究者として大きな責任を果たした。社会に与えた損害を考慮すれば厳しい判断もありうるが、内部告発の重要性と被害抑止に貢献した点を加味する」判事の言葉に、リサは安堵するように肩を落とす。しかし執行猶予だからといって無罪とは違う。彼女には社会奉仕や監査への協力義務が課され、身分や行動も制限されることになる。

2. 新たな研究の道

法的手続きを終えたリサは、IFCの仲介のもとで核融合研究機関の監査チームに加わることを許された。**「Zピンチ技術をより安全に活用するための理論研究やシミュレーション作業」**に携わるのが彼女の仕事だ。「研究者として、やっと本来の道を歩める気がします。技術は使い方次第で、凶器にも光にもなり得る。だからこそ、私の経験を生かして未来をより良い方向へ導きたい」リサはそう言って、研究所の端末に向かう。まだ世間からの批判の声が絶えず、彼女の肩書には“元スカイフォール社所属”という烙印が残る。それでも彼女は前を向き、二度とラドクリフCEOのような狂人を生まないための研究を進める決意を固めていた。

(3)人類が描く未来

1. クレーターからの教訓

スカイフォール社の最期が刻まれたあの巨大なクレーターは、いまもレイリー岩塊の表面にぽっかりと口を開けている。誰もがそこを**「スカイフォール・クレーター」**と呼び、もう取り返しのつかない多くの命が失われたことを痛感していた。しかしその傷跡を教訓とすべく、各国が共同で資源開発や防災研究に挑む新たなプロジェクトを立ち上げている。国際管理下の下で、公正な手続きに沿い、ヘリウム3や重水素を採掘し、得られる利益を世界に還元する仕組みが作られつつある。

「ようやく、核融合技術と宇宙開発を平和的に進める大きな一歩を踏み出せた……」そう語るのは、IFC理事長。会議後の記者会見では、スカイフォール・クレーターを軍縮や安全保障のシンボルと位置づけ、世界の目を集める場とする構想が示された。ここから人類は、再び星の力を手にするべく歩むのだが、二度と悲劇を繰り返さないための国際連帯が不可欠である、と。

2. 星空に託す願い

夜。地球軌道上に浮かぶ多目的ステーションのラウンジで、リーシャは休憩がてら窓の外を眺めていた。そこには、漆黒の宇宙に煌めく星々、そして遠くには青い地球が浮かんでいる。「あのクレーターが生まれたとき、宇宙に開いた大きな裂け目は悲しみの象徴だった。それでも私は信じている。いつの日か、人類が核融合という星の力を正しく使い、この宇宙に新しい未来を築けると――」リーシャは小さな声でそうつぶやき、瞼を閉じる。頭の中には、ボイジャー48のクルーや、Station-7で犠牲となった人々の面影がよぎる。かけがえのない命を奪われ、深い傷を負った宇宙。しかし、その死屍の上にこそ、希望の芽が育つのもまた歴史の常だ。

アダムは別の宙域で同じ星空を見上げ、何を想うだろうか。リサは研究所の端末を眺め、より安全なZピンチ炉のモデルを構築しようと奮闘しているはずだ。悲劇を経て、それぞれが進む道を選んだ。しかし、彼らの想いはひとつに繋がっている。「星の力」を愛し、そこに無限の可能性と同時に大いなる責任があることを知っているからだ。


まとめ

  • リーシャとアダムそれぞれの新たな任務につき、宇宙や地球各地を巡回する忙しい日々が始まる。IFC捜査官としてのリーシャ、宇宙警備隊のパイロットとしてのアダム――二人は再会を誓い合い、まだ見ぬ未来へ飛び立つ。

  • リサ・ブレナンの更生法廷での証言と執行猶予付きの判決を経て、Zピンチ炉の安全活用を追究する研究開発に携わり始める。罪を背負いながらも、技術者としての新しい道を歩む。

  • 人類の描く未来大きな犠牲を代償に、人々はようやく「核融合技術と宇宙資源の共有」を現実的に進めるモチベーションを得た。スカイフォール・クレーターは負の遺産であると同時に、星の力を正しく使う誓いを結ぶシンボルとなる。物語の終わりは、星空を見上げるリーシャのモノローグで結ばれる。悲しみを伴った紛争の爪痕を振り返りつつも、そこに希望と新しい秩序を生み出す決意が確かに息づいている。

