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静岡伊勢屋 - 「エレガンスプラザの恋 〜ふたりに降る光、永遠を結ぶ糸〜」

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月25日
  • 読了時間: 8分


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 東京の夕暮れは、刻一刻と街の色を変えながら、私たちの足元を淡く照らしている。百貨店でのポップアップが無事に終了して数日。彼の滞在ももう残りわずかになっていた。 遠くへと向かう飛行機の時間が、じわじわと近づいているという事実に、私は少しだけ切なさを覚える。それでも、彼がそばにいてくれる今の一瞬が、愛おしくてたまらない。

 「今日は久しぶりにゆっくりできる日だよね。どこか行きたいところ、ある?」 ホテルのロビーで待ち合わせた私に、彼はスーツの襟を正しながら問いかける。慌ただしい日々だったからこそ、夜の街をふたりで歩けることが、まるで贅沢な休暇のように感じられた。

 「実は……一つ、リクエストがあるんだ。せっかくだから、夜景がきれいなところで食事がしたいなって」 そう答えると、彼は少し意外そうに首を傾げる。 「おや、珍しい。昔の君なら、『人混みは苦手』って真っ先に言いそうな気がしてたけど」 「私も、ちょっとだけ変わったのかも。東京のポップアップで、多くの人と接するうちに、賑やかな場所にも慣れたというか……それに、あなたと一緒なら、疲れより楽しさが勝ちそうで」

 私の照れ混じりの言葉に、彼はふわりと笑みを浮かべた。 「そっか。じゃあ思いきって、夜景が綺麗なレストランを予約してみようか。……実は、ちょうど良さそうな店を同僚に紹介してもらってたんだ」

 タクシーを降りた先は、ビルの高層階にあるガラス張りのイタリアンレストラン。エントランスを抜けると、視界いっぱいに夜の東京が広がっていた。幾筋もの高速道路が交差し、ビルの窓からこぼれる光が星屑のようにきらめいている。 店の奥へと案内された私たちは、窓際のテーブルに通された。目線の先には、遠くまで続く光の海。見慣れた街やビルが遠くにぼんやり浮かび、その先にある空は深い群青色をまとっていた。

 「すごい……東京にもいろんな場所があるってわかってたけど、こうしてゆっくり夜景を眺めるのは初めてかもしれない」 思わずため息混じりにそう呟くと、彼はワイングラスのメニューを開きながら頷く。 「ずっと忙しかったもんな。こうやって息をつく時間もなかったんじゃない?」 「うん。でも、おかげでいい経験もできた。静岡を飛び出してみて、改めて感じたこともたくさんあったし……いろんな刺激をもらった分、もっと頑張りたいって思えた」

 店員がテーブルにパンと前菜を運んでくる。彩り鮮やかなサラダや、小皿に盛りつけられた海鮮料理が、ガラス越しの夜景に映えている。 「夢は、ますます大きくなりそう?」 彼の問いかけに、私は少し考えてから、言葉を選ぶように答える。 「うん。でも“大きく”というより、もっと“リアル”にしたい。今までは抽象的だった目標が、やっと具体的になってきた気がする。たとえば、もう少しオフィスみたいな制作スペースを持ってスタッフを増やすとか……お店を持ちたい気持ちもあるけど、まずはエレガンスプラザと東京の販路をもっと深めてからかな」

 そう話す私を、彼は静かに見つめている。まるで映画のワンシーンを切り取るような柔らかい笑みで、次の言葉を待ってくれている気がした。 「……そして、私の服が人の人生の思い出になるようなブランドにしたい。特別な日のためだけじゃなく、日々の暮らしに寄り添えるような。そういうデザインを提案できるようになれたら、最高だなって」

 ここまで話したとき、ふと彼の瞳が優しく細められるのに気づいた。 「素敵だね。俺は服のことなんて詳しくないけど、君が作るドレスやワンピースには、人の心を解きほぐすような力があると思う。だからこそ、遠いシンガポールからでも俺は応援したいんだ」

 今はまだ遠距離で、いつまた彼が日本に戻れるかもわからない。それでも、こうして言葉を尽くして想いを伝え合える瞬間があるだけで、私の胸は満たされていく。 ふとした拍子に、テーブルの下で私たちの手が軽く触れ合う。彼は一瞬だけ戸惑ったような表情を見せ、それからそっとそのまま指を絡めてくれた。店内の照明がやわらかく二人の手元を照らし、心臓の鼓動をさらに早める。

 メインディッシュを食べ終えるころには、窓の外の夜景がいっそう深く、きらめきを増していた。まるで星空を逆さに映したように、都会の灯が足元を照らしているようにも見える。 食事の合間、ワイングラスを口に運んだ彼が、ふと小さく息をついた。 「実は、次の出張のスケジュールがわかったんだ。あと数日でまたシンガポールに戻らなきゃいけない。でも、そのあと年末あたりに、ひとつプロジェクトがまとまるかもしれなくてね。そのタイミングで少し長めに日本に滞在できそうなんだ」

