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静岡伊勢屋 - 「エレガンスプラザの恋 〜冬空に結ぶ約束〜」

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月25日
  • 読了時間: 5分

 


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彼がシンガポールへ戻ってから、あっという間に冬の足音が近づいてきた。私の勤める静岡伊勢屋・エレガンスプラザも、クリスマスや年末年始の準備で一気に忙しさを増している。 そんな慌ただしい日々のなか、心の片隅ではいつも彼の存在を感じていた。遠い国と日本をつなぐ時差を乗り越えて届くメッセージやビデオ通話は、私にとって“小さな奇跡”のような時間だ。

 ある晩、店長の山口さんに呼び止められた。バックヤードで年末の特設コーナーの打ち合わせをしていると、スマートフォンが軽く震える。彼からの連絡だろうかと思わず胸が高鳴る。 「ごめんなさい。少しだけ出てもいいですか?」 「もちろん。大事な電話でしょ?」 山口さんは相変わらずお見通しだ。私は小さく頭を下げ、廊下へと出る。

 「元気にしてる? 今年の仕事がひと段落しそうで、早めに日本へ行けるかもしれない」 彼の声は少し弾んでいるように聞こえる。ずっと忙しかったと言っていたプロジェクトがやっと山場を越えたのだろう。 「本当? いつ頃になりそう?」 「正確な日程はまだだけど、クリスマス前には帰れそうだよ。それと……君にも伝えたい話があるんだ」

 “伝えたい話”という響きに、胸がきゅっとなる。前に「家族に会ってほしい」と言ってくれたときのあの表情が脳裏をよぎる。もしかしたら……と期待が膨らむ反面、上手く言葉が見つからない。 「うん、わかった。待ってるね」 それだけを伝えて通話を切ると、身体の奥にふんわりと熱が広がった。冬の冷たい空気の中でも、心だけはじんわりと温かい。

 クリスマスが近づくにつれ、エレガンスプラザは華やかな飾りで彩られていった。ショーウィンドウにはシャンパンゴールドのリボン、天井にはイルミネーションがきらきらと輝いている。忙しい毎日だが、そのたびに「ああ、今年は特別な冬になるかもしれない」と胸が弾む。

 そしてクリスマスの週、ついに彼から「明日、日本に戻る」と連絡が入った。 「ただいまの挨拶もそこそこに、すぐ静岡に向かうつもり。店が終わる頃に、迎えに行っていい?」 そのメッセージを見た瞬間、自然と唇がほころぶのを感じる。大きな行事を終え、店を閉めたあとの少しさみしい気分が、一気に甘く満たされていくようだった。

 クリスマスイブ前夜、閉店後の店内はスタッフ総出で商品の入れ替え作業に追われていた。私も手伝いながら、時々スマートフォンを確認してしまう。刻々と近づく再会の時。落ち着かない気持ちを誤魔化すように作業に没頭していると、ふいに背後から名前を呼ばれた。 「お疲れさま。……迎えに来たよ」

 振り返ると、そこで待っていたのはスーツケースを引いた彼。いつもと変わらない優しい笑みが、イルミネーションに照らされて浮かんでいる。胸が高鳴り、作業でこわばった指先が一気に暖かくなる気がした。 「おかえり……! 本当に来てくれたんだね」 「うん。すぐにでも会いたくて。店の中に入った途端、ちょうど君が見えたから、つい声かけちゃった」

 息が詰まるほど嬉しくて、でも照れくさくて、自然と笑顔になった。近くにいた同僚が「いってらっしゃい」と冷やかすように手を振るのを横目で見送り、私たちは店を後にした。

 夜の静岡の街はクリスマスを間近に控え、どこか浮き立つ雰囲気に包まれている。イルミネーションが彩る大通りを歩きながら、彼は私の手のひらをそっと包み込んだ。 「この季節にこうやって歩くの、なんだか新鮮だな。離れていた分、君の存在がより大きく感じられる」 耳元に届く低い声が、心に優しく響く。冷え込む夜風も、彼の体温を感じるとまるで小春日和のように穏やかになるから不思議だ。

 遠回りをしながら、静かな並木道へと足を伸ばす。街路樹には電飾があしらわれ、まばゆい星のように瞬いている。彼は一度立ち止まり、こちらを向いて言った。 「実は……君に見せたいものがあるんだ」

 そう言って、コートの内ポケットから小さな箱を取り出す。その瞬間、私の胸は高鳴りすぎて、まるで言葉を失ったかのように声が出ない。淡い街灯の下、差し出されたそれは――まぎれもなく、小さなジュエリーボックス。 「前に『いつかお互いの家族に会って……』って話をしただろう。俺はその“いつか”を、はっきりと約束に変えたいんだ。だから、受け取ってほしい」

 震える指先で箱を開けると、そこにはシンプルなゴールドのリングが輝いていた。ダイヤなどは控えめだけれど、まるで上質な布のような優しい輝き。指で撫でれば、心まで暖かくなるような気がした。

 「お互いにまだ夢の途中だし、すぐにどうこうって話じゃない。でも……君を人生のパートナーとして迎えたい。その思いは変わらない。離れていても、俺たちはずっと繋がっていられるって信じてる」

 頬に冷たい風が触れると同時に、瞳が熱く潤む。言葉が出なくても、私の想いはちゃんと彼に伝わっているのだろうか――。不安と幸福がせめぎ合う中で、私はそっとうなずいた。 「ありがとう。私も、あなたと一緒に未来をつくりたい。夢を追いかける私を、こんなに応援してくれるあなたとなら……どんな道も怖くない気がするんだ」

 彼は安堵したように微笑み、静かにリングを私の指に通してくれる。まるで夢のような光景なのに、不思議と心は落ち着いていて、満ち足りた感覚が全身を包む。

 遠くに聞こえるクリスマスソングと街のざわめきが、ふたりだけの世界を優しく彩っている。眩いイルミネーションが並木道を照らし、空には薄い雲間から月が顔を覗かせていた。

 「……大好きだよ」 私が小さくその言葉を呟くと、彼は微笑みを深くして、少しだけ身体をかがめる。すん、と小さな吐息が冬の空気に溶けて、私たちの唇が重なった。

 笑顔も涙もすべてが詰まった冬の夜。遠距離や不安を越えながら、ふたりの想いは確かな形となって刻まれた。 指輪の輝きは、これからの私たちを照らす灯火。エレガンスプラザで育まれた愛と夢が、海風に揺れる静岡の街で、今まさにひとつの約束へと結ばれている――。

 どこまでもロマンティックで、何よりもあたたかい冬の夜が、ふたりの未来をそっと見守っていた。

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