セナバの奇跡――黎明のシンフォニア
- 山崎行政書士事務所
- 1月25日
- 読了時間: 9分
プロローグ:夜明けの静寂

スペインの古い修道院跡で、パラディーノ・ルシオの遺作「終焉(しゅうえん)のバリエーション」が、ついに“暁(あかつき)のカデンツァ”をもって完成した――。 深い夜を切り裂くような光と音の交響が止み、廃墟となった礼拝堂には仄(ほの)かに青白い残光が宿る。 野々村遥(ののむら・はるか)と淡路巧(あわじ・たくみ)、そして現地研究者のマリア・エストレージャは、疲労困憊(ひろうこんぱい)の体を支えながら、その光の余韻に息を呑(の)んでいた。
一方、黒いコートの男たちは予想外の展開に言葉を失い、そのまま礼拝堂を去っていった。 だが、本当にすべてが解決したのか――。 遠いセナバの町では、今も原因不明の病が猛威を振るい、“神の子”の影が色濃く広がっている。
夜明けが近づくスペインの空気は、澄んでいるようでいて、何か見えざる不安をはらんでいた。 暁のカデンツァは奏でられたが、真の終曲には、まだ一歩届いていないのかもしれない。
第一章:復活したキャンバス
礼拝堂の床に横たわる一枚のキャンバス。そこには、セナバ美術館にある二つの絵――「セナバの奇跡」と“もう一枚の絵”のイメージが重なり合い、中央には不思議な紋章と人型のシルエットが描かれている。 かつては虫食いとカビでほぼ失われていたが、門を通した“投影”と、パラディーノの下絵が交錯することで、まるで甦(よみがえ)ったかのように**“終焉のバリエーション”**としてまとまったのだ。
「すごい……本当に完成したんだわ」 マリアは思わず声を震わせる。 まるで絵の具が今も湿っているかのように、キャンバス表面には微かな光が混ざり、神秘的な輝きを宿していた。
しかし、遥はその絵に手を伸ばしながら、不可思議な寒気を覚える。 「確かに完成したように見える。でも……まだ、何かが足りない気がするの」
第二章:セナバからの報せ
その日の昼頃、三人が街中のカフェで束の間の休息をとっていると、スマートフォンに着信が入った。 画面越しに映るのは、美術館の館長アルベルト。だが、その表情はますます険しくなっている。
「町の病状がさらに悪化した。しかも、最近では奇妙な幻覚を訴える人も増え始めたんだ。まるで“誰かの声”が頭に響くと……」 アルベルトの声が震える。「それでも、先ほどから少しだけ“症状が和らいでいる”人たちも出始めた。ごくわずかだけど……何か変化があったのか?」
遥と巧は、思わず視線を交わす。もしかすると、スペインで“バリエーション”を完成させたことで、神の子の力が僅(わず)かながら抑えられたのかもしれない。 だが、その効果は限定的なようで、まだ町を覆う病を根本的に打ち消すには至っていない。
「あなたたちが作り上げた新たな絵は、いったいどういう状態なんだい?」 アルベルトの問いに、マリアが代わって説明する。「“終焉のバリエーション”は完成しました。でも、どうやら最後の“仕上げ”が必要みたいなんです。おそらく、実際にセナバで“門”を閉じる儀式をしないと……」
第三章:スペインを後に
話し合いの末、三人はスペインを出てセナバへ戻る決断を下す。 ただし、問題はこのキャンバスをどう扱うかだ。物理的に持ち運ぶにはリスクが大きい――絵自体が“神の子”の力を内包する可能性もあるし、黒いコートの男たちの妨害も予想される。
そこでマリアが提案したのは、再び“投影”の術を使って、キャンバスの実像をセナバ側へ移すという方法だった。 「門を部分的に開いて、こちらの“バリエーション”をそっくりセナバへ送ることができれば、私たちは身軽に移動できる。スペイン側に現物を残しつつ、あちらにも“同じもの”を写し取るように」