 そう聞いた瞬間、私は胸に安堵のような温もりが広がるのを感じる。遠距離でも、次に会える見通しがあるというだけで、救われる思いがするからだ。 「そっか、それはよかった。じゃあ、年末あたりには静岡にも来られるかも?」 私の問いに、彼は少し背筋を伸ばすように姿勢を正す。 「うん。もちろん、静岡にも寄るつもり。エレガンスプラザでの仕事ぶりも見てみたいし、何より、君の頑張る姿を間近で感じたい。それに……」 一瞬、言葉が途切れ、彼は視線を窓の外へさまよわせる。 「……いつかはちゃんと、家族に紹介もしたいなって考えてる」

 不意に投げかけられた言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。今の私たちは遠距離の恋人同士。でも、もっと先の未来を見据えた話はまだ口にしたことがなかった。 お互いの気持ちは確かに繋がっている――そう思っていても、ふとした拍子に「これから先、どうなるんだろう」と不安がよぎることもある。 けれど彼の真剣な眼差しは、その不安を溶かすようにまっすぐ私を見つめていた。

 「もし、俺たちが将来を考えるなら、まずは親にもちゃんと伝えたいし、遠距離で曖昧にしておくのは嫌なんだ。君の夢も応援するし、俺もキャリアを大事にしたい。でも、その先に一緒にいる未来を、俺は諦めたくない」

 飲みかけのワイングラスをそっと置き、私は指先が震えているのを自覚する。心臓の鼓動が速すぎて、まるで恋する中学生のようだ。どう応えたらいいのか、頭の中で言葉がうまくまとまらない。でも、伝えなきゃいけないことがある――そう思った。

 「私も、あなたと一緒に歩いていきたいよ。夢も恋も、どっちも大切なんだもの。……いつかのタイミングで、ちゃんとお互いの親に会わせてもらえるなら嬉しいし、そういう未来に向かって一歩ずつ進めたらいいなって思うの」

 彼の唇が、かすかに震える。そっと握った手が、少しだけ力を込めて返事をするように握り返してきた。 まるで夜の街が祝福してくれるみたいに、窓の外のビルの明かりが瞬いている。私たちは今、小さなテーブルをはさんで将来への想いを見つめ合っている。

 食事を終え、レストランの外に出ると、夜風が心地よく肌を撫でる。ビルの谷間から見上げる星空は、都会の光に負けないくらいに力強く輝いていた。 「タクシー、乗る?」 「そうだね……でも、もう少しだけ歩きたい気もする」 そう呟く私に、彼は優しく微笑んでうなずく。

 高層ビルの合間を縫うように、私たちは並んで歩き出す。足元に広がる街の灯りが、まるで星座のように配置されていて、空と地上が逆転したみたいな不思議な感覚に陥る。 「こんな夜景、静岡じゃ見られないね」 私が感嘆混じりに言うと、彼は静かに答える。 「でも静岡には、こっちとはまた違った良さがある。あの街で出会ったからこそ、今の俺たちがあるんだろうしね」

 彼の言葉に、胸がぽっと熱くなる。エレガンスプラザ、初めてメイン担当したドレス、そして再会の記憶……どれもが今の私たちを支えてくれている大切な足跡。 振り返れば、いろんなことがあった。だけど、すべてがあって良かったと思えるのは、私の隣で同じ景色を見つめてくれる人がいるからだ。

 「これからも、いろんな場所を一緒に見たいな」 いつのまにか私の言葉は小さく震えている。けれど、それを包むように彼の手がそっと私の肩に回った。 「うん。離れた場所からでも、いつだって想い合ってる。それが俺たちの強さなんじゃないかな」

 視線を交わした瞬間、言葉よりも先に込み上げる感情がある。遠距離や仕事の忙しさ、たくさんの障害を越えて、やっと手にできた“この時間”が尊くて仕方ない。 雑踏の向こうから吹き抜ける夜風は、何かの祝福のように優しい。心臓の奥にたまった熱をふわりとほどいてくれる。

 どこまでも夜が続きそうな東京の街。でも、その果てにはきっと、明日へと続く朝日が昇る。静岡で育った私のブランドも、いつかはもっと大きなステージで光を浴びるかもしれない。彼の夢も、さらに遠い国へと広がっていくかもしれない。それでも、二人の想いがある限り、私たちを繋ぐ糸はしっかりと結ばれていると信じられる。

 ――夜空と地上の光が混ざり合うこの瞬間が、永遠に続くわけではない。けれど、限りある時間だからこそ、私たちは懸命に想い合って、互いを支え合うのだろう。 深い夜の青を見上げながら、私は小さく微笑む。手を繋ぐ彼の温度が、いつまでも私の心を照らしてくれる。まるで、その先の光へと続く道を示す道標のように。

 都会のネオンが煌めく夜、その中で紡がれるふたりの言葉は、きっとこれからの未来へ向けて小さな奇跡を起こし続けるだろう。そっと肩を寄せ合いながら歩く私たちの影が、地面に長く、優しい輪郭を描いていた。

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