こうして物語は静かに幕を下ろす。かつてラドクリフCEOの狂気が引き起こした数々の惨劇や陰謀を乗り越え、核融合技術を巡る新たな秩序と国際協調が芽生え始めた。人類は星々の力を手にし、宇宙へ、そして未来へ歩みを進める――その道を誰もが模索しながらも、かつてない可能性が広がる時代を、リーシャたちは精一杯見つめているのだ。



あとがき

第1章「調査官リーシャの決意」

  • 舞台と主人公の紹介:西暦2062年、IFC(国際核融合協会)本部があるジュネーブでボイジャー48失踪事件が報告される。

  • ボイジャー48の謎:レイリー岩塊からのヘリウム3など核融合燃料を積んでいた輸送船が消息不明に。残骸の分析で「事故ではなく攻撃の可能性」が浮上。

  • リーシャの決意:捜査官リーシャ・ハドソンが事件を追うため、小惑星2019RF33(レイリー岩塊)へ赴くことを志願。物語の最初の動機づけとなる。

第2章「スカイフォール・シティ」

  • 地球軌道上の巨大コロニー:スカイフォール・エアロスペース社が建設した“スカイフォール・シティ”が舞台に。そこでは豪華な商業区と企業の影響力が濃厚。

  • IFC出張所での情報収集:リーシャとアダムが捜査を進めるため、現地のIFCオフィスへ。ボイジャー48失踪の背景にはスカイフォール社の利権や裏取引があるとわかる。

  • アルジャーノン・カーンの登場:スカイフォール社の戦略顧問を名乗る謎の男がリーシャを牽制。民間企業と核融合利権の闇が匂わされる。

第3章「密室のコンサルタント」

  • アーネストとの接触:匿名の情報提供者“アーネスト”が登場。スカイフォール社のZピンチ炉開発に加わったエンジニアで、軍事転用の裏を知っている。

  • 水処理施設での密会:廃棄ドームにてリーシャたちがアーネストから内部情報を得るが、私設警備隊に襲われる。

  • ラクシャの救援:謎の女性ラクシャが現れ、警備ドローンを撃退。アーネストが持つ技術資料でZピンチ炉兵器化の疑惑が強まる。

第4章「航路を求めて」

  • コロニー脱出計画:スカイフォール社の監視をくぐり抜けるため、リーシャたちはエルピス号をサブドックへ移動させる。

  • 管制室ハッキング:アーネストが港湾局のシステムを部分的に停止し、監視カメラをフリーズ。

  • 出発と追跡:エルピス号が深夜に発進を強行するが、私設艦が追撃を開始。燃料不足の中、レイリー岩塊への危険な旅が始まる。

第5章「月影の追跡」

  • 月軌道での攻防:追跡船からの逃亡。燃料を節約しつつ、月裏側へ回り込むコースを狙う。

  • L-21ステーションのビーコン:月裏側に残された古い施設から救難信号をキャッチし、エルピス号はそちらへ着陸。

  • ジョン・E・グリフィンとの遭遇:ボイジャー48の生存者を名乗るジョンと出会い、ラドクリフCEOが船を攻撃した真実を知る。

第6章「生存者の証言」

  • L-21ステーションでの生活:ジョンが脱出ポッドで月裏ステーションに漂着し、半年間生き延びていた背景が明かされる。

  • ボイジャー48の“裏切り”:スカイフォール社の核融合兵器関連データや物資を持ち出そうとしたらしく、CEOが攻撃命令を出した。

  • レイリー岩塊への出発:リーシャたちはジョンを加え、Zピンチ炉軍事転用の決定的証拠をつかむために小惑星へ向かう。燃料や物資を補給して再出発。

第7章「星屑の要塞」

  • 小惑星への着陸:エルピス号がステーション“Station-7”から少し離れた場所に不時着。周囲には警備ドローンやレーダーがあり厳重。

  • 廃坑ルート:ジョンの知識を頼りに、旧採掘トンネルを使ってステーションへ潜入開始。

  • 逃亡者たちとの遭遇:廃坑に隠れていたスカイフォール社の強制労働者を救いながら、Station-7の実態(過酷な労働とZピンチ炉研究)を目の当たりにする。

第8章「暗闇のステーション」

  • Station-7下部区画に突入:セキュリティドアをアーネストがハッキング。Zピンチ炉の研究施設へ近づく。

  • 惨状の発覚:下層フロアに死傷者や破壊の痕跡が残り、Zピンチ炉の事故や暴力的支配があった形跡を見つける。

  • 警備ドローンとの交戦:凶暴な四足ドローンと激突し、スタンガンや機転を駆使して撃破。警報が鳴り響き、さらに敵増援が予想される中、研究区画を目指す。

第9章「スカイフォール・クレーター」

  • 暴走の序曲:Station-7のZピンチ炉が兵器モードに入り、連鎖的に大規模なプラズマ暴走を起こす。

  • ラドクリフCEOの末路:最深部で激昂したCEOが炉心を強制爆発させようとし、制御不能のまま崩壊。爆風に巻き込まれ死亡。

  • クレーターの形成:リーシャたちは間一髪で脱出し、エルピス号で離陸。地下深くの爆発が小惑星表面を大きくえぐり、「スカイフォール・クレーター」が誕生する。

第10章「破滅と告発」

  • 脱出:エルピス号はレイリー岩塊を離れ、地球圏へ帰還。リサはZピンチ炉関連データやボイジャー48攻撃の内部ファイルをリーシャに託す。

  • スカイフォール・シティでの混乱:CEOの失踪とStation-7の崩壊が株価暴落と政治スキャンダルを引き起こし、穏健派が再編を宣言、強硬派は逮捕や失脚。

  • リーシャの告発:帰還中にIFCへ証拠を公表し、世界のメディアに「スカイフォール社の攻撃」「Zピンチ炉軍事転用」の事実が明るみに。国際世論が激しく沸騰し、政府や団体が追及に乗り出す。

第11章「新たなる秩序」

  • IFC特別審議会:地球に戻ったリーシャ、アダム、リサが公式の場で証言し、ボイジャー48事件やStation-7の惨状を立証。スカイフォール社は崩壊し、国際管理下へ。

  • Zピンチ炉の将来:核融合国際会議が開かれ、「技術そのものは悪ではなく、軍事的独占を防ぐ条約や監査が必要」と合意。各国が管理と平和利用を進める道へ。

  • レイリー岩塊の新体制:IFCと複数国が共同で開発権を引き継ぎ、Station-7の跡地は“スカイフォール・クレーター”と命名。防災研究や宇宙法のシンボルとして再出発。

第12章「エピローグ―新たなる道」

  • リーシャとアダムのその後:リーシャはIFC捜査官として各地を奔走し、核融合の軍事転用を未然に防ぐ任務に就く。アダムは新たに設立された宇宙警備隊のパイロットとして宇宙海賊・不法採掘取り締まりに活躍。二人は再会を約束し、それぞれの道へ。

  • リサ・ブレナンの行方:法廷で罪を償い、執行猶予付きの判決を受ける。Zピンチ技術を安全に活用する研究開発に専念し、「技術は使い方次第で、人類を滅ぼす凶器にも、救う光にもなる」という信念を胸に研究を続ける。

  • 人類が描く未来:スカイフォール・クレーターを教訓に、多国間協力のもとで宇宙資源と核融合エネルギーを共有化し、軍拡を防ぐ国際秩序が形作られていく。星空を見上げるリーシャのモノローグで幕が下り、物語は大団円を迎える。

全体の流れ:

  • 前半(1〜5章):ボイジャー48失踪の謎を追うリーシャたちがスカイフォール社の黒幕・ラドクリフCEOによるZピンチ炉軍事転用計画を嗅ぎつけ、宇宙コロニー脱出や月裏ステーションでの協力者との合流を経てレイリー岩塊へ向かう。

  • 中盤(6〜9章):レイリー岩塊でStation-7の恐るべき実態が明らかになり、Zピンチ炉暴走→要塞崩壊→“スカイフォール・クレーター”誕生。CEOが自滅し、リーシャたちは間一髪で脱出。

  • 後半(10〜12章):地球圏に帰還したリーシャたちが大量の証拠をIFCや国際社会に公表し、スカイフォール社の不正は崩壊。Zピンチ炉をめぐる新しい国際秩序が芽生え、主要登場人物それぞれの道が示される。最後は核融合技術への期待と責任を胸に、未来へ向かうエンディングとなる。

これが、本作「スカイフォール・クレーター」の全章にわたる要約です。大筋の流れは、スカイフォール社が握る“Zピンチ炉”技術の軍事独占を暴き、悲劇を経て新しい秩序を確立するまでを描いています。それぞれの章でキャラクターの決断や苦悩、アクションシーン、政治的・社会的影響が盛り込まれ、“SF核融合サスペンス”としての全体像が完成しています。

 
 
 

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