要は“複製”を作り、スペイン側の“オリジナル”はマリアに守ってもらい、セナバ側にも同時に“写し”を出現させる――かつてイタリアの「未完の絵」でも類似の手法が使われた前例がある。 巧は不安を隠せないが、今は他に手段がない。
第四章:最後の投影儀式
深夜。ふたたび修道院の礼拝堂にロウソクが灯り、廃墟には重々しい静寂が漂う。 マリアは「門」を操作するための術式を準備し、遥と巧は“終焉のバリエーション”の前に立つ。 ――すると、先日までと同じように礼拝堂の空気が揺れ、一瞬のうちに視界が歪(ゆが)み始めた。
「今度は私がこちらで門を制御するわ。あなたたちはセナバに戻って、“写し”を受け止めて。――もし黒いコートの男たちがまた邪魔しようとしたら、何とか時間を稼ぐから」 マリアの決意は固い。セナバでの最終儀式を、彼女は陰から支えるつもりなのだ。
床の隙間から吹き込む冷気が、一瞬で氷のように冷たくなる。光が閃(ひらめ)き、門の狭間へと脚を踏み出すと――遥と巧は吸い込まれるような浮遊感に襲われる。
第五章:帰還、セナバの町へ
気がつくと、そこは美術館の地下保管室だった。特別な儀式を行うため、アルベルトが用意してくれていた部屋である。 ――つい先日までのスペインの空気が、ふっと消え、今はセナバ特有の湿った空気と静けさに包まれている。 遥と巧は思わず互いの顔を見合わせ、胸をなで下ろす。
そこへアルベルトが駆け寄ってくる。「戻ったんだね……無事でよかった。こちらは相変わらず混乱しているが、幸い君たちの帰還を邪魔する者はいなかったよ」
しかし油断はできない。町にはいまだ“神の子”の毒が漂い、幻覚や原因不明の病状が消えたわけではない。 そして――完成版“終焉のバリエーション”の“写し”は、まだこの場には現れていない。マリアの術式が成功すれば、どこかに転写されるはずなのだが……。
第六章:繋がる光と影
しばらくして地下室の空気が微かに震えた。まるで遠くの雷鳴のような低い音が響き、淡い青い光が現れる。 床に描かれた結界の円の中央に、ぼんやりと浮かび上がるキャンバスの形――それこそが、スペインから“投影”されてきた“終焉のバリエーション”の写しだ。 巧は息をのむ。先ほどまでスペインで見たあの光景と寸分違わない。
「成功した……!」 アルベルトは思わず笑みを浮かべるが、その直後に絵の中からゾクッとする冷気が漂ってくる。 遥は反射的に後ずさりしながら感じ取る。“神の子”の名残が、この絵に宿っている――そう、バリエーションは本来、“神の子”を封じ、終焉へ導くための絵だったはずなのに、まだ“影”が纏(まと)わりついているようなのだ。
第七章:最終儀式と黒衣の襲来
セナバの美術館地下では、アルベルトやわずかに残ったスタッフらが町の医師や聖職者とも連携し、急ぎ**“最後の封印儀式”**を準備する。 結界を強化し、セナバの奇跡ともう一枚の絵の力も借りて、投影された“終焉のバリエーション”を“真の封印”に仕上げる算段だ。
だがそのとき、入口の方から悲鳴が上がる。――黒いコートの男が、いつの間にか複数の手下とともに美術館へ侵入したのだ。 警備員は懸命に抵抗するが、倒れてしまった者も多い。地下へと通じる扉が激しい音とともに揺れる。
「やっぱり、来たか……」 巧が険しく呟(つぶや)く。ここで神の子を完全に封じられたら、彼らの目論みは潰(つい)えてしまう。 「あと少し……時間を稼げば、儀式は完成するはず」 遥は結界の中心に立ち、“終焉のバリエーション”にそっと両手をかざす。
第八章:神の子の叫び
