デパート外商の裏側
- 山崎行政書士事務所
- 2月2日
- 読了時間: 8分
更新日:10月8日

序章──光と影のはざま
都心にそびえ立つ老舗デパート「丸園(まるぞの)」。表向きは威風堂々たる歴史を誇り、高級ブランドを揃えた華やかなショッピング空間を演出している。 だが、その煌びやかな舞台の背後では、外商部の人間たちが泥臭い営業活動を繰り広げていた。ひと言で言えば「金持ち相手の駆け引き」。彼らはビジネススーツに身を包み、ハイクラス顧客に優雅な微笑みを向けながら、腹の底では数字とインセンティブを計算している。 いわゆる“VIPサロン”が存在するのもこの外商部。高級ソファにワゴンサービス付き、客がいつ来ても過不足なく迎えられる空間。しかし、その奥には外商部員同士の血走った目が交錯する、舞台裏がある。
第一章──外商部の闇
1. “インセンティブ”という名の獣
外商部には、売上目標をクリアすれば高額なボーナスや海外旅行、さらなるキャリアアップが約束される“インセンティブ制度”が存在する。 この制度は、一見「頑張った人間を正当に評価するシステム」に思えるが、その実体は営業マンたちのギラギラした欲望を煽る危うい仕組みでもある。 「課長、今月どうしてもノルマが厳しいんです。あと三百万円分、受注のあてがあれば……」 「やれるだろ? お前はもう何年やってんだ。客の財布を開かせるのが、お前の仕事だよ」 まるで苛立ちをぶつけるように背中を叩く上司。その横では別の部員が、顧客のクレジット与信状況を盗み見てため息をついている。 ――果たして、これは「接客業」なのか。それとも「営業ノルマにまみれた泥沼の戦場」なのか。
2. 金満客と“社内クレジット”
外商部には、デパート独自の“社内クレジット枠”がある。公にはしないが、VIP顧客の信用度に合わせて独自の与信を設定し、店舗内で限度額の買い物が可能となるのだ。 しかし、この枠を正しく管理できているかは微妙だ。 「この顧客、去年の決算期にやたらと現金払いに切り替えたろ? 資金繰りが苦しいんじゃないか」 「いや、最近また株で大きく儲けたって噂ですよ。むしろ与信枠を上げてもいいかもしれない」 客のプライベートな資金状況を探り合う外商マンたち。時には客の出入りする金融機関や投資筋の知り合いを通じて、**“グレーな情報”**を仕入れることもある。 顧客との信頼関係もあるが、それ以上に「どこまで買ってもらえるか」の線引きを睨む。金の臭いを嗅ぎ分けながら、売上の山を築く。この過程で違法スレスレの情報収集が行われるのも、外商の“赤裸々な現実”だ。
第二章──顧客を囲い込む手練手管
1. 限度を知らない“接待”
外商マンは日々、顧客との距離を縮めるため、あらゆる手段で接待を行う。 「今夜は料亭の個室を予約してあります。旦那様もお誘いしているので、奥様にもぜひ――」 こうして高級和牛や希少酒を振る舞い、時には“芸者”や“コンパニオン”を呼んで晩餐会を開く。もちろん、外商部が全額負担することは難しく、時に後で問題になりそうな“裏の会計”が存在する。 「領収証はどう切るんだ? お客様との打ち合わせ名目で押し通すか?」 「そんな細かいこと言うなよ。デパートの宣伝予算から少し回すとか、いろいろやりようはあるだろ」 こうした無理なやり方が次第にバレて、社内で小さなスキャンダルを引き起こすことも珍しくない。だが、多くの場合は**“上手に隠蔽”**される。デパート上層部にとっては、VIPの財布をつなぎ留めることが最優先だからだ。
2. パーソナルデータの“悪用”
外商マンは、顧客の誕生日や家族構成、趣味嗜好などを事細かにリスト化している。表向きは「より良いサービスを提供するため」と説明されるが、その情報はあまりに赤裸々だ。 「奥様がバレエに凝っているから、海外の公演チケットをちらつかせて興味を引こう」 「ご子息の大学受験が迫っている。合格祝いの品を先行して提案するのはどうだ?」 こうして、家族のプライバシーまで商売道具に変えてしまうのが外商の現実。顧客が家族ぐるみで信頼してくれれば、さらに大きな買い物をしてもらいやすい。 逆に、顧客の“弱み”を掴んでしまったり、秘密裏に知ってしまうこともある。例えば経営不振や後ろ暗い事情など。「そこをうまくカバーしてくれるなら、ここで高額を使ってやろう」という心理が働くケースもあるのだ。 ビジネスの範囲を超えた綱渡りが、外商の世界には常に潜んでいる。
第三章──“モノ”と“カネ”のゆがんだ取引
1. 裏コラボ商品の闇
外商イベントなどでは、著名ブランドとコラボした限定商品がしばしば企画される。だが、それらは本当に「限定の価値」を持つのか。 「お得意様向けの特別バッグ、実は工場にまだ在庫が積まれているらしい。あとから“追加生産”って体裁で売り込むんだと」 「でも一応“世界で五点限定”って触れ込みだぞ。顧客にバレたら大問題じゃないか」 「……バレないように売り方を変えるしかない」 こうしたうそぶきも、外商の“商品開発”の現実だ。顧客は「誰も持っていない」という優越感を買う。それを崩さぬよう、ブランド側もデパート側もグレーな情報操作を黙認する。 高額な価格に見合う希少性が、本当に約束されているわけではないのだ。
2. インボイスの細工
外商取引には、インボイス(請求書)の内訳を改ざんする“裏技”が横行することもある。 「法人名義で買うが、実際は社長個人が使う品物だ。接待交際費で落ちるように書類を操作してくれないか?」 こうした依頼が来れば、外商マンは“それ用”の書類を準備したり、商品名をぼかした表記に書き換えたりする。もちろん違法スレスレだが、断れば大口顧客を失うリスクがある。上司や経理部門に確認しても「暗黙の了解」で押し通されるケースが少なくない。 「立場上、うちも表には出せないけど、長年この手の裏工作に助けられているのも事実だからな」 そう語るベテラン外商は後ろめたさを隠しきれない。だが、辞められないのだ。“実績”は絶対であり、その陰には必ず“カラクリ”がある。
第四章──競争という名の罠
1. 同僚は仲間か敵か
外商部のメンバーは、互いに「苦労を知る同士」でありながら、インセンティブ争いでは容赦なく足を引っ張り合う。 たとえば、隣の営業が狙っている顧客と同じリストを渡されれば、先にアポイントを取ったり、裏で顧客と個人的な関係を作ってしまう。 「先週、俺が紹介した新作をそっちが横取りしただろう? なぜこんな資料が客の手元にあるんだ!」 「偶然だよ。お客様が興味を示されたから提案しただけだ」 ――もちろん“偶然”ではない。下手すれば、ライバル社員のデスクを漁って顧客リストを盗み見る輩までいる。だが、支配人や部長も暗黙の了解で見て見ぬふり。なぜなら、売上が上がればデパートの利益になるからだ。
2. 顧客への“利益誘導”で落とす
外商マンが目標を追うあまり、顧客への過度な“割引”や“バックマージン”を約束してしまう場合もある。 「ここで大量に買ってくだされば、本来出せない値引きを適用します。内緒にしていただければ……」 「ま、まぁ上に報告しなければいいだけの話ですよね?」 こうして割引や還元の負担は、最終的にデパートが引き受ける形となる。だが、回を重ねると“モラルなき客”を増長させ、際限なく値段を下げざるを得なくなる。それでもなお営業マンは自分の数字のためにそれを容認する。 結果、決算期に外商部の利益率が極端に下がり、経理担当が悲鳴を上げるのだ。
第五章──揺れる心、終わりなき闘い
1. 若手外商の苦悩
入社数年の若手・立花は、理想を抱いて外商部にやってきた。だが、現実は想像以上に汚い。 「お客様に喜んでいただくために頑張りたいんです!」 そう叫んでも、先輩からは「甘い」と一蹴される。高い売上をとるためには、多少の嘘やごまかしは当たり前。立花はそれに胃を痛めながらも、結果を出さなければ居場所がなくなるジレンマに苛まれている。 (これが、本当に正しいのか……?) 丸園という老舗の看板、華やかなフロアの裏で、自分がやっていることは客を“騙す”行為に近いのではないか。そう自問しつつも、ノルマは待ったなしで立ちはだかる。
2. “受注”こそが正義
結局、外商部で生き残る者は、“成果”をあげた者だけだ。そこに至る過程に疑念を抱いても、数字が大きければ評価される。それがこの業界の実情である。 「目標を達成したんだろ? お前はすごいよ。細かいことは気にするな。会社にとっては“数字”がすべてだ」 そんな声を聞くたびに、立花は胸に重苦しい感情を覚える。――しかし、それを振り払うようにまた明日のアポイントを取る。
終章──欲望の終わりなき回廊
デパート外商の世界は、表向きは「上顧客との素敵な関係」と謳いながら、その実態はカネと信用の綱引きにまみれている。 高級レストランの個室やVIPサロンでかわされる会話は、優雅に見えて泥臭い。巧みな言葉と情報操作が飛び交い、インボイスの改ざんや客の弱みに付け込む裏取引も、日常的に行われる。 外商マンはスーツの内ポケットに、顧客の機微を記したメモを忍ばせる。口元は笑顔、心中は焦燥。輝くショーウィンドウの裏には、こうした**生々しく、ある意味では狂気じみた“営業”**が常に渦巻いている。 ――ここは、金と欲望の回廊。 だが、それでも彼らは歩み続ける。会社のノルマ、個人の欲求、顧客の承認欲求、それらが渾然一体となり、“外商”という闇の深いステージで踊り続けるのだ。
「華やかに装飾された店頭は、幻想の世界かもしれない。しかしその幻想を、あらゆる手を使って守るのが、われわれ外商の宿命なのだ」
そんな声なき声を飲み込むように、今日もエントランスの自動ドアは開き続ける。
続編





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