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セナバの奇跡――黄昏(たそがれ)のバリエーション

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月25日
  • 読了時間: 9分



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プロローグ:遠ざかる町、近づく影

 深夜の空港を後にした飛行機は、セナバの夜景を残して雲海へと向かった。 窓に映る自分の顔と、かすかな外灯の明かりが混ざりあいながら、野々村遥(ののむら・はるか)は振り返る。 「神の子」の影に蝕(むしば)まれつつある町を置いて、自分たちは本当に正しい道を選んでいるのだろうか――。 そんな不安を抱きながらも、彼女の瞳には消えない決意が宿っていた。隣の席に座る淡路巧(あわじ・たくみ)も同じ表情をしている。

 目的地はスペイン。17世紀の画家パラディーノ・ルシオが描こうとした“最終手段”――「終焉(しゅうえん)のバリエーション」――を求めて。 セナバの町には怪しげな“疫病”のような症状が広がり、不可視の“神の子”が人々の内面へと浸透を始めている。 もしもこのまま終焉のバリエーションを見つけられなければ、封印は崩れ去り、時の門を乱す大いなる禍(わざわい)が世界へ波及するかもしれない。

 離陸から数時間後、やがて機内アナウンスがスペインの大地への到着を告げ始める。遥と巧は緊張した面持ちで身構えた。異国の空気の中に、パラディーノの秘密が眠っていることを信じて――。

第一章:イベリアの古都

「Bienvenidos(ビエンベニードス)──ようこそ。」 スペイン中部のある古都。その一角にある中央駅で待ち受けていたのは、イタリアの研究者サンティーニの紹介状を携えた女性、マリア・エストレージャだった。 長い黒髪をきちんとまとめ、明るい笑顔を見せるが、その瞳には研究者特有の鋭さがある。

「初めまして。私、エストレージャと申します。サンティーニ氏から話は伺っています。パラディーノ・ルシオの足跡をお探しとか。――こちらへどうぞ」

 マリアはさっそく二人を古い図書館へ案内する。 この町は、かつて多くの芸術家が行き交い、絵画や建築の才能が開花したことで知られる地方都市。だが近年は観光客が減り、街自体がやや寂れつつあるという。 石畳やレンガ造りの建物にはどこかセナバを思わせる風情があり、遥は一瞬郷愁に駆られながらも、早く情報を掴まなければと気を引き締める。

第二章:手がかりは修道院に

 マリアが広げた古い地図には、「Convento de Luna」(ルナ修道院)という名が記されていた。「パラディーノ・ルシオが滞在したのは、この修道院とされています。彼の日記の断片から察するに、何らかの“未完の大作”に着手していたそうです。それが“終焉のバリエーション”と呼ばれるものかもしれません」

 その修道院は町外れの丘に建ち、今は放置同然で荒れ果てているという。マリア自身も何度か足を運んだが、大きな成果は得られなかったらしい。「でも二人なら、あるいは違う視点で何かを見つけられるかも」 彼女はそう言いながら、修道院の写真を差し出す。そこに写った崩れかけの回廊は、どこか“セナバの奇跡”を思わせる荘厳さも漂わせていた。

第三章:荒廃した修道院

 翌朝、レンタカーを走らせてルナ修道院へ向かう。丘を登る途中は深い樹林に包まれており、樹間から時折石造りの塔が顔を覗(のぞ)かせる。 門に近づくと、錆(さ)びた鉄柵が軋(きし)む音を立て、そこから先は雑草が伸び放題。壁の一部は崩落し、内部の教会も天井が剥(は)がれて空が見える。 だが、ふとした瞬間、遥は心臓が強く締めつけられるような感覚を覚えた。まるでここにも“時”の歪みが漂っているかのようだ。

「何かいるのか……?」 巧が周囲を警戒しつつ声を落とす。かつてセナバで見かけた黒いコートの男が、ここにも現れやしないか――そういう一種の予感があった。 しかし、辺りは静寂のみ。遠く鳥の鳴き声と風の音がするだけだ。

