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第31章 橿原、竈に火を入れる――「中」が家になる日


第四部「道の骨、東の光」

第31章 橿原、竈に火を入れる――「中」が家になる日

国ができた、と人は言う。けれど本当は、火が落ち着く場所ができただけだ。火が落ち着けば、人も落ち着く。落ち着いた人が、初めて「ここ」と言える。——「ここ」が言えた瞬間、国は家になる。

硯の水を替えると、墨の黒が少しやわらかく見えた。戦の黒は硬い。証文の黒は乾いている。けれど即位の黒は、どこか“暮らしの黒”に寄っていく。火を入れる章だからだ。火の黒は、怖さと温かさを同じ顔で持つ。

ナガタが、余白の題を見てうなずいた。

「橿原(かしはら)か。やっと“住む”感じがするな」「住む」私は頷く。「ここからは、矢より先に鍋だ。剣より先に湯気だ」

ナガタが眉を寄せる。

「でもさ、即位って書くと急に教科書っぽくならね?」「教科書っぽくしない」私は墨を摺りながら言った。「即位は“式”じゃなく“匂い”で書く。竈の匂いで書く。橿の木の匂いで書く」

「橿って何?」「堅い木だ。樫(かし)だ」私は答える。「堅い木は燃えにくい。でも燃えると長い。長い火が欲しいとき、人は樫を選ぶ」

ナガタは少しだけ黙って、湯呑みを持ち上げた。

「……長い火、いいな」「いい」私は頷いた。「建国の火は、一晩で消えちゃいけない」

私は筆を取った。

——神倭伊波礼毘古命、大和の橿原に宮を営みて、天下を治めたまふ。

大和の器は、ようやく静かになった。

静かになる、というのは無音になることではない。音の種類が変わることだ。

矢の音が減り、叫び声が減り、代わりに増えるのは――木を削る音。土を踏み固める音。縄を締める音。鍋に水を注ぐ音。

音が生活に寄ると、匂いも生活に寄る。匂いが生活に寄ると、国が現実になる。

橿原(かしはら)は、少し湿った原だった。

盆地の底の湿り気。三山の影が落ちる湿り気。湿り気があるから、火がありがたい。ありがたい火は、丁寧に扱われる。丁寧に扱われる火は、長持ちする。

伊波礼毘古(いわれびこ)は、原に立っていた。

立ち方が、征(いくさ)の立ち方ではない。背中が前へ出ていない。肩が下がっている。肩が下がっているのは疲れたからではない。“ここに置く”と決めた人の肩だ。置くと決めた肩は、少しだけ重い。

風が吹く。

風は熊野ほど重くない。宇陀ほど溜まらない。大和の風は、山で一度折れてから来る。折れた風は柔らかい。柔らかい風は、火を育てる。

久米の者たちが、木を運んでいる。

「おい、これ重いぞ!」「重いなら王様に持たせろ!」「王様、腕あるだろ!」

……相変わらずうるさい。けれどこのうるささが、土地に馴染んでいく匂いがする。馴染む匂いは、戦の匂いではない。家の匂いだ。

饒速日(にぎはやひ)は、少し離れたところで、黙って働いていた。

天降りの先客が、土を運ぶ。その姿は、どこか不思議で、どこか安心する。安心するのは、正しさが“働き”に変わったからだ。働きに変わると、正しさは角が取れる。角が取れた正しさは、器の中で毒になりにくい。

伊波礼毘古は、饒速日を一度だけ見て、頷いた。

言葉ではなく頷きで済ませる。頷きで済む関係は、まだ新しい。新しい関係は、丁寧に火で固めるしかない。

宮(みや)が建つ。

宮という字は大げさだ。けれど最初の宮は、だいたい大げさじゃない。雨を避ける屋根。霧を逃がす床。風を折る壁。火を守る竈。

竈がなければ、宮ではない。竈があるなら、家だ。家が増えれば、国だ。

竈を作る者がいた。

土をこねる手。灰を混ぜる手。藁を入れる手。手が忙しい。忙しい手は、嘘をつけない。嘘をつけない手が、国の最初の火を作る。

伊波礼毘古は、竈の前に立った。

手に火打ち石がある。火打ち石は小さい。小さいのに、怖い。火は、小さいところから国を燃やせる。だから火は、神話でも現実でも、いつも慎重に扱われる。

火打ち石を打つ。

カチ。

音が短い。短い音は、朝に似ている。朝も短い合図で始まる。始まった朝は、長い。

火花が散る。

火花は一瞬だ。一瞬の火花が、藁に移ると、火になる。火になると、匂いが変わる。

焦げる匂い。暖まる匂い。煙の匂い。そして、湯気の予告の匂い。

火が付いた。

火が付いた瞬間、そこにいた誰もが少し黙った。黙るのは、祈るためではない。火を見ていると、勝手に言葉が減る。火は、言葉を削る。海が言葉を削ったように。ただし火は、削ったあとに温かさを残す。

