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深月の潮流

  • 山崎行政書士事務所
  • 5 時間前
  • 読了時間: 7分

1. 新しい月面都市

西暦2095年。地球は今、自然エネルギーと核融合を主軸とする“ポスト・化石燃料時代”へと突き進んでいた。海面上昇や気候変動はギリギリで抑制され、各国が協力して地球環境の再生を始めている。だが急速に増えた人口とエネルギー需要は、相変わらずの難題だった。

そんな中、月面に築かれた新興都市**「深月(しんげつ)コロニー」**が注目を集める。深月コロニーは、月面に潜在的に存在するとされるヘリウム3や各種元素を活用し、核融合発電所を目指す巨大な実験拠点だった。小規模なZピンチ炉や磁化標的炉を試験的に並べ、将来的には月面での核融合電力を地球に無線伝送するという壮大な構想を抱えている。

2. 主人公・ミラと「潮流計画」

月面深月コロニーに赴任してきたばかりの若きエンジニア、ミラ・スタンレー。彼女は地球の大学で核融合工学を学び、スカイフォール計画に参加した経験を経て、このコロニーでの新たなプロジェクト――**「潮流計画」**に加わることになった。

潮流計画とは、月面に設置した複数の小型核融合炉を連携させ、安定的な高出力を得るシステムの総称だ。個々の炉は最新鋭の高温超伝導マグネットやレーザー点火技術などを採用し、どれか一基が停止しても全体として電力供給を維持できるよう設計されている。

“まるで潮が寄せては返すように、複数の炉が交互にプラズマ燃焼を行い、安定出力を生む”——そこから「潮流計画」という名が付いた。ミラは月面環境の過酷さと、宇宙船での長旅疲れにめげず、夢を抱いてコロニーの研究棟へと足を運ぶ。

3. 月面の闇と試作炉

研究棟の一角には、試作型核融合炉がいくつも並んでおり、その中でも最も期待が寄せられているのが**「潮流試作炉No.8」**。設計段階からミラが一部手がけたもので、月面重力や真空環境を最大限活用し、高効率で核融合を行うはずだった。

だが問題は山積していた。月の昼夜サイクルは地球とは違い、昼が14日、夜も14日続くという極端なもの。さらに宇宙線や微小隕石など、地球にはないリスクがいっぱいある。試作炉を安定稼働させるには、予想外のトラブルに常に対応しなければならないのだ。

ミラがコントロール室へ入ると、同僚エンジニアのカミーユが顔をしかめていた。「またNo.8の燃料供給パイプに異物が……。ヘリウム3混合ガスを流そうとすると圧力が不安定になるんだよ」ミラは苦笑しつつ端末を開く。「大丈夫。ここにはNASA時代のデータや、前任の記録がある。月面特有の粉塵が原因かもしれないね」

4. 狂う“潮流”

数時間後、ミラとカミーユはNo.8炉の冷却系トンネルでメンテナンスを行っていた。炉心のマグネットを保つための液体ヘリウム配管が一部詰まりかけ、常温で固まる粉塵が混入していたのだ。

「こんな些細なトラブルでも、ひとたびトカマクやZピンチ炉が不安定になれば、数秒で燃焼が止まるわ。最悪、暴走が起きるかもしれない」カミーユは言いつつも顔を曇らせる。「だけど、これを解決しないと、潮流計画は全体として狂う。8号炉は潮流の“要”なんだからな」

“潮流の要”——そう呼ばれるNo.8が上手く働かないと、他の炉との連携スケジュールがズレこみ、結果として全体出力が大きく落ちてしまう。まるで大洋の潮の満ち引きが乱れるように、コロニー全体のエネルギー供給が不安定となるのだ。

5. カミーユの焦燥

潮流計画を推進する中核メンバーのカミーユは、実は重度のプレッシャーにさらされていた。NASAやESAからの補助金、民間企業の出資——いずれも「早急な成果」を求める声が強く、未だ決定的な稼働実績を出せていない状況だった。「ミラ、もし次の燃焼試験でも失敗したら、上層部はプロジェクト縮小を検討すると言っている。ここで成功させなければ、僕らの計画は頓挫するよ……」ミラは唇を引き結ぶ。わずか数年で小規模商用炉を完成させようなど、本来は無謀に近い話。それでも人類が核融合エネルギーを拡張できる余地は、まさに月面しかないと考える人も多い。