第四章:隠された地下室

 荒廃した廊下を進み、使われなくなった礼拝堂の跡へ入ると、マリアが床のタイルを指差す。「ここに、微妙に色の違うタイルが一列に並んでいるんです。古文献によると、この下に小さな地下室があるらしいのですが、入口が見当たらなくて……」

 巧がしゃがみ込み、タイルを軽く叩いてみると、確かに下が空洞になっているような反響がある。 さらに一枚だけ異なる紋様が刻まれたタイルを外してみると、その下に錆びついた取っ手が見つかった。「これが……入口かもしれない」

 息をのんで力をこめると、取っ手はギギッと重々しい音を立て、タイルの床が一部跳ね上がるように開く。そこからは黒い闇が覗いていた。

第五章:パラディーノの遺作

 薄暗い階段を降りると、狭い地下室が広がっている。まるで秘密の納骨堂のように冷え切った空気と、湿った土のにおいが鼻をつく。 懐中電灯を照らす中で、遥は壁に立てかけられたイーゼルと、ボロボロのキャンバスを見つけた。「これ……描きかけの絵?」

 キャンバスは湿気とカビで大部分が剥(は)がれ落ちているが、ところどころにパラディーノ独特のタッチを感じさせる筆跡が残っている。さらに中央付近には、かすかな紋章の輪郭が浮かんでいた。「“終焉のバリエーション”……これはその“下絵”かもしれない」 マリアが興奮した面持ちで呟(つぶや)く。

 しかし、まるで虫食い状態のキャンバスからは、全体像を想像するのが難しい。さらに部屋の奥には無数の紙片が散らばっており、どれも手記やデッサンの断片らしいが、湿気で判読が困難だ。 それでも、遥はある一枚の紙切れに視線を止めた。その端に、**「Deus Filius dormiens(眠れる神の子)」**というラテン語が走り書きされている。

第六章:神の子の行方

「ここにも“神の子”の名が……。まるでパラディーノは、この修道院で神の子をどう封じるか、あるいは解放するか、何らかの研究をしていたようね」 遥は紙片を丁寧に拾い上げ、息でほこりを飛ばす。 一方、巧は、壁に貼り付けられたスケッチを発見する。そこには大胆なタッチで描かれた人型のシルエットがあり、その中に渦巻くような光の層が重ねられている。まるで人間の形をした“門”を暗示するかのようだ。

「……“人そのものが門になる”という発想か? ちょうどセナバで言われている“人々の中に神の子が目覚める”という話とも繋がってくる」 巧は背筋を寒気が走るのを感じる。

第七章:追撃の影

 調査を終え、地上へ戻るために狭い階段を上がろうとしたそのとき、上方で静かな物音がした。誰かが礼拝堂の床を踏みしめる音――複数人の気配だ。 遥と巧、マリアは目を合わせ、足音を殺しながらそっと隙間から礼拝堂を覗(のぞ)く。 すると、そこには黒いコートの男、そして彼を取り巻く数人の男たちが立っていた。

「見つかったか……」 巧が小声で唇を結ぶ。あの男は、セナバで姿を消したはずなのに、やはり先回りしていた。 男たちは礼拝堂の辺りを警戒するように見回している。すでに何らかの手段で、二人の動きを追跡していたのかもしれない。

「ここはパラディーノの残した秘密がある場所だ。“終焉のバリエーション”が見つかれば、神の子を制御できなくなる。奴らは必ず来るはず……」

 どうやらあの男たちは、“終焉のバリエーション”が神の子の完全封印につながることを知り、それを阻止しようとしているらしい。

第八章:謎の脱出路

 礼拝堂は一方向にしか出口がなく、その先には男たちがいて逃げ場がない。どうする? 焦る三人の中で、マリアがさっと視線を巡らせる。すると、地下室の奥にもう一つ、人が通れそうな穴があることに気づく。先ほどはあまりに暗くて気づかなかった隙間だ。 生い茂る雑草をかき分けて身をかがめると、どうやら修道院の外へ通じる細い抜け道に繋がっているようだ。

