東亜の狂瀾
- 山崎行政書士事務所
- 4 時間前
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第一章 静かなる予兆
初秋の東京。朝の通勤ラッシュがいつも通り行われる中、防衛省の地下指揮所では一つの報告が緊迫した声色で読み上げられた。「北朝鮮が火星○○型(架空)の弾道ミサイル発射準備に入った可能性大。射程は中距離以上とみられます」すでに世界各国から警戒情報は入っていた。しかし、大多数の市民にはまだ具体的な危機感は薄い。ニュースで何度も流れる「北のミサイル発射の兆候」というフレーズに慣れてしまったのかもしれない。外では静かな青空。けれど、その底に何か得体の知れない不安が潜んでいるのを、防衛担当国会議員の芦澤一誠(あしざわ・いっせい)は感じ取っていた。
同じ頃、台湾海峡付近でも不穏な動きが観測されていた。中国軍が福建省沿岸へ大規模な艦艇・ミサイル部隊を集結させ、台湾への圧力を強化している。もし本格的な侵攻となれば、アジア全体を巻き込む激震が起きるだろう。「北がミサイルを撃つなら、タイミングを狙い撃ちにする可能性もある。台湾を巡る情勢が緊迫すれば、世界の目は南へ向く。日本へ照準を合わせるには絶好かもしれない……」そんな懸念が芦澤の脳裏をよぎる。
第二章 弾道の闇
数日後、北朝鮮が突如ミサイルを発射。発射されたのは日本海へ向けての軌道かと思われたが、その射程は従来よりも大幅に伸びていると判明する。迎撃態勢に入った航空自衛隊だが、警戒時間はきわめて短い。全国瞬時警報システム(Jアラート)が鳴り響き、北日本の住民たちが混乱に陥る。「ミサイルは高度○○キロを超え、太平洋上空に抜けた模様……」防衛省の大スクリーンには、ミサイルの航跡が映し出されている。高度が異様に高く、異なる弾道を描いているようだ。専門家は「これはICBM級かもしれない」と騒ぐ。各国が一斉に非難声明を発する中、北朝鮮当局は誇らしげに「新型弾道ミサイルの成功」を宣言。日本政府は国際社会と連携して厳しく対処を訴えるも、効果は不透明だった。
同じとき、芦澤一誠のもとへもたらされた追加情報に、彼は愕然となる。「発射装置が複数あり、さらに追加発射の準備を続けている兆候あり。核弾頭の搭載可能性も捨てきれない……」これが虚勢なのか、本気なのか。あるいは台湾情勢と連動してさらなる挑発を行う算段なのか――。芦澤は得体の知れぬ恐怖を感じつつ、「次に発射されるのは日本本土を狙う可能性もある」と最悪のケースを想定せざるを得ない。
第三章 嵐の海峡
一方、台湾近海。中国海軍の空母打撃群や多数の揚陸艦が海峡中間線付近で演習を開始。台湾側は総動員体制に入り、米軍艦隊も南シナ海から接近する。世界中の目が台湾有事に集中し、国連安全保障理事会でも連日の激しい応酬が繰り広げられる。中国政府は「武力による統一は最後の手段」と建前を取りつつも、軍事力を背景に台湾政府を屈服させようとしている。台湾本島では防空シェルターが整備され、人々が慌てて食料や水を買い求める姿が報道される。世界経済に大きな打撃を与えかねない事態が、今まさに進行中だ。日本も米国と連携しつつ台湾を支援する構えを見せるが、果たして中国の本気度はどこまでなのか。芦澤は防衛省内のブリーフィングに臨み、海上自衛隊幹部と対話を交わす。「中国が台湾を本格的に侵攻すれば、日本の南西諸島や沖縄にも火の粉が及びます。さらに北朝鮮が同時期にミサイルを撃ち込む可能性もあり、我々は二正面作戦を強いられるかもしれません」「わが国単独の防衛力だけでは難しい。米軍との共同作戦に期待するしかないが、米軍が本腰を入れて台湾防衛に動くなら、中国側との戦端が開くおそれも……」
第四章 閃光の朝
やがて、台湾情勢は臨界点に突き進む。中国軍の大規模上陸演習が行われる最中、台湾上空へ多数のミサイルが飛来し、軍事施設への攻撃が行われたとの速報が世界を駆け巡った。偽装演習を装いつつ、先制攻撃を加えた可能性が高い。「台湾側からは、都市部にも被害が及んだという報告が。死傷者多数……」一夜にして台湾国内は戦争状態に突入し、総統は非常事態宣言を発令する。米国は直ちに空母機動部隊を派遣し、沖縄周辺の在日米軍基地からも増援が動き始める。日本政府は「中国による一方的な現状変更は容認できない」と声明を発し、防衛態勢を最高レベルに引き上げた。防衛省のスクリーンには、ミサイル着弾地点が刻々と赤い光点で示される。遠い国の話ではない。南西諸島に対するミサイル攻撃の可能性も指摘され、すでに那覇基地などでは避難指示が出始めている。住民は混乱と動揺を隠せない。
台湾有事が勃発すれば、北朝鮮も黙ってはいないだろう。もし日本が積極的に台湾を支援するなら、北が「邪魔な日本を先に叩く」と目論む可能性は高い。二正面どころか、朝鮮半島・台湾海峡・日本列島が一挙に火の海となるかもしれない。芦澤はその不吉な未来図を振り払えずにいた。
第五章 暗黒の弾道
台湾有事が始まってほどなく、予想は的中した。「北朝鮮が核兵器搭載可能とされる弾道ミサイルを発射。日本海を越えて日本列島上空を通過――!」Jアラートが全国各地で鳴り響き、一部のミサイルは北海道東部の上空を飛び越え太平洋へ着水したとの報告だ。日本上空を堂々と飛翔するミサイルに、国民は激しい恐怖を抱く。そして防衛省が懸命に追尾するなか、さらに複数のミサイルが発射された可能性があると判明する。「狙いは日本の自衛隊基地か、それとも米軍基地か……?」迎撃態勢を敷くイージス艦、PAC-3地対空ミサイル。だが、全弾を確実に迎撃できる保証はない。
首都圏を含む広範囲が警戒態勢に入り、公共交通機関が一時停止する事態となる。市民は混乱を極め、スーパーやコンビニから食料が消え、SNSでデマも飛び交う。芦澤自身は官邸に詰めながら、懸命に情報を集め、防衛大臣や首相らと対応を協議する。「北の目的は何だ? 実際に核を撃ち込む度胸があるのか……。いや、脅しとしても十分な破壊力がある」頭をかきむしりながら、芦澤は歯噛みする。「このままでは日本は恐怖に屈するしかないのか――」
第六章 烈火の台湾海峡
一方、台湾本島に中国軍が本格侵攻を開始したとのニュースが世界を震撼させる。数万の上陸部隊が複数のビーチに降下し、台湾軍が必死の抵抗を続ける。市街地でも激しい市街戦が勃発し、民間人の被害も急増している。米軍と日本の海上自衛隊は宮古海峡・バシー海峡を警戒し、中国艦隊との大規模海戦となる可能性が高まる。日本の南西諸島にも中国がミサイル攻撃を加える恐れがあり、石垣島、宮古島、与那国島などの住民が避難命令を受けつつある。防衛省の統合幕僚監部では連日、徹夜続きの指揮が行われ、「本土防衛」「離島防衛」「対北ミサイル防御」すべてを同時に進める苦しい綱渡りが続いていた。
芦澤は台湾政府要人からのSOSを直接受ける。その声は切羽詰まったものだった。「我々はもう長くは持ちこたえられない。どうか日米の支援を強化してほしい……。このままでは台湾の自由が潰されてしまう」しかし、日本国内の対北脅威が深刻な中、全力で台湾に注力するのは難しい。芦澤は心を抉られるような思いで、「可能な限りの支援を」と答えるしかなかった。
第七章 極限の選択
危機が最高潮に達した頃、北朝鮮がさらなるミサイル発射を示唆し始める。今度は「実験ではなく、実戦配備だ」と宣言し、日本の都市名を名指しで威嚇するプロパガンダを繰り返す。首相と防衛大臣は、「先制攻撃も視野に入れた自衛権行使は可能か」という苦渋の判断を迫られる。もし北が本気で核使用を示唆するなら、米国や同盟国との共同で先制的に発射基地を破壊する選択肢も議論されるだろう。だが、それは大規模な戦闘に突入する覚悟が必要だ。芦澤も国会で説明を求められ、野党や一部世論から「戦争への道だ」と猛反発を受ける。「先制攻撃などとんでもない! 平和的解決を探れ!」「しかし、北が核ミサイルを発射すれば、多くの国民が犠牲になる恐れがあるのです!」やり取りが泥沼化する中、国民の間では恐怖と動揺がさらに広がっていく。
台湾海峡でも戦火が拡大。中国軍が台湾北部の主要港を制圧しようとするが、米海軍や台湾軍の強烈な反撃で思うように進まない。空爆やミサイル攻撃の応酬が続き、どちらの側も甚大な被害を出しているという情報が世界を駆け回る。アジアの秩序は崩壊寸前。まるで一触即発の大戦前夜のように――。
第八章 空を覆う影
やがて、決定的な事件が起きる。北朝鮮が日本の沿岸部にミサイルを着弾させたとの速報が入ったのだ。被害は軽微であり、核弾頭ではなかったようだが、死傷者も出たと報じられる。「ついにやりやがった……。これは宣戦布告と同義ではないか」防衛省が騒然となる。日本政府は緊急閣議を開き、米韓とも連携して北への軍事的対処を協議する。世論も「もう黙っていられない」という声が高まる。だが、実際に報復すれば、さらなる核攻撃を誘発し大惨事になるおそれもある。芦澤の顔は蒼白だった。「台湾での戦火がまだ続く中、ここまでの二正面危機など誰が予想できた……」
同時に南西諸島へのミサイル一斉攻撃も危惧される。中国軍が台湾攻略の一環として、沖縄の米軍基地を叩く可能性があるからだ。北朝鮮と連携して同時発射を行うシナリオすら考えられる。自衛隊や在日米軍は日夜を問わず警戒監視を怠れない。「もはや戦争を回避できないのか……」芦澤の胸には絶望感が押し寄せる。
第九章 暗闇の対峙
台湾海峡での戦闘はいよいよ激烈さを増し、中国軍の大規模上陸作戦は苦戦を強いられ始める。台湾軍と米軍の防衛体制が予想以上に強力で、北京の指導部も焦り始めた。そこで一部が「日本列島を牽制し、米軍の後方支援を封じるため、沖縄および自衛隊拠点を攻撃せよ」と主張し始めたらしい――と米国情報当局が警告を発する。もしそんな事態になれば、先に北朝鮮が撃ち込んだのと合わせて、日本全土が重大なリスクを背負う。米軍は原子力空母や戦略爆撃機を投入し威圧を強めるが、中国は引く気配を見せない。世界はさらなる深みへ落ち込もうとしていた。
そのさなか、北朝鮮が核実験を行ったとの速報が流れる。発射実験と並行して核爆弾を実際に起爆させ、威力を誇示してみせたのだ。「もはや、あちらは本気で核兵器を行使し得る立場にあると言わざるを得ない……」官邸の閣僚会合で防衛大臣がそう発する。芦澤は黙り込み、唇を噛んだ。
第十章 光と影の帰趨
最終的に、台湾での長期化する戦闘の消耗が中国を苦しめ、米軍や国際社会からの圧力もあって、一応の停戦合意が模索され始める。台湾の抵抗が強固だったこと、米国が核報復すらちらつかせたことが、中国指導部に妥協を余儀なくさせたと言われる。北朝鮮もまた、核使用が現実的に自国の破滅を招くと理解していたか、最後の一線を越えずに交渉のテーブルへ出る。日本へ飛来したミサイルは数発で終わり、本土への核攻撃は回避された形だ。世界はぎりぎりのところで大規模戦争の淵から引き返したわけだが、その代償はあまりにも大きかった。台湾には破壊の爪痕が残り、多くの犠牲者が出た。東アジアの安全保障体制は根底から揺らぎ、国際経済は深刻な混乱に陥る。
芦澤一誠は停戦後も続く混乱収拾に追われながら、ふと外の空を見上げる。「もしあのとき、北がもう少し踏み込んだ攻撃をしていたら、日本列島はどうなっていたか。中国が台湾を陥落させていたら、南西諸島もどうなったか……」考えれば考えるほど、背筋が凍る。戦争の足音はいつでも人類を破滅へ引きずり込む。奇跡的に回避したのは、ほんの一握りの幸運にすぎないと思わざるを得ない。
日本国内は、核の脅威を改めて突きつけられて動揺が続く。自衛隊の装備や米軍依存をどう見直すのか。台湾と中国の関係は、簡単に修復できるはずもない。北朝鮮の体制はますます先鋭化し、新たな核カードを握ったままだ。この物語に終わりはない――。東アジアに突きつけられた現実は、停戦の後も重く横たわり、未来を脅かし続ける。
あとがき
本作は、北朝鮮による弾道ミサイル攻撃が日本を脅かし、中国の台湾侵攻が同時並行で勃発する最悪シナリオを描いた軍事フィクションです。わずかなタイミング、国際社会の思惑、そして当事国同士の駆け引きによって、戦争は起こりもするし、回避されもする。極度に複雑化した現代社会では、一つの火種が他の火種を誘爆させ、制御不能な大規模衝突に発展しかねません。幸いにも、この物語は「全面核戦争」へ至る手前で停戦を迎えました。しかし、本当にそうなる保証はどこにもありません。私たちがいま平和と安定を享受しているのは、もしかしたらきわめて危ういバランスの上に成り立っているのかもしれません。
あくまでもフィクションではありますが、わずか数発のミサイル発射が、さらに大きな戦火へと連鎖していく危険性を、改めて考える機会となれば幸いです。
(了)
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