扉が破られる寸前、儀式が始まった。 アルベルトが古い祈祷書を読み上げ、助手たちが聖水と護符(ごふ)を使って絵の周囲を浄化していく。 するとキャンバスが熱を帯び始め、薄青い光が結界の上を波打つように広がる。
――その光の中に、人の形をした影が浮かび上がる。 聞こえるはずのない**“叫び”が耳を打つ。まるで“神の子”の苦悶(くもん)か、それとも抵抗か。 遥と巧は必死に耐えながら、絵の表面に両手を置いた。「ここで終わらせるんだ……!」**
一方、地下室の入口では黒いコートの男が手下を率いて結界の外縁まで迫っている。彼らも必死に攻撃を試みるが、不思議なことに結界のラインを超えられないようだ。 “終焉のバリエーション”の力が、逆に彼らを弾(はじ)き出しているのかもしれない。
第九章:交響する終焉、そして黎明
光がさらに強く、地下室全体を飲み込むほどに膨張していく。 「門が……閉じる!」 アルベルトが祈祷書を最後まで読み上げると同時に、深い轟音が鳴り渡り、結界の円内が眩(まばゆ)い白光で包まれた。
――その数秒後。 光が収まったとき、床にあったキャンバスからは冷気も圧力も消え、ただ静かに横たわる絵となっていた。そこに宿っていたはずの“神の子”の気配は、跡形もなく消えている。 崩れ落ちそうになった遥と巧を、アルベルトが必死に支えた。
「これで……本当に、封印できたのか?」 巧は荒い息をつきながら呟く。 黒いコートの男たちは、まるで力を失ったように結界の外で膝をつき、立ち尽くしている。先ほどの凶暴な衝動は消え去り、彼らもまた呆然(ぼうぜん)と光の余韻を見守るしかなかった。
エピローグ:新たな朝の交響
数日後、セナバの町から“原因不明の病”の報告は急速に減少した。頭痛や倦怠感を訴えていた人々が次々と快方に向かい、医師たちは不思議がりながらも安堵している。 黒いコートの男は、手下とともに静かに町を去っていったらしい。深追いはできなかったが、彼らもまた“神の子”を失ったことで組織が崩壊寸前なのだろう。
美術館の地下保管室には、**投影された“終焉のバリエーション”**が厳重に保管されることになった。パラディーノ・ルシオの真の遺作として、いつか公開される日が来るのかもしれない――だが当分は封印を施し、過剰に人目に触れないようにするという。 スペイン側の“オリジナル”はマリアが護り続け、これからも密やかな研究を続けるつもりだ。
ある朝、遥と巧は館長アルベルトとともに石畳の町を歩いていた。空は晴れ渡り、行き交う人々の表情には活気が戻りつつある。 遥は空を見上げ、静かに呟(つぶや)く。「“神の子”って、結局何だったんでしょうね……。パラディーノは、あの力を封じるために生涯を懸けて絵を描いたんでしょうか」
巧は微笑みながら答える。「もしかしたら、神の子とは“時間”や“運命”そのものだったのかもしれない。人々の心に潜む絶望や希望を、あるときは扉を開き、またあるときは閉じる。その引き金に過ぎなかったのかもね」
光に溶け込むように、教会の鐘が遠くから聞こえる。 長かった戦いを乗り越え、今、新たな朝が訪れたのだ――。
“セナバの奇跡――黎明のシンフォニア” それは、時を超えた芸術と人々の意志が紡(つむ)ぎ出した大団円(だいだんえん)に似た調べ。 だが、いつの日かまた別の形で“門”が揺らぎ、新しい奇跡や脅威を呼ぶかもしれない。それでも人は歩みを止めない。絵が封じる歴史と希望を胸に、未来へと続く道を見つめるのだ。
遥と巧は、朝日の眩しさに目を細めながら、石畳を一歩一歩踏みしめる。どこか遠くの風が、静かに祝福の調べを運んでいるような気がした。 終わりと始まりが重なる“今”こそ、真の奇跡なのかもしれない――。





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