「ここを通りましょう。今は逃げるしかないわ」 慎重にライトを絞り、匍匐(ほふく)前進のように身体を低くして進む三人。狭い通路を抜けると、修道院の裏手の藪(やぶ)の中に出る。 足早にその場から離れると、やがて荒れた山道に出て、ようやく一息つくことができた。

「黒いコートの男たちも“終焉のバリエーション”を追っているなら、今後ますます妨害してくるでしょうね」 マリアが険しい声で言う。 しかし、そんな彼らの思惑を気にしている余裕はない。町の危機は迫っているし、“終焉のバリエーション”を何としても形にする手段を探さなければ

第九章:失われた絵を甦(よみがえ)らせる方法

 その夜、三人はマリアの知り合いが営む小さな宿に身を寄せ、修道院で持ち帰った紙片やスケッチを広げた。 じっくり検証すると、そこには確かに“終焉のバリエーション”を思わせる構図が散見される。しかし、キャンバス自体は虫食い状態で原型がわからない。 それでも、スケッチのメモには**「2枚の絵を重ね合わせることで完全な形となる」**というような記述がちらりとある。

「2枚……もしかして、セナバで保管されている“セナバの奇跡”と“もう一枚の絵”を用いるのか? それとも別の絵?」 巧の疑問に、マリアも首をひねる。「パラディーノはすでにセナバで何枚もの絵を残している。彼がこの地で描こうとした絵は、それらと“組み合わさる”ことで初めて完成する可能性があるわね」

 しかし、どうやってその“組み合わせ”を実現するのか――ここスペインにいるままでは、あのセナバの絵を扱えない。かといって持ち運ぶにはリスクが大きすぎる。 悩む三人の脳裏には、“二つの場所を繋ぐ術”としてかつて時の門が開いた経験がよぎる。だが、門を開けば“神の子”を野放しにする危険を伴う……。

終章:黄昏のバリエーション

 翌朝、ホテルのテレビニュースでセナバの様子が映し出された。衛生面は整っているはずなのに、原因不明の“頭痛・発熱”が急増し、医療機関が逼迫しているという。 映像にかすかに写った町の景色は、どこか陰鬱(いんうつ)で、まるで空気まで重苦しくなっているように感じられた。

「時間が……あまり残されていないかもしれない」 遥は唇を噛(か)む。黒いコートの男たちも行方を追っている。いつ再び襲われるかわからない。 だが、彼女たちには**“終焉のバリエーション”を完成させる手がかり**がわずかに見えている。

 「2枚の絵を重ねる」――このヒントが示すものは何なのか。 パラディーノはなぜ、ここスペインの地でそんな構想を抱いたのか。あの水底礼拝堂や洞窟の石像すらも、彼の“偉大なる布石”の一部に過ぎないのだろうか。

 砂色に染まるスペインの黄昏(たそがれ)が、修道院の廃墟を寂しげに照らしていた。 その光の中、遥たちは胸の奥底で、セナバと“神の子”を救うための最終手段を見いだそうと決意を固める。 ――黄昏のバリエーションはまだ輪郭さえ見えない。けれど、一歩ずつ真実に迫らなければ、セナバは永劫(えいごう)の闇に沈んでしまうだろう。

 立ち上がると、三人の影が長く伸びる。その先に待ち構えるのは絶望か、それとも微かな救いか。 “神の子”が完全なる覚醒を迎える前に、終焉のバリエーションを形にしなければ――。 時の門は、今まさに閉ざされようとしているのか、あるいは新たなる開放のときを待ちわびているのか。

 セナバの奇跡――黄昏のバリエーション。 その幕は、まだ切って落とされたばかり。深い闇と一条の光が交錯する世界の中で、物語はさらなる高みへと進む。 ――次なる瞬間、すべての運命が変わり得ることを信じながら。

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