ロザライトの灯
- 山崎行政書士事務所
- 5 時間前
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1. “ロザライト”
荒れ果てた地表からわずかに浮かぶ宙港“クローナ”。かつて自然豊かだったこの惑星ロザライトは、長年の鉱物採掘と大規模産業によって環境が激変し、ほとんどの陸地が荒野と化していた。人々は今、惑星が生き延びるかどうかの瀬戸際に立たされていた。
この惑星には、珍しい元素を多く含む鉱床があり、それを使った**「核融合燃料の生成」**が長らく人類を支えてきた。だが鉱床は枯渇し、経済が急落。唯一残る希望は、星の裏側にある最後の巨大鉱山を掘り進め、新たな核融合炉の起動に必要な資源を確保することだった。
2. 焼けた地表と試作炉
クローナ宙港の端には、今にも崩れそうなドームが建っている。そこには、ロザライト星最後の希望である小型核融合炉が設置されていた。従来のトカマク型よりも更にコンパクトな**「粒子ビーム加速方式」**という新手法が採用されていて、燃料消費が少なく高出力が見込めると噂される。
「こんな壊れかけの施設で、核融合が成功するなんて本当に可能なのか?」荒野から戻った作業員たちが眉をひそめる。砂まみれの防護服を脱ぎ捨てながら、場末の倉庫でこのドームを一瞥する。彼らにとっては、もはや希望を語るどころの状況ではなかった。
しかし、この試作炉の開発主任を務めるアストラ・グレイだけは、まっすぐ前を見据えていた。彼女は若くして核融合理論を修め、ロザライトの大学研究所で頑張ってきたが、資金不足と人材流出によって仲間がどんどん減ってしまった。それでも彼女は、試作炉起動のため日々チェックと修理を繰り返している。
3. 希望を求める人々
クローナ宙港には、町から逃げ出そうとする移住者の列ができていた。ほとんどの人が別の惑星へ渡る船を待っており、出航のチケットは高額ながらすぐに売り切れる。残ったのは高齢者か、あるいはお金がなくて移住できない層ばかりだ。
アストラは試作炉の外壁点検をしている最中、幼い少女がぼんやりと施設を眺めているのを見つけた。「あなた、どうしてこんなところに?」少女は地面に置かれたヒビだらけの水たまりを指差す。「私、おばあちゃんと一緒にここから逃げたかった。でもチケットが買えなくて……。これ、本当に動くの? 動いたら私たちこの星に住めるの?」
アストラは少し戸惑ったが、微笑みを返した。「動かせてみせるわ。みんなが少しでもここで暮らす余裕を持てるように、必ず核融合炉を稼働させるから」
4. 砂嵐とトラブル
だが、そんな希望も脆くも崩れそうになる事件が起きる。ある夜、嵐のような砂塵がクローナ一帯を襲った。かつて緑豊かな平原だった場所も、今では猛威を振るう砂嵐の通り道だ。ビューッという轟音がロザライト星の黒い空に響き、細かな砂がありとあらゆる隙間に入り込んでくる。
試作炉の外壁に取り付けてあったセンサーが故障し、プラズマ制御用のマグネットユニットに異常信号が発生。アストラはあわてて点検室へ飛び込み、故障モジュールを交換しようとする。だが、整備スタッフは不足。資金もなく、替えの部品が揃わない。宙港管理人は「もう諦めたらどうだ。誰もここを救えない」と嘲笑すらしていた。
5. アストラの苦闘
翌朝、砂嵐が収まると、アストラは自力でマグネットユニットの基盤を修理する。かつて研究所の仲間だった技術者が残していった回路図、そして彼女自身のアイデアによる即席の再設計だ。「理論上は大丈夫……。けれど、この星を出る人はもうほとんどいない。意味があるの?」彼女の頭に不安がよぎる。しかし、小さな街の人々、宙港に残る少女の姿が脳裏をよぎり、立ち止まることはできない。
6. 初回点火
試作炉の再調整が完了すると、アストラはコントロール室のスイッチを一つずつ入れていく。「冷却ポンプ、正常……磁場形成、臨界値へ……粒子ビーム投入、開始……!」薄暗いドーム内部で、整備員たちは息をのむ。膨大な電流がマグネットに流され、炉心に設置された小さなペレットが一瞬で白い光を放つ。プラズマが渦を巻き、血管のように光が走る……この星にはもう見慣れないほど純粋で美しい発光だ。
しかし直後、警報ランプが点滅する。「警告:入力安定度20%不足……補正できません!」アストラは焦り、追加の制御コマンドを送る。ユニットエラーがまた発生しかけるが、ぎりぎり持ちこたえた。—ヒュッという勢いで、炉がくすぶるように発光を抑え、回路が安定する。全員が心臓が止まりそうな感覚の中、数秒……数十秒……プラズマが燃焼を続ける。
「成功……!」誰かが小さく叫ぶ。アストラは目を潤ませながら笑みをこぼした。プロトタイプながら核融合が起動し、安定度を保ったのだ。出力は低いが、確かな発電が始まっている。
7. 小さな光
数時間後、試作炉による最初の電力がクローナの旧街区に送電された。貧弱とはいえ、灯りのない路地で一つ二つの街灯がともる。あの幼い少女が窓越しに町を眺めると、まばらな光が点在しているのに気付き、瞳を輝かせる。「あ……明かりが! 嘘じゃなかったんだ……」多くの人が移住してしまった街に、ほんの少しだけ生きたエネルギーが通い始めた。これが「間に合った」と呼べるかはわからないが、一筋の希望が確かに芽生えている。
8. 未来への一歩
試作炉の完成を知った人々の中には、出て行くのをやめる者も現れた。と言っても数はわずか。しかし、街には「核融合で星を救おう」という機運が再び芽吹く。アストラは研究所に復帰し、惑星全体を賄う次世代炉の実証計画を夢見ている。まだ資金も人員も足りないが、今回の成功が投資家や各種企業の興味を引くきっかけになるかもしれない。
荒涼とした惑星ロザライトの地平線には、かつての緑はない。それでも、陽が沈む宵の空に映える核融合ドームの微かな光は、人々に「ここにはまだ未来がある」と訴えかける。「星自体が終わりではなく、私たちが可能性を捨てるかどうか。もし捨てないなら、私たちの力で核融合の光を大きくしていけるはずだ」アストラはそう信じていた。
家族を失った過去や、逃げていった仲間たちのことを思うと、彼女の胸は軋むように痛む。だが、この惑星で、かすかな灯りを守るために立ち上がった経験は、きっと近い未来に実を結ぶだろう。小さな核融合炉がもたらした最初の光は、この星の再生を告げる朝焼けの前触れなのかもしれない。
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