伊波礼毘古は、火を見ながら言った。

「……ここから始める」

ここから。

この言葉が、国を家にする。ここから、という言葉は、境界を作る。境界は悪ではない。境界がないと、家も国も溶ける。溶ける国は、雨で流される。熊野がそれを教えた。

「ここから始める」と言える場所があること。それが勝利より大事だ。

即位の儀(まつり)が整えられる。

儀は、派手な衣でできているように見える。だが実際は、もっと地味だ。

座る場所を決める。水を汲む。塩を置く。米を盛る。火を絶やさない。

派手なことは後でいい。火が落ち着いてからでいい。火が落ち着けば、歌も踊りも勝手に出てくる。出てくる笑いが、本物の祭だ。

伊波礼毘古は、座した。

座した瞬間、背中が少しだけ軽くなる。軽くなるのは責任が減ったからではない。責任が“場所”を得たからだ。場所を得た責任は、持ちやすい。

饒速日が、一歩前に出て、頭を下げた。

その仕草が丁寧だ。丁寧な仕草は、悔しさを燃やし尽くした仕草だ。燃やし尽くした悔しさは、灰になる。灰は、土に戻る。土に戻ると、稲が育つ。

玉依姫の乳の匂いから、ここまで来た。

潮の匂い。雨の匂い。罠の匂い。血の匂い。そして今、火の匂い。

匂いは途切れない。途切れない匂いが、物語の背骨だ。

伊波礼毘古は、ゆっくり言った。

「我は、ここに立つ。三山の影の中に。竈の火の前に。稲の匂いの中に」

言葉が、珍しく多い。多い言葉が許されるのは、器の中だからだ。器の中の言葉は、風に散りにくい。散りにくい言葉は、約束になる。

久米の者が、案の定、余計なことを言う。

「おーい! 約束はいいから、飯はいつだ!」「即位より先に、汁だろ!」「汁が王だ!」

……台無しだ。でも台無しが、いい。

国は、厳粛だけでは続かない。厳粛は必要だが、厳粛だけだと息が詰まる。息が詰まると黄泉に寄る。黄泉に寄らないために、人は汁を欲しがる。汁の匂いは、命の匂いだ。

伊波礼毘古は、ほんの少し笑ってから、真顔に戻った。

「汁は後だ」

そう言いながらも、目が少し柔らかい。柔らかい目は、家の目だ。

火が、ぱち、と鳴った。

火の音が、盆地に反響する。反響した火の音が、三山の影の底で落ち着く。落ち着いた音は、夜を越える音になる。

夜を越える火。夜を越える家。夜を越える国。

橿の木が、火の傍に積まれている。

堅い木。燃えにくい木。燃えると長い木。

長い火は、長い朝を作る。長い朝は、国を育てる。

伊波礼毘古は、火を見て、心の中だけで言った。

——兄よ。——あなたの血は、ここで湯気になる。

湯気になる血、というのは変だ。でも国は変だ。変でないと、こんなに多くの匂いを抱えられない。

私は筆を置いた。

ナガタが、しばらく黙ってから言った。

「……即位、式じゃなくて、火だったな」「火だ」私は頷いた。「火が落ち着く場所ができた。それが即位の実感だ」

ナガタが笑った。

「汁、欲しくなった」「成功だ」私は言った。「汁を欲しがる国だけが、続く」

ナガタは余白を指で叩く。

「で、ここで第四部終わり?」「終わらせない」私は首を振る。「橿原は“始める場所”だから、締めにしない。ここから“治める”が始まる。治めるってのは、戦より地味で、ずっと難しい」

硯の水を替える。次の水は、もっと淡くて、もっと苦い。

 
 
 

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