6. 迫る燃焼試験

数日後、No.8炉の修理が完了し、いよいよ潮流計画の最終試験が始まる。コロニー外壁に取り付けられた窓越しからは、青白い地球が見え、その向こう側に無数の星が瞬く。

ミラとカミーユは制御室で並んでコンソールを見つめる。酸素を長く吸い込み、意を決してプラズマ点火シークエンスを立ち上げる。「炉外磁場8テスラ……燃料注入レート正常……よし、点火条件に入りました」カミーユが声を弾ませる。炉心カメラのモニターには淡い青紫のプラズマが見え、次第にその輝きが増していく。

すぐに他の炉との同調スケジュールが表示され、No.8が“潮流”に合わせてピーク加熱を行うタイミングが示される。複数の小型炉が連携して加熱を交替し、総出力の波を平滑化するのだ。もしここでNo.8が乗り遅れれば、全体が乱れてしまう。

7. 予期せぬ揺らぎ

プラズマ燃焼開始から数分後、モニターがわずかに点滅した。「異常振動検知……? さっきの配管がまだ影響しているのか」ミラが再度配管データをチェックすると、幸い圧力値は安定範囲内に収まっている。問題は、月面の微小地震とともに発生する振動が、磁場制御に干渉している可能性があることだった。

しかし制御プログラムが想定外の振動を検知し、磁場補正を自動で調整。数秒後、プラズマ燃焼の揺らぎは嘘のように収束した。「やった……プログラムが上手く対応してる」カミーユがほっと胸を撫でおろす。ミラも笑みを浮かべる。「ね。前回のデータを活かした甲斐があったでしょ」

8. 成功と新境地

点火から10分経過。No.8炉は予定出力の95%を達成し、潮流計画の他炉たちもそれに合わせて連動加熱を実行。莫大な核融合エネルギーがコロニー全域に供給され、余剰分は地球軌道へレーザーで送電する実験が行われる。「レーザー送電も、すでに3MW近くに到達……試作レベルでは十分成功だ!」カミーユが歓喜の声をあげ、コントロールルームのスタッフらが拍手に包まれる。ミラは体中の力が抜けるような感覚を覚えながら、画面に映る数字を見つめている。人類がここまで月面核融合を実用化に近づけたという事実に、胸が熱くなった。

9. 未来への選択肢

試験終了後、コロニーの展望ラウンジにて、ミラとカミーユは夜空(実際には月面時間の昼夜周期だが)を見上げながら祝杯代わりの合成飲料を傾ける。「これで、プロジェクト打ち切りは回避できそうだね。国際核融合協会(IFC)や各国からの追加予算も期待できる。月面潮流炉が本当に商用化したら、地球や火星圏に膨大なエネルギーを供給できるんだ」カミーユの言葉に、ミラは頷く。「たとえ今は一歩でも、私たちの成果が次の道を開く。きっと小惑星帯や木星圏への開発も加速するだろうし、核融合が宇宙時代の基盤になる。そんな未来を想像したら、わくわくしない?」

一方で、ミラの心の片隅には不安もある。過去に核融合の軍事転用や企業独占で起きた紛争を、歴史書で読んできたからだ。「技術はいつだって、使い方次第で凶器にもなる……」しかし、カミーユはほほ笑む。「そこまで思い悩むなら、僕らは核融合を正しく使うために努力するしかない。潮流計画が平和への潮流になるように、ね」

10. エンドロール

地球から見れば、月面コロニーの灯りはごく小さな点に過ぎない。けれど、潮流計画が生み出す核融合エネルギーは確かに輝き、宇宙空間へ広がりを見せ始めている。遠く離れた地球の街々や、新設された火星基地にも、この小さな月面炉の実験成功が伝わり、科学者や投資家、探検者たちの好奇心を掻き立てるだろう。

そしてミラとカミーユのような技術者たちは、次なる挑戦――さらなる高出力炉や、より安定的で安全な炉の構想に夢を膨らませていた。たとえ道は険しくとも、人類が“星の力”たる核融合を手にし、自らを高めていく未来はもうすぐそこだ。月の薄明の中、潮流炉の青白い輝きが、暗黒の宇宙でひときわ美しく浮かび上がる——まるで、人類の新たな希望を象徴するかのように。

 